カンナ

Gardenia

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第二章

2-16

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管理人夫婦はまだキッチンに居た。
ちょうど帰ろうとしているところだ、

「明日は朝10時頃に来ていただけませんか?」とカンナが頼むと、
「わかりました」と二つ返事で承諾してくれる。
気の良い人たちだ。

「簡単に部屋の掃除とお昼ご飯をお願いしたいのです」
「お客様ですね。頑張ります。何人分でしょうか?」
「今のところ、3人かな」
「わかりました。もちろんです。今回はいつもより長く滞在していただけるので、私たちも嬉しいです」
「ここは空気が良くてのんびりできて、来てよかった」
カンナがそう言うと、二人とも何も言わずに嬉しそうにしていた。

管理人が帰った後、夕食の準備だけは済ませておいて、カンナはPCを立ち上げた。
この別荘の家具や備品リストを呼び出すと、一つ一つ確認していった。
少し考えてから、そろそろ空港に到着するはずの田所にメッセージを送る。
『別荘の隣の所有者、楊氏の情報が必要になりました』
手の空いた時に彼の部下に情報を集める指示を出してくれるだろう。

キーボードから指を離して、手を組み膝に置く。
ゆったりと椅子に凭れて少しの間目を閉じた。
よく考えなくてはならない。

しばらくの間、楊とその友人に話すべきことを考えていたところに、携帯の着信音が鳴った。
画面を見ると田所からだ。
「はい」とカンナが電話に出ると、「今、レンタカーを借りました」とやはり田所からだった。
「道はわかります?」
「調べてきました」
「では、運転お気をつけて。お待ちしております」
「はい。後ほど」
と事務的な会話で電話を終えた。




カンナは頭を切り替えようと、バスタブにお湯を溜めゆっくりとお風呂に入った。
髪を乾かして、手早く化粧をする。
カジュアルなワインピースに着替え、リビングに続く書斎に入ると、屋外のセキュリティーカメラを点検した。
門灯は点いている。外は何も不審なところはなさそうだ。

室内のライトを調節し、クラッシック音楽をかける。
ワインクーラーから赤ワインを1本取り出して開封すると、食事の準備に入った。
ダイニングテーブルにお皿を並べていると、携帯電話が鳴った。

田所がゲート前に到着したらしい。
この別荘地は、入り口にゲートがあって一般の人は入れない。
各別荘には開門用のインターコムがついていて、ボタンを押すとゲートが開くようになっている。
カンナもそのボタンを操作して田所のために門を開けた。

家のセキュリティーカメラを見ていると、車がカンナの家の門に到着する。
カンナはもう一度操作をして家の門を開けた。
外に出迎えることはしない。
ほどなくして田所が玄関のチャイムを鳴らした。
カンナは電子ロックを開錠してから玄関に向かった。




きっちりとスーツを着込んだ田所が玄関の扉を開けて入ってくる。
後ろ手に扉を閉めて、「鍵は?」と田所が聞いた。
「オートロックよ」とカンナは言ってから、「遠いところよおこそ」と田所を歓迎した。

「お元気そうですね。顔色も良い」
「おかげさまで」
そう言うと二人はようやく笑顔になった。

「今日は急に悪かったわね。こんな遠くまで」
「慣れてるよ、急はことは。それにお昼頃メールで、十中八九は来ることになると思ったから」
「お食事は?」
「まだ。どこにも寄らずに来たから」
「じゃ、食事しながら話しましょう」
と言って、ダイニングに案内した。
カンナはクライアントでもあるが、同時に二人は友人でもあった。
誰も居ないときはタメ口にもなる。

田所に洗面所を教え、カンナはすぐに食べられるように夕食をテーブルに運ぶ。
暖かなご飯とお味噌汁をテーブルに運び終えたときに田所が戻ってきた。

「もしかして・・・」とカンナの背後から声が聞こえた。
「え?」

「あなたが作ったの?」
カンナ頷くと、田所はめずらしく驚いた表情を隠そうとしなかった。
「初めての手料理だ」
「私だって、お米くらい炊けるわよ」

「仕事の話は後だ!猛烈に腹が減ってる」
カンナは可笑しくなってしまった。
田所とは打ち解けた話もするけれど、腹が減ったという言葉遣いは始めて聞いた。
「お代わりもあるからたんと召し上がれ!」
そう言って席につかせると、田所はほんとうに凄い勢いで食べ始めた。

カンナには魚の名前がかわからなかったが、白身で脂が多そうだったので醤油と梅干で煮たもの、牛肉のたたき、帆立貝のフライ、焼きアスパラガス、春野菜の白和えなどである。
煮魚は一切れでは足りそうになかったので、もう一切れ勧めると、嬉しそうに「いただきます」と言って、それもペロリと食べてしまった。

「3日くらい食べてない高校生みたいじゃない?」とカンナが笑いながら言うと、
「実際、今日は昼抜きだったんだよ」
心当りのあるカンナは申し訳なく思った。
「ごめんなさい。私のせいでしょ?」
「ここに到着するまでは、特急料金3倍ふっかけようと思ってたけど、
このご飯食べたら請求できなくなった」と田所は笑った。

「あなたの手料理が食べられるだなんて・・・」田所は目を細めてカンナを見つめた。
「この騒動も悪くないな」と呟く。

「久しぶりに作ったからまだ勘がもどってないけどね」
カンナは居心地が悪くなって、お茶を淹れようと立ち上がった。





熱いお茶をテーブルに置き、「そろそろ、楊さんがやきもきしてるはずよ」とカンナは田所を促した。
どんなことがあっても、仕事を優先する。それは二人で決めたことだった。

先方の提示した金額を言うと、田所は「へぇ~」と驚いていた。
「で、売るんだね?」
「ええ、だから来てもらったんだけど」
「単に最終確認だよ」と田所が笑った。

家具も一緒に売ること。不動産の価格とは別にそれを提示すること。
そして最後に、この家に張り巡らせたセキュリティーをどうするのか。
先方が買わないなら全部取り外すことにし、買うなら購入後のサービス契約の話をしなければいけなかった。

そして、カンナは「楊さんと言う人の情報を確認してから決めるけど、場合によっては楊さんにセキュリティー会社の話をしようと思う」と田所に告げた。
田所は一呼吸置いてから、「わかりました。次のステップですね」
「ええ、クライアントになるかどうかは不明だけど、種を蒔いておいてもいいかなと思ってる。でもそれは明日、情報が集まった後、アドリブで決めます」
「じゃ、それはあなたにお任せしましょう」

「とりあえず、この家のことは明日話すと思うけど、こっちがいい?お隣に行くほうが好い?」
「それは楊さんに決めさせてください。できれば楊さんの別荘に行くほうが好ましいですが」
「わかりました」
「明日の朝は、私と明日到着する者で物件の話をします。午前11時過ぎにアポをとってください」
「了解!」
そう言って、カンナは携帯を手にした。
口に人差し指を当てて、田所に静かにするように示して、陽に電話を掛けた。




楊はご機嫌だった。隣の別荘では友達が集まって酒盛りをしているらしい。
明日のお昼前は都合がよいと言ったが、もしかしたら二日酔いで起きてないかもしれないから、時間をずらせてもらうかもしれないと言っていた。

カンナは楊の連絡先を控えるようにと楊にもらった名刺を見せると、
「凄いな、あなたにプライベートな電話番号を教えるだなんて」と言った。
「楊さんのこと知ってるの?」
「貿易王だというのは聞いています。もし隣の楊氏その人でしたらね」
「そうなんだ」
「メインは製造業です。それを海外輸出することから始まって、相互に輸出入、そして運搬業にも手を広げました」
「そうなんだ」
「それに伴って最近では為替にもかなり進出しています」
「輸出入だったら自然に為替相場にも聡くなるわね」

カンナは食器をシンクに運び始めた。
田所は少し笑って、「そこがあなたの凄いところだ」と言った。
「え?」
「少しの情報で連想してしまう」
田所も立ち上がって、湯飲みをシンクに持ってきた。

「でも、人の想いには鈍いところがある」
水を出していたので、カンナにはよく聞き取れなかった。
「何て言ったの?」
「いや、聞こえなくていいよ」と田所は笑ってごまかした。

「ワインを開けておいたわ。今日はここに泊まるでしょ?」
「うん。そう思ってホテルは取ってない」
「まず、一口飲んだら荷物を部屋に持っていきましょう。
一時間ほど前に開けたから飲み頃だと思うわよ?」

カンナがワインボトルを手に取ると、それを見た田所が「そんな良いワイン、いいのかい?」と言った。
「どうせいつかは飲むんだもの。今日でしょ?」と言うと、
「その通りだ」と言って、カンナからボトルを取り上げた。

カンナがグラスを出すと田所がワインを注ぎ、「お毒見を!」と言ってカンナを笑わせた。
グラスを光にかざして色を見、次に香りを確かめてから口に含む。
そんな田所の所作が育ちの良さを醸し出していた。



書斎を好きに使ってと案内してから、田所を客室に連れてきた。
客用にと用意しているスエットの上下を出して、浴室の使い方を説明すると、
「15分で行くよ」と田所は言って上着を脱ぎ始めた。
「じゃ、下に居るわ」と言ってカンナはキッチンに戻り、簡単にシンクを片付けた。

ワインクーラーに少し氷を入れ、赤ワインを冷やしておく。
リビングの暖炉には火が入っているのだ。
飲み始めるのがもう少し後になるなら、温かいより少し冷たくしたほうが好みだった。

生野菜のスティックとチーズをトレイに乗せてワインの側に置いた後、
書斎に行ってセキュリティーカメラをチェックする。
何事もないようだ。

リビング戻り、音楽をどのCDにしようか選んでいると、ほんとうに15分で田所は下りて来た。





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