5 / 7
【5】
しおりを挟む桃菜と共に撮影をしなくなって、しばらく。
放課後、夕陽が照らす高台の上で、梨子は悩んでいた。
「なーんか、違うんだよなぁ……」
コンクールに向けて、すでに何十回もの撮影を繰り返している。しかし、梨子は未だに決定的な一枚が撮影できないでいた。
美しい街の景色を――美しいと自分がたしかに感じる景色を撮っているはずなのに、何故か納得し難い。己と被写体のあいだに噛み合わないなにかがあるのだということはわかるのだが、それがなんなのかは掴めないでいる。そんな状況だった。
深いため息を吐き、梨子は高台に設置されているベンチに腰をおろす。
と、馴染みのある声が側から響いてきた。
「あら、梨子じゃない」
見ると、そこには菫の姿がある。梨子は返答した。
「おー。いま帰りか?」
「ざーんねん。塾に行くところよ」
「お前も大変だなぁ」
「将来の自分のための勉強だもの。大変なのは当然でしょ。人生、甘くないんだから」
「シビアだねぇ」
菫は梨子に近付いてくる。
「で、こんなとこでなにしてんのよ」
「コンクールに応募する写真撮ってんだよ」
目の前で足を止めた菫は、じっと梨子を凝視してから訊いた。
「……なに、調子悪いの?」
思わず梨子は苦笑する。
「……お前はほんっとに鋭いな」
「誰かさんがわかりやすいだけよ」
それに反駁できずに笑った梨子は、顔を彼女から落陽に照らされた街に移し、またため息を零した。この友人に、隠し事は通用しない。
「……なーんかなぁ……いい写真が撮れねーんだよなぁ。考えすぎてんのかなぁ」
「この高台からの景色撮ってるの? ……景色としては、綺麗だと思うけど」
「そう、そうなんだよ。綺麗な景色を撮ってるはずなんだ。……はずなのに……」
語尾は不安に弱まり、冬の風に流れて消えた。見えない答えを模索している際の焦燥は、ひとを容易く後ろ向きにする。
そんな自分の弱さを掻き消すために、梨子は故意に話題を変えて声を明るくした。
「お、そうだ。見ろよ、これ」
身につけているネックレスを、菫に見せる。梨子は歯を見せて笑った。
「姫の新作アクセサリー。可愛いだろ」
「ほんと。あんたにはもったいないくらい可愛いわね」
「なんだよ、やらんぞ」
「欲しいなんて言ってないでしょ。私のことなんだと思ってんのよ」
言って、菫は唇を小さく尖らせる。意識してのことかどうかは知らないが、この友人は時折こうして子供っぽい一面を見せるのだった。ひそかに可愛らしいと思っているので、指摘をすることはないけれども。
不意に、彼女が顔をぐっと近付けてきてネックレスを見つめた。それに驚きつつも、梨子は菫の好きにさせる。
姿勢を戻し、彼女が呟いた。
「……ふーん。また薔薇なのね」
「へ?」
言われたことの意味がわからず、梨子は間抜けな声を返す。菫は継いだ。
「姫ちゃんからもらったアクセサリー。あんた、今まであの子にもらったもの色々と私に見せてくれたけど……気付いてる?」
「……なにが」
「姫ちゃんの作るもの、いつも必ず薔薇があるのよ。パーツだったり、絵柄を刻んだものだったり」
指摘された梨子は改めてネックレスに視線をやり、そうして考えた。
たしかに、そのような気もする。今まではその完成度に見蕩れるばかりで、深く意識することはなかったけれど。
菫が顔を落日に向け、そうして髪をなびかせる。
微風に髪を愛撫されながら、彼女は何気ない語調でくちをひらいた。
「……ねぇ、薔薇の花言葉って、なんだっけ?」
突然の質問に、梨子の思考が止まる。
薔薇の花言葉は――なんだっただろうか。
菫の目線を追って見やった夕陽が、真っ赤な薔薇に見えた。
ああ、そうだ。梨子は思い出す。
薔薇の花言葉。
そう、薔薇の花言葉は、たしか――。
「あんた、いい写真が撮れないとか言ってたけど。それ、当たり前のことだと思うわよ」
「……当たり前?」
「そう」
菫は梨子に向き直る。彼女の真摯な眼差しが、真っ直ぐに梨子を貫いた。
「だって……綺麗な景色と惹かれる景色って、同じものとは限らないもの」
その言葉を聞いた瞬間、曇っていた梨子の意識に澄んだ風が通ったような気がした。
菫は重ねる。
「自分が惹かれるものを撮るのが、カメラマンってもんなんじゃないの? これとも梨子が目指してるのは、自分の感覚を無視した【皆が綺麗と思うだろう】っていう写真を撮ることなの?」
なにかを考えるより先に体が動き、気付けば梨子は首を左右に振っていた。
「……違う」
彼女の言が清らかな風となって、梨子の意識に掛かっていた靄を流していく。
我知らず、梨子は「綺麗」という感覚の奴隷になっていたのかもしれない。
ひとの写真が千差万別なのは、人間の感性がひとりひとり異なるからだ。感性が異なれば、惹かれるものも当然ちがってくる。
写真というものは、そのひとりひとりが惹かれた一瞬を切り取ったものなのだ。一枚一枚に、そのひとの個性が表れている。皆それぞれ、違うものが見えている。同じものを見ていても、異なる箇所に惹かれている。
そんな煌めきに心を奪われて、自分はカメラを持ったのではなかったか。
己が魅せられた一瞬をカメラで切り取り、それを写真にしたときの感動。
自分にしか撮れない写真を撮ったときの、何物にも代えがたい高揚感。
それは決して「綺麗な写真を撮る」という目的で得られるものではない。それはあくまで結果であり、目的ではないのである。
――シャッターを切りたがる己の本能の声に、耳を塞いではならない。
それに感付いた瞬間、梨子は目が覚めたのと同時に、世界が一段階ひろがったような感覚を覚えた。
目に映るものが、肌に感じる風が、鼻腔を撫でる匂いが、囁きかけてくるすべての音が、新鮮に思える。
今まで手が届かなかったものに、たしかに触れた瞬間だった。
そんな梨子を見ていた菫が、柔和に微笑む。
「綺麗な風景も素敵だし、私もここからの眺めは好きよ。……でも、あんたが惹かれるものは、別にあるんじゃないかしら」
「別に……?」
「そう。それを、あんたはもう知ってるはずよ。あとは、梨子が気付くだけ」
梨子は、手中のカメラを見下ろす。
自分が、惹かれるもの。自問に対する答えが、ひとつの影となって意識に浮上してくる。
落陽が少しずつ地平線へと消えていき、辺りは薄闇をまとって夜の支度を始めた。
夜になる寸前の街も、掛け値なしに美しい景色ではある。
だが、それでも、梨子はもう夕陽に向けてシャッターを切ることはしなかった。
――なによりも心惹かれる存在に、気が付いてしまったから。
0
あなたにおすすめの小説
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件
楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。
※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる