憑依転生〜脳内美少女と死神と呼ばれた転生者

真木悔人

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第一章 転生編

第09話 黒髪の少女

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 ──俺は今、空想の世界にいた。


 どこまでも続く、何もない真っ白な空間。まるで、どこかの某戦闘民族が修行した、あの部屋だ。何をしているのかと言うと……何もしていない。暇なのだ。

 雪は、さすがに泣き疲れたのか、まだ眠っている。

 そう。雪が眠っている間は俺の視界も閉ざされて、やる事が無いのだ。俺は、精神体みたいな物らしいので睡眠は必要ないのだが、何も見えない真っ暗な状況で放置されていると、さすがに気が狂いそうになる。で、何か気を紛らわす方法は無いものかと考えていると、が現れたという訳だ。

 実は、ここには、これまでにも何度か来た事がある。最近は雪が寝ている間、ここで暇潰しをしていたのだ。

 どうやらこの場所は、俺が夢想して出来た空間らしく、俺の想像でいくらでもこの世界は変化する。何故、こんなものを夢想したのかは自分でも分からない。だが、ここは俺の空想の世界なので、ここにいる時は俺にも体が持てるのだ。ただ……何故かいつも、全身、白タイツみたいなのっぺらぼうなのだけど。

 この世界での体が確定していないからなのか、それとも、俺の想像力が足りないのか……。理由はわからないが、とにかくのっぺらぼうだ。まあ、体があるだけマシなのだが。

 で、どうせ暇なので今日は、雪の事でムカついていたので町の人間達を想像で出現させ、刀で片っ端からぶった切っている。趣味の悪い暇潰しだ。

 想像するだけで、何でも出来る。もう少し俺の想像力が逞しければ、もっといろいろと再現出来るのかも知れない。

 そんな事を考えていると、目の前の世界が光に包まれ始めた。どうやら雪が目を覚ますらしい。世界が光の粒子になるのと同時、雪の視界が俺の前に現れた……。

(おはよう)

『あ……おはよう……ございます』

 まだ、少し寝惚けている様だ。
 
 雪は、軽く目を擦りながら起き上がると、板張の壁の隙間から這い出て、目の前を流れる川の水で顔を洗った。水を汲んだ桶の水面に、雪の顔が写り混む。

『あの……昨日はありがとうございました』

(何の事だ?)

『その……初めてこの髪や目の事、褒めて貰えて。……嬉しかったんです』

 そう言うと雪は、本当に嬉しそうな波を送ってきた。

(俺は、思った事を正直に言っただけだ。嘘やお世辞じゃないのはわかるだろ?)

『はい。お母さんと同じこの髪と目は、私の誇りになりました』

 雪の中で、何かが吹っ切れた様だ。元気になったみたいで良かった。

(今日は何か予定はあるのか?)

『今日は、町に出て何かお仕事がないか探してみようと思います』

 そう言うと、雪は町の方へと歩き始めた。

 町に入ると木造の長屋が並ぶ通りを歩き、大通りの方向を目指して歩いた。通りは特に舗装等はされておらず、町並みは、時代劇なんかで見た江戸の町そのものだ。確か、次の路地を右に入れば大通りに出る。

 雪が路地に差し掛かり、右に入ろうとした時。ふと、足元に人影が見えた。軽い衝撃を受け、少しふらつきながら雪が視線を下げると、腰より少し低い位置に小さな女の子の黒髪が見えた。5~6歳くらいだろうか。どうやら、雪に抱きついて来たらしい。

 突然抱きつかれた雪は、あわあわと動揺している。薄い黄色の着物を着たその女の子は、幼いのに、どこか気品の様な物を漂わせている。それなりに裕福な家のお嬢ちゃん、という雰囲気だ。何が起こったのか理解できずに雪があたふたしていると、その女の子は突然、何の脈略もなく言い放った。

「こっちへいっちゃダメ!」

 ──どういう事だ?

 突然の事に雪が戸惑っていると、女の子はさらに繰り返した。

「お姉ちゃん、こっちにいっちゃダメなの!」

 女の子の小さな瞳は、必死に何かを訴えかけている。雪の着物を掴む小さな手も、少し震えているみたいだ。

「こっちの道を通ると、何かあるのかな?」

 雪は、女の子の目線に合わせて膝を折ると、微笑みながら優しく問いかけた。

「言えない。でも、ダメなの! お姉ちゃん、お願い!」

 女の子は、泣きそうになっている。

「そっか……わかった。こっちの道は通らない方がいいのね? 教えてくれてありがとう」

 雪は女の子の頭を優しく撫でると、にっこりと笑い、入ろうとした路地から引き返す。

「あっちの通りだったらいいよ」

 女の子はそう言って、ひとつ先の路地を指差した。

「ありがとう。じゃあ、あっちの通りから行くね」

 雪が微笑みながらそう言うと、女の子はにっこり笑って頷いた。

 ──今のは何だったんだろう。

 あの女の子はいったい……。

 あの先には何があるんだ? 

 あの子には、何かが見えているのだろうか? あのまま路地を抜けると、その先にある何かが。

 俺は急に恐ろしくなり、もう一度、こちらに手を振る少女に視線を向けた。

(──!!!!)

 、今、まさに通ろうとしていた路地の辺りから、何とも言えない邪悪な……不吉な雰囲気を醸し出す、黒い霧の様な物が確かに見える。

 ──な、何だあれは!?

 俺は、ぞっとしてもう一度見返したが、雪が瞬きをすると同時、霧は一瞬にして見えなくなった。

『どうかしましたか?』

 雪が、俺の感情の波を感じたらしい。

(見えなかったのか?)

『何の事ですか?』

 どうやら、雪にはあの黒い霧は見えなかったらしい。

(いや、何でもない。 それより、今の子……何だったんだろうな?)

 俺は、あえて黒い霧の事は黙っておいた。どうせ、俺にも何なのかわからない。無駄に怖がらせる事もないだろう。

『あの子には、何かが見えたのかもしれないですね? 予知夢の様な……。神通力の類でしょうか?』

(この世界には、そんなものまであるのか?)

『いいえ。私も、そんな能力は聞いた事がありません……でも、あの女の子は私を助けてくれたんだと思います』

(──そうかもしれないな。今は、それだけで十分だ。)

 何にせよ、雪が危険を回避できたのなら、それに越したことはない。あの少女の事は気になるが、今は考えるのはやめておこう。

(それにしても……やっぱり、あれくらいの年の子供だと、お前の髪色とかは気にしないんだな?)

 俺は、敢えて聞いた。ここに来るまでの雪への視線は、当然、俺も気付いている。相変わらずだ。本人はあまり気にしていないみたいだが、俺としては面白くない。明らかに侮蔑を込めた視線や、中には、下衆な目で雪を見る奴等もいた。正直、うんざりしていた所にあの少女が現れたので、俺は少し嬉しかったのだ。

『そうですね。でも、最近は大分マシになりました。子供達なら、たまに声を掛けてくれる事もあるんですよ?』

 そう言うと、雪は目尻に優しい笑みを浮かべる。

 俺はさっきの不思議な少女のせいで、少し過敏になっていたのかも知れない。そんな事を考えていると、視界の先に大通りが見えて来た。

(何も無ければいいんだけどな……)


 ──俺は、特に理由も無く、ただ、嫌な胸騒ぎの様な物を感じていた。

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