春に繋がれたか

れーずん

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 桃菜と共に撮影をしなくなって、しばらく。
 放課後、夕陽が照らす高台の上で、梨子は悩んでいた。

「なーんか、違うんだよなぁ……」

 コンクールに向けて、すでに何十回もの撮影を繰り返している。しかし、梨子は未だに決定的な一枚が撮影できないでいた。

 美しい街の景色を――美しいと自分がたしかに感じる景色を撮っているはずなのに、何故か納得し難い。己と被写体のあいだに噛み合わないなにかがあるのだということはわかるのだが、それがなんなのかは掴めないでいる。そんな状況だった。

 深いため息を吐き、梨子は高台に設置されているベンチに腰をおろす。
 と、馴染みのある声が側から響いてきた。

「あら、梨子じゃない」

 見ると、そこには菫の姿がある。梨子は返答した。

「おー。いま帰りか?」
「ざーんねん。塾に行くところよ」
「お前も大変だなぁ」
「将来の自分のための勉強だもの。大変なのは当然でしょ。人生、甘くないんだから」
「シビアだねぇ」

 菫は梨子に近付いてくる。

「で、こんなとこでなにしてんのよ」
「コンクールに応募する写真撮ってんだよ」

 目の前で足を止めた菫は、じっと梨子を凝視してから訊いた。

「……なに、調子悪いの?」

 思わず梨子は苦笑する。

「……お前はほんっとに鋭いな」
「誰かさんがわかりやすいだけよ」

 それに反駁できずに笑った梨子は、顔を彼女から落陽に照らされた街に移し、またため息を零した。この友人に、隠し事は通用しない。

「……なーんかなぁ……いい写真が撮れねーんだよなぁ。考えすぎてんのかなぁ」
「この高台からの景色撮ってるの? ……景色としては、綺麗だと思うけど」
「そう、そうなんだよ。綺麗な景色を撮ってるはずなんだ。……はずなのに……」

 語尾は不安に弱まり、冬の風に流れて消えた。見えない答えを模索している際の焦燥は、ひとを容易く後ろ向きにする。
 そんな自分の弱さを掻き消すために、梨子は故意に話題を変えて声を明るくした。

「お、そうだ。見ろよ、これ」

 身につけているネックレスを、菫に見せる。梨子は歯を見せて笑った。

「姫の新作アクセサリー。可愛いだろ」
「ほんと。あんたにはもったいないくらい可愛いわね」
「なんだよ、やらんぞ」
「欲しいなんて言ってないでしょ。私のことなんだと思ってんのよ」

 言って、菫は唇を小さく尖らせる。意識してのことかどうかは知らないが、この友人は時折こうして子供っぽい一面を見せるのだった。ひそかに可愛らしいと思っているので、指摘をすることはないけれども。

 不意に、彼女が顔をぐっと近付けてきてネックレスを見つめた。それに驚きつつも、梨子は菫の好きにさせる。
 姿勢を戻し、彼女が呟いた。

「……ふーん。また薔薇なのね」
「へ?」

 言われたことの意味がわからず、梨子は間抜けな声を返す。菫は継いだ。

「姫ちゃんからもらったアクセサリー。あんた、今まであの子にもらったもの色々と私に見せてくれたけど……気付いてる?」
「……なにが」
「姫ちゃんの作るもの、いつも必ず薔薇があるのよ。パーツだったり、絵柄を刻んだものだったり」

 指摘された梨子は改めてネックレスに視線をやり、そうして考えた。
 たしかに、そのような気もする。今まではその完成度に見蕩れるばかりで、深く意識することはなかったけれど。

 菫が顔を落日に向け、そうして髪をなびかせる。
 微風に髪を愛撫されながら、彼女は何気ない語調でくちをひらいた。

「……ねぇ、薔薇の花言葉って、なんだっけ?」

 突然の質問に、梨子の思考が止まる。
 薔薇の花言葉は――なんだっただろうか。
 菫の目線を追って見やった夕陽が、真っ赤な薔薇に見えた。

 ああ、そうだ。梨子は思い出す。
 薔薇の花言葉。
 そう、薔薇の花言葉は、たしか――。

「あんた、いい写真が撮れないとか言ってたけど。それ、当たり前のことだと思うわよ」
「……当たり前?」
「そう」

 菫は梨子に向き直る。彼女の真摯な眼差しが、真っ直ぐに梨子を貫いた。

「だって……綺麗な景色と惹かれる景色って、同じものとは限らないもの」

 その言葉を聞いた瞬間、曇っていた梨子の意識に澄んだ風が通ったような気がした。
 菫は重ねる。

「自分が惹かれるものを撮るのが、カメラマンってもんなんじゃないの? これとも梨子が目指してるのは、自分の感覚を無視した【皆が綺麗と思うだろう】っていう写真を撮ることなの?」

 なにかを考えるより先に体が動き、気付けば梨子は首を左右に振っていた。

「……違う」

 彼女の言が清らかな風となって、梨子の意識に掛かっていた靄を流していく。
 我知らず、梨子は「綺麗」という感覚の奴隷になっていたのかもしれない。

 ひとの写真が千差万別なのは、人間の感性がひとりひとり異なるからだ。感性が異なれば、惹かれるものも当然ちがってくる。

 写真というものは、そのひとりひとりが惹かれた一瞬を切り取ったものなのだ。一枚一枚に、そのひとの個性が表れている。皆それぞれ、違うものが見えている。同じものを見ていても、異なる箇所に惹かれている。

 そんな煌めきに心を奪われて、自分はカメラを持ったのではなかったか。

 己が魅せられた一瞬をカメラで切り取り、それを写真にしたときの感動。
 自分にしか撮れない写真を撮ったときの、何物にも代えがたい高揚感。

 それは決して「綺麗な写真を撮る」という目的で得られるものではない。それはあくまで結果であり、目的ではないのである。

 ――シャッターを切りたがる己の本能の声に、耳を塞いではならない。

 それに感付いた瞬間、梨子は目が覚めたのと同時に、世界が一段階ひろがったような感覚を覚えた。
 目に映るものが、肌に感じる風が、鼻腔を撫でる匂いが、囁きかけてくるすべての音が、新鮮に思える。

 今まで手が届かなかったものに、たしかに触れた瞬間だった。
 そんな梨子を見ていた菫が、柔和に微笑む。

「綺麗な風景も素敵だし、私もここからの眺めは好きよ。……でも、あんたが惹かれるものは、別にあるんじゃないかしら」
「別に……?」
「そう。それを、あんたはもう知ってるはずよ。あとは、梨子が気付くだけ」

 梨子は、手中のカメラを見下ろす。
 自分が、惹かれるもの。自問に対する答えが、ひとつの影となって意識に浮上してくる。

 落陽が少しずつ地平線へと消えていき、辺りは薄闇をまとって夜の支度を始めた。
 夜になる寸前の街も、掛け値なしに美しい景色ではある。

 だが、それでも、梨子はもう夕陽に向けてシャッターを切ることはしなかった。
 ――なによりも心惹かれる存在に、気が付いてしまったから。


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