ビリーと私のオーストラリアDiary

Kaede

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人とのつながり

スティーブンの嘆き

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私はその日、帰りにラム肉とレーズンを買って、カレーを夕食に作った。クラリッサが食べてるのならレーズンが貧血にいいかと思って。
子供の頃は大嫌いだったレーズン。侑くんの話をして思い出したけど、私は給食のレーズンパンのレーズンを食べる子供で、侑くんはそんなレーズンを「食べていいの?」って毎回食べてくれた。そんな事を思い出しながら作ったラム肉とレーズンのカレー。ビリーは帰ってきて、カレーを見て事情を察したかのように笑った。
「今日はめまいはどうだった?」ビリーは聞いた。
「ライルと会って帰る時にまた立ちくらみがあってーー困っちゃうな。」私は言った。
「この間血圧が低かったから気になってる。今度尿検査とか心電図の検査してあげるから病院においで。」ビリーは言った。
「いいよ、ビリー、大丈夫だから。」私は言った。
ビリーは真面目な顔で「大丈夫じゃない。もっと自分の身体に関心を持ってちゃんと検査しなきゃ。大事な事だよ。それに、せっかく俺が医者で診てあげられるんだからーー」って言った。
私は出張前にまたケンカしたくなかったからビリーを遮って言った。
「ーー分かった。治らなかったら。いい?」
「ーーそれでいい。」ビリーは言った。「で、新しいクライアントは?」
「ああ、日本人の人で、日本人向けのフリーペーパーを発行していて、それの英訳を頼みたいって。私も見たことあるやつでビックリしちゃった。」
「へえー、すごいな。で、引き受けるの?」
「うん、もちろん。そんな量じゃないから出来るかなって思って。」
「まあ、無理しない程度に頑張って。俺はーーいつもカエを応援してるから。」ビリーは微笑んだ。
「カレーはどう?」私は聞いた。
「美味しい。何、レーズンはライルに勧められた?」
「ううん、クラリッサが貧血気味の時食べてるってライルが言うから。甘いし太りそうだけど、少しずつ食べてみようかなって。ライルがーーそろそろ4人で夕食に行かないかって言ってた。来週はライアンと食事でしょ?再来週あたりかな?」
「ああ、分かった。来週からまた当直もやるから。」
「そうなんだ?大丈夫?ビリーも無理はしないでね。ほら、せっかく落ち着いて来てるみたいだから。」私は言った。
木曜日の朝、ビリーはシドニーに出発した。出発前、私は妙に寂しさを感じた。今まではビリーが当直でも出張でも、元気で行ってくればいいなって思うだけだったのに、今回は、なんか一人ぼっちになってしまうような気がして。この前ビリーが言っていたように、私もビリーの入院後に愛情が前よりも増しているのかもしれないって思って、それをこの日は素直に言葉で表現した。その方がビリーが喜ぶって思ったから。
「気をつけて行って来てね。転んだりしないように。なんか、寂しい気がする。ビリーが傍にいるのが最近当たり前だったっていうか。私も、ほら、最近ビリーがますます大好きになってるから、っていうか狂いそうなくらい愛してる。」
ビリーはすごく嬉しそうに笑って「本当?ああ、行きたくなくなってきた。カエ、1つだけ約束して。明日の夕方には戻るけど、もし一人の時に今日より酷い立ちくらみがあったらアダムに連絡して。絶対に。頼んであるから。いい?」
「分かった。ビリーも、薬持った?体調には気をつけてね、本当に。」私はそう言ってビリーに長いキスをした。
この日は一緒に出張に行くテッドが迎えに来てくれて、私は手を振って見送った。

その日の午後、語学学校に行くとスティーブンが「今日の夜の話聞いてる?」って言った。
「うん、アダムがイタリアンでも奢ってくれるっていう話でしょ?場所は聞いてる?」私が言った。
「ああ、うん。ビリーは出張なんだって?」
「うん、そうなの。それで、ほら、アダムが気を使ってくれて。私も一緒に乗せていってくれる?」
「もちろん。楽しみだな。」スティーブンが言った。
5時半頃にレストランに行くとちょうどお店の前でアダムに会って、私たちはビールとピザとパスタ、それからサラダを注文した。
「カエ、体調はどう?」アダムが聞いた。
「今日は結構いい感じ。治ってきたかな?そうだといいな。ビリーが、治らなかったら心電図とかやるって言い出して・・大袈裟っていうか、心配しすぎで・・・。」私は言った。
アダムはビリーと同じように真面目に「そんなことないよ。やっぱり体調悪い時は一応調べておかないと。ビリーだって、カエには言ってないかもしれないけど、時々呼吸機能とか検査してるし、自分の身体のことを知っておくって大事だよ。」って言った。スティーブンも頷いてた。
「うんーーそうだね。」私も頷いた。
「で?スティーブンは、その後どうなの?ほら、あのアプリの話。」アダムが言った。
「ああ、カエにも知られちゃった?恥ずかしいな。」スティーブンがビールを飲みながら言った。
「ビリーも知ってる。全部白状した。ちなみに俺は、あまりうまく行かなかった。いい人だったけど、ほらーーー」ってアダムはお父さんみたいになるのを恐れているっていう話をした。「だから、無理して今じゃなくてもいいか、って思って。」
スティーブンは頷きながら「俺も、先週末に会った。学校の先生をしている同い年の女性で、悪くはなかったけど、俺が緊張しすぎて雰囲気を壊した。久しぶりのデートで、っていうかそもそも俺が女性慣れしてないのか分からないけど、とにかく話が盛り上がらなくて挙句の果てに俺が水で咽せてトイレに行って戻ったらいなくなってた。」って言った。
アダムは笑いながら「うわ、マジで?」って言った。
「やだ、かわいそう、スティーブン。」私は言った。
「別にいいんだよ、カエ。俺も彼女がいなくなってて衝撃は受けたけど、不思議と怒りとか無念さとかそういうのは無かった。それよりもーー自分がいかにがないことを実感したっていうか、そっちの方がショックで。」
「デートってこと?」私は聞いた。
「うん。このメンバーだから言うけどーーアダム、バカにしないでねーー、今までの人生で片手で数えられるくらいしかデートしたことがなくって。俺も積極的な方じゃないし、なんていうかーー。ああ。ビリーがここにいなくて良かったかもしれない。ビリーはすごいモテただろうから、きっと経験豊富で俺なんか笑われそうだから。」スティーブンは言った。
「ビリーは、あの見た目だから昔から大人気だったけど、ほら、本人が恋愛に疎くて。単に本人に恋愛への興味がなかっただけなんだけど。だから、見た目ほど経験豊富じゃないと思う。ね?カエ?」アダムが聞いた。
「あー・・・どうかな。」私は誤魔化して笑った。アダムがどこまで知っているか分からなかったし、ビリーの秘密は絶対守ってあげなきゃって思ったから。
「ーーそうなんだ?知らなかった。俺は、自分の未熟さを実感したっていうか全然女性に相手にされない自分にガッカリした。話と言っても何を喋ったらいいのかも分からないし、心臓がドキドキしすぎて頭が真っ白になるし、本当にーーああ、最低だな、って思った。27年間生きてきて、こんなデートしかできないのか!って。」スティーブはそう言ってピザに齧り付いた。
「まあ、俺も似たようなものだよ。」アダムは言った。「俺もーー自分で言うのもアレだけどーーモテない訳じゃなかったけど、ビリーと一緒であまり興味がなくて。恋愛経験が豊富な方ではないけど、でも、そういう人って実は結構いると思う。スティーブン、気にすることないよ。」
「そうだよ、スティーブン。緊張してるスティーブンがかわいいっていう人だっているかもしれないし、あまりお喋り好きな人より控え目な人の方がいいっていう人だっているでしょ?私自身がそうだし。スティーブンは優しいし、絶対そのうちに良い出会いがあると思う。自信を持って。」私は言った。
「そう?」スティーブンは嬉しそうに言った。
「うん、必ず。」私は笑って言った。
「そういうカエはどうなの?」アダムが聞いた。
「私?私はーーまあ、私もみんなと似たような感じかな。真剣な恋愛はビリーに出会うまでしたことがなかったかも。まあ、全然無かったわけではないけど、でもーー。」私は言葉に詰まった。
「あー、赤くなってる。最高にかわいい。」アダムは笑った。そして、「この前のーーLifehouseの曲へのリンク、カエはファンなの?俺も知ってはいるけど世代がちょっと違うから。」
「ああ、ビリーにも同じ事言われた。でも、昔から好き。世代は違うけど、「Whatever it takes」って曲、私はあれで発音を練習したの。lとrの発音とか。それで思い入れがあるのかも。」
「ーーなるほどね。良かったよ。ありがとう。後でスティーブンにもリンクを送ろうか?」アダムが聞いた。
「うん、頼む。ーーそうか、歌での発音練習か。授業に取り入れてみようかな?」スティーブンが笑った。
「うん、おすすめだよ!バラードとかなら練習しやすいだろうから。」私は言った。
「ーーまあ、結局俺たちのは失敗に終わったってことか。残念なような、そうでもないような奇妙な気持ちじゃない?」アダムが聞いた。
「うん。でも、話したらいくらかすっきりした。た。頼むから、この話は語学学校のみんなにはしないでほしい。ジェイミーとケビンにからかわれるから。」スティーブンが言った。
「了解。」私とアダムは同時に言った。

帰りもスティーブンに送ってもらって、寝る前にシャワーを浴びたらビリーからメールが来ていた。
「帰った?一応無事を知らせて。早くカエに会いたい。おやすみ。」って。
私は返信した。
「帰ったよ!今日は一日中大丈夫だった。安心して。私もビリーに会いたくてたまらない。おやすみ。」
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