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愛してるー第22話ー
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〈嶺〉
やっと嗚咽が治まり、僕は服を着てそのまま授業には出ずに家に戻った。
母が出掛けていて居なかったので、何となく店の方へ行く。
カウンターの端に固められた10数本のボトル。
昨日訪れたお客のボトルだ。
その中に見慣れたマッカラン18年のボトル。
‘享ちゃん’のプレート、享のボトルだ。
ー享さん…昨日も来てくれてたんだ。僕が起きている間じゃないから、ずっと遅い時間だな。ごめんなさい。でも、やっぱりもう享さんに甘えられない…
湊人くんから連絡ないなぁ。きっと北城くんから僕の仕事のこと聞いたからだろうな…
享さんのこと、何か湊人くんが知ったりして勘違いする前に、打ち明けて説明したほうがいいよな…。
連絡、してみようかな…電話、出て、くれないか。
声、聞きたいな…
キッチンへ行き冷蔵庫を開ける。
飲み物を取ろうとしてビールが目に入る。
「これ飲んだら湊人くんに連絡する勇気が出るかな…」
缶ビールを手に取り、プシュッ、っと栓を開けた。
ゴクッ。
「苦っ!」
―何これ…すごい不味い。
ジワーっと胃が熱くなる気がする。顔も熱い。
慌ててミネラルをごくごくと飲む。
でもなんか、ポーッとする。
―あれだけで?気のせいだよな。でも、何か勇気出て来たかも?
スマホを握る。
―電話?ライン?
迷ったが、ラインは既読がつくか、つかなければ見ないふり?とか、ついたらついたで、すごく返信を待ってしまって、遅いと既読無視?とかグルグル考えてしまい、疲れるので電話にした。
お気に入りのグループで湊人を出す。
―えい!
呼び出し音が鳴る。
1回、2回・・・ダメ、もう切ろ・・
「はい」
「あ、は、はい」
クスクス・・・
「あ、ごめん、あの・・」
「何だよ嶺。お前がかけてきたのに、はい、って。ウケる」
「あ、ごめん。あの、あのね、僕」
「ちょっと間、連絡出来ないでごめんな。ちょと・・色々あって」
「い、いいんだ、それは・・その、全然・・あの、僕・・」
「嶺?」
「え、え?」
「会える?」
「え、だって学校・・」
「サボった」
「え、何で?」
「嶺のせい」
「え・・・」
「嘘だよ!な、会える?そっち行っていい?」
「う、うん、それは、もちろん」
「じゃ、ソッコー行くから、待ってて」
「…うん!」
湊人くん!嬉しい。変わらない声。僕を和ましてくれる声。
しかも、会える!
会いたい、なんて言えなかった。なのに、湊人くんから、会える?って。
嬉しい、どうしようー。
あ、泣けてきた。何だよ、何でだよ。涙引っ込め、もうー!
ピンポーン。
来た!すごく早い!
走って階段を降りる。
カチャ・・
「嶺!」
湊人がニコニコ笑って紙の手提げを顔の前に出す。
「お土産ー。ブランチどうよ?うちのママンの手作りカツサンド!うまいんだぜ!」
「ありがと・・食べる。湊人くん・・僕」
「上がっていい?母ちゃんは?」
「あ、いないよ」
「そっか。じゃ、お邪魔しまーす」
湊人はタンタン、と軽快に階段を上がる。
「嶺ー。ここ座っていい?」
リビングの椅子に腰掛けながら聞く湊人。
「もう座ってるよ?」
「へへ」
「ふふ。お茶、入れるね。あ、サンドイッチだから、コーヒーとかのがいい?」
「うん!マスター、アイスコーヒー!牛乳いっぱい入れて!」
「それ、アイスオレじゃん」
「そーだった」
「わかった。僕もそうしよ」
「はい」
湊人の前にたっぷり入れたアイスオレのグラスをコトン・・と置く。
「ありがと。食べよ?」
「うん」
湊人の前に座り、アイスオレを一口飲む。
「あの、さ、湊人くん」
「ん?」
「あの、僕、あの・・」
「俺、嶺に聞きたいことあんだー」
「あ・・な、何?!」
「慎也のこと」
「え、き、北城、くん?」
「うん」
「あ、あの、僕は、そうじゃなくて、その、僕は」
当然、享のことを聞かれると思って、来た!と身構えたら、湊人くん、慎也くんのこと?
何を・・・?
「嶺。俺が聞きたいのはこっち」
「あ、うん」
「何で慎也を・・その、好きになったのかな、って」
湊人くんが何でそんなことを急に聞きたくなったのかしらないけど、知りたい、って言うなら、取り敢えず、享さんは置いといて…
「北城くんのことは、6歳の時から…」
湊人くんは吸いつこうとしていたストローをストンとグラスに戻して大声を出した。
「ぇええ??!何だ、それ?6歳?!何で?!知り合いだったの??!」
「あ、違う、違う!北城くんは全然覚えてないと思う」
「なにその、小さな恋のメロディーみたいなの!まさか、慎也が初恋、とか?」
コクン、と頷くと、顔が一気に熱い。
「あ、暑いね。エアコン…」
「嶺が熱いんだよ。まあ、エアコンつけてもいいけど」
僕はアタフタとリモコンを押す。
ピ。ウィーン・・・
微かな音が鳴り出す。
「で?それで?」
湊人くんはカツサンドを頬張りながら身を乗り出してくる。
「うん。僕、5歳の時、ここに住むようになったんだけど、ずっと殆ど家の外に出たことなくて、ある時、母が具合悪くして、おつかい頼まれて家を出たら、道に迷ったんだ。そしたら、多分同い年くらいだろうけど、ガラの悪い感じの男の子に、取り囲まれちゃって。どっか連れて行かれようとした時に助けてくれた」
「へえーーー!!ドラマだ」
「うん。そんな感じ。ヒーローみたいだった。飛び込んで来て一瞬で悪い子達が、慎也だ!って逃げて。そんなに強いのに、すごく優しくて。僕、生まれて一番嬉しかったんだ、その時。で、怖かったのと安心したのとか、嬉しいのと恥ずかしいのとゴチャゴチャになって、泣いちゃって。そしたら、慎也くんが、ギュッって…」
「ひゃーーー!!やるな、慎也!そんなガキの頃から!!」
「僕、嬉しくて、なんか恥ずかしいけど、でも離れたくなくて、今思えば、その時多分、一瞬で恋した。その日からずっと慎也くんは僕のヒーローなんだ」
湊人くんの目がキラキラしてる。
「うわ~、慎也に教えたい!あいつ、泣くよ?ああ見えて感動やなんだ!ドラマとか見てよく泣いてる」
「ううん…それはない」
苦笑して首を横に振る。
「何で!」
湊人くんが口を尖らす。
「ないんだ…」
悲しいけど。
「えー」
まだ不満そうな湊人くんだったけど、僕が言い切ったのでそれ以上の抗議はなく。
僕は大きく息を吸って吐き出す。。
「でも僕、北城くんに手紙書こうと思ってる。今日、この後、渡しに行くつもり」
「ぇえええーーー!!!やるじゃん!嶺!すごい!!手紙、いい!なんて書くの?!」
「好きです。抱いて欲しい、って」
「ヒャーーー!!嶺、見かけによらず大胆だ!」
「ううん。ほんとは、ほんとに渡せるかな…って。でも、でも手紙書いて渡す。早く言わなきゃ。絶対そうしなきゃダメなんだ」
「解る、けど、早く、って何かワケあんの?」
「あのね、実は僕…」
「?」
「僕…」
「何?言って?」
「体売ってた」
「あ・・・」
湊人くんが俯く。
「聞いた?北城くんから」
「まあ…あ、でも、弾みだったんだ。慎也も言うつもりはなかったみたいだったんだけど」
「いいんだ。あの、僕、生まれた時、母さんは育てられなくて施設に預けられたんだ。でも5歳くらいの時、引き取ってくれて、すごく嬉しかった。あ、それでこの街に来たんだけど」
湊人がグッと拳を唇に押し付ける。
そしてただ、頷いて聞いてくれる。
「で、母さんが言うんだ。母さんを助けてくれる?って。施設では、よく暗くて狭い階段下の部屋に閉じ込めらたんだ。閉じ込められたまま、多分、丸1日とか。お腹がすいて、怖くて、どうしようもなかった。だから、施設がどうしても嫌で、究極の選択で子どものクセに売春まがいのことやったんだ」
「そんな!それは嶺のせいじゃない!」
湊人くんの目が真っ赤だ。
「いいんだ。僕は母さんを助けたかった。ありがとう、って言われて嬉しかったんだ。それに、母さんは少し・・いや、メチャクチャ変わってて、自分も顔や体を武器に生きてきたから、息子なのに、僕もそうだ、と思い込んでる・・今もね。こればっかりは治らない」
僕は苦笑した。
湊人くんは泣いてる。ほんとに優しい心を持ってるんだ、湊人くんは。
「で、母さんは変なルール、その、挿入、わかる?」
「え?!う、うん、お尻だろ?」
突然の変な質問に驚いて涙が引っ込んだらしい湊人くんは、すごく照れたように真っ赤な顔でちょっと笑って答える。
「そう。挿入ナシ、っていうルールなの。その、モノじゃなくても、指とかでもダメ、とか。何か、ほんと下品なルールなんだけど、でも、それをみんな守って」
「え、じゃ、嶺、処女じゃん!!」
「しょ、処女、って。でもまあ、そこはまだ、その、未経験?」
「そっかー!そっか、そっかー!何か、すげぇな、嶺の母ちゃん。でも、すげぇ変だけど、筋通ってると言えなくもない」
「いやもう、ほんとに、自分中心に地球が回ってる」
「アイアムルールブックだな」
「うん。生涯の伴侶の為に、貞操は守る、とか言っちゃって。生涯の伴侶って男だよ?嫁がせるつもりなんだ。息子っていうのは男だよ?って誰か母に教えてやって、って感じ」
「ウケる」
「そうだよね。で、そうしながら、僕の伴侶という名のパトロンをずーっと探してた」
湊人くんの顔が緊張する。
「で、見つけた」
「え」
「何か、関西のお金持ちの人」
「関西…」
「母さんはもう、その人に僕を渡す約束をしたんだ。だからその人には挿入も解禁。全部教えてもらえ、って。仕事はもちろんもう、終わりで、彼に会ってからはもう、客は取ってない」
「それ、って・・・え、何か…」
「異常でしょ?でもいいんだ、それは。僕は母の息子だし、もうワケもわかんない時から、そうやって母の考えを受け入れて生きてきたから、道はもう決まってる。その人の所に…行く」
「嶺」
クニャッと湊人くんの顔が歪む。
「でも、誰かの物になる前に、たまたまだけど、母さんが誰にも許さなかったお陰で、ちゃんとしたセックスはまだ誰ともないから。だから、どうしても最初は、北城くんに、北城くんがいいんだ」
「嶺!解るよ!そうだよ、そりゃ、そうだよ!だって、10何年も・・嶺っ」
テーブル向かいに座っていた湊人くんが、ダダッと僕の傍に来た、と思ったら、思いっ切り抱きしめられた。
「湊人くん…」
「嶺、嶺、可哀想だ!何とかならないの?!ずっとずっと大好きな人がいるのに、しかも手を伸ばせば触れるとこにいて、嶺の想いを受け入れる可能性、全然あんのに、他の人の所へなんか…」
・・・・・。
―湊人くん。湊人くんは知らないけど、慎也くんは僕を、嫌いなんだ・・・。
「いいんだ。湊人くん、これは僕の運命だから。で、紫藤さん、あ、その紫藤さんって言うんだけど、彼を待たせるのも限界ぽくて」
湊人くんは、辛い、辛い、と散々泣いて、高校で僕が慎也くんを見つけて、奇跡が起きた!と思った時の話しとか、僕らの最初の出会いの話しで笑顔が戻り、最後は、絶対に慎也と、最初に繋がれるように祈ってる、って言ってくれて帰って行った。
僕は自分の部屋に入り、机の前に座ると便箋に向かった。
書く事は決めてある。
伝えたいことは一つだけ。
「僕は北城くんのことがずっと好きでした。
一生のお願いがあります。一度だけ僕を、抱いてください」
文字をじっと見つめる。
最後までしようがしまいが、僕は男に体を売って生きてきた。
その事実は消えないし、僕の体は汚い。
でもそんな汚い僕でも、一生一度のお願いなら、聞いてもらえますか?
どんな形でもいい。神様、どうか、どうか、北城くんを僕の最初の人にしてください。
僕は両手を固く組んで、暫くじっとしていた。
時計は午後3時45分。
今日の慎也くんの授業はもう終わってる時間だ。
4時には部室にいるだろう。
手紙を封筒に収め、慎也くんに渡す鍵と一緒にズボンのポケットに入れ、僕は家を出た。
やっと嗚咽が治まり、僕は服を着てそのまま授業には出ずに家に戻った。
母が出掛けていて居なかったので、何となく店の方へ行く。
カウンターの端に固められた10数本のボトル。
昨日訪れたお客のボトルだ。
その中に見慣れたマッカラン18年のボトル。
‘享ちゃん’のプレート、享のボトルだ。
ー享さん…昨日も来てくれてたんだ。僕が起きている間じゃないから、ずっと遅い時間だな。ごめんなさい。でも、やっぱりもう享さんに甘えられない…
湊人くんから連絡ないなぁ。きっと北城くんから僕の仕事のこと聞いたからだろうな…
享さんのこと、何か湊人くんが知ったりして勘違いする前に、打ち明けて説明したほうがいいよな…。
連絡、してみようかな…電話、出て、くれないか。
声、聞きたいな…
キッチンへ行き冷蔵庫を開ける。
飲み物を取ろうとしてビールが目に入る。
「これ飲んだら湊人くんに連絡する勇気が出るかな…」
缶ビールを手に取り、プシュッ、っと栓を開けた。
ゴクッ。
「苦っ!」
―何これ…すごい不味い。
ジワーっと胃が熱くなる気がする。顔も熱い。
慌ててミネラルをごくごくと飲む。
でもなんか、ポーッとする。
―あれだけで?気のせいだよな。でも、何か勇気出て来たかも?
スマホを握る。
―電話?ライン?
迷ったが、ラインは既読がつくか、つかなければ見ないふり?とか、ついたらついたで、すごく返信を待ってしまって、遅いと既読無視?とかグルグル考えてしまい、疲れるので電話にした。
お気に入りのグループで湊人を出す。
―えい!
呼び出し音が鳴る。
1回、2回・・・ダメ、もう切ろ・・
「はい」
「あ、は、はい」
クスクス・・・
「あ、ごめん、あの・・」
「何だよ嶺。お前がかけてきたのに、はい、って。ウケる」
「あ、ごめん。あの、あのね、僕」
「ちょっと間、連絡出来ないでごめんな。ちょと・・色々あって」
「い、いいんだ、それは・・その、全然・・あの、僕・・」
「嶺?」
「え、え?」
「会える?」
「え、だって学校・・」
「サボった」
「え、何で?」
「嶺のせい」
「え・・・」
「嘘だよ!な、会える?そっち行っていい?」
「う、うん、それは、もちろん」
「じゃ、ソッコー行くから、待ってて」
「…うん!」
湊人くん!嬉しい。変わらない声。僕を和ましてくれる声。
しかも、会える!
会いたい、なんて言えなかった。なのに、湊人くんから、会える?って。
嬉しい、どうしようー。
あ、泣けてきた。何だよ、何でだよ。涙引っ込め、もうー!
ピンポーン。
来た!すごく早い!
走って階段を降りる。
カチャ・・
「嶺!」
湊人がニコニコ笑って紙の手提げを顔の前に出す。
「お土産ー。ブランチどうよ?うちのママンの手作りカツサンド!うまいんだぜ!」
「ありがと・・食べる。湊人くん・・僕」
「上がっていい?母ちゃんは?」
「あ、いないよ」
「そっか。じゃ、お邪魔しまーす」
湊人はタンタン、と軽快に階段を上がる。
「嶺ー。ここ座っていい?」
リビングの椅子に腰掛けながら聞く湊人。
「もう座ってるよ?」
「へへ」
「ふふ。お茶、入れるね。あ、サンドイッチだから、コーヒーとかのがいい?」
「うん!マスター、アイスコーヒー!牛乳いっぱい入れて!」
「それ、アイスオレじゃん」
「そーだった」
「わかった。僕もそうしよ」
「はい」
湊人の前にたっぷり入れたアイスオレのグラスをコトン・・と置く。
「ありがと。食べよ?」
「うん」
湊人の前に座り、アイスオレを一口飲む。
「あの、さ、湊人くん」
「ん?」
「あの、僕、あの・・」
「俺、嶺に聞きたいことあんだー」
「あ・・な、何?!」
「慎也のこと」
「え、き、北城、くん?」
「うん」
「あ、あの、僕は、そうじゃなくて、その、僕は」
当然、享のことを聞かれると思って、来た!と身構えたら、湊人くん、慎也くんのこと?
何を・・・?
「嶺。俺が聞きたいのはこっち」
「あ、うん」
「何で慎也を・・その、好きになったのかな、って」
湊人くんが何でそんなことを急に聞きたくなったのかしらないけど、知りたい、って言うなら、取り敢えず、享さんは置いといて…
「北城くんのことは、6歳の時から…」
湊人くんは吸いつこうとしていたストローをストンとグラスに戻して大声を出した。
「ぇええ??!何だ、それ?6歳?!何で?!知り合いだったの??!」
「あ、違う、違う!北城くんは全然覚えてないと思う」
「なにその、小さな恋のメロディーみたいなの!まさか、慎也が初恋、とか?」
コクン、と頷くと、顔が一気に熱い。
「あ、暑いね。エアコン…」
「嶺が熱いんだよ。まあ、エアコンつけてもいいけど」
僕はアタフタとリモコンを押す。
ピ。ウィーン・・・
微かな音が鳴り出す。
「で?それで?」
湊人くんはカツサンドを頬張りながら身を乗り出してくる。
「うん。僕、5歳の時、ここに住むようになったんだけど、ずっと殆ど家の外に出たことなくて、ある時、母が具合悪くして、おつかい頼まれて家を出たら、道に迷ったんだ。そしたら、多分同い年くらいだろうけど、ガラの悪い感じの男の子に、取り囲まれちゃって。どっか連れて行かれようとした時に助けてくれた」
「へえーーー!!ドラマだ」
「うん。そんな感じ。ヒーローみたいだった。飛び込んで来て一瞬で悪い子達が、慎也だ!って逃げて。そんなに強いのに、すごく優しくて。僕、生まれて一番嬉しかったんだ、その時。で、怖かったのと安心したのとか、嬉しいのと恥ずかしいのとゴチャゴチャになって、泣いちゃって。そしたら、慎也くんが、ギュッって…」
「ひゃーーー!!やるな、慎也!そんなガキの頃から!!」
「僕、嬉しくて、なんか恥ずかしいけど、でも離れたくなくて、今思えば、その時多分、一瞬で恋した。その日からずっと慎也くんは僕のヒーローなんだ」
湊人くんの目がキラキラしてる。
「うわ~、慎也に教えたい!あいつ、泣くよ?ああ見えて感動やなんだ!ドラマとか見てよく泣いてる」
「ううん…それはない」
苦笑して首を横に振る。
「何で!」
湊人くんが口を尖らす。
「ないんだ…」
悲しいけど。
「えー」
まだ不満そうな湊人くんだったけど、僕が言い切ったのでそれ以上の抗議はなく。
僕は大きく息を吸って吐き出す。。
「でも僕、北城くんに手紙書こうと思ってる。今日、この後、渡しに行くつもり」
「ぇえええーーー!!!やるじゃん!嶺!すごい!!手紙、いい!なんて書くの?!」
「好きです。抱いて欲しい、って」
「ヒャーーー!!嶺、見かけによらず大胆だ!」
「ううん。ほんとは、ほんとに渡せるかな…って。でも、でも手紙書いて渡す。早く言わなきゃ。絶対そうしなきゃダメなんだ」
「解る、けど、早く、って何かワケあんの?」
「あのね、実は僕…」
「?」
「僕…」
「何?言って?」
「体売ってた」
「あ・・・」
湊人くんが俯く。
「聞いた?北城くんから」
「まあ…あ、でも、弾みだったんだ。慎也も言うつもりはなかったみたいだったんだけど」
「いいんだ。あの、僕、生まれた時、母さんは育てられなくて施設に預けられたんだ。でも5歳くらいの時、引き取ってくれて、すごく嬉しかった。あ、それでこの街に来たんだけど」
湊人がグッと拳を唇に押し付ける。
そしてただ、頷いて聞いてくれる。
「で、母さんが言うんだ。母さんを助けてくれる?って。施設では、よく暗くて狭い階段下の部屋に閉じ込めらたんだ。閉じ込められたまま、多分、丸1日とか。お腹がすいて、怖くて、どうしようもなかった。だから、施設がどうしても嫌で、究極の選択で子どものクセに売春まがいのことやったんだ」
「そんな!それは嶺のせいじゃない!」
湊人くんの目が真っ赤だ。
「いいんだ。僕は母さんを助けたかった。ありがとう、って言われて嬉しかったんだ。それに、母さんは少し・・いや、メチャクチャ変わってて、自分も顔や体を武器に生きてきたから、息子なのに、僕もそうだ、と思い込んでる・・今もね。こればっかりは治らない」
僕は苦笑した。
湊人くんは泣いてる。ほんとに優しい心を持ってるんだ、湊人くんは。
「で、母さんは変なルール、その、挿入、わかる?」
「え?!う、うん、お尻だろ?」
突然の変な質問に驚いて涙が引っ込んだらしい湊人くんは、すごく照れたように真っ赤な顔でちょっと笑って答える。
「そう。挿入ナシ、っていうルールなの。その、モノじゃなくても、指とかでもダメ、とか。何か、ほんと下品なルールなんだけど、でも、それをみんな守って」
「え、じゃ、嶺、処女じゃん!!」
「しょ、処女、って。でもまあ、そこはまだ、その、未経験?」
「そっかー!そっか、そっかー!何か、すげぇな、嶺の母ちゃん。でも、すげぇ変だけど、筋通ってると言えなくもない」
「いやもう、ほんとに、自分中心に地球が回ってる」
「アイアムルールブックだな」
「うん。生涯の伴侶の為に、貞操は守る、とか言っちゃって。生涯の伴侶って男だよ?嫁がせるつもりなんだ。息子っていうのは男だよ?って誰か母に教えてやって、って感じ」
「ウケる」
「そうだよね。で、そうしながら、僕の伴侶という名のパトロンをずーっと探してた」
湊人くんの顔が緊張する。
「で、見つけた」
「え」
「何か、関西のお金持ちの人」
「関西…」
「母さんはもう、その人に僕を渡す約束をしたんだ。だからその人には挿入も解禁。全部教えてもらえ、って。仕事はもちろんもう、終わりで、彼に会ってからはもう、客は取ってない」
「それ、って・・・え、何か…」
「異常でしょ?でもいいんだ、それは。僕は母の息子だし、もうワケもわかんない時から、そうやって母の考えを受け入れて生きてきたから、道はもう決まってる。その人の所に…行く」
「嶺」
クニャッと湊人くんの顔が歪む。
「でも、誰かの物になる前に、たまたまだけど、母さんが誰にも許さなかったお陰で、ちゃんとしたセックスはまだ誰ともないから。だから、どうしても最初は、北城くんに、北城くんがいいんだ」
「嶺!解るよ!そうだよ、そりゃ、そうだよ!だって、10何年も・・嶺っ」
テーブル向かいに座っていた湊人くんが、ダダッと僕の傍に来た、と思ったら、思いっ切り抱きしめられた。
「湊人くん…」
「嶺、嶺、可哀想だ!何とかならないの?!ずっとずっと大好きな人がいるのに、しかも手を伸ばせば触れるとこにいて、嶺の想いを受け入れる可能性、全然あんのに、他の人の所へなんか…」
・・・・・。
―湊人くん。湊人くんは知らないけど、慎也くんは僕を、嫌いなんだ・・・。
「いいんだ。湊人くん、これは僕の運命だから。で、紫藤さん、あ、その紫藤さんって言うんだけど、彼を待たせるのも限界ぽくて」
湊人くんは、辛い、辛い、と散々泣いて、高校で僕が慎也くんを見つけて、奇跡が起きた!と思った時の話しとか、僕らの最初の出会いの話しで笑顔が戻り、最後は、絶対に慎也と、最初に繋がれるように祈ってる、って言ってくれて帰って行った。
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一生のお願いがあります。一度だけ僕を、抱いてください」
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僕は両手を固く組んで、暫くじっとしていた。
時計は午後3時45分。
今日の慎也くんの授業はもう終わってる時間だ。
4時には部室にいるだろう。
手紙を封筒に収め、慎也くんに渡す鍵と一緒にズボンのポケットに入れ、僕は家を出た。
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冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
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