君の瞳に囚われて

ビスケット

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侯爵夫人の後悔と過ち

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あの日 わたくしは旦那様と二人の息子達と一緒に、館の応接間に座って、カインが本邸にやって来るのを待っていました。

間もなくここに来る その子は、旦那様の懐深くにあるものを揺り動かしてしまう。
だから良い頃合いで消してしまうつもりでした。

亡き友人の妻子が誰かに傷つけられることがないようにと、6年前に旦那様がお二人を聖域に入れられた時、夫と父を同時に亡くしたお気の毒な方々からこれ以上何かを奪う気なんてこの時のわたくしにはなかったのです。

けれど、3年前のあの日、聖域から帰った旦那様にお二人を解き放つことを勧めたあのとき、旦那様は迷われました。
その時の旦那様の目に、私はかつて見た物を再び見つけてしまったのです。
だから、わたくしは聖域にいた侍女達を使ってすぐに原因を消してしまおうとしました。

聖域の番人に感づかれ、旦那様が聖域の入り口を閉ざしてしまってからは、手だしができませんでしたけれど、わたくしはじっと焦らず待っていました。

それがようやく、楽園を追われて、間もなく この手の内に落ちて来るのです。
けれど、わたくしも二人の幼子を持つ母として、息子と同い年の子の命を奪うことに躊躇があったこともまた確かなことでした。

「みなさま、カイン様がご到着されました。」
リチャードの声がして。

そうして私達の前に その子は立ったのです。
まるで深い森の奥から迷い込んだ野生の子鹿のように。
少しの戸惑いと、好奇心。そしてその瞳の奥には人の世に汚されることの無い何ががありました。
その子の内側で輝く何かに照らされるように、わたくしの抱える闇がざわりと蠢いた気がしました。

旦那様、レオポルド、アレクシスの視線が縫い付けられたようにカインに向かっている様子をとらえると、途端にわたくしの胸の内の、未だ膿む傷口から 鮮血が滴りだすのが生々しく感じられました。

その時、わたくしは 自分のするべき事がはっきりと分かったのです。
目の前から消してしまうだけでは到底足りないと。
それでは前と同じように、美しいまま、永遠に旦那様の胸の内に残り続けてしまうだけだと。

だから、この子を台無しにしてしまおうと決めたのです。
歪めて� 汚して 踏みつけて。
汚く散った様を旦那様に見ていただかなければと。

そうしたら旦那様も胸の内にあるものが、取るに足らない路傍の草だったと気付いて下さるでしょう。



・・・そうして、カインが侯爵本邸で暮らし始めてずいぶん経ちました。
けれど、この子を とりつく島もない孤独の海に落とそうとしても、それはなかなか上手くいきませんでした。

食堂で皆と共に朝食をいただきながら、わたくしはこれまでの事を思いだしていました。

息子達とは出会ったその日から、日に日に兄弟の仲を深めているようでしたが、やはり聖域での暮らし向きとの違いや、何より母親の愛情への希求は容易に見て取れました。
そんな時、庭園で行われていた息子達の茶会にカインが出くわすように仕向け、あの子がヘルメス様に不敬を働いたと聞いたときは、やっとカインを突き落とすことができたと思いました。
きっとここから、あの子は墜ちていく。そう確信したのです。

ところがその後、公爵家へお詫びに行き、ヘルメス様より剣を下賜されて帰ってきたと聞いてわたくしは愕然といたしました。

また息子達も、カインが他家の子息達に辛く当たられる様を見て、すえの弟を守ろうと行動を起こし始めたのです。
お母様と離ればなれのカインが可哀想だといって、共に就寝すると言ってきた息子達や、それを認めた旦那様を咎めだてする訳にもいかず、わたくしは同意するしかありませんでした。

あの日カインに庭に行くように仕向けたのは失敗だったのです。
わたくしが張った糸 全てをすり抜けていくようで、朝食の席に座るカインに、何かの守りを感じずにはおられませんでした。

それから、わたくしにそそぐ天よりのまなざしを。
わたくしは、いつの間にか握りしめた手から力を抜くと、芳しいお茶の湯気が立つカップに手を伸ばしたのでした。
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