現実的理想彼女

kuro-yo

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現実的理想彼女

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「そうだ!自分で作ればいいじゃないか!理想の彼女を!」

 俺は、ストイックな家庭に育ち、奥手で引っ込み思案な性格と冴えない容姿のために、恋人はおろか、女友達すらいなかった。

 ならば、自分で産み出せばいいのだ。

 つまり、クローンである。

 なぜ急にそんな突拍子のない事を思い立ったのか、今振り替えってみても全く理解できないのだが、その時は、それがとても現実的で魅力あるアイディアだと信じられたのだった。

 俺が生きるこの時代でも、まだ完全なクローン人間は、存在どころか技術すら確立されていない。
 そのうえ、自分の理想通りの完全なデザイナーベイビーなど無理な話である。当然、倫理的問題や法律の壁もある。

 だから、全て、自分一人の力で密かにやりとげなければならない。

 そしてなぜだか、それは必ず成し遂げられるという確信があった。


 善は急げ、俺はすぐに行動に移した。

 まずは、必要な知識を漁れるだけ漁り尽くした。そして医学、薬学、遺伝子工学など、クローン実現のために必要な知識、技能、技術を身につけた。大学では何かしらクローンに関連する事を研究した。その過程で偶然得られた知見により、俺の大学での知名度や地位も向上した。しかし、本当の研究の目的を他人と共有する事は一切なかった。

 大学でできる事は一通りやり尽くしたと思った時、俺は惜しまれながらも大学を去り、独立する事にした。家を改築し、研究所を兼ねた小さな病院を開業した。表向きは開業医として働き、プライベートではクローンの研究に没頭した。


 当初から、クローンの元になる細胞は、自分の身体の細胞を使う事に決めていた。人道的見地からも、自分の欲望のために他人の身体の一部を利用する気にはなれなかったのである。


 男性の俺の細胞からクローンを産み出すためには、どうしても細胞に多くの修正を加える必要があった。

 まず第一に、そもそもの目的を達成するために、性別を変更しなければならない。

 そもそも人間のような有性生殖を行う生物では、♂の細胞に♀が持っているのと同じ染色体が既に全て揃っており、そこに♂特有の性染色体、すなわちY染色体が、♀の一対あるX染色体のうちの一つと置き換わる事で、性別が♂になるのである。

 ならばその逆をすれば、すなわちY染色体を取り除いて、代わりにX染色体を二本に増やせば、♂の細胞を♀の細胞にする事ができるはずだ。

 言うは易しするは難し、実際にはそう簡単には行かなかったため、その研究のために時間を費やす事になった。

 余談だが、その過程で分かった事を(研究論文ではなくあくまでも理論的予想という形で)論文にして発表したところ、それがきっかけとなって、新たな薬が開発されたりもした。


 次に、細胞に手を加える過程で、いくつかの遺伝病の要因や将来の病気のリスクなどが俺の体に存在する事がわかった。

 もしクローン人間の誕生に成功したとしても、その時に肝心の自分の身体が病気に侵されてしまっては本も子もない。また産み出したクローンが病気になってしまっても困る。

 そこで、その病気を治療する薬の開発も並行して行う必要に迫られ、それにさらなる時間を費やす事になったが、やはりその過程で多くの論文を書き起こし、世界の医学レベルが幾分上がるきっかけとなった。


 そして最後に、最大の難関を解決する必要があった。

 それは、子宮、つまり、母胎をどうやって手に入れるかであった。母胎がなければクローンを赤ん坊として産み落とす事はできないのである。

 そこで俺は人生最大の決断をする。

 自分自身を母胎にして、クローン人間を産み落とす事にしたのだ。

 実は、男性であっても、体内に受精卵を入れると胎盤ができ、胎児として育てる事は可能なのだ。しかし、それでは、帝王切開しなければ赤ん坊を取り出す事ができない。
 人工子宮はまだ実用に至っておらず、現実的ではなかった。全てを一人でやりきるには、どうしても母胎からの自然分娩にする必要があったのだ。

 さんざん悩んだあげく、俺は自分の身体のなかに子宮と産道を作る事にした。つまり、自分の身体そのものを改造する事にしたのだ。部分的な性転換と言ってもいいだろう。

 全ての生殖器を用意する必要はない。なぜなら必要なのは子宮と産道だけで、卵巣などは不要だからだ。授乳の必要がないので、乳房も不要だ。
 ただし、卵巣がなければ黄体も形成されず排卵もしないため、子宮内膜が形成されない。それでは受精卵を着床させる事ができないため、必要な時に子宮内膜を作る薬も別に用意する必要もあった。その代わりと言ってはなんだが、月々の生理もないので、多少気は楽だ。

 出産の際には男性器が邪魔だろうから、それらは取り除く事にした。外見上は男である事を辞める事になるが、不思議と、男性でいる事にこだわりはなかった。

 出産するには骨盤の大きさや形状に不都合があったため、相応の時間をかけて変えていく必要もあった。また、さすがに出産の痛みに耐えられる自信がなかったため、新たな無痛分娩の手法もあみだし、これも論文にし、反響を呼んだ。

 こうしてこれらの問題を解決するまでにさらに多くの時間を費やす必要に迫られた。

 シェイプアップもした。出産に伴う健康上のリスクを下げるという意味合いもあるが、何より生まれてくる若い彼女に釣り合う人間になりたかったからだ。


 そうして長い時間を費やして全ての準備が整ったのは、還暦に手が届く頃だった。その頃には最早、異性に対する若い頃のような情熱は全くなくなっていた。


 今は、孫のような自分の娘と幸せな余生を送っている。


 …オチはない。

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