僕の部屋は雪女が暮らせる温度

アオノクロ

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僕の部屋は一桁温度

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「寒い」
 炬燵で丸くなり、ミカンを貪りながら僕は言う。
「今の君がそう言っても説得力の欠片もないよ」
 炬燵の上に立っているカナは呆れたように言ってきた。言い返せない。なので炬燵から出てみる。
「ほら寒い」
「半袖なら寒いかもね」
 身体が冷えたのは炬燵を出たせい、だとは思えないほど冷たい声を貰った。寒いので炬燵に帰る。

「君は寒がりなのかい? それとも打たれ弱いのかい?」
 どっちもだと、思う。
 寒いのは年中つけっぱなしの冷房のせいで、弱いのは僕が強くないから。身体を鍛えるのは出来るだろう。寒さに強くなるには、白熊にでも教わればいいのだろうか。多分襲われて終わりだろう。
「どうかしたか」
「想像上の自分が終了」
 今度は呆れた視線を貰った。
「私は未だに君という人間を掴むことができないよ」
 出会ってからずっとね、そう言ったカナはため息を吐く。呆れられすぎて言い返しておかないとダメな気がする。出会ってから、か。
 よし。
「言っておくけど、初めて会ったとき、こっちはかなり驚かされたんだからな。あんな雪山で薄着の人がいるなんて思いもしなかった」
 辺り一面雪の山、たまに見えるのは黒い木の陰のみ。白い肌に白いワンピース。髪だけが黒いカナはまるで保護色のように景色に溶け込んでいた。
 今思うとカナの仕掛けたトラップだったのかも知れない。
 見上げるとカナは腕を組んで額にシワを寄せていた。そうか雪の精にもシワはできるのか。
「驚かされたのはこっちだ」
 心なしか怒られている気がする。
「今と同じ半袖のTシャツと膝までまくったズボンに麦わら帽子。釣竿とクーラーボックスを下げて雪山で」

『すいませんマグロを釣りに来たんですけど』

「こっちが化かされているのかと思った」
 返答は「帰れ」だったっけ。とても冷たかった。今も冷たいか。
 結局マグロは釣れなかった。代わりに雪女が付いてきた。
 何度も正体を聞いたけど全然分からない。本人も分かっていない。
 寒気の擬人化? 雪山の守り神? いぃーてぃーの親戚?
「イエティだ」
 考え事を読まれた。
 どれも同じでいいと思う。
 うどんもそばもパスタもラーメンも全部麺でいいと思う。面倒だし。
「どれも同じように思えても全部違う。面倒だと一括りにしないでほしい」
 そんなものか。
「それに君の方が人間なのかかなり怪しい」
「失敬な」
 人外に人と疑われる。これほどの屈辱があっただろうか、人類初の偉業と捉えられても仕方のない行為だ。
「何故喜ぶ」
 にやけた顔がばれた。
「そんな所も普段の行動もどれをとっても人間離れしている特に」
 相も変わらず淡々としたトーンで、カナは一息ついた。

 こんな正体の分からない私を家に招き、共に過ごす、こんな事をするにんげんが他にいるものか。

 だけどさっきまでの冷たく呆れた雰囲気が無くなった。
 心ばかり温かい。
 多分。
 炬燵に入りっぱなしで温度変化に鈍くなったのだろうか。
「寒いところでいいならクーラーがんがんにかけたらいいだけだろ?」
「それを思いついて実行するのは君だけだ」
 機嫌が良いのか笑ってる。珍しいこともあるものだ。
「そんな君が、私は未だに分からない。分かっているのは少しだけだ」
「お互い様」
 カナは僕を少ししか知らない。
 僕はカナを少ししか知らない。
 だけど、少しだけは知っている。僕はそれで十分だけどカナは知りたいらしい。
 それ以上は知らない。知ることができない。
 それはお互いに自分自身のことをよく知らないから。
 自分のことも知らないのに、お互いを分かるなんてできやしない。
 だって難しいし。
 汝自身を知れ、誰が言ったのか。昔の人は無茶な要求を現代にしてくれたものだ。人を知るのは世界最高難題の一つに登録されてる気がする。されてないなら申請しに行くのもやぶさかではない、が。
「どこに行けばいいのか」
「どこかに行くのかい」
「あー、ほら健康診断。寒いから」
「それなら温泉にでも行ったらいい」
 すねた。
「君は夏が好きなのだろう、好きにしてくれてかまわない」
 肝が冷える。
 炬燵でも寒いのに怒ったカナの冷たい声、視線、態度の三段攻撃をもらうのは宜しくない。褒める? 褒めよう。
 世辞を考えて、
 さらに練って、
 一息ついたら、
 おもいつきの褒め言葉を笑顔で届けよう。
 ほら届け。

「美女は手間がかかるな」
 冷笑を浮かべたカナに冷え冷えとする。
「赤い顔は本音だから?」
 思いの外反撃が痛いので炬燵に籠る。
 炬燵の上から明るい楽しい笑い声が、窓の外からうるさい元気なセミの声が聞こえる。
 あー、暑い。
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