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32. 新生活
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リオの奇行と奏多の天然がリビングで爆発する日々。そんな賑やかな「KSR」の共同生活に、ついに終わりの時が訪れようとしていた。
ある夜、颯真は真剣な面持ちで二人をリビングに呼び出した。
「二人とも……そろそろ、潮時だと思うんだ」
その重々しい切り出し方に、奏多は「えっ、解散……?」と顔を強張らせ、リオは「僕のラップが原因ですか!?」と身を乗り出す。
「違う。……もうそろそろ独立して、二人で別の家で暮らしたらどうかな、と」
「……えっ」
意外な提案に、二人は顔を見合わせた。
真っ先に反応したのはリオだった。ぱあぁ、と顔を輝かせ、奏多の手を握りしめる。
「奏多さんと、二人きり……! それって、毎日がデートじゃないですか! 颯真さん、最高です!」
しかし、リオはふと思い出したように、この馴染み深いリビングを見渡した。
「でも……この家、居心地いいんですよね。颯真さんが出ていって、僕たちがここに住み続けるっていうのはダメですか?」
その厚かましい提案に、颯真の顔が瞬時に引き攣った。
「……あのねぇ。ここは元々俺の家だからね。勝手に自分の所有物にしないでよ。そもそも、俺は最初は奏多一人だけを受け入れたはずなのに、いつの間にか君という大型犬が転がり込んできて……」
颯真はボソボソと、これまでの苦労を恨めしげに呟き始めた。その様子を見て、リオは「あ、これは絶対に出ていかなきゃいけないパターンだ」と察し、早々に不動産サイトを開き始めた。
一方で、奏多は少し寂しそうな表情で、大切に使い込まれたマグカップを見つめていた。
どん底にいた自分を拾い、温かい居場所をくれたこの家。そして、いつも隣で笑っていてくれた颯真。
「……颯真。わかったよ。僕たち、新しい家を探すね。でも……やっぱり、少し寂しいな。三人でご飯を食べるのが、当たり前になってたから」
奏多の少し湿っぽくなった声に、颯真は一瞬だけ表情を崩したが、すぐに年長者らしい優しい微笑みを浮かべた。
「悲しそうな顔しないで。家は別々になっても、仕事場では嫌というほど毎日顔を合わせるんだし。俺たちは『KSR』という一つのチームだから」
颯真は奏多の頭を、かつてのように優しく撫でた。
「お前には、誰にも邪魔されない場所で、思い切りリオくんと幸せになってほしい。……さみしくなったらたまには、戻っておいで。その時は、リオくんのラップ禁止という条件付きで」
「……うん。ありがとう、颯真」
奏多は微笑み、隣で「奏多さん! この物件、防音室付きですよ!」と鼻息を荒くしているリオの手を、そっと握った。
伝説のエースを匿った「避難所」だったこの部屋は、今、二人の新しい門出を祝う「滑走路」に変わろうとしていた。
※※※※※※※※※
新居での生活が始まって数日。
リオには、引っ越し前から抱えていた重大な悩みがあった。
それは、「二人きりになった今、どのタイミングで奏多さんに手を出していいのか」ということだ。
これまでは颯真の鋭い監視があったが、今はもう遮るものは何もない。
リオは引越し初日、不動産屋も驚くほどの執念で「キングサイズのベッドが入る寝室」を確保することに成功した。
さらに、言葉巧みに「別々に寝るのは寂しいし、体調の変化にも気づきにくいですから」と説得し、二つのベッドを隙間なくくっつけた「巨大な安眠空間」を作り上げたのだ。
だが、そこからが進まない。
(……今、寝返りのふりして抱きついていいのか? それとも、もっとムードを作ってから……? いや、奏多さんは純粋だし、急に襲ったら怖がられるかも……)
深夜二時。隣からは、奏多の「すー……すー……」という、規則正しくも愛らしい寝息が聞こえてくる。
リオは暗闇の中で目を見開き、天井を凝視していた。
横を向けば、無防備に鎖骨をさらけ出して眠る、漆黒の髪の恋人がいる。
(……ダメだ、煩悩が。煩悩が太平洋まで溢れ出そう……!)
奏多に触れたい欲求と、彼を大切にしたいという理性が、リオの脳内で激しいラップバトルを繰り広げる。
「(……大西洋……マグマのStart……いや、今はそんな場合じゃない……)」
悶々と悩み、寝返りを打ち、奏多の寝顔を五分おきに確認する。
そんなことを繰り返しているうちに、窓の外は無情にも白み始め、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「……ふわぁ。おはよう、リオくん。……よく眠れた?」
朝、太陽の光を浴びて、奏多がパチリと目を開けた。
新しいマットレスの寝心地が最高だったのか、奏多の肌はツヤツヤで、その表情はいつにも増して穏やかで清々しい。
「……おは、ようござい、ます……」
隣に横たわるリオの声は、地面の底から響くようなガラガラ声だった。
目の下にはくっきりと隈が刻まれ、髪はボサボソ。魂が口から半分はみ出している。
「リオくん!? 顔色がすごく悪いよ。もしかして、枕が合わなかった?」
「……いえ。枕は最高でした。……ただ、僕の精神修行が足りなかっただけです……」
「精神修行……? 滝行なら、僕が教えるけど……」
「それは結構です……っ」
しっかり熟睡して「フル充電」状態の奏多は、心配そうにリオの額に手を当てた。
そのひんやりとした掌の心地よさに、リオは「ああ、もう一生このままでいい……」と一瞬で骨抜きにされる。
(……結局、今日も手が出せないまま一日が始まるのか……)
欲望に負けそうな自分と、奏多の圧倒的な無垢さ。
二人の新生活は、リオの睡眠不足という犠牲の上に、あまりにも平和に過ぎていくのだった。
ある夜、颯真は真剣な面持ちで二人をリビングに呼び出した。
「二人とも……そろそろ、潮時だと思うんだ」
その重々しい切り出し方に、奏多は「えっ、解散……?」と顔を強張らせ、リオは「僕のラップが原因ですか!?」と身を乗り出す。
「違う。……もうそろそろ独立して、二人で別の家で暮らしたらどうかな、と」
「……えっ」
意外な提案に、二人は顔を見合わせた。
真っ先に反応したのはリオだった。ぱあぁ、と顔を輝かせ、奏多の手を握りしめる。
「奏多さんと、二人きり……! それって、毎日がデートじゃないですか! 颯真さん、最高です!」
しかし、リオはふと思い出したように、この馴染み深いリビングを見渡した。
「でも……この家、居心地いいんですよね。颯真さんが出ていって、僕たちがここに住み続けるっていうのはダメですか?」
その厚かましい提案に、颯真の顔が瞬時に引き攣った。
「……あのねぇ。ここは元々俺の家だからね。勝手に自分の所有物にしないでよ。そもそも、俺は最初は奏多一人だけを受け入れたはずなのに、いつの間にか君という大型犬が転がり込んできて……」
颯真はボソボソと、これまでの苦労を恨めしげに呟き始めた。その様子を見て、リオは「あ、これは絶対に出ていかなきゃいけないパターンだ」と察し、早々に不動産サイトを開き始めた。
一方で、奏多は少し寂しそうな表情で、大切に使い込まれたマグカップを見つめていた。
どん底にいた自分を拾い、温かい居場所をくれたこの家。そして、いつも隣で笑っていてくれた颯真。
「……颯真。わかったよ。僕たち、新しい家を探すね。でも……やっぱり、少し寂しいな。三人でご飯を食べるのが、当たり前になってたから」
奏多の少し湿っぽくなった声に、颯真は一瞬だけ表情を崩したが、すぐに年長者らしい優しい微笑みを浮かべた。
「悲しそうな顔しないで。家は別々になっても、仕事場では嫌というほど毎日顔を合わせるんだし。俺たちは『KSR』という一つのチームだから」
颯真は奏多の頭を、かつてのように優しく撫でた。
「お前には、誰にも邪魔されない場所で、思い切りリオくんと幸せになってほしい。……さみしくなったらたまには、戻っておいで。その時は、リオくんのラップ禁止という条件付きで」
「……うん。ありがとう、颯真」
奏多は微笑み、隣で「奏多さん! この物件、防音室付きですよ!」と鼻息を荒くしているリオの手を、そっと握った。
伝説のエースを匿った「避難所」だったこの部屋は、今、二人の新しい門出を祝う「滑走路」に変わろうとしていた。
※※※※※※※※※
新居での生活が始まって数日。
リオには、引っ越し前から抱えていた重大な悩みがあった。
それは、「二人きりになった今、どのタイミングで奏多さんに手を出していいのか」ということだ。
これまでは颯真の鋭い監視があったが、今はもう遮るものは何もない。
リオは引越し初日、不動産屋も驚くほどの執念で「キングサイズのベッドが入る寝室」を確保することに成功した。
さらに、言葉巧みに「別々に寝るのは寂しいし、体調の変化にも気づきにくいですから」と説得し、二つのベッドを隙間なくくっつけた「巨大な安眠空間」を作り上げたのだ。
だが、そこからが進まない。
(……今、寝返りのふりして抱きついていいのか? それとも、もっとムードを作ってから……? いや、奏多さんは純粋だし、急に襲ったら怖がられるかも……)
深夜二時。隣からは、奏多の「すー……すー……」という、規則正しくも愛らしい寝息が聞こえてくる。
リオは暗闇の中で目を見開き、天井を凝視していた。
横を向けば、無防備に鎖骨をさらけ出して眠る、漆黒の髪の恋人がいる。
(……ダメだ、煩悩が。煩悩が太平洋まで溢れ出そう……!)
奏多に触れたい欲求と、彼を大切にしたいという理性が、リオの脳内で激しいラップバトルを繰り広げる。
「(……大西洋……マグマのStart……いや、今はそんな場合じゃない……)」
悶々と悩み、寝返りを打ち、奏多の寝顔を五分おきに確認する。
そんなことを繰り返しているうちに、窓の外は無情にも白み始め、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「……ふわぁ。おはよう、リオくん。……よく眠れた?」
朝、太陽の光を浴びて、奏多がパチリと目を開けた。
新しいマットレスの寝心地が最高だったのか、奏多の肌はツヤツヤで、その表情はいつにも増して穏やかで清々しい。
「……おは、ようござい、ます……」
隣に横たわるリオの声は、地面の底から響くようなガラガラ声だった。
目の下にはくっきりと隈が刻まれ、髪はボサボソ。魂が口から半分はみ出している。
「リオくん!? 顔色がすごく悪いよ。もしかして、枕が合わなかった?」
「……いえ。枕は最高でした。……ただ、僕の精神修行が足りなかっただけです……」
「精神修行……? 滝行なら、僕が教えるけど……」
「それは結構です……っ」
しっかり熟睡して「フル充電」状態の奏多は、心配そうにリオの額に手を当てた。
そのひんやりとした掌の心地よさに、リオは「ああ、もう一生このままでいい……」と一瞬で骨抜きにされる。
(……結局、今日も手が出せないまま一日が始まるのか……)
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