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第5章 風

風Ⅲ

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 何の為にこんなものを見せたのだろう。私の想像とは全く違う。

「影の事が何か分かるんじゃなかったの?」

「それは、もう少し先だ」

「じゃあ、また過去を見なきゃいけないの?」

「ああ、あと三つだな」

 まだ三つもあるのか。溜め息を吐きたくなってしまう。
 痛みが強まりそうな頭を軽く抱え、唸り声を上げた。

「ミユ、頭、痛む?」

「うん」

「ちょっと我慢しててね」

 人が立ち上がる気配、遠ざかっていくヒールの音、夢に見た光景が思い出される。
 瞬間的に、ピリッとした頭痛に襲われた。

「痛っ!」

「大丈夫!?」

「ミユ、布団捲るぞ」

 頭を覆っていた布団はゆっくりと剥がされ、心配そうな青色と黄色の瞳が此方を覗く。

「まだ痛む?」

「うん、ちょっと」

「フレアが水嚢持ってきてくれるからな。もう少し我慢してくれ」

 アレクは右手を此方に伸ばすと、わしゃわしゃと私の頭を二、三度撫で、苦笑いをする。
 その隣では、クラウが悲しそうな表情のまま俯いてしまった。直前に「ごめん」と呟いていた気がするけれど、何に対して謝っているのか理解出来なかった。
 顔を顰めたまま、小首を傾げてみせる。

「そんな顔すんな。余計にミユが不安になっちまうぞ?」

「うん⋯⋯」

 クラウは首を横に振り、ピシャリと自分の頬を両手で叩いた。

「私、どうして此処に?」

「風の塔の中で倒れちまったからよー、コイツが此処まで運んできたんだ」

「クラウが?」

「あぁ」

 アレクが肘でクラウの腕を小突くと、クラウは頬をほんのりと赤く染める。

「ごめんね」

 私が至らないばかりに。
 申し訳なく思い、口を結ぶと、クラウは首を大きく横に振った。

「あれを見せられて、倒れない人なんて居ないんだ。だから謝らないで」

「うん⋯⋯」

 「ふぅ⋯⋯」と息を吐き、また天井を眺めてみる。
 そこへフレアが戻ってきたようだ。足音が近付くと、額の上に冷たい何かが乗せられた。

「これで少し良くなればいいけど」

 痛む頭がすうっと冷えていく。
 口から息を吐き出し、そっと瞼を閉じる。

「七日間くらい様子見てみよーぜ。急かしても良い事はねーだろーしな」

「そうだね、ゆっくり行こう」

「ミユ、お腹空いてない?」

 大して空腹は感じていない。
 フレアの声に対して首を横に振ると、額の上の何かがプルプルと揺れた。

「腹空いたら言えよ」

「うん」

 言うよりも先に、お腹が鳴ってくれると思う。
 時計の針が刻々と進み、お腹が雷のような音を鳴らすと、アレクがミルクリゾットを食べさせてくれた。そうしている間も、クラウもフレアも傍で見守ってくれていた。
 三人が夕食を摂る暇はあったのだろうか。
 フレアがラベンダーのアロマを焚き始めた頃、ようやく瞼が重くなり、すっと眠りの世界へと移動した。

--------

 走っても追い付けない。誰を追っているのかも分からない。ただただ月明かりも無い暗がりの草原を駆ける。
 届いてと願って伸ばした手も、何かを掴む事は無い。

「ねえ、皆、何処!?」

 元の世界に居た人たち--お父さんやお母さん、それに妹、友達、仲間--誰も私に気付いてくれない。

「私はこの世界に居るしかないの?」

 息が上がり、足が止まる。
 無数の気配が私を取り囲んだ。

「元々、実結は地球に居るべき人間じゃないでしょ?」

「何言ってるの!? 私は地球で生まれたのに!」

「身体はね。でも、心は地球には無いもん」

「意味分かんないよ!」

 叫んでも、私を肯定してくれそうな人物は居そうにない。

「自分の心に聞いてみなよ。そのうち、地球なんてどうでも良くなるんだから」

「そんな事無いもん!」

「なんで言い切れるの?」

 言われてはっと気付く。ただ、勢いに任せて言ってしまっただけではないだろうか。
 即答出来ないあたり、自分の心に聞いてみても自信なんて無いのだろう。

「そっちで悠々自適に過ごしなよ」

「悠々自適なんて⋯⋯。大変な事に巻き込まれてるのに」

「まあ、頑張って生き残りな」

 勢い良く瞼を開ける。
 目に映ったのは真っ白な天井で、聞こえるのは私の苦しそうな呼吸音と時計の音だけだ。
 最悪だ。何故、あんな夢を見てしまったのだろう。
 水嚢を退けながら額の汗を拭っていると、鈍い音を立てながらドアが開いた。隙間からは、下からフレア、クラウ、アレク--三人の顔が並んでいた。
 私の様子を見た三人は、慌てて此方へと駆け寄ってきた。

「ミユ、何かあった?」

「ううん、嫌な夢を見ただけ」

 実際では言われそうにない言葉を浴びせられ、未だに心臓がバクバクと激しく脈打っている。
 三人は顔を見合わせ、次に私を見詰める。何処か不安げな表情だ。

「過去の夢か?」

「ううん、元の世界の人たちの夢。あんなに冷たい声、初めてだった」

 大きく息を吐き出し、右の手の甲を額に当てる。

「夢はその時の精神状態も表してるかもしれねーしな。取り敢えず、今はゆっくり休め」

「うん⋯⋯」

 こんな夢を打ち消してくれるような出来事があれば良いのに。
 嫌な頭痛は三日三晩続き、その間は殆どベッドの上に居た。その間も、欠かさず三人は傍に居てくれる。それが本当に心強かった。
 四日目にようやくベッドから抜け出し、フルートの練習もする事が出来た。
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