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番外編

花咲夢乃②

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 私は階段を急いで駆け下りて、入口とは真逆にある時間外外来に向かっていた。時間外外来の入口には救急車が最低でも一台は常駐されていた。
 救急車の隣で運転手が手招きをしていた。
 それを見た私は一層、地面を蹴るのを速めた。滅多に動かない私は息を切らしながらも、運転手の元へと辿り着いた。
 運転手の他にもう一人、深刻そうな顔をした人が立っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。……お母さん? なんで此処にいるの?」
 私と心乃の母である花咲歩乃華は、夫が医院長を務めるこの病院で、看護婦長として働いていた。
 運転手は私に車に乗り込むよう指示をして、母を助手席に自分は運転席に乗り込んだ。
 私は春人に対する嫌な胸騒ぎだけでなく、母に対しても嫌な胸騒ぎがした。
(お母さんは何も言わなかった……。まさかね。だって、そんなことないよね。心乃が前からずっと好きだった人なんだよ……。また、あの時みたいに引き離すことなんかしないよね)
 私も母たちに続いて車に乗り込んだ。
 横断歩道までは、そう時間は掛からない。病院を出て、向かっている交差点までは十数分で行ける距離だった。
 ただ、私にとってその十数分はとても長かった……

 私は心乃が幸せになることを幼い頃から望んできた。心乃と春人が引き離された時から、私は心乃の思い出を記憶の奥深くに掻き消そうと頑張った。
 妹を愛おしく思い、可愛いそうな心乃を救うことが、姉である私の役目だと思って動いてきた。ただ、それは自分の自己満足でしかなかったのかも知れない。
 病院の跡取りとして、高校に入った時、両親は心乃を選んだと私に言った。特に母は長女である私には自由に過ごして欲しいと望んでいると言った。ただ、病院の跡取りを女性にするのに抵抗のあった母は、自分の病院に見合うだけの男性と心乃を結婚させようとしていた。
 私は母に自由に過ごして欲しいと言われた。だからこそ、私は心乃を救いたいと思った。私は心から好きだと思える人に逢っことが無かった。だけど、心乃は心から好きだと言える人に、春人に既に会っている。私は自分が病院の跡取りになると、それが自分の進みたい道だと両親に話した。
 私は自分で、自分の進みたい道を決めた。今でもそれを後悔したと思ったことは一度もない。
 看護師に就職し大人になった私だが、今でも心乃と春人との関係は続けていても良かったのではないかと思っている……

 仕事を終えて家に帰ると、心乃が口笛を吹きながら手際よく料理をしていた。両親の帰りは遅く、時には深夜を超えることも多々あった。
 心乃の表情はやわらかかった。口元が緩み、時々笑みを浮かべながら、口笛に合わせて後ろで結ばれた黒髪のポーニテールが揺れていた。思わず手に取ってしまいそうなほど楽しそうにしている心乃を見て、今日一日の疲れが全てとれたように思えた。
「ただいま。なんか嬉しそうねぇ。いいことでもあったの?」
 心乃は私に気づいていなかったのか、振り向く時に包丁を手放しそうになった。
(危なっかしい。ホント心乃はドジなんだから。でも、心乃が妹で良かった。心乃を見てると元気を貰えるんだよね)
「あっ、危なかったぁ。おかえり、お姉ちゃん。そうなんだぁ、昨日ね、あの雨と風で傘の骨が折れちゃって、その時にね声を掛けてくれた人がいたの」
「もしかして、その人のことが好きになったの?」
「ううん、私はそんな簡単に好きになった人を変えたりしないわ」
 心乃は私の瞳を見つめ、私が次に話すことを一言一句逃さないように神経を研ぎ澄ましていた。
 その瞳は今まで見てきた中で最も遥か先を見つめているように感じた。
「そうだよね。心乃は今でも……好きなの?」
「うん、私は今でも春人くんのことが好きだよ」
「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうなの?」
 心乃は包丁をまな板に置き、両手でパチンと音を鳴らせた。
「だって、私はその人のことを好きになったんじゃなくて、ずっと前から好きだったんだ。だから、好きになった人が変わったんじゃなくて、また春人くんに逢えたんだもん。私は嬉しいの、もう逢えないのかと思ってたから」
「……心乃。心乃が昨日泊めてもらった家ってもしかして水沢さんちなの?」
 心乃はキョトンとしていた。不思議そうな顔をして私に問いかけた。
「あれ、お姉ちゃんは聞いてなかったの。昨日お母さんには連絡したんだけどなぁ」
「そうだったんだ……」
「そっか、お姉ちゃんには言わなかったんでね」
「お母さんはそういう人だからね。ただ、心乃と春人くんにまだ好きという感情が残ってたら付き合ってもいいって言ってたんだけどなぁ。あ、私は心乃と春人くんの味方だからね。何かあったらお姉ちゃんに言うんだよ」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん」

 ようやく怪我人の元へと着いた私たちは、救命道具を片手に車から飛び降りた。私はその怪我人が春人でないことを祈っていた……
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