改訂版 草凪ときつねの思い出ごはん。

ちはやれいめい

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ざしきわらしの章

24 思い出があったばしょ

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「ついたぞ、マコト。ここだ。まえに草凪と来たやどだ」

 神社からしばらく歩いたところで、雪路がとまった。

「…………ここ? ほんとに? 道一本まちがえたとかじゃない?」

 私の目の前には、アパートとコインパーキングがあった。
 どう見てもやどじゃない。

 スマホのマップアプリでたしかめても、コインパーキングのマークがついている。
 今いるところの近くにやどはない。
 古いお店がちらほらあるくらい。

「わしはまちがえておらん!」
「うーん……」

 ユカリちゃんは、おやどこわされちゃったのって言ってたから、かくごはしていたけれど。ほんとうになんにもなくなってる。
 やどがなくなったのはここ一、二年のはなしじゃないんだ。

 雪路がちょっとねていたら百五十年たっていたっていってたくらいだし、あやかしのちょっとは、人間にはすごく長い。

 やどがあったころのこと、長くこのあたりに住んでる人ならわかるかも。
 そうと決まったらききこみだ。

 雪路のリードをポールにくくりつけて、目の前にある、【江戸前みそ 百六十年の味】というのぼりがたっているお店に入った。たべもののお店に犬はいけないからね。うん。

「なんでわしがつながれないといけないのだ!」と言ってるけど、雪路は今おもてむき犬だから。

「ごめんください」

 古びた引き戸をあけて声をかけると、エビみたいな背中のおばあちゃんが出てきた。

「おやまあ、かわいらしいお客さんだね」
「あの。へんなこときいてごめんなさい。このへんにおやどってありませんでしたか。明治時代からやってた、古いおやど」

 いきなりしつもんしたのに、おばあちゃんはえもじのスマイルみたいなかおをしてうなずいた。

「さかえやさんのことだね。もう十年もまえにやめたよ。やどの主人とおかみさんが病気でたおれて、息子さんたちだれもあとをつぎたくないって言ってね。見ての通り、アパートと駐車場ちゅうしゃじょうになっちまってる。さみしいもんさ」
「そうなんだ…………」

 何百年も大切にされてきたツクモ神に会ったあとだからかな。
 いらないって言われてつぶされちゃったおやどの話はなんだか悲しい。

 うちも代々食堂をやってるから、やどをきりもりするのもすごくたいへんだってわかる。
 たいへんだってわかるけど、思い出のばしょが駐車場になるのはさびしい。

「どうしてさかえやさんのことを知りたかったんだい?」

 おばあちゃんが私のかおをのぞきこむ。

「……ええと、しんせきの子がむかし、さかえやさんでおみそ汁を食べたらしくて。すごくおいしかったからまた食べたいって言ってるの。やどのこと知ってる人がいたら、なにかわかるかなと思って」


 やどに住みついていたが食べたがっているんです。なーんて、いえるわけない。
 やどでおみそ汁を食べたことがあって、それを食べたがっているのはまちがってはいない。うん。

「おみそならわかるよ。さかえやさんは、むかしからうちのみそを使ってくれていたからね。わたしのひいばあさんの時からの付き合いさね」
「ほんと!? じゃあ、そのおみそをください!」

 当時のままの味をうけついだおみそ。
 ユカリちゃんが口にしたのはこのみそで合っているはずだ。

「お店で出してたのは、どんなおみそ汁だったかわかる?」
「さかえやはむかしから、とうふ料理で人気があったんだ。汁ものにもとうふを使っていたよ」
「とうふのみそ汁か。ありがとう! 作ってみる!」

 お会計をすませて、リュックにみその包みを入れる。雪路のリードをつかんでいざ家路。

「あ、まちなさいおじょうさん」
「はい?」

 店の前に雪路をつないどいたの、めいわくだったかな?
 ふり向くと、おばあちゃんはこう言った。

「あたしも食べたことがあるけどね、さかえやのお汁は、とうふをようくあったんだ。それがまたおいしかった」
「とうふをつぶすの? おもしろい」

 固めてあるとうふをわざわざくずすなんて、かわった作り方だな。
 おかみさんのこだわりなのかな?

「あんまり役に立てなくてすまないね。その子がよろこぶといいねぇ」
「はい!」

 作り方のヒケツもきいて、おみそも買えた。

 ユカリちゃんが求めるおみそ汁はもう、すぐそこだ。
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