君の瞳に囚われて

ビスケット

文字の大きさ
41 / 51

ヘルメス

しおりを挟む
我がエクエスト王国は、5000年もの長きにわたり、この世界で随一の大国であり続けている。
現在も、近隣諸国との関係性は極めて安定的かつ友好的である。
そして王家を頂点に、ゆるぎない王政がいまもなお敷かれている。

この国には数百年に一人、普通の人が見ることのできない魔素を その目で見ることができる者が生まれるといわれている。
その者を人は<魔眼持ち>または<祝福されし者>と呼んだ。その稀なるものは、もれなく大きな魔力を持っていたといわれる。

この地にエクエスト国を建国した初代国王は、<祝福されし者>しかも特に膨大な魔力を誇っていたと言われている。
以来この国では大規模な戦争もなく今に至る。

長きにわたる争いのない時代に、魔法というものの存在意義も随分と様変わりした。
かつては、魔力がある者も、ない者も、戦いにおいては どちらも欠かせない両輪りょうりんであったはずが、時とともに魔力絶対主義ともいえる世の中になっていった。

そんな世の中の 最上位に位置する公爵家の一人息子として生を受けて いまだ数年の私だが、わたしはもう私を取り巻くすべてに十分いていた。
朝から晩まで幾多いくたの使用人にかしずかれて、私はずっと公爵家嫡子のお役目を生きてきた。

現王は、亡くなった兄君に変わって王位に就かれたが、男子はついに誕生せず、我が母メガエラと叔母のヘレネだけをもうけられたのだった。

そうして王族の直系に一番近い公爵家に嫁いだ、王の一の姫いちのひめである我が母メガエラが産んだのが私である。
よって 私は現在、王位継承権第一位を持つ身なのであった。


侯爵家からの謝罪を受けて数日が経ち、私は私室でくつろぎながら、あの時のことを考えていた。
わたしの前にひざまずいて伏せるカインのおもてに、我知らずこの手をかけたことを思い出す。
私はどうしてもあの瞬間、確認したかったのだ。あの者の瞳のなかにある何かが変わってしまったのか、それとも変わらずにあるのか、と。

あの日、侯爵邸で行われた、魔力操作の合同訓練という名の 高位貴族の子弟によるごく内輪うちわな交流会に顔を出した。

途中 休憩を挟もうと言うとき、レオポルドが私に言った。
「ヘルメス様、先月まで別邸におりました3番目の弟がすぐそこにいるようです。皆に引き合わさせていただいてもよろしいでしょうか?」

おや、と思った。そういえば侯爵家には幻の息子がいると、どこかでそんな話を聞いた気がした。
余り深く考えず了承すると、メイドがその者を呼びに行った。

庭園の遠くにあった小さな人影に何やら話しかけるると、メイドに伴われてその者は近づいてきた。

その者の姿が近づくにつれ、私は、何か心にさざめきが広がっていくのを感じた。
もちろん、その者ははっとするほどの美しさではあったが、それが理由ではない気がした。

茶会が始まって、その者が 魔力なしと聞いて愕然とした。
なぜか、そんなはずはないと思ったのだ。
それで、普段ならやらない 礼を失した振る舞いをしてしまった。
あまつさえ 魔力無しの人間に向けて 魔法で攻撃するなど、貴族にあるまじきことをしてしまったと思う。

あの者が、私の火球を 首のわずかな一振りで鮮やかに避け、 その瞳に私を映しながら 軽蔑の言葉を投げかけた時、私がおぼえたのは自身への不敬への怒りではなく、かつて父の外遊に同行したときに偶然出会った魔獣のことだったのだ。

馬車で森林地帯を移動していた時、ふと何かに見られている気がした。
馬車の窓から外を見ると、それは獰猛な肉食の豹型の獣の視線だった。
森の一角にある切り立った岩場のはるか上に それは巨大な漆黒の体躯をゆったりと横たえて、こちらを睥睨するように見つめていた。
私は動くことができなかった。ただただ、時を忘れて見上げていたが、ほんの一瞬の事だったのかもしれない。
まさに魔に魅入られた瞬間だったのだろう。
と、ふいにその獣は視線を外すと同時に、しずかに崖の向こうに消えて行ってしまった。

あの美しい魔獣に気が付いていたのは私だけだった。
何もかもを周りの者たちにゆだねることが当たり前の毎日に、魔獣と通じたあの瞬間だけは だれの手垢てあかもつけられていていない私だけのものだった。
カインの紫の瞳に貫かれた瞬間、あの時見たもの、感じたものが鮮やかによみがえったのだった。


私をまっすぐに見上げた あの者の瞳には わずかの濁りも生じていなかった。
ひざまずいて首をたれることを強要されても、あの者は何物にも押しつぶされることなくそこに在って、ただ私を見ていた。ただ、私だけを見ていたのだ。
ああ、わたしの心にさざ波を立てたのはこれだと思った。

風の剣をこの者に下げ渡すと言ったとき、この者は瞬時にわたしに振り向いた。
その目の輝きが忘れられない。
箱に収められているもっと貴重な剣の方をやろうとしたら、あっさりと断られた。

これまで周りの者に何度も下賜する機会はあったが、それを断られたこともない代わりに、こんなにも無垢な喜色を向けられたこともまたなかったことに気がついた。

カインは、その唇をとろけそうにほころばせて 瞳を輝かせて 手に持つ剣を見ていた。
その輝きをもたらしたのが ほかならぬ私自身であることに 心ががひどくざわめいた。
この瞬間は私だけのもの。
ふいに 紫色の閃光が走った気がして目を止めると、それは剣に映ったカインの瞳だと気が付いたが、次の瞬間にはもう消えてしまっていた。



ヘルメスは思った。この世界貴族社会で この者はどうなっていくのだろう。
このままあたりを薙ぎ払うように凛として立っているのか、けがされてちていくのか。
いや、この者は堕ちはすまい。穢れの中でも なおあがき、私の目を惹きつけて離さないのだろう。
ヘルメスはどちらも見てみたいと思った。


そんなことを思っていると、外から軽く扉を叩く音が響いて、湯の準備が整ったとの声が聞こえてきた。
わたしはそれを聞きながら、あの時見た残像を探すように目を閉じたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。

春雨
BL
前世を思い出した俺。 外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。 愛が重すぎて俺どうすればいい?? もう不良になっちゃおうか! 少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。 初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫です。 ※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。 もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。 なるべく全ての感想に返信させていただいてます。 感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます!

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...