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第二章 開業準備をする俺
30、セシノの決意
しおりを挟む俺の発言に三人の動揺は思った以上のものだった。
「だ、ダンジョンに宿屋だって!?」
「しかもセシノも手伝うって、どういう……」
「ちょっとバンさん、セシノを唆して何言ってるのですか!? だって、それってつまり二人が一緒に暮らすってことですよね?」
「えっと、それは……」
椅子から飛び降りたシェイラは俺に詰め寄りながら肩を揺らしてくる。
動揺するだろうとは思っていたけど、軽いパニック状態だな。
とりあえず話ができるようになるまで、俺はされるがまま揺れておく。
そしてそれをすぐに止めてくれたのは、先程まで俺に助けを求めていたセシノだった。
「三人とも落ち着いて下さい!!」
その声で三人はピタリと止まり、セシノを見た。
「これは私がバンさんに提案した事だから、私が責任を持ってやらないといけないんです!」
「せ、セシノ……」
「それにもしこれが成功したらこの町にも人が来る、私にはそんな予感がするんです。そうすればこの宿屋にも人が来る可能性だってあるかもしれません。こんなこと適当に決めたわけじゃないんです。だから、お父さんもお母さんも私の我儘を聞いて貰えますか?」
セシノの説得にご両親は一度顔を見合わせると、ため息をついた。
「……全く、余り我儘を言わないセシノがそこまで言うのなら仕方がないな」
「そうね。それにそこまで考えて手伝いをするのなら、私たちが文句を言える立場じゃないわ」
そう言ってご両親は、向かいにいるセシノの手を握りしめると優しい瞳で見つめていた。
「この人なら大丈夫だと信じているが、辛いことや嫌な事があったらすぐに戻ってきていいんだぞ」
「はい、お父さん」
「例え成功しなくても、その努力はきっと他にも役に立つはずよ。焦らずに頑張ってね」
「ありがとう、お母さん。私頑張ってきます」
……なんだ。やっぱり俺は全く必要無かったな。
セシノ親子が丸く収まった事で、俺はホッとため息をついていた。
「いやいや、ちょっと待って下さいよ! 私はまだバンさんのこと信用していませんよ? それにそのお面の事まだ気になってるんですから……お面の中はどんな顔なんですか?」
せっかく大団円な雰囲気だったのにシェイラは全く納得がいっていないようで、今度は俺の顔について聞いてきたのだ。
だけどこれは、事前に考えてあるから大丈夫。
「シェイラさん、バンさんは顔に酷い傷を追っていてお面をしているんです。実際に見た私が言っているので信じて下さい」
「き、傷?? じゃ、じゃああの事件より前からお面を被っていたってこと……? やだ、私ったら変なこと疑ってすみませんでした」
「い、いやいや気にしなくて大丈夫だよ。俺もお面を被ってる人がいたら、変だと思うからさ」
シェイラが一番疑っていた部分はお面を被ってる人、という事だったのかもしれない。
それにしてもセシノの口から嘘の言葉が出てくるなんて、なんだか少し罪悪感が……。
「でも、やっぱり心配よ! そうだわ、宿屋をやるって事は物資の調達とかも必要ですよね?」
「まあ、そうなるかな……」
「でしたら、私がそのダンジョンボックス内にある宿屋まで物資を運びに行きますよ! そうすれば朝市の配達も変わって貰えるかもしれないし……」
そう呟いたシェイラは、実は朝市の配達をやりたくなかったのかもしれない。
そして俺は思ったのだ。せっかくシェイラは自由になったのだから、もっと伸び伸びと生きた方がいいはずだと……。
「それじゃあ、俺が宿屋を始めたときは配達をお願いしてもいいかな?」
「え、本当に良いんですか!?」
「ああ、シェイラにお願いしたい。でも、まだ本当に宿屋をやるか決まった訳じゃ無いから、もし開業が決まったらすぐに連絡してもいいかな?」
「はい! じゃあ連絡先は、この運送ギルドのシェイラまでよろしくお願いします!」
元気に言うシェイラを見て、俺は思った。
こうやって色んな人と交流して、俺の計画は着実に一歩ずつ進んでいる。
そう実感できて俺は少しずつ楽しくなっていた。
そしてシェイラにつられるように、デリノさんまで話に入ってきてくれたのだ。
「それなら、私たちも宿屋のノウハウを少しお教えしようかな」
「え? いいんですか?」
なんて積極的に自分から話そうとしてくれて、それが凄く嬉しくなった俺はセシノと顔を見合わせていた。
それなのに突然、俺たちの団欒を潰す怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
「おい、誰かいねぇのか!? いい加減、うちに借金を返してもらえるかぁ!!!」
「なんでもいいから、早く出て来いやぁ!!」
宿屋の扉がカランコロンと乱暴に開き、その怒鳴り声は俺たちがいる奥の部屋まで届いていた。
「な、なんだ?」
「皆さんはそのままここにいて下さい。私たちが対応してきますので、絶対にこの部屋から出ないで下さい」
セシノの両親はスッと立ち上がると、すぐに部屋を出て行ってしまった。
それは素早過ぎで俺たちが口を挟む時間もなかった。
「……って、あの怒鳴り声はどう考えても借金取りじゃないか?」
「そうだと思います。でも借金は、私がファミリーに入った事で無くなった筈なのになんで……」
「事情はよくわからないですけど、あの二人に任せて大丈夫なのかしら……?」
シェイラは心配そうに、扉に耳を当ててあちら側の声を聞こうとしていた。
俺も様子が見たいけど、関係ない奴が出てもいいものなのか悩むところだ。
「シェイラ、どんな感じなんだ?」
「凄い揉めてるみたいですよ……やっぱり、私放っておけないわ!」
「シェイラ!?」
「シェイラさん!」
我慢ができなかったシェイラが部屋を飛び出して行く。
それに驚いた俺たちは、顔を見合わせるとシェイラに続くように部屋を出る事にしたのだった。
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