元アイドルは現役アイドルに愛される

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23.トキメキ…?



その日は珍しく、三人の家でリオと奏多が二人きりになる時間があった。颯真は後輩グループの緊急ミーティングで帰りが遅くなるという。 

奏多はリビングのデスクで、新曲の譜面と睨み合っていた。


「……ここの転調、もう少し滑らかにしたいな」


ペンを走らせる奏多の横顔は、音楽に没頭する「K」の顔だ。そこへ、お風呂から上がったばかりのリオが、少し湿った髪を揺らしながらやってきた。


「奏多さん、あんまり根を詰めすぎると目に良くないですよ」


リオはそう言って、奏多のすぐ隣に座り込んだ。
いつもなら「奏多さん! 大好きです!」と全力で突っ込んでくるのに、今のリオはどこか落ち着いていて、柔らかな石鹸の香りを漂わせている。


「あ、リオくん。……そうだね、少し休憩しようかな」


奏多がペンを置いた瞬間、リオがそっと奏多の手に自分の手を重ねた。

以前のリオなら、もっと強引に握りしめていただろう。けれど今は、壊れ物を扱うような、けれど確かな体温を感じさせる触れ方だった。


「……奏多さんの手、少し震えてます。さっきのデモ、かっこよかったけど、すごく……奏多さんの魂が削られてるみたいで。……あんまり、無理しないでくださいね」


リオの低い、落ち着いた声。
奏多はふと、リオの顔を盗み見た。

知り合ったばかりの頃の「キラキラした後輩」ではない。
自分を救いたいと願い、自分をアイドルとして、そして一人の男として真っ直ぐに見つめてくれる瞳。


「……リオくん」

「はい」

「君は、どうしてそんなに僕に一生懸命なの? 僕はもう、君が思っているような輝かしいエースじゃない。脚だって完璧じゃないし、その……」

「奏多さん」


リオが奏多の言葉を遮るように、重ねていた手に力を込めた。


「僕は、奏多さんの傷も含めて全部が好きなんです。踊れなくて絶望していた奏多さんも、マスクで顔を隠して曲を書いていたKさんも、全部、僕にとっては美しくて……守りたくて、仕方のない人なんです」


リオが奏多を覗き込む。

奏多の心臓が、不規則なリズムを刻み始める。

颯真の過保護な愛情は、家族としての安らぎだ。
けれど、リオが向けてくるこの視線は、奏多の肌を微かに熱くさせ、何となく気恥ずかしさを感じる。


「……リオくん、顔、近いよ……」

「嫌ですか?」


リオは逃がさない。じりじりと距離を詰め、奏多の唇まであと数センチというところで止まった。
奏多は反射的に目を逸らそうとしたが、なぜか体が動かない。リオの放つ、若くて真っ直ぐな「熱」に、意識が絡め取られていく。


(……あ、これ、まずいかも……)


奏多は、自分の耳たぶが熱くなっていくのを感じていた。
ただの後輩、ただのユニット仲間。
そう自分に言い聞かせてきた壁が、リオの真剣な眼差しの前で、音を立てて崩れ始めていた。


「――ただいま。二人で何をそんなに真剣に話してるの?」


ガチャリと玄関が開く音と共に、颯真の声が響いた。


二人は弾かれたように離れる。奏多は慌てて譜面をいじり、リオはわざとらしく天井を仰いだ。


「おかえり、颯真! 早かったね!」

「……全然早くないよ、奏多。それにしても、リオくん。君、なんか顔が赤いけど……熱?」


颯真の目が、鋭くリオを射抜く。


「な、なんでもないですよ! 暖房が効きすぎてるだけです!」


リオが慌ててキッチンへ逃げていく。
奏多は乱れた呼吸を整えながら、再びペンを握った。けれど、譜面の音符はもう目に入らなかった。


(……僕、今、少しだけ……)


リオの唇が近づいたとき、拒絶しようとしなかった自分。
奏多は、自分の胸の中に生まれた小さな「意識」の芽に気づき、一人でそっと顔を覆った。





颯真がキッチンへお茶を淹れに行った隙を、リオは見逃さなかった。

奏多は、乱れた心拍数を落ち着かせようと必死に譜面を眺めていたが、視界の端に再びリオの影が差した。


「……奏多さん」


耳元で、羽毛が触れるような掠れた声。

奏多が肩を震わせると、リオは先ほどよりもさらに踏み込み、奏多が座る椅子の背もたれに手を置いて、背後から包み込むような形になった。


「っ、リオくん……っ、颯真が戻ってきちゃうよ」

「颯真さんは今、茶葉を選んでますから、あと三段階くらいは戻ってきません。……それより奏多さん、さっき……逃げませんでしたよね」

「……っ、それは……」


今までの「ワンコ」な甘え方はどこへ行ったのか、今のリオの瞳には、狩りをする猛獣のような鋭さと、独占欲がギラギラと渦巻いていた。


「僕のこと、ただの後輩だと思ってるなら、あそこで突き放せたはずです。……意識、してくれました?」


リオの手が、奏多のパジャマの袖をそっと引く。
奏多は顔を上げることができない。自分の顔が、かつてないほど赤くなっている自覚があった。


「……ずるい…、リオくん」

「ずるくたっていいです。僕は、颯真さんみたいな『綺麗で完璧な家族ごっこ』をするつもりはありません。……僕は、奏多さんの特別な男になりたいんです」

リオはそう言うと、奏多の首筋に、唇を寄せるか寄せないかのギリギリの距離で、一度だけ深く息を吸った。まるで奏多の香りを自分の体に刻み込むような、濃密な沈黙。


「リオ、くん……」


奏多の声が、甘く震える。
その瞬間、リオは確信した。奏多の中で、自分に対する感情の天秤が大きく動いたことを。


「――お待たせ、奏多。今日はいいハーブティーが……って、リオくん。君、まだそこにいたの?」


キッチンから戻ってきた颯真の足音が、静寂を切り裂く。
リオは素早く身を引き、何食わぬ顔でスマホを取り出した。


「あー、ちょうど今行こうと思ってたところです。奏多さん、また明日。……練習、楽しみにしてますね」


リオは立ち去り際、颯真には見えない角度で、奏多にだけ向かって、唇に指を当てる「内緒」のジェスチャーをしてみせた。


「……なんか、あの子の様子がおかしいね。奏多、何かされた?」


颯真が不審そうに、奏多の隣に座って顔を覗き込む。


「……え、あ、ううん! 何でもないよ。……ちょっと、曲のことで相談に乗ってもらってただけ」
「そう? 奏多、顔がすごく赤いけど……。やっぱり、今日はもう寝たほうがいい。おいで、マッサージしてあげようか?」


いつものように過保護な手を伸ばしてくる颯真。その安心感に救われつつも、奏多の脳裏には、先ほどのリオの低く熱い声が、こびりついて離れなかった。


(どうしよう……。颯真の顔が見られない……)


自分の中に芽生えた、リオへの「意識」。

それは、穏やかな家族の時間を壊してしまうかもしれない劇薬のようで、けれど奏多の心に、忘れかけていた刺激的な熱をもたらしていた。

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