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【1】
しおりを挟む「んー……もうちょい首傾けてみてくれ」
「こうですか……?」
「行きすぎ行きすぎ、あとちょっと――そう、そこだ! ストップ! ストーップ!」
「大声出さなくても、聞こえますから」
鋭いシャッター音が、繰り返し空気を噛んだ。
桃菜と梨子は、放課後の公園にいる。十二月ということもあって、吹きすさぶ風は容赦なくふたりの体温を奪っていった。
カメラから顔を上げた梨子は、満足げに息を吐く。
「ふーっ、いい写真が撮れたぜ。さんきゅーな、姫」
「終わりましたか? 終わったなら、早くどこか温かいところに入りましょう。寒くて死んでしまいそうです」
「待て待て待て! あと一枚! あと一枚だけ!」
「りこっち先輩の【あと一枚】は信用に値しませんので、今日はここまでです。無理でーす」
「そんなこと言うなよー! 次は今まで以上にいい写真が撮れそうなんだからさー!」
「プロのカメラマンを目指すのであれば、常に最高の一枚を求めてシャッターを切らねばなりません。次は――なんて言っているうちは、まだまだですよ」
桃菜の指摘に、梨子は言葉をつまらせる。そうして、がっくりと項垂れて弱々しい声を出した。
「ちぇっ、わかったよ……。相変わらず、アタシには容赦ないよなぁ」
「撮影に付き合ってあげているというのに、その言い方は心外です。約束を放り出して帰ってもよかったんですよ」
言うと、梨子はしばしの沈黙ののちに顔を上げる。
「……それもそうか。悪かった。今日もありがとな、姫」
笑いかけてきた梨子に、桃菜も笑みを返した。
ふたりは、同じ高校に通う先輩と後輩の関係にあった。シャッターを切っていた梨子が先輩で、モデルとして撮影されていた桃菜が後輩である。
そう、梨子と桃菜は先輩と後輩の関係のみならず、カメラマンとモデルの関係をも築いているのであった――。
◇
「今日は一段と寒かったですねぇ……」
「なー。ま、おかげで公園にはアタシら以外だれもいなくて、撮影に集中できたわけだけど」
撮影後、ふたりは公園の側にあるカフェへと場所を移し、そろって温かいココアで暖をとっていた。
ココアに浮かんでいたマシュマロを頬張り、桃菜は訊く。
「どうですか? いい写真は撮れましたか?」
「あったり前だろ! アタシの腕を舐めてもらっちゃ困るぜ」
梨子は隣の席に置いている自身のバッグを軽く叩いた。カメラはその中に収まっている。
桃菜のひとつ先輩である彼女の趣味は、カメラであった。将来は日本一のカメラマンになるのだと、いつも瞳を輝かせて語っている。なかなかにとんでもない発言をしているはずなのだが、梨子が言うと実現してしまいそうに思えるのが不思議であった。
そんな梨子に、桃菜はよく写真のモデルを頼まれる。今日のように外で撮影することも多いのだが、不満がまったくないと言えば、嘘になった。
「でも、冬に外で撮影するのは普通に寒いので、なんとかなりませんか? 部屋の中でもいい写真は撮れると思うんですが」
「室内もいいけど、季節の移ろいの中の姫を撮りたいんだよアタシは!」
桃菜のささやかな不満が、梨子に一蹴される。
ちなみに、桃菜は梨子から「姫」というあだ名で呼ばれていた。由来は、桃菜の名前そのものにある。
有名なゲームのキャラクターに【ピーチ】という名の姫がおり、そこから名付けられたのであった。人前で呼ばれる際などは正直なところ少し恥ずかしいのだが、訴えても梨子はそのあだ名の使用をやめない。故に、訴えることを諦めたのは、もうずいぶんと前のことだった。
梨子が目を瞑り、どこかうっとりとした調子で語り始める。
「忘れもしねぇ。今年の春、お前に出会ったあの日……。散り始めた桜をどこか寂しそうに見上げる、新入生だった姫の横顔……。アタシはあの瞬間、お前に一目惚れしちまったんだ。ああ、アタシはこの子を撮るために生まれてきたんだってな……!」
「……恥ずかしいので、絶対に他のひとには言わないでくださいね」
「恥ずかしいことなんざ、なにもねぇよ! これは青春なんだ! 未来のスーパーカメラマンとそのモデルの、大切な青春の一ページなんだ!」
双眸を見開き、拳を握って、梨子は力強く主張する。常時この猪突猛進さであるため、だいたいのことは彼女に押しきられてしまうのだった。
「……あ、そういえば……」
そこで、桃菜はとあることに気が付き、自身の鞄をさぐる。
「りこっち先輩のソロ演説のおかげで、すっかり忘れるところでした」
「うん?」
桃菜はバッグの中から目的の小袋を探し当て、それを梨子の前に差し出した。「おおっ」という歓声と共に、梨子の瞳が好奇心に輝く。
「それは、まさか!」
「はい、新作のアクセサリーです。今回はネックレスにしてみました」
「おおーっ、見せてくれ見せてくれ!」
袋からネックレスを出して、桃菜は梨子に手渡した。
ネックレスは、繊細なゴールドのチェーンに、同じくゴールドのクラウンのトップで飾られている。それに、クラウンよりもひと回り小さい薔薇のチャームを添えているのだった。
これは桃菜の手作りだ。桃菜には、幼い頃からアクセサリー作りの趣味がある。
ネックレスを見つめながら、梨子がどこか感嘆とした息を吐いた。
「ほあー……。あいっかわらず、姫は手先が器用だよなぁ」
「べつに難しいものじゃありませんよ。先輩にだって作れると思いますが」
「アタシはこういう細かい作業、ほんと苦手なんだ。皆が皆、姫みたいに器用ってわけじゃねーんだぜ」
「……そんなものでしょうか」
桃菜のアクセサリー作りが始まったのは、小学生の頃である。近所に、手芸用品やアクセサリーのパーツを販売する店がオープンしたのが契機だった。
当時の桃菜にとっては、アクセサリーは店で売っているものであって、個人が作るものではなかった。無論、無知から来る認識であったわけだが、その認識を持っていたために、店の存在は桃菜に衝撃を与えたのである。
一言で述べるならば「アクセサリーって作れるものだったんだ」という衝撃だった。店に足を踏み入れ、煌めいた数々のパーツに目を奪われた桃菜がアクセサリー作りに興味を持つのに、時間は掛からなかった。そして、今に至るというわけだ。
なにを作ろうか迷いながらパーツを購入したり、イメージ通りのものが作れたときの喜びに魅了されて、すっかりアクセサリー作りに嵌まってしまったのである。
しかし、桃菜としては既製品のパーツを組み合わせているだけなので、梨子の言葉はいまいちピンと来なかった。それよりも、カメラで様々な一瞬を切り取るほうが、余程すごいと感じてしまう。
「……で」
桃菜の思考を遮るふうに、梨子が顔を寄せてきた。どきりとして、桃菜は僅かに仰け反る。
「これ……アタシに?」
彼女の問いに、桃菜は小さく頷いた。
「……はい。先輩にあげるために、持ってきたんですよ」
梨子の面差しが、みるみる明るく彩られていく。彼女は太陽のような笑顔を見せた。
「ありがとう、姫! 今度パフェでもおごるぜ!」
「いやいや」
曖昧に帰しながら、桃菜は耳朶が熱くなっていくのを感じる。梨子に喜んでもらえると、嬉しい反面、少し恥ずかしくもなってしまうのだった。
梨子はさっそく自身の手でネックレスを身につける。そうして胸を張って、自慢げに桃菜に見せた。
「ふふん、似合うだろ」
「先輩のために作ったんですから、似合ってもらわないと困ります」
「可愛いこと言いやがって。お前、アタシのこと好きすぎんだろ」
彼女の語調は軽く、それを冗談で言っているのは十中八九明らかだった。しかし、桃菜はそんな冗談に返答することが出来ない。
だが、梨子はそんなことを気にしたふうでもなく、続けて述べた。
「こんだけ後輩に応援してもらっちゃ、先輩として応えねーわけにはいかねぇよな。見てろよ、カメラの腕ガンガン磨いて、どんどん結果出してやっからな!」
「空回らないよう、気を付けてくださいね」
「んだよ、信用ねーなぁ」
唇を尖らせた梨子を見て、桃菜が笑う。そんな桃菜の笑みが梨子に伝播し、ふたりは笑い合った。
笑いながら、桃菜は内心で安堵する。大丈夫、いつものように笑えている――と。
いつものように、カメラ好きの先輩と、それを応援する後輩のように笑えている。
梨子への恋心には、気付かれてはいない。
だから、大丈夫――。
桃菜は胸中で繰り返し、しかしそれをおくびにも出さずに、彼女と笑い続けた。
桃菜にとって、それはいたく慣れたことであったから。
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