大嫌いな幼馴染みはどうやら私のことが好きらしい

Adria

文字の大きさ
11 / 35

昨日のお礼②(隆文視点)

 夜遅く家に帰った隆文は自室に入り、腕時計を見て溜息をついた。

(侑奈はもう寝たよな……)

 メッセージアプリでやり取りをしたときは話があるから起きて待っていると言っていたが、もうすぐ日付けが変わる。メイドの仕事は朝が早いので、待ってなどいられないだろう。

(一緒に住んでても顔を合わせられる時間って限られてるよな……)

 少し寂しくはあるが、今は侑奈がうちでメイドをしているので時間を合わせやすいほうだとは思う。だが、彼女も外で働きはじめたらそうはいかないだろう。

「……いや、待てよ」

 またもや漏れ出た溜息と共に違う考えが脳裏をよぎった。

(同じ会社で働けば、一緒に通勤できるし、勤務中に会うこともできるよな……。それに会社へのアクセスの良さを理由に一人暮らしをしてるマンションに彼女を呼ぶことも可能じゃないのか?)

 いずれは母体企業である四條製薬の研究所へと考えていたが、隆文が今任せられている開発系の医薬ベンチャーのほうに呼んでも何ら問題はないはずだ。

(……成績証明書や侑奈が書いた論文などを見させてもらったが、とても優秀なようだし、何より頑張り屋だから、下心を抜きにしても欲しい人材だとは思う)

「……ただ、この私情だらけの人事をばあさんが許してくれるかだよな。いやでも、先に私情を挟んで侑奈と取り引きしたのはあの人なんだし、そこを攻めればいけるか?」

 祖母を口説き落とす言葉を考えながら、ジャケットを脱ぎネクタイを緩め、ノートパソコンの電源をつける。そして侑奈に関する資料を閲覧しようとしたとき、コンコンと部屋のドアがノックされた。

(……こんな時間に誰だ?)


「どうぞ」
「失礼します……」
「侑奈……。お前、まだ寝てなかったのか?」
「起きて待ってるって言ったじゃないですか」
「そうだけど……。朝早いのに寝ないで平気か?」

 ドアから顔を覗かせる侑奈に驚くと、彼女が気まずそうな表情で中に入ってきた。こんな時間まで起きていることが心配なのに、彼女の顔を見るなりどこかホッとしてしまう。

(好きな人って……顔を見るだけで癒しになるんだな。それにパジャマ姿が何とも言えないくらい可愛い)


「大丈夫です。そ、それに今日は隆文のおかげでゆっくり眠れたので、元気なんです」

 エヘヘと笑った侑奈に目を見張る。
 今朝お願いしたとおり呼び捨てで呼んでくれていることに感動を覚えた。

(すげぇ、嬉しい。今ので疲れが完全に吹き飛んだ)

 関係を進展させるためにも呼び方を変えたほうがいいかと思ったが、予想以上に嬉しいものがある。
 顔を綻ばせて侑奈を見つめていると、目が合った彼女が眉尻を下げた。それにどうにも表情が固い。

(やっぱり無理しているんじゃ……?)


「侑奈、話は明日にしてもう寝……」
「キスしませんか?」
「は?」

 あまりにも突拍子のない言葉が飛び出して、思わず素で聞き返してしまう。

(今キスって言ったか? いや、そんなわけない……聞き違いだ。そうに決まっている)

 都合のいい自分の耳を疑っていると、侑奈が再度「昨日のお礼に……キスしませんか?」と言ってくる。その言葉に一瞬時が止まる。

(は……お礼?)

「ちょっと待ってくれ。今朝のことは冗談だって言っただろ。律儀なのか馬鹿なのか知らないが、真面目に受け取るなよ」
「ば、馬鹿!? だって貴方も言ってたじゃないですか。絶対私と結婚するつもりだって。なら、いずれはそういうこともしなきゃいけないだろうから、それならこの機会に相性を試してみたほうがいいと思ったんです。それなのに馬鹿だなんてひどい!」

 口が滑った隆文にくわっと目を剥いて反論してくる侑奈に、頭が痛くなってくる。

 一応侑奈なりにちゃんと考えたみたいだが、危うすぎて心配になる。

(よく今まで詐欺にあわなかったな……こいつ)

「少し優しくされたくらいで嫌いだった幼馴染みに簡単に絆されるところが馬鹿って言ってるんだよ。チョロすぎだろ」
「……もういいです。分かりました」

 隆文が大きく溜息をつくと、侑奈がふいと視線を逸らした。

(やば……)

 その侑奈の表情に、言い過ぎたことを悟る。だがそれと同時に、彼女を傷つけてしまったことを焦っている自分と拗ねている表情の可愛さに興奮しそうになっている自分が両方いて嫌になる。


「ごめん。言いすぎたよな? 大体俺がやりたくてやっただけで、お礼なんかする必要ないのに、無理をしてほしくないんだ。頼むから自分を大切にしてくれ」
「無理なんてしてませんし、投げやりになった行動でもありません。あくまで冷静に考えた上での判断です」
「どこかだよ」

(本気で軽くキスするだけですむとでも思ってるのか……? すむわけないだろう。理性飛ばす自信しかねぇよ)

 深く口づけて口内を犯し尽くしたい。
 口だけじゃない。余すことなく全身にキスしたい。

 彼女は隆文の劣情それを分かっているのだろうか? いや絶対に分かっていない。分かっていないからこそ、簡単なことのように言えるのだ。
 隆文が大きな溜息をつくと、今まで怖い顔をしていた侑奈が突然ふふふと笑い出した。

「真面目で律儀なのは隆文のほうですよ」
「は?」
「昨日のお礼を免罪符に好き放題キスできるのに、そうしなかった。むしろ私のことを思って叱ってくれたんですから、充分真面目かと。ねぇ、隆文。再会してからの貴方が優しい人だというのはよく分かっていますし、とても大切にしてくれているのも分かっています。だからこそ私は……」

 侑奈はそこで言葉を切って、隆文にキスをした。それは押しつけるだけの不器用なものだったが、確かに彼女の体温を感じた。

(――っ!)

 全身の血液がカァッと熱くなる。そう感じた瞬間、もう止まれなかった。気がついたら噛みつくように彼女の唇を奪っていた。
感想 1

あなたにおすすめの小説

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした

こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】 伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。 しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。 そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。 運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた―― けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった―― ※「小説家になろう」にも投稿しています。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

【完結】元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。