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イヤメテの町

40「彼女の事情」の巻

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 夕食時。

 ラッテ家の家族の食卓にため息混じりのラッテ家家長の声が響いた。

「……おまえは、いくつになっても変わらんなぁ」

 父親のその言葉には、親の反対を押し切り、いつまでも自由奔放に冒険者を続けている自分の娘を責めるような響きがあった。
 
 父親は大きく開けた口の中でパンと肉を同時に頬張りながら、ジロリ…と自分の娘を睨みつける。
 父親の鋭い視線を受けて、ラッテは蛇に睨まれた蛙のように小さな体をより一層竦ませた。

 母親は、黙っている。
 我関せず…と言った感じの涼しげな表情で、使用人に作らせたローストしたホロホロ鳥の肉を、ナイフとフォークを使って皿から口へと運ぶ機械的な動作をただ淡々と繰り返している。
 この母には父と娘の会話に立ち入る気はないようだ。

 父親はむしゃむしゃと咀嚼を続けながら、膝の上に両手を置いたまま夕食を食べようとしない自分の娘の横顔を、じっ…と観察しながら言った。

「父さんが以前おまえに話したことは、まだ覚えているかね?」
「……はい」

 18歳になったら兄や姉達がそうであったように、ラッテ家の親類から婿を迎えるか、もしくは嫁に行くこと。
 それまではなにをやってもいいが、自分の命に関わるようなことは厳に慎むこと。
 自分が『ラストブラッド』の一人であることに誇りを持ち、その自覚を持つこと。

 それが15歳の女魔術師ラッテが父親から求められることの全てである。

 『ラストブラッドの再興』。
 それこそがラッテ家の血統の魔術師であり、魔導の研究者でもある父親の悲願である。
 ……いや、『妄執』と言い換えてもいい。

 食事も会話も続けようとしない自分の娘を眺めながら、たっぷりと肉皮の付いた頬を歪めてラッテの父親は続けた。

「……兄妹で後はおまえだけなのだぞ、モカ。兄さんや姉さんを見習って早く自分の家庭を持て」

 15歳のラッテはいつになく固い表情で、父親の言葉に黙ったままで頷いた。

 母親は、相変わらず黙っている。
 細くしなやかな指先でワイングラスの|持ち手(ステム)を抓んで、母親はグラスの中の赤い液体をゆっくりと回転させ続けている。赤い液体の動きを目で追うその表情からは、自分の娘に対する感情は何も読み取ることはできない。

 自分の言葉にはっきりとした返答をしないラッテを見て、父親が促した。

「……どうした。返事をしなさい!」

 高圧的な父親の声。

 高位の魔術師である父親が発した言葉は、太く硬い鎖のように物理的な力でラッテの細い身体に絡みつき締め付けた。黄疸の浮き出た目を窄めながら、父親はラッテを見つめ続ける。
 数十年分の妄執が凝り固まったような父親の視線を受けて、ラッテはさらに体を竦ませつつ小さな唇から言葉を絞り出した。

「……はいっ」

 衣服の裾を両手でぎゅっ…と掴んで、食卓に置かれたスープを見つめながらラッテが父親に返事をした。それを聞いて満足した父親は、ラッテから視線をそらし食事を続ける。

 母親は、この会食が始まってから一度も自分の娘の方を見ていない。

 目ににじむ涙を冷徹な父親に見せないように、ラッテは父親から目を背け、顔を伏せた。

 さめてしまったテーブルの上のスープだけが、ラッテの横顔を冷たく映し出していた。




 続く…
 次回は、『サクラの夜』…
 『いつものやつ』…
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