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30. ラップモンスター
しおりを挟む奏多がソロデビューしてから2回目のカムバック。
制作サイドから提案されたのは、これまでの透明感あふれる爽やかというパブリックイメージを根底から覆す、大胆な路線変更だった。
「……僕に、務まるかな」
鏡の前に立つ奏多は、自分の変貌ぶりに戸惑いを隠せない。
いつもの柔らかなブラウンの髪は、ツヤの際立つサラストへ。
耳元には光を鈍く反射するシルバーのピアス。
そして、シンプルな白シャツと黒のスーツは、あえてネクタイを外しボタンを二つほど開け、腕をまくることでチャラさを強調。
仕上げに、白く細い首筋を締め付けるような黒のレザーチョーカー。
「……奏多さん、それ、本当に……」
衣装合わせに立ち会った颯真は、あまりの破壊力に言葉を失い、ただ「これ、放送して大丈夫かな……日本中の心臓が止まるんじゃないかな……」と震える声で呟いた。
そして迎えた、生放送の音楽番組。
今回の出演ではじめて見せるビジュアル。
サプライズのため奏多は髪色を変えたことなどは一切世に公表しなかった。
司会者が奏多を紹介し、ステージにスポットライトが落ちた瞬間。会場と全国のお茶の間が、文字通り凍りついた。
イントロが流れる中、画面いっぱいに映し出されたのは、挑戦的に微笑む奏多。
腕まくりをした前腕の筋が、マイクを握るたびに美しく浮き出る。
囁くような低音から始まった楽曲。
さらに驚かせたのは、中盤に差し込まれた高速のラップパートだった。
自ら書き下ろしたという鋭いリリックを、挑発的な視線で畳み掛ける。そのセクシーさと攻撃性のギャップに、現場のスタッフさえも仕事を忘れて息を呑んだ。
その時、スタジオのワイプに映し出されたのは、共演者として待機していたリオの姿だった。
「…………っ!!」
リオはもはやコメントどころではない。顔を耳まで真っ赤に染め、震える手で自分の口元を強く抑え、モニターに釘付けになっている。その瞳は潤み、今にも腰が抜けそうなほど動揺していた。
一方で、リオのグループルミナスのメンバーたちは大興奮だ。
「奏多さんヤベえええ!!」「かっこよすぎて鳥肌立った!」「俺、一生あの人の後ろで踊るわ!」と、ガッツポーズをしながら大盛り上がり。
パフォーマンスが終わり、奏多が最後に見せたのは、カメラに向かってネクタイを少し緩める、気怠げな仕草だった。
収録後、楽屋へ戻る廊下。
まだ興奮冷めやらぬ「ルミナス」のメンバーたちに囲まれ、奏多は揉みくちゃにされていた。
「奏多さん! あのラップ、どうやったんですか!?」
「衣装、セクシーすぎて直視できませんでした!」
「あはは……みんな、ありがとう。ちょっと恥ずかしかったけど……」
いつもの穏やかな奏多に戻り、照れくさそうに笑う。そこへ、最後尾からふらふらとした足取りで、魂の抜けたようなリオがやってきた。
「……かなた、さん……」
「あ、リオくん。どうだったかな、今日の――」
奏多が声をかけ終わる前に、リオは奏多の腕を掴み、メンバーたちの視線も構わず、近くの空き部屋へと彼を連れ込んだ。
「え、ちょ、リオくん!?」
バタン、とドアが閉まる。
部屋に入った瞬間、リオは奏多を壁に押し当て、震える手で奏多のチョーカーに触れた。
「……あんなの、聞いてません。……世界中に、あんな顔見せるなんて……。僕、もう、嫉妬でどうにかなりそうです……」
「っ……、リオくん、顔が近いよ……」
「近くさせてください。……今日の奏多さん、かっこよすぎて……正直、今すぐ家に連れて帰って、誰にも見せたくないです」
サラサラの髪を揺らし、セクシーな装いのまま戸惑う奏多。それを、独占欲で真っ黒になった瞳で見つめるリオ。
路線変更は大成功を収めたが、同時に恋人としてのリオの理性も、かつてないほど危険な状態まで追い込んでしまったようだった。
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