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第二章
2-24
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琢磨と一緒に食事をしてから3週間ほど経った。
東京に帰る前に琢磨には連絡をしたが、時間が合わずに空港まで送ってもらうことは敵わなかった。
そのことにカンナはほっとしていた。
とばっちりとはいえ、スキャンダルの渦中だ。
しかもそれを逆に利用して会社を大きくしようとしているところなので、新たな火種を作るわけにはいかない。
今は静かに集中するときだと思っていた。
琢磨の兄、満との一つ目の契約書が完成したと田所から連絡があったのでざっと目を通し、ファックスで送るか持って行くのかカンナは悩んでいた。
この書類に署名押印すれば満は設計図に着手する。
設計図が完成すれば今度は建築に関する契約書だ。
次の手配をするのは夏まっさかりだろう。
このまま順調に進んでも着工は秋になる。
カンナは逆算して次に琢磨に会うのはいつになるのだろうと考えた。
中学生の頃の琢磨を思い出しながら、やっぱり書類はファックスで送ってしまおうとカンナは思った。
東京を離れる時期ではないし、持っていくほどの書類でもないのだ。
それに、行かなくても毎週琢磨から電話がかかってくるうちはこのままでいいかと思ってしまう。
中学時代の琢磨はいつも誰かと付き合ってなと思い出した。
付き合っては別れ、ほどなくするとまた女の子のほうが琢磨に告白して付き合いが始まる。
それが結構可愛い女の子が多かった。
突然、琢磨の誕生日が夏だったことを思い出した。
確か夏休みに入ってからだから、きっと8月生まれなんだろう。
カンナと琢磨は教室では結構楽しく話していたので、琢磨の彼女から誕生日プレゼントは何が良いかとアドバイスを求められたこともあったっけ。
さほど知らない女の子でも、そういえば節子を通してカンナに聞いてきたこともあった。
バイクの鍵につけるキーホルダーが欲しいらしいとか、ちょっとしたことは言ってあげたかもしれない。
それがきっかけで仲良くなった子もいたっけ。
今思い出せば、そんなことで女の子って悩んでいたんだなぁと興味深く思った。
もしかしたらそれとなく牽制されていたのかもしれない。
それに思い至ると、カンナは自分のことが可笑しくてしかたがなかった。
彼女たちの女の駆け引きにも気がつかないなんて、幼稚なのはカンナのほうだったのだ。
あの頃の琢磨にはいつも彼女が居た。
どうせ今でもそうなのだろう。
恋人や愛人のひとりや二人居ることだろう。
もし今居なくてもすぐに見つけることができそうだと思った。
田所に契約書を設計事務所にファックスするように頼んで、カンナはバッグを掴んだ。
エステの予約があるのだ。
あれから達哉は身柄を拘束されたままで、一方カンナは検察の問い合わせに身の潔白を証明してみせた。
今、カンナのスタッフは琢磨の会社を取り込むために交渉を始めている。
実際の交渉は企業買収専門会社があって相手とは直接顔を合わせなくてよいが、気の抜けない時期となる。
報告書と会議と会食の日々のなかでエステやジムに通う。
それが今のカンナの生活だった。
エステから戻ると秘書が冷たいハーブティを用意してくれていた。
それを一気に飲み干しながら報告を聞く。
秘書は最後に、「田所弁護士から本日の夕食をご一緒にとのことですが」とカンナに言った。
「あ、そうなの。めずらしいわね」
「そうですね。たまにはいいじゃないですか」と秘書が笑いながら勧める。
いつもは何日か前に打診があるのだが、今夜というのは田所にしては珍しい。
「OKとお返事してちょうだいな。場所と時間を確認してもらえる?」
「はい。わかりました」
ほどなくして秘書が戻ってきて、「午後6時にお迎えに来られるそうです」と言った。
「え?6時?お夕飯には早いわね」
カンナが考えていると、「今日はもう他に予定が入っていないので、早めにお仕度なさってはどうですか?」と言う。
「あなた方も久しぶりに定時に終わっても良いのではないかしら」とカンナも気がついた。
ここのところ毎日忙しい日が続いている。
スタッフにも休憩が必要だろう。
早々に自室に引き上げたカンナはクローゼットから軽い素材のワンピースを選び、軽く化粧を直して髪を整えた。
ちょうどその時、携帯電話が着信で震えた。
田所かなと思って携帯を見ると、琢磨の名前が表示されている。
いつもは朝かあるいはもっと遅い時間にかかってくるのだが、めずらしいこともあるものだ。
「はい」とカンナは電話に出た。
「いつも愛想のない声だな」琢磨はいきなりそう言った。
「だって、誰からかわかってるんだもの」カンナも笑いながら応える。
「もっと嬉しそうに出ろよ」
「電話、苦手なんだもん」
「まぁ、カンナらしいけどな」
それには答えずに、「何かあった?」とカンナは聞いた。
「あったってわけじゃないんだけど、どうしてるかなと思って」
「いつも気にかけてもらって悪いわね」
「ちぇっ、全然悪そうには聞こえないのはどういうわけなんだろう?」
「まぁ、悪いとは思ってないからかな」
カンナがそう言うと、琢磨はカンナの耳が痛くなるくらい大きな声で笑った。
「耳、痛いじゃん。それに今日はとってもひねくれた子供みたいじゃないの。
そっちこそ何かあった?」
逆にカンナが聞いてみる。
「ん~~、何もないけど、なぜか声が聞きたくなってさ。
ところで今、電話してて大丈夫なのか?」
「今日は久しぶりに仕事が速く終わってね、電話大丈夫だよ」
そう答えながら、カンナは電話をヘッドフォンに切り替えた。
「お出かけ準備しながらだけど、少し話せるよ?」
「出かけるのか?」
「ええ、食事の約束してるから」
「そうなんだ。で、誰と?」
「誰とって・・・」
「ちぇっ、つい言うかと思ったのに」
「言うわけないでしょ?」
「男か?」
「う~ん。まぁ男性かな」
「えっ?ほんとに男か?」
カンナは笑いながら「女性でもゲイでもないから、男性だね」と言った。
「マジかよ・・・参ったな」琢磨がそう唸ったので、
「デートかもよ~?」とカンナは琢磨を煽ってしまった。
「お前な・・・」と琢磨が絶句したので、カンナは「あははは、そんなじゃないよ」とすぐに否定した。
「ごめん、ごめん。つい意地悪したくなった」とすぐに謝る。
煽ってしまったことを即座に反省したのだ。
「お兄ちゃんは30分おきに電話するからな」琢磨もカンナの意図がわかったのか、笑いながら冗談にする。
「いつからお兄ちゃんに・・・」
「不順異性交遊は禁止だからな」と琢磨が言った。
カンナは少し考えて、「ね、琢磨。こういうの無しにしない?」と言った。
「ん?」
「もう二人ともいい歳なんだもの。私生活のことは干渉しないようにしたいわ」
「あ、そういうことね。もちろん良いですよ、それで」
「私だって琢磨が誰と食事に行こうが干渉したくないし」
琢磨はしばらく黙っていたが、「いいなぁ、カンナに琢磨って呼ばれるの久しぶりのような気がする」と言った。
「もう、はぐらかさないの!」とカンナが抗議するフリをする。
「一応わかったよ」
「え~?一応ってなによ」
「わかってはいるけど、口出しせずには居られない」
「どういうことよ」
そうカンナが食い下がると、「どういうことか今から考えるよ」そう琢磨は言って静かになった。
その時、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「お迎えが来たようだから、私行かなくちゃ」
カンナはそう言いながらドアに近づいた。
「あぁ、わかった。楽しんで来い」そう言って琢磨は電話を切った。
あっけなく終わってしまった会話の余韻を残したまま、カンナはドアを開けて田所を部屋に入れた。
「タイミング悪かったかな?」
田所はそういいながらカンナに小さなコサージュを渡した。
「え?これを私に?」
びっくりしているカンナに、「デートのお迎えには花が必要だろ?」と田所は笑っている。
「デートなの?」
「あぁ、今日はそのつもり」
「まぁっ!!デートなんて久しぶりだわ」と言うカンナの顔が次第に嬉しそうになっていくのを見て、田所はほっとした。
カンナの手をとって、手首の内側に柔らかく口をつけると、カンナがびくっとしたのがわかった。
「ふ~ん、ここも感じるんだ?」
「な、何を・・・」
カンナが立ち直らないうちに、その手を掴んで引き寄せ、
「ほら、深呼吸」と言って背中を撫でると、カンナは素直に息を大きく吸って整えた。
カンナが落ち着くと、田所は普段どおりにカンナをエスコートして夕食に連れ出した。
歩いて数分の雑居ビルにある割烹料理店だった。
「まだ早い時間だから、ゆっくり飲みながら何か食べよう」
そう言って、田所は板前に適当にお任せしますと伝えた。
東京に帰る前に琢磨には連絡をしたが、時間が合わずに空港まで送ってもらうことは敵わなかった。
そのことにカンナはほっとしていた。
とばっちりとはいえ、スキャンダルの渦中だ。
しかもそれを逆に利用して会社を大きくしようとしているところなので、新たな火種を作るわけにはいかない。
今は静かに集中するときだと思っていた。
琢磨の兄、満との一つ目の契約書が完成したと田所から連絡があったのでざっと目を通し、ファックスで送るか持って行くのかカンナは悩んでいた。
この書類に署名押印すれば満は設計図に着手する。
設計図が完成すれば今度は建築に関する契約書だ。
次の手配をするのは夏まっさかりだろう。
このまま順調に進んでも着工は秋になる。
カンナは逆算して次に琢磨に会うのはいつになるのだろうと考えた。
中学生の頃の琢磨を思い出しながら、やっぱり書類はファックスで送ってしまおうとカンナは思った。
東京を離れる時期ではないし、持っていくほどの書類でもないのだ。
それに、行かなくても毎週琢磨から電話がかかってくるうちはこのままでいいかと思ってしまう。
中学時代の琢磨はいつも誰かと付き合ってなと思い出した。
付き合っては別れ、ほどなくするとまた女の子のほうが琢磨に告白して付き合いが始まる。
それが結構可愛い女の子が多かった。
突然、琢磨の誕生日が夏だったことを思い出した。
確か夏休みに入ってからだから、きっと8月生まれなんだろう。
カンナと琢磨は教室では結構楽しく話していたので、琢磨の彼女から誕生日プレゼントは何が良いかとアドバイスを求められたこともあったっけ。
さほど知らない女の子でも、そういえば節子を通してカンナに聞いてきたこともあった。
バイクの鍵につけるキーホルダーが欲しいらしいとか、ちょっとしたことは言ってあげたかもしれない。
それがきっかけで仲良くなった子もいたっけ。
今思い出せば、そんなことで女の子って悩んでいたんだなぁと興味深く思った。
もしかしたらそれとなく牽制されていたのかもしれない。
それに思い至ると、カンナは自分のことが可笑しくてしかたがなかった。
彼女たちの女の駆け引きにも気がつかないなんて、幼稚なのはカンナのほうだったのだ。
あの頃の琢磨にはいつも彼女が居た。
どうせ今でもそうなのだろう。
恋人や愛人のひとりや二人居ることだろう。
もし今居なくてもすぐに見つけることができそうだと思った。
田所に契約書を設計事務所にファックスするように頼んで、カンナはバッグを掴んだ。
エステの予約があるのだ。
あれから達哉は身柄を拘束されたままで、一方カンナは検察の問い合わせに身の潔白を証明してみせた。
今、カンナのスタッフは琢磨の会社を取り込むために交渉を始めている。
実際の交渉は企業買収専門会社があって相手とは直接顔を合わせなくてよいが、気の抜けない時期となる。
報告書と会議と会食の日々のなかでエステやジムに通う。
それが今のカンナの生活だった。
エステから戻ると秘書が冷たいハーブティを用意してくれていた。
それを一気に飲み干しながら報告を聞く。
秘書は最後に、「田所弁護士から本日の夕食をご一緒にとのことですが」とカンナに言った。
「あ、そうなの。めずらしいわね」
「そうですね。たまにはいいじゃないですか」と秘書が笑いながら勧める。
いつもは何日か前に打診があるのだが、今夜というのは田所にしては珍しい。
「OKとお返事してちょうだいな。場所と時間を確認してもらえる?」
「はい。わかりました」
ほどなくして秘書が戻ってきて、「午後6時にお迎えに来られるそうです」と言った。
「え?6時?お夕飯には早いわね」
カンナが考えていると、「今日はもう他に予定が入っていないので、早めにお仕度なさってはどうですか?」と言う。
「あなた方も久しぶりに定時に終わっても良いのではないかしら」とカンナも気がついた。
ここのところ毎日忙しい日が続いている。
スタッフにも休憩が必要だろう。
早々に自室に引き上げたカンナはクローゼットから軽い素材のワンピースを選び、軽く化粧を直して髪を整えた。
ちょうどその時、携帯電話が着信で震えた。
田所かなと思って携帯を見ると、琢磨の名前が表示されている。
いつもは朝かあるいはもっと遅い時間にかかってくるのだが、めずらしいこともあるものだ。
「はい」とカンナは電話に出た。
「いつも愛想のない声だな」琢磨はいきなりそう言った。
「だって、誰からかわかってるんだもの」カンナも笑いながら応える。
「もっと嬉しそうに出ろよ」
「電話、苦手なんだもん」
「まぁ、カンナらしいけどな」
それには答えずに、「何かあった?」とカンナは聞いた。
「あったってわけじゃないんだけど、どうしてるかなと思って」
「いつも気にかけてもらって悪いわね」
「ちぇっ、全然悪そうには聞こえないのはどういうわけなんだろう?」
「まぁ、悪いとは思ってないからかな」
カンナがそう言うと、琢磨はカンナの耳が痛くなるくらい大きな声で笑った。
「耳、痛いじゃん。それに今日はとってもひねくれた子供みたいじゃないの。
そっちこそ何かあった?」
逆にカンナが聞いてみる。
「ん~~、何もないけど、なぜか声が聞きたくなってさ。
ところで今、電話してて大丈夫なのか?」
「今日は久しぶりに仕事が速く終わってね、電話大丈夫だよ」
そう答えながら、カンナは電話をヘッドフォンに切り替えた。
「お出かけ準備しながらだけど、少し話せるよ?」
「出かけるのか?」
「ええ、食事の約束してるから」
「そうなんだ。で、誰と?」
「誰とって・・・」
「ちぇっ、つい言うかと思ったのに」
「言うわけないでしょ?」
「男か?」
「う~ん。まぁ男性かな」
「えっ?ほんとに男か?」
カンナは笑いながら「女性でもゲイでもないから、男性だね」と言った。
「マジかよ・・・参ったな」琢磨がそう唸ったので、
「デートかもよ~?」とカンナは琢磨を煽ってしまった。
「お前な・・・」と琢磨が絶句したので、カンナは「あははは、そんなじゃないよ」とすぐに否定した。
「ごめん、ごめん。つい意地悪したくなった」とすぐに謝る。
煽ってしまったことを即座に反省したのだ。
「お兄ちゃんは30分おきに電話するからな」琢磨もカンナの意図がわかったのか、笑いながら冗談にする。
「いつからお兄ちゃんに・・・」
「不順異性交遊は禁止だからな」と琢磨が言った。
カンナは少し考えて、「ね、琢磨。こういうの無しにしない?」と言った。
「ん?」
「もう二人ともいい歳なんだもの。私生活のことは干渉しないようにしたいわ」
「あ、そういうことね。もちろん良いですよ、それで」
「私だって琢磨が誰と食事に行こうが干渉したくないし」
琢磨はしばらく黙っていたが、「いいなぁ、カンナに琢磨って呼ばれるの久しぶりのような気がする」と言った。
「もう、はぐらかさないの!」とカンナが抗議するフリをする。
「一応わかったよ」
「え~?一応ってなによ」
「わかってはいるけど、口出しせずには居られない」
「どういうことよ」
そうカンナが食い下がると、「どういうことか今から考えるよ」そう琢磨は言って静かになった。
その時、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
「お迎えが来たようだから、私行かなくちゃ」
カンナはそう言いながらドアに近づいた。
「あぁ、わかった。楽しんで来い」そう言って琢磨は電話を切った。
あっけなく終わってしまった会話の余韻を残したまま、カンナはドアを開けて田所を部屋に入れた。
「タイミング悪かったかな?」
田所はそういいながらカンナに小さなコサージュを渡した。
「え?これを私に?」
びっくりしているカンナに、「デートのお迎えには花が必要だろ?」と田所は笑っている。
「デートなの?」
「あぁ、今日はそのつもり」
「まぁっ!!デートなんて久しぶりだわ」と言うカンナの顔が次第に嬉しそうになっていくのを見て、田所はほっとした。
カンナの手をとって、手首の内側に柔らかく口をつけると、カンナがびくっとしたのがわかった。
「ふ~ん、ここも感じるんだ?」
「な、何を・・・」
カンナが立ち直らないうちに、その手を掴んで引き寄せ、
「ほら、深呼吸」と言って背中を撫でると、カンナは素直に息を大きく吸って整えた。
カンナが落ち着くと、田所は普段どおりにカンナをエスコートして夕食に連れ出した。
歩いて数分の雑居ビルにある割烹料理店だった。
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