花は今日も咲いているか。~放置妻のある恋について~

浅見

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 それからエレナは、週に何度か庭に行き、部屋に飾る花を選ぶようになった。
 その内に、あの庭師がトマという名前であることを知った。トマが週に二度、ルドーの手伝いにきていることも。エレナは――、彼が来る日を選んで庭に行くようになった。深い意味はない。決して。
 
「この花は――、で。こうして――、下の――から切ると」
「……ふうん」

 今日も庭に出て、エレナはトマの話を聞き流していた。
 エレナが来ると、トマはこうして花の説明をしてくれる。だがエレナは花に興味がないから、ろくに頭には入ってこない。だが、この時間は悪いものではなかった。 
 少し向こうでは、エレナ付きのメイドであるサリーが立っている。最初の日以降、エレナはトマと二人きりにならぬよう気をつけていた。女主人が若い庭師に入れあげているなど噂をたてられては面倒だからだ。さらにサリーなら口が固いから、エレナが滅多にない頻度で庭に出ていても、余計なことを想像して吹聴することはないだろう。

 手袋は今日もしていない。
 もちろん、深い意味はないのだが。

 部屋に戻ると、エレナは窓際に飾った花を見つめた。
 花を飾るようになってから、窓辺に椅子が一つが増えた。
 エレナは一日の幾らかの時間を、そこに座って過ごすようになった。
 相変わらず花を好きとは思わないが、そうしている自分は、まるで余裕のある貴婦人のようで中々悪くない。
 いまもエレナは椅子に向かうと、ドレスの裾に気を使いながら腰掛け、ゆったりと窓枠に肘をついた。少し花を見つめてから、窓ガラスに視線を移す。そこにはエレナの姿が映っていた。
 いつもひっつめていた赤い髪は、いまは上部だけを結い上げ、あとは腰に流している。ドレスも淡く華やかな色合い。不思議なことに、髪も肌も、以前より少し艶めいて見えた。

 ――そうね、認めるわ。

 部屋に花を飾るようになったあの日から――、エレナの心は確かに華やいでいた。


 初めてトマに出会った日から、ちょうどひと月が経った頃。
 突然、トマが屋敷に来なくなった。エレナは一週間ほど様子をみてから、ルドーに「そういえば」と何でもないふりをして事情を尋ねた。

「最近、あの若い庭師をみないけれど、何かあったの?」

 ルドーもまた、何でもないように「ああ、トマですか?」と肩を竦めた。

「他の屋敷へ手伝いに行ってるんですよ。来月にはまたうちに来てくれるって話ですが」

 それを聞いて、エレナは自分でも信じられない程ほっとした。
 良かった――、また彼に会えるのだ。
 ここ最近、泥を跳ねたように憂鬱な日々が続いていたが、それが一瞬で晴れていく。
 ルドーの「私が花を切りましょうか?」という提案を断って、エレナは早足に部屋へ戻った。
 窓枠に飾った花は、少ししおれかけている。
 
 ――トマ……。

 エレナはふらと窓に近付き、椅子に腰掛けた。
 祈るように両手を組み、ただ花を見つめる。
 少しするとサリーが部屋にやってきて、エレナと花を見比べて首を傾げた。

「花を変えましょうか?」
 
 サリーは、エレナがしおれかけの花が嫌いなことを知っている。
 エレナは首を横に振った。

「……いいわ、このままにしておいてちょうだい」
「しかし……」
「いいの」

 視線は花に置いたまま、エレナは軽く微笑んだ。

「……いいのよ、このままで」
 
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