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第8話 政略結婚ですものね
「少し……地味でしょうか……?」
自宅に置いてある大きな姿見の前で、ミレイユは自信なさげに顔を曇らせた。
鏡には、真っ白なブラウスに紺のロングスカートを合わせた自身の姿が映っている。侍女が薄く化粧を施してくれて、髪も綺麗に編み込んでくれた。
上々の仕上がりだとは思う。ただ――十四歳の娘にしては、ちょっと地味な気がした。
本日はオスカーとの婚約が決まってから、初めてのお出掛けである。顔合わせのために両家で食事会をしたのが先週のこと。なので、オスカーと会うのは今日で二回目。二人きりで顔を合わせるのはこれが初めてだ。
普段なら格好にこだわりなどないのに、婚約者との外出となると、途端にそわそわしてしまう。
「品がよくて、よくお似合いだと思いますわ」
ミレイユの感想とは裏腹に、侍女はそう褒めてくれる。
「オスカー様は、もっと華やかな方が好みだったりしないかしら……?」
ミレイユが懸念を口にすると、侍女は微笑ましげにくすくすと笑う。
「心配し過ぎですわ、お嬢様。こんなにお綺麗な婚約者を自慢に思わない殿方など、おりません」
「本当に……?」
「はい」
侍女が太鼓判を押してくれたので、ミレイユは己の姿に自信を持つことにする。
時間になったらオスカーが屋敷まで迎えに来てくれて、カフェで昼食を一緒に摂る予定だ。
今日のために、ミレイユは事前にしっかり予習をした。二人きりで沈黙が続かないよう、どんな話題を出せばいいか友人たちに相談したのである。
おめかし良し、事前準備良し。あとはオスカーがやって来るのを待つだけ。
食事会ではオスカーとの直接的な会話はほとんどしなかったので、今日の印象はとっても大事だ。楽しい時間になるよう努めなくては。何せ、今後何十年と連れ添うお相手なのだから。なるべく好印象を抱いてもらいたいところ。
そんなこんなで、自室でオスカーの到着を使用人が報告しに来るのを、そわそわと待ち――。
待って待って、約束の時間から数分、数十分と経過していき。
待てど暮らせど、オスカーがやってこない。約束の時間は二十分前に過ぎていた。
「オスカー様に何かあったのでしょうか?」
道が渋滞しているとか、思わぬ足止めを食らっているとかならいいのだけれど。事故にでも遭ったのかと、ミレイユは心配になる。
結局、待ち続けてもオスカーは現れず、待ち合わせの時間の二時間後にようやく、侯爵家の遣いがやってきて、彼からの手紙を届けてくれた。
――急用ができて今日は行けなくなった、日を改めさせてくれ、と。
楽しみにしていたミレイユは残念に思ったけれど、そういうこともあるでしょう、と特段気にしなかった。この時は。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
オスカーとの予定がキャンセルとなった、二日後。ミレイユは学院の廊下で婚約者とすれ違った。
「オスカー様」
咄嗟に、声を掛けてしまった。
彼は足を止め、両者の友人が気を利かせて離れて行く。
「ミレイユ嬢。何か用が?」
「あ、いいえ、用というほどのものは……」
反射で名前を呼んでしまっただけである。呼び止めておいてなんでもないです、は気が引けたので、話題を探したミレイユはあっと思い付く。
「そういえば、先日の件ですが……急用というのはなんだったのでしょう?」
土壇場で取り消すくらいだから、よほどの用件だったのだろう。気になったので尋ねてみると、オスカーがああ、と相槌を打つ。
「その件か。実は、幼馴染が父君の誕生日の贈り物で悩んでいてな。急遽、俺が一緒に選びに行くことになったんだ」
「…………」
想定外の答えが返ってきて、ミレイユは反応に困った。
「幼馴染というのは……?」
「ホプキンス男爵家のキャスリーン嬢だ。学年が同じだし、目立つ子だから君も知ってるんじゃないか?」
知っていた。有名人だから。常に男子生徒に囲まれていて、令嬢たちの中では浮いていることで。
つまりは、こういうこと。
オスカーは婚約者との先約があったにも関わらず、他の女性を優先しドタキャンした、と。
大した用件でもないのに急用と言い張り、婚約者より別の女性を優先しておいて悪びれもせず、キャンセルしたことへの謝罪もない。
思うところは多々あったが、すべてを呑み込んでミレイユは頷いた。
「ホプキンス男爵令嬢でしたら、交流はありませんが、存じ上げてはいます」
「だろうな。機会があれば、ミレイユ嬢にも紹介しよう」
「……楽しみにしております」
ミレイユがにっこりと微笑んで社交辞令を口にすると、オスカーはそれじゃあな、と去って行った。
ふう、とため息を一つ吐いて。
(これは……期待した私が、よくなかったですね。政略結婚なのですから)
オスカーという人物は、どうにもまともではなさそうだ。なので、そう結論づけた。
窘める気にすらなれなかった。突っ込みどころが多すぎて。分かり合うには、彼の価値観があまりにもミレイユとかけ離れている。
約束を当日に反故にして謝罪すらしない、というのは呆れを通り越して困惑した。
価値観をすり合わせるのは骨が折れそうだし、いちいち指摘していたら、こちらの精神がすり減りそうだ。
(オスカー様が、ご自分で気づいてくださるのを待ちましょう)
彼が真っ当なら、ミレイユが不満を口にせずとも、いずれ改めてくれるだろう。
改めてくれずに同じようなことが続くのなら、それがオスカーの器ということ。その際は困った婚約者を持ってしまったと諦めよう。
政略結婚なのだから、夢など見てはいけなかったのに。
婚約者と素敵な関係が築けたらいいな、などと期待したミレイユがよくなかったのだ。
自宅に置いてある大きな姿見の前で、ミレイユは自信なさげに顔を曇らせた。
鏡には、真っ白なブラウスに紺のロングスカートを合わせた自身の姿が映っている。侍女が薄く化粧を施してくれて、髪も綺麗に編み込んでくれた。
上々の仕上がりだとは思う。ただ――十四歳の娘にしては、ちょっと地味な気がした。
本日はオスカーとの婚約が決まってから、初めてのお出掛けである。顔合わせのために両家で食事会をしたのが先週のこと。なので、オスカーと会うのは今日で二回目。二人きりで顔を合わせるのはこれが初めてだ。
普段なら格好にこだわりなどないのに、婚約者との外出となると、途端にそわそわしてしまう。
「品がよくて、よくお似合いだと思いますわ」
ミレイユの感想とは裏腹に、侍女はそう褒めてくれる。
「オスカー様は、もっと華やかな方が好みだったりしないかしら……?」
ミレイユが懸念を口にすると、侍女は微笑ましげにくすくすと笑う。
「心配し過ぎですわ、お嬢様。こんなにお綺麗な婚約者を自慢に思わない殿方など、おりません」
「本当に……?」
「はい」
侍女が太鼓判を押してくれたので、ミレイユは己の姿に自信を持つことにする。
時間になったらオスカーが屋敷まで迎えに来てくれて、カフェで昼食を一緒に摂る予定だ。
今日のために、ミレイユは事前にしっかり予習をした。二人きりで沈黙が続かないよう、どんな話題を出せばいいか友人たちに相談したのである。
おめかし良し、事前準備良し。あとはオスカーがやって来るのを待つだけ。
食事会ではオスカーとの直接的な会話はほとんどしなかったので、今日の印象はとっても大事だ。楽しい時間になるよう努めなくては。何せ、今後何十年と連れ添うお相手なのだから。なるべく好印象を抱いてもらいたいところ。
そんなこんなで、自室でオスカーの到着を使用人が報告しに来るのを、そわそわと待ち――。
待って待って、約束の時間から数分、数十分と経過していき。
待てど暮らせど、オスカーがやってこない。約束の時間は二十分前に過ぎていた。
「オスカー様に何かあったのでしょうか?」
道が渋滞しているとか、思わぬ足止めを食らっているとかならいいのだけれど。事故にでも遭ったのかと、ミレイユは心配になる。
結局、待ち続けてもオスカーは現れず、待ち合わせの時間の二時間後にようやく、侯爵家の遣いがやってきて、彼からの手紙を届けてくれた。
――急用ができて今日は行けなくなった、日を改めさせてくれ、と。
楽しみにしていたミレイユは残念に思ったけれど、そういうこともあるでしょう、と特段気にしなかった。この時は。
◆◆◆◇◆◇◆◆◆
オスカーとの予定がキャンセルとなった、二日後。ミレイユは学院の廊下で婚約者とすれ違った。
「オスカー様」
咄嗟に、声を掛けてしまった。
彼は足を止め、両者の友人が気を利かせて離れて行く。
「ミレイユ嬢。何か用が?」
「あ、いいえ、用というほどのものは……」
反射で名前を呼んでしまっただけである。呼び止めておいてなんでもないです、は気が引けたので、話題を探したミレイユはあっと思い付く。
「そういえば、先日の件ですが……急用というのはなんだったのでしょう?」
土壇場で取り消すくらいだから、よほどの用件だったのだろう。気になったので尋ねてみると、オスカーがああ、と相槌を打つ。
「その件か。実は、幼馴染が父君の誕生日の贈り物で悩んでいてな。急遽、俺が一緒に選びに行くことになったんだ」
「…………」
想定外の答えが返ってきて、ミレイユは反応に困った。
「幼馴染というのは……?」
「ホプキンス男爵家のキャスリーン嬢だ。学年が同じだし、目立つ子だから君も知ってるんじゃないか?」
知っていた。有名人だから。常に男子生徒に囲まれていて、令嬢たちの中では浮いていることで。
つまりは、こういうこと。
オスカーは婚約者との先約があったにも関わらず、他の女性を優先しドタキャンした、と。
大した用件でもないのに急用と言い張り、婚約者より別の女性を優先しておいて悪びれもせず、キャンセルしたことへの謝罪もない。
思うところは多々あったが、すべてを呑み込んでミレイユは頷いた。
「ホプキンス男爵令嬢でしたら、交流はありませんが、存じ上げてはいます」
「だろうな。機会があれば、ミレイユ嬢にも紹介しよう」
「……楽しみにしております」
ミレイユがにっこりと微笑んで社交辞令を口にすると、オスカーはそれじゃあな、と去って行った。
ふう、とため息を一つ吐いて。
(これは……期待した私が、よくなかったですね。政略結婚なのですから)
オスカーという人物は、どうにもまともではなさそうだ。なので、そう結論づけた。
窘める気にすらなれなかった。突っ込みどころが多すぎて。分かり合うには、彼の価値観があまりにもミレイユとかけ離れている。
約束を当日に反故にして謝罪すらしない、というのは呆れを通り越して困惑した。
価値観をすり合わせるのは骨が折れそうだし、いちいち指摘していたら、こちらの精神がすり減りそうだ。
(オスカー様が、ご自分で気づいてくださるのを待ちましょう)
彼が真っ当なら、ミレイユが不満を口にせずとも、いずれ改めてくれるだろう。
改めてくれずに同じようなことが続くのなら、それがオスカーの器ということ。その際は困った婚約者を持ってしまったと諦めよう。
政略結婚なのだから、夢など見てはいけなかったのに。
婚約者と素敵な関係が築けたらいいな、などと期待したミレイユがよくなかったのだ。
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