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第三章 江戸騒乱編

第54話 圧倒的な速度

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「なるほど……ねえ」

 不敵に笑う新八を見つめながら、俺は呟いた。そして、自分の推測の真偽を確かめる為に動く。

「確かめるか……」

 口を開くと同時、俺は新八の背後に回り込むべく、徐ろに動き出した。実際には加速してるので、新八の目には俺が、一瞬で動いた様に見える事だろう。俺は新八の背後を取ると先程と同じ様に、刀を鞘に納めたまま振り下ろした。

 やっぱりな……

 新八は俺が見えていない筈にも関わらず、やはり今回も、既に回避行動に移り始めている。どうやらこいつは、俺の動きが。俺は自分の考えが正しかった事を確信し、躱されると分かっている刀をそのまま振り下ろした。今度は完全に躱しきり、新八はそのまま俺と距離を取る。再び対峙する、俺と新八。すると、相変わらず不敵な笑みを浮かべていた新八が、口を開いた。

「さっきは躱しそこなったが、もう、俺にはお前の攻撃は通じねえぜ?」

 俺の動きのタイミングでも掴んだのか、自信たっぷりに言い放つ新八。だが逆に、俺の頭は覚め切っていた。正直、異能からくりの正体さえ分かれば、こんな戦いに興味は無い。

「盛り上がっているところ悪いが、俺はもうこの戦いに興味は無い。さっさと終わらせて貰うぞ?」

 心底、興味無さそうに話す俺の言葉に、新八は即座に反応した。

「ぬかせっ!」

 怒りを隠そうともせず、一瞬で間合いを詰めて来る。そして……

「──龍飛剣っ!」

 下段から摺り上げる新八の刀が、俺の首目掛けて襲って来る。当然、俺は半身で新八の脇へ回り込み、それを躱す。すると、新八の振り上げられていた刀が、俺を追いかける様にして切り返された。そう、まるで俺が。しかし……

「分かってたんだろ? もう、知ってるよ」

 俺は、自分目掛けて振り落とされて来る斬撃を、更に加速してあっさり躱した。そして、新八の背後を取り直し、後ろから軽く蹴り飛ばす。

「ぐあっ!」

 軽く、押す様に蹴りを入れただけで、予想外の反撃を受けた新八は成す術も無く、ヨロヨロとよろめいて膝を着いた。四つん這いの様な体勢になった新八は、何が起こったのかすら分かってない。ただ、驚愕の表情を浮かべて、床板を睨みつけている。俺は、そんな新八の傍まで歩いて行くと、奴を見下ろしながら吐き捨てた。

「何秒先までいけるんだ? 視えるんだろ、未来?」

「っ!!」

 新八は、唐突に投げかけられた俺の言葉異能の正体に愕然としている。この反応……確信はしていたが、やはり間違ってはいなかった様だ。

「何故分かった……」

 未だに信じられないといった表情かおのまま、新八はそのままの体勢で問いかけて来た。目線は床を睨みつけたままだ。

「明らかに俺の動きを捉えられていないのに、反応だけはしてたからおかしいと思ったんだ。で、試しに今、わざと同じ攻撃を仕掛けてみたんだが……やっぱり、お前は俺の動きが見えていなかった」

 まあ、気配とかで察知してたって言われたら、話は別だけどな。だがこいつは、家康の部屋に張られた結界を、何の為の物かすら分かっていなかった。まず、そう言うのを感知して戦うタイプじゃないと見て間違い無い。

「テメエ……あの刹那に、そんな事まで視えていたってえのか……」

 新八は顔を上げ、驚きを隠そうともせずに俺を見上げて来た。その目は驚きの中に、どこか尊敬の念みたいな物も混じり始めている。俺は透かさず答えた。

「全部視えてたよ……俺にはな。お前の動きだけじゃ無くて、その目線までしっかりとな」

「つまりテメエは、俺より数段上の世界全然速くで動けてるって言う事か……」

 そう言う事だ。幾ら、俺の未来動きを先回りして分かろうが、それ以上に速く動ける俺は、それを視て未来動きを変える事が出来る。新八からすれば、どんなに未来が視えようが、直前でその未来が変わる様な物だ。俺の動きが捉えられない以上、対処のしようが無い。それに……

「そういう事だ。それと、敢えて言わせて貰うが……俺は全然、本気じゃない」

「なっ!?」

 俺は新八の心を折りにかかった。

加速空間アクセルルーム】は正直、まだまだ加速出来る。はっきり言って、相手にならん。俺がもう少し速度を上げれば、幾ら新八に未来が視えようが、視えた瞬間に殺る事が出来る。いや、視られる前に殺る事だって可能だろう。反応出来無ければこんな能力予知、意味など無い。

 それに、この程度の能力予知なら、おそらくジンでも対応出来る。まあ、新八が、何秒先まで視る事が出来るのか迄は分からんが、時点で俺達の敵では無い。

「俺の能力予知より速く動けるだと……」

 俺の言ってる意味が理解出来たのか、新八は完全に心が折れた様だ。ガックリとうなだれて、ワナワナと驚きを噛み締めている。勝負ケリは着いた……そう確信し、俺が新八を見下ろしていると、聞き慣れない声が聞こえて来た。

「チッ、遅かったか……」

 声の方に目線をやると、鋭い目付きをした、黒髪の人物が入口に立っていた。二十歳はたち位だろうか……落ち着いた雰囲気の中に、どこか狂気の様な物を秘めている。身に纏う独特の空気……間違い無く、只者ではない。俺は少し警戒を強め、身構えた。すると、そいつは意外な事を口にし始めた。

「貴様が真人か。私の部下達が失礼したみたいだな……非礼を詫びよう。それとたった今、ようやく猪熊達の策略を明るみに出す事が出来た。謀反の必要が無くなった以上、最早、そのくノ一を人質に取る必要は無い。今すぐ解放しよう」

 そいつはいきなり現れるなり、そう言って何もかもを解決させてしまった。確かに、楓を解放するのなら、俺はこんな所に用は無い。まあ、家康の立場なら、言いたい事は山程あるんだろうが……なにしろ、こいつ等は謀反の旗頭、本多忠勝の親衛隊だ。

「お前、何者だ?」

 だが、ここに至る迄の経緯位は聞かせて貰う。もしかしたら、俺の町を襲った件にも関係してるかも知れないし。謀反の理由わけも、だが気になる。それにこいつは今、新八達をと言った。まさかとは思うが……

 すると、そいつは俺を睨みつけながら答えた。



「私はこの親衛隊こいつ等副隊長上司……土方歳三ひじかたとしぞうと言う者だ」

 ──は、当たり前の様に口にした。

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