大嫌いな幼馴染みはどうやら私のことが好きらしい

Adria

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再会①

 ――翌年、仲夏の候。

「ふぁっ……」

 午前五時。侑奈は欠伸をしながら、クローゼットを開けて制服を手に取った。
 四條家で働く女性の制服はヴィクトリアンメイド服なので、上品でとても可愛い。最初は着るだけで気分が上がったものだが、ここに来てすでに三ヵ月経つので、もう慣れてしまった。


「今日も朝焼けが綺麗……」

 着替えを終えたあとは窓を開けて、静謐な空気に満ちた朝の香りを吸い込む。
 顔を出すと母屋が目に入ったので、ぼんやりと眺めた。四條のお屋敷は都内でも指折りの高級住宅街に建ち、明治時代の和洋折衷建築の名残りが感じられる大豪邸だ。侑奈の実家からも徒歩圏内なので、嫌になったらすぐに逃げ帰れるのがいい。

「でも……全然隆文くん帰ってこないんだよね……」

 仕事の邪魔にならないように長い髪を三つ編みに織りながら、独り言ちる。

 隆文は現在海外出張中らしく、かれこれ三ヵ月ほど姿を見ていない。隆文だけじゃなく、玲子や隆文の両親にも滅多に会えない。

(当然だけど、皆さん忙しいのよね……)

 でも子供の頃からこんな感じだったのかなと思うと、少し胸が苦しくなる。
 お屋敷には執事やメイドなど、たくさんの人が働いているので常に大人が側にいる状況ではあるが、両親と簡単に会えないのはどういう気持ちなんだろうか。


「隆文くん……寂しかったのかな……。だから構ってほしくて嫌がらせしてたとか?」

 自分からポツリと漏れ出た言葉にハッとする。

(駄目駄目。どうして同情してるのよ……)

 今、皆が仕事で家をあけがちなのは隆文がもう子供ではないからかもしれない。昔のことは分からないじゃないか。

 一瞬でも隆文を可哀想に思うなんてどうかしてる。

 侑奈はかぶりを振り、ホワイトブリムを頭につけて自室を出た。

(変なこと考えないでお仕事頑張ろう)


「おはようございます!」
「おはよう、花秋はなときさん」

 使用人棟にある事務所に顔を出し、挨拶をする。ここの皆は優しくて、新人の侑奈のことも気遣ってくれるので、とても働きやすい。

 今や最初の不安がどこかに飛んでいき、完全に馴染んでしまっている。

「ねぇ、花秋さん。明日、坊ちゃんが帰ってくるから、お部屋の掃除をお願いしたいんだけど……大丈夫かしら?」

 事情を知っているメイド長の荒井あらいが声をひそめて心配してくれる。
 彼女は責任者として玲子にすべてを聞いていると共に、侑奈が隆文に苦手意識があることも知っているので何かと気遣ってくれる。

(隆文くん、帰ってくるんだ……)

「はい、大丈夫です。お任せください」

 ニコリと微笑んで、頷いた。
 玲子から隆文関係の仕事を全部任せられたので、ここで嫌と言えないのがつらいところではあるが、近づかなければ何も判断できない。

「二人とも子供じゃないんだし、さすがに大丈夫だと思うけど……もしどうしても合わないなら言ってね?」
「ありがとうございます。でも何年もちゃんと会っていないので、彼からすればただの一メイドでしょうし、心配無用ですよ」
「そう? でも坊ちゃんは……」

 そこで言葉を切ってしばらく考え込む荒井に、侑奈は途端に不安になって彼女の顔を覗き込んだ。

(何? 怖いんだけど……)

「あ、あの、荒井さん?」
「ごめんなさい。心配のしすぎも良くないわよね。私も幼馴染みの二人が仲直りして結婚だなんてことになったら素敵だと思うから見守っておくことにするわ」
「……」
「本当に悪い子じゃないから、ちゃんと知って判断してあげて」

 侑奈の背中をポンポンと叩いて朗らかに笑う彼女に、苦笑いを浮かべる。

(でも確かに……使用人仲間の評判は悪くないのよね……)

 この三ヵ月。それとなく皆に聞いてみたのだが、ぶっきらぼうではあるがちゃんとお礼も言うし、手が空いていたら手伝ってもくれるらしい。

(使用人に横柄な態度をとっているなら速攻でなしだと思ったけど、まあ……そりゃ隆文くんも大人になるよね)


「じゃあ、隆文さまのお部屋のお掃除に行ってきます」
「ええ、お願いね」

 掃除道具を持ち母屋へ向かう。
 ドアの前で深呼吸をして、主のいない部屋に入った。

(えっと……カーテン……)

「う……」

 陽を入れるためにカーテンを開けると、小さな呻き声が聞こえて体がビクッと跳ねる。

(え、な、何!?)

 おそるおそる振り返ると、ベッドの上で誰かが身動いだ。

「眩しい……」
「た、隆文、さまっ……!? 帰っていらしたのですか?」

(嘘でしょ、いたの? 帰ってくるのは明日だったはずなのに……!)

「ああ……夜明け前に帰ってきたんだ。それよりまだ寝たいから、カーテン閉めてくれ」
「も、申し訳ございません……!」

 ぺこりと頭を下げて、慌ててカーテンを閉める。それと同時に規則正しい寝息が聞こえてきた。

(もう寝たの? よほど疲れているのね……)

 そっと近づいて隆文の顔を覗き込む。
 記憶の中の彼とは違い、キリッとした眉にスッと通った鼻筋の精悍な顔立ちの美青年だった。眠っていても分かるくらい凛々しくてかっこいい。

(……悔しいくらいのイケメンに育ったわね。でも玲子さんも隆文くんのお父様も……皆整った顔をしているから当然と言えば当然なのかしら)

「……」

 全開のシャツから見える筋肉が悩ましくて、頬を染めながら起こさないようにそっとボタンを閉める。
 そしてソファーに掛けられたジャケットやネクタイを手に取り、簡単に部屋を整えてから逃げるように退室した。

(あわわ……どうしよう。帰ってきちゃった!!)

 いないからと呑気に働いていたが、帰ってきたなら話は別だ。先ほど荒井には平気だと言ったが、実際会うと動悸が止まらない。

(うう……もう大人なんだし、虐めてきたりはしないだろうけど……やっぱりちょっと不安だわ)

 侑奈は足取り重く使用人棟へ戻った。
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