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第一章 転生編
第11話 凄惨な最期
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『──真人さん。私は大丈夫』
暴走し、自我を失いそうになっていた俺の頭に、雪の諭す様な優しい声が響いてきた。さっき迄荒れ狂っていた雪の恐怖から来る感情の波は、いつの間にか引いており、まるで、穏やかな水面の様に静かに落ち着きを取り戻している。
『私は絶対、こんな者達に辱められたりしません。この身体は……唯一、私が真人さんに捧げる事ができる、大切な身体なのですから』
静かな。しかし、強い決意が込められた言葉が、俺の頭に響いてくる。
そして、雪は胸元のペンダントを両手で握りしめると、キッと目を細め、破落戸達を睨みつけたまま叫んだ。
「真人さんが褒めて下さった私のこの髪も、この目も……この身体の全てを真人さんに捧げるまでは、貴方達の様な下賎な輩には、指一本触れさせません!」
雪の気迫に気圧されて、破落戸達は一瞬、驚いて歩みを止めた。だが、直ぐに下品な笑いを取戻し、再び周りを取り囲みながらにじりよって来る。
「へっへっへっ……」
「抵抗してくれた方が楽しみも増えるってもんだ」
「おとなしくしてたら可愛がってやるぜ?」
「いつまで強がってられるかなあ……ぐふふふっ」
しかし、雪は一向に動じない。先程迄の脅えた様子が嘘のように、凛として真正面を見据えると、覚悟を決めた様にそっと目を閉じた。
(おい! 何する気だ?)
嫌な予感しか、しなかった。
『お母さんが、小さい頃に持たせてくれたんです。もし私が……この髪と瞳のせいで、将来、耐え難い状況になったなら。護りたい物が出来たなら。自分の誇りを守る為に使いなさいっ……て』
雪の声は、俺にしか聞こえない。
雪は、握り締めたペンダントトップに嵌まった小石を取り外した。石を外されたの窪みの中は、小さな透明のカプセルが仕込まれており、雪はそれを石をもつ手の平の中へそっと落とした。
そして、雪は静かに語り始める。
『私の人生は、決して恵まれた物ではなかったのかも知れないけど……。でも、最後に真人さんと知り合えて本当に良かった。私は真人さんのお陰で、お母さんの娘として、そして、人間としての誇りを取り戻す事が出来ました。せめて、お礼に。私の、いちばん大切な人に。この身体を、綺麗なまま捧げたいんです』
そう言うと、雪は手の平のカプセルをそっと口に含んだ。そして、両手で中身を失ったペンダントを優しく包み込むと、ゆっくりと空を見上げた。俺にも見えた視界の空は涙でぼやけていたが、その口許が誇らしげに薄く笑みを浮かべているのが分かる。
(おいっ! 雪っ! やめっ──)
咄嗟の事に、俺は思わず叫んではみたものの、どうしていいかわからなかった。何となく、何が起こったのかは理解しているものの、どうすれば良いのか考えられない。冷静ではいられなかった。
「へっ! やっと観念しやがっ……うわぁぁぁぁ!」
「毒だ! 毒を飲みやがった!」
雪は口許から一筋の血を伝らせて、静かに倒れ込んだ。周りの破落戸共が腰を抜かして騒いでいるが、俺の耳には入らない。どうすれば雪を救えるのか。俺の頭は、それしか考える事が出来なかった。
『真人さん……私は、満足です。これでようやく真人さんは……この世界に転生出来るんですよね……?』
(馬鹿野郎っ! だからって……だからって死ぬこと無いだろうが!)
『私が生き続ける限り、真人さんは自由になれません。体が無い事への真人さんの苦しそうな感情……ちゃんと伝わってきていましたよ?』
(あれは……あれは、お前が居たからこそ体を望んだんだ! お前のいない世界で体だけ貰ったって……)
俺は転生者だ。そもそも、体を手に入れる為に雪に憑依した筈だ。だから、初めからこうなる事は分かっていた。分かっていた筈なのに……
突然、突き付けられた現実を受け止められない。
雪が、死んでしまう。
俺の側から消え、居なくなってしまう。
心のどこかで、まだ先の話だと決めつけていた。考える事から、目を反らしていた。雪はずっと俺の側に居るものだと、思い込もうとしていた。わかっていた筈なのに──
《──ご心配には及びませんわ。その個体はまもなくお亡くなりになりますので》
──女神はあの時、確かにこう言っていた。
まもなく死ぬ。
決して、時間的猶予が望める様な言葉じゃない。
だったらこれも、初めから決まっていた運命だと言うのか?
女神は、知っていたのか?
しかも、こんな悲惨な結末なんて……。それとも、もっと違った運命があったのか? 俺は選択を間違えたのか?
だがそれでも!
そうだとしても!
初めから、俺は知っていた筈なんだ……なのに……。
俺は、雪を救う事が出来なかった。もうすぐ死ぬと分かっていながら。俺がもっと危機感を持っていれば、まだ生きていられたかも知れないのに。たわいもない話や自分の聞きたい事ばかりを話し、雪の事を気遣ってやれなかった……
何やってたんだ、俺……。
(雪……すまん……)
俺は、今更ながら後悔と、自分に対する不甲斐なさを痛感し、押し潰されそうになった。
『謝らないで下さい。私は……私を受け入れてくれた真人さんのお陰で、最後はこうして笑って逝く事が出来ます。過ごした時間は短いものかも知れませんが……普通の女の子の様に、真人さんといっぱいお話しをして過ごした時間は……私にとって、これまでの人生全部よりも価値のある、とっても幸せな時間でした。本当は……本当は、もっと一緒に……真人さんの側に居たかったですけど。でも、私はこれからもずっと、真人さんの魂の中に居られますから』
(…………)
『だから……その……私の事は気にしないで、生まれ変わったら絶対幸せになって下さい 』
最後に雪は、笑った様な気がした。
俺に見える視界は雪の涙でぐちゃぐちゃになり、空の青がうっすらと白く輝いて、まるで水の中にいる様に歪んで、ぼやけて視えた。
──そして、雪はそのまま静かに息を引き取った。
暴走し、自我を失いそうになっていた俺の頭に、雪の諭す様な優しい声が響いてきた。さっき迄荒れ狂っていた雪の恐怖から来る感情の波は、いつの間にか引いており、まるで、穏やかな水面の様に静かに落ち着きを取り戻している。
『私は絶対、こんな者達に辱められたりしません。この身体は……唯一、私が真人さんに捧げる事ができる、大切な身体なのですから』
静かな。しかし、強い決意が込められた言葉が、俺の頭に響いてくる。
そして、雪は胸元のペンダントを両手で握りしめると、キッと目を細め、破落戸達を睨みつけたまま叫んだ。
「真人さんが褒めて下さった私のこの髪も、この目も……この身体の全てを真人さんに捧げるまでは、貴方達の様な下賎な輩には、指一本触れさせません!」
雪の気迫に気圧されて、破落戸達は一瞬、驚いて歩みを止めた。だが、直ぐに下品な笑いを取戻し、再び周りを取り囲みながらにじりよって来る。
「へっへっへっ……」
「抵抗してくれた方が楽しみも増えるってもんだ」
「おとなしくしてたら可愛がってやるぜ?」
「いつまで強がってられるかなあ……ぐふふふっ」
しかし、雪は一向に動じない。先程迄の脅えた様子が嘘のように、凛として真正面を見据えると、覚悟を決めた様にそっと目を閉じた。
(おい! 何する気だ?)
嫌な予感しか、しなかった。
『お母さんが、小さい頃に持たせてくれたんです。もし私が……この髪と瞳のせいで、将来、耐え難い状況になったなら。護りたい物が出来たなら。自分の誇りを守る為に使いなさいっ……て』
雪の声は、俺にしか聞こえない。
雪は、握り締めたペンダントトップに嵌まった小石を取り外した。石を外されたの窪みの中は、小さな透明のカプセルが仕込まれており、雪はそれを石をもつ手の平の中へそっと落とした。
そして、雪は静かに語り始める。
『私の人生は、決して恵まれた物ではなかったのかも知れないけど……。でも、最後に真人さんと知り合えて本当に良かった。私は真人さんのお陰で、お母さんの娘として、そして、人間としての誇りを取り戻す事が出来ました。せめて、お礼に。私の、いちばん大切な人に。この身体を、綺麗なまま捧げたいんです』
そう言うと、雪は手の平のカプセルをそっと口に含んだ。そして、両手で中身を失ったペンダントを優しく包み込むと、ゆっくりと空を見上げた。俺にも見えた視界の空は涙でぼやけていたが、その口許が誇らしげに薄く笑みを浮かべているのが分かる。
(おいっ! 雪っ! やめっ──)
咄嗟の事に、俺は思わず叫んではみたものの、どうしていいかわからなかった。何となく、何が起こったのかは理解しているものの、どうすれば良いのか考えられない。冷静ではいられなかった。
「へっ! やっと観念しやがっ……うわぁぁぁぁ!」
「毒だ! 毒を飲みやがった!」
雪は口許から一筋の血を伝らせて、静かに倒れ込んだ。周りの破落戸共が腰を抜かして騒いでいるが、俺の耳には入らない。どうすれば雪を救えるのか。俺の頭は、それしか考える事が出来なかった。
『真人さん……私は、満足です。これでようやく真人さんは……この世界に転生出来るんですよね……?』
(馬鹿野郎っ! だからって……だからって死ぬこと無いだろうが!)
『私が生き続ける限り、真人さんは自由になれません。体が無い事への真人さんの苦しそうな感情……ちゃんと伝わってきていましたよ?』
(あれは……あれは、お前が居たからこそ体を望んだんだ! お前のいない世界で体だけ貰ったって……)
俺は転生者だ。そもそも、体を手に入れる為に雪に憑依した筈だ。だから、初めからこうなる事は分かっていた。分かっていた筈なのに……
突然、突き付けられた現実を受け止められない。
雪が、死んでしまう。
俺の側から消え、居なくなってしまう。
心のどこかで、まだ先の話だと決めつけていた。考える事から、目を反らしていた。雪はずっと俺の側に居るものだと、思い込もうとしていた。わかっていた筈なのに──
《──ご心配には及びませんわ。その個体はまもなくお亡くなりになりますので》
──女神はあの時、確かにこう言っていた。
まもなく死ぬ。
決して、時間的猶予が望める様な言葉じゃない。
だったらこれも、初めから決まっていた運命だと言うのか?
女神は、知っていたのか?
しかも、こんな悲惨な結末なんて……。それとも、もっと違った運命があったのか? 俺は選択を間違えたのか?
だがそれでも!
そうだとしても!
初めから、俺は知っていた筈なんだ……なのに……。
俺は、雪を救う事が出来なかった。もうすぐ死ぬと分かっていながら。俺がもっと危機感を持っていれば、まだ生きていられたかも知れないのに。たわいもない話や自分の聞きたい事ばかりを話し、雪の事を気遣ってやれなかった……
何やってたんだ、俺……。
(雪……すまん……)
俺は、今更ながら後悔と、自分に対する不甲斐なさを痛感し、押し潰されそうになった。
『謝らないで下さい。私は……私を受け入れてくれた真人さんのお陰で、最後はこうして笑って逝く事が出来ます。過ごした時間は短いものかも知れませんが……普通の女の子の様に、真人さんといっぱいお話しをして過ごした時間は……私にとって、これまでの人生全部よりも価値のある、とっても幸せな時間でした。本当は……本当は、もっと一緒に……真人さんの側に居たかったですけど。でも、私はこれからもずっと、真人さんの魂の中に居られますから』
(…………)
『だから……その……私の事は気にしないで、生まれ変わったら絶対幸せになって下さい 』
最後に雪は、笑った様な気がした。
俺に見える視界は雪の涙でぐちゃぐちゃになり、空の青がうっすらと白く輝いて、まるで水の中にいる様に歪んで、ぼやけて視えた。
──そして、雪はそのまま静かに息を引き取った。
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