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第16話 婚約披露パーティ
「婚約おめでとう、ミレイユ。幸せそうで何よりだわ」
友人クララからのお祝いに、ミレイユはありがとうございます、とはにかんだ。
二人の婚約披露パーティは、侯爵へ相談した日の二週間後に行われた。
穏やかな陽射しの下、侯爵邸の庭園では、集まった人々が芝生の広場に色とりどりのドレスの花を咲かせていた。
次々とやってくる招待客たちに、ミレイユはアルヴィンに寄り添って応対する。ご婚約おめでとうございます、というお祝いの言葉にお礼を言って二言三言、世間話をして別れるということを繰り返していると。
友人と入れ替わるようにやって来た招待客に、ミレイユは淑女の微笑みを湛えながらも、内心では気を引き締めた。
進み出たのは三人の令嬢で、アルヴィンのクラスメイトだ。いずれも名家の令嬢たちなので、招待しないという選択肢はなかった。
ミレイユが身構えたのは、見据えてくる彼女たちの目の色が、なんだか挑戦的だったからだ。祝福の感情など見受けられず、鋭く尖っている。
スカイブルーのドレスを揺らして、育ちの良さそうな令嬢が一礼する。
「本日はこのような場にお招きくださって、ありがとうございます。ですが、わたくしたち、この場でお祝いの言葉をお伝えするのが正しいことなのか、迷っているのです」
そう口火を切ったのは、侯爵家の令嬢だった。
「アルヴィン様は大切な学友ですもの。その友人が本命は別にいらっしゃる女性と結ばれたのでは――心配になるわたしたちの気持ち、ご理解くださいますよね?」
続いて、伯爵家の令嬢がふてぶてしく言う。敵意に満ちた令嬢たちの眼差しが、ミレイユを射抜く。
(この方たちも、キャスリーン様が流した噂を聞いたのですね……)
どう返したものか。ミレイユが逡巡する間にアルヴィンがす、っと一歩前に出た。
「その心配は、杞憂ですよ」
普段よりも大人びた声が、清涼な空気に溶け込んでいく。
「この婚約が成立したのは、私がミレイユ様へ求婚したからです。兄の婚約者に抱くべき感情ではないと自覚しながらも、ずっとお慕いしていたので。長年の想いが成就したのですから、妙な噂に振り回されることなく、学友なら祝福してはくれませんか?」
アルヴィンが口にした台詞に、ミレイユはふるふると身を震わせた。
(なんて、用意周到なのでしょうか……っ!)
アルヴィンの先を見通す力は素晴らしかった。
きっと、こんな時に備えて、二人の馴れ初めがアルヴィンからのひと目ぼれ、という設定にしておいたに違いない。だから説得力のある言葉がすらすらと出てくるのだ。
感心していたミレイユは、ハッとする。
(いけません、私もしっかりしないとっ)
アルヴィンだけに負担を掛けてはいけない。オスカーに未練があるだなんて不本意な噂を消すため、しっかりと円満な婚約者アピールをしなくては。
気合を入れ直したところで、令嬢の視線がミレイユに向いた。キッと睨まれたので、居住まいを正す。
「アルヴィン様の想いが本物であっても、ミレイユ様に弄ばれているのならお祝いなんてできません! ミレイユ様はアルヴィン様のどこに惹かれたのです? 本気で好きなら、答えられるでしょうっ?」
「え……」
アルヴィンのどこに惹かれたか。
(ええと……。どこ……、どこと答えるのが正解なのでしょう? 聡明なところ? 人をよく見ているところ? マメなところ?)
いくらでも思い付くけれど、なんだか特別感に欠けて、これでは婚約者じゃなくても口にできそう。想い合う婚約者同士というには、説得力に欠ける気がした。
言葉に迷うミレイユを見て、令嬢たちは我が意を得たり、といった顔になる。
「やっぱり! 本命はオスカー様で、彼の側にいるためにアルヴィン様を利用しているんでしょ!」
「アルヴィン様がお可哀想だわ!」
令嬢たちの熱量に押されて、ミレイユはたじたじになる。言葉に詰まったことが、付け入る隙となってしまっていた。ここから挽回するには、どうすればよいのだろう。
ミレイユが困っていることに気づいたのか、アルヴィンが割って入った。
「先ほど告げたでしょう? 私が先に惹かれた、と。ミレイユ様の想いがどうであれ、この先、同じだけの想いを返してもらえるよう、努めていきます。それとも、私には端からミレイユ様を口説き落とせるだけの魅力がありませんか?」
「え? あ、いえ、それは……」
ここまで必死になるのだから、この令嬢たちはきっとアルヴィンに好意があるのだ。そして、意中の男性からこんな風に言われたら、反論のしようはなくなる。
(お見事です……)
アルヴィンの話術に、感心するしかない。
逆に怯んだ令嬢たちに、アルヴィンがにっこりと微笑み掛けた。
「少しずつミレイユ様を口説いているところですから、学友として応援してください」
「……」
彼女たちは異を唱えられなくなり、渋々といった様子で離れていった。
それから何人かの招待客とやり取りを交わしたが、不躾な言葉を投げてきたのはあの三人の令嬢たちだけだった。
形式的な挨拶から解放されて自由になると、アルヴィンが砕けた笑みを浮かべた。
「いつもはミレイユ様が上手《うわて》ですけど。今日は僕の勝ち、でしょうか?」
鳶色の瞳が、悪戯っぽく細まる。
「フォローしてくださって、ありがとうございます。上手く演じることができず、申し訳ありません……」
シャンパンの注がれたグラスを受け取りながら、ミレイユはしゅん、と項垂れる。全然上手くできなくて、情けなかった。
「難しい質問でしたか? 僕のどこに惹かれたか」
苦笑するアルヴィンの声音は、ちょっぴり寂しげだ。
ミレイユは慌てて否定する。
「違うのです。アルヴィン様の素敵なところはたくさん思い付きます……っ! ただ、誰の目から見ても明らかな部分を挙げても説得力がないかしら、と……」
なんだか言い訳っぽく聞こえた。こんなことなら、難しいことは考えずに素直に思い付いた部分を口にしておけばよかった。
ミレイユはそう後悔したけれど。アルヴィンはくすりと笑んだ。
「真面目なミレイユ様らしいな。それっぽく響くものをテキトーに挙げたりしないところが」
どうやら彼は、ミレイユの言葉を信じてくれたみたいだ。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、このままではいけないと、ミレイユはぐい、とシャンパンを飲み干して――。
「次は、上手くやりますから!」
トン、とグラスをテーブルに置いて、気合を入れ直す。
「あたふたしている珍しいミレイユ様も――可愛らしいので、もしまた似たようなことがあっても、僕に任せてくださっていいんですよ?」
「いいえ、アルヴィン様に頼りきりではいられません……っ。がんばります!」
「…………」
「どうされましたか?」
アルヴィンがなんだか物言いたげな顔をしている気がしたので、ミレイユは小首を傾げる。
「……いえ、先が長そうだなぁ、と」
どういう意味だろう。
考えて、あっと気づく。
「心配ご無用、です! 先ほどの一件で学習しましたから。次こそ、アルヴィン様を恋い慕う婚約者を見事に演じてみせます………っ」
「……やっぱり、先は長いな」
感慨深げに言われて、ミレイユは頰を膨らませた。
「そんなに信用ありませんか……?」
流石に心外である。そりゃあ、さっきは不甲斐ないところを見せてしまったけれども。
「ないかもしれません」
アルヴィンは可笑しそうに、くすくすと笑う。
噛み合っているようで絶妙にすれ違っている会話に、ミレイユは気づくことなく。
「……わかりました。完璧な恋する乙女になりきって、アルヴィン様をびっくりさせてみせます……っ!」
そう宣言するのだった。
友人クララからのお祝いに、ミレイユはありがとうございます、とはにかんだ。
二人の婚約披露パーティは、侯爵へ相談した日の二週間後に行われた。
穏やかな陽射しの下、侯爵邸の庭園では、集まった人々が芝生の広場に色とりどりのドレスの花を咲かせていた。
次々とやってくる招待客たちに、ミレイユはアルヴィンに寄り添って応対する。ご婚約おめでとうございます、というお祝いの言葉にお礼を言って二言三言、世間話をして別れるということを繰り返していると。
友人と入れ替わるようにやって来た招待客に、ミレイユは淑女の微笑みを湛えながらも、内心では気を引き締めた。
進み出たのは三人の令嬢で、アルヴィンのクラスメイトだ。いずれも名家の令嬢たちなので、招待しないという選択肢はなかった。
ミレイユが身構えたのは、見据えてくる彼女たちの目の色が、なんだか挑戦的だったからだ。祝福の感情など見受けられず、鋭く尖っている。
スカイブルーのドレスを揺らして、育ちの良さそうな令嬢が一礼する。
「本日はこのような場にお招きくださって、ありがとうございます。ですが、わたくしたち、この場でお祝いの言葉をお伝えするのが正しいことなのか、迷っているのです」
そう口火を切ったのは、侯爵家の令嬢だった。
「アルヴィン様は大切な学友ですもの。その友人が本命は別にいらっしゃる女性と結ばれたのでは――心配になるわたしたちの気持ち、ご理解くださいますよね?」
続いて、伯爵家の令嬢がふてぶてしく言う。敵意に満ちた令嬢たちの眼差しが、ミレイユを射抜く。
(この方たちも、キャスリーン様が流した噂を聞いたのですね……)
どう返したものか。ミレイユが逡巡する間にアルヴィンがす、っと一歩前に出た。
「その心配は、杞憂ですよ」
普段よりも大人びた声が、清涼な空気に溶け込んでいく。
「この婚約が成立したのは、私がミレイユ様へ求婚したからです。兄の婚約者に抱くべき感情ではないと自覚しながらも、ずっとお慕いしていたので。長年の想いが成就したのですから、妙な噂に振り回されることなく、学友なら祝福してはくれませんか?」
アルヴィンが口にした台詞に、ミレイユはふるふると身を震わせた。
(なんて、用意周到なのでしょうか……っ!)
アルヴィンの先を見通す力は素晴らしかった。
きっと、こんな時に備えて、二人の馴れ初めがアルヴィンからのひと目ぼれ、という設定にしておいたに違いない。だから説得力のある言葉がすらすらと出てくるのだ。
感心していたミレイユは、ハッとする。
(いけません、私もしっかりしないとっ)
アルヴィンだけに負担を掛けてはいけない。オスカーに未練があるだなんて不本意な噂を消すため、しっかりと円満な婚約者アピールをしなくては。
気合を入れ直したところで、令嬢の視線がミレイユに向いた。キッと睨まれたので、居住まいを正す。
「アルヴィン様の想いが本物であっても、ミレイユ様に弄ばれているのならお祝いなんてできません! ミレイユ様はアルヴィン様のどこに惹かれたのです? 本気で好きなら、答えられるでしょうっ?」
「え……」
アルヴィンのどこに惹かれたか。
(ええと……。どこ……、どこと答えるのが正解なのでしょう? 聡明なところ? 人をよく見ているところ? マメなところ?)
いくらでも思い付くけれど、なんだか特別感に欠けて、これでは婚約者じゃなくても口にできそう。想い合う婚約者同士というには、説得力に欠ける気がした。
言葉に迷うミレイユを見て、令嬢たちは我が意を得たり、といった顔になる。
「やっぱり! 本命はオスカー様で、彼の側にいるためにアルヴィン様を利用しているんでしょ!」
「アルヴィン様がお可哀想だわ!」
令嬢たちの熱量に押されて、ミレイユはたじたじになる。言葉に詰まったことが、付け入る隙となってしまっていた。ここから挽回するには、どうすればよいのだろう。
ミレイユが困っていることに気づいたのか、アルヴィンが割って入った。
「先ほど告げたでしょう? 私が先に惹かれた、と。ミレイユ様の想いがどうであれ、この先、同じだけの想いを返してもらえるよう、努めていきます。それとも、私には端からミレイユ様を口説き落とせるだけの魅力がありませんか?」
「え? あ、いえ、それは……」
ここまで必死になるのだから、この令嬢たちはきっとアルヴィンに好意があるのだ。そして、意中の男性からこんな風に言われたら、反論のしようはなくなる。
(お見事です……)
アルヴィンの話術に、感心するしかない。
逆に怯んだ令嬢たちに、アルヴィンがにっこりと微笑み掛けた。
「少しずつミレイユ様を口説いているところですから、学友として応援してください」
「……」
彼女たちは異を唱えられなくなり、渋々といった様子で離れていった。
それから何人かの招待客とやり取りを交わしたが、不躾な言葉を投げてきたのはあの三人の令嬢たちだけだった。
形式的な挨拶から解放されて自由になると、アルヴィンが砕けた笑みを浮かべた。
「いつもはミレイユ様が上手《うわて》ですけど。今日は僕の勝ち、でしょうか?」
鳶色の瞳が、悪戯っぽく細まる。
「フォローしてくださって、ありがとうございます。上手く演じることができず、申し訳ありません……」
シャンパンの注がれたグラスを受け取りながら、ミレイユはしゅん、と項垂れる。全然上手くできなくて、情けなかった。
「難しい質問でしたか? 僕のどこに惹かれたか」
苦笑するアルヴィンの声音は、ちょっぴり寂しげだ。
ミレイユは慌てて否定する。
「違うのです。アルヴィン様の素敵なところはたくさん思い付きます……っ! ただ、誰の目から見ても明らかな部分を挙げても説得力がないかしら、と……」
なんだか言い訳っぽく聞こえた。こんなことなら、難しいことは考えずに素直に思い付いた部分を口にしておけばよかった。
ミレイユはそう後悔したけれど。アルヴィンはくすりと笑んだ。
「真面目なミレイユ様らしいな。それっぽく響くものをテキトーに挙げたりしないところが」
どうやら彼は、ミレイユの言葉を信じてくれたみたいだ。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、このままではいけないと、ミレイユはぐい、とシャンパンを飲み干して――。
「次は、上手くやりますから!」
トン、とグラスをテーブルに置いて、気合を入れ直す。
「あたふたしている珍しいミレイユ様も――可愛らしいので、もしまた似たようなことがあっても、僕に任せてくださっていいんですよ?」
「いいえ、アルヴィン様に頼りきりではいられません……っ。がんばります!」
「…………」
「どうされましたか?」
アルヴィンがなんだか物言いたげな顔をしている気がしたので、ミレイユは小首を傾げる。
「……いえ、先が長そうだなぁ、と」
どういう意味だろう。
考えて、あっと気づく。
「心配ご無用、です! 先ほどの一件で学習しましたから。次こそ、アルヴィン様を恋い慕う婚約者を見事に演じてみせます………っ」
「……やっぱり、先は長いな」
感慨深げに言われて、ミレイユは頰を膨らませた。
「そんなに信用ありませんか……?」
流石に心外である。そりゃあ、さっきは不甲斐ないところを見せてしまったけれども。
「ないかもしれません」
アルヴィンは可笑しそうに、くすくすと笑う。
噛み合っているようで絶妙にすれ違っている会話に、ミレイユは気づくことなく。
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