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白キツネの章
3 ヒントはとおい思い出の中
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「とにかく作ってみるか。ええと、今の組み合わせがちがうなら、これか、それともこっちか」
父さんは過去のレシピノートを引っぱり出してテーブルに広げた。
カレーの味を改良するために、材料をどう変えていったか書きためている。
「その昔、わしがはらをすかせてたおれていたところにな、草凪はめしを分けてくれたのさ。それがとてもとてもうまかった。その礼に、悪いあやかしとたたかう力をかしてやるようになったんだ。草凪はよわい若造だったからな。わしが力をかさねば、とっくの昔にあやかしのえじきになっておったところだ」
どこまで本当なのかわからないけれど、たぶんいくつかはウソだと思う。
茶わん一杯ていどの小さな話を、どんぶり山盛りくらいにはもっている。
「はいはい。雪路がすごいのと、具がゴロゴロ大きく切られていないことだけはわかったんだけど、もっとほかにない?」
「そうさな。具はほとんど入っていなかった。でもうまかった」
「わけわかんないよ! せめて、何の肉だったかわかる? カレーって使う肉によってだいぶ変わるから」
「マコト、歴史の背景をもとに推理するのよ」
母さんがどこからか、ぶあつい歴史書を引っぱり出してきた。
ふだんはかけていないのに、メガネなんてかけちゃう。
ページをめくり、人さし指でメガネのブリッジをおしあげる。
「いい、マコト。明治四年に肉食が解禁されて、日本人はこのころから肉を食べるようになったの。それまでは仏教の教えに則って、豚、牛、トリなんかの肉を食べなかったの。あとは、生類哀れみの令っていう肉や魚を食べるのを禁止する法律が江戸時代にあったせいも、少しはあるだろうけれど。現代みたいにカレールーをスーパーで買うなんてこともできないから、使ったのはカレールーじゃないのはたしかだわ」
「へぇ。ルーがないの? じゃあご先祖さまはどうやってカレーを作ったのかな」
話し合う私たちに、雪路が言う。
「ルーというのが何かは知らんが、草凪はその茶色いごはんを作るとき、黄色っぽい粉を入れておったぞ」
「粉…………カレー粉? カレー粉で作ったってこと?」
「そうだ。平たいナベに粉を入れておった」
「これはだいぶ役に立つヒントじゃないか」
父さんが料理本の中から「カレー粉から作るカレー」のレシピを見つけ出す。
「カレー粉と小麦粉、バターを炒めて作る。雪路が言うカレーに近づくかもしれん」
「なるほど。肝心の肉は……いくつかしていくしかないかな」
具材少なめのカレー粉のカレー。うちの店で出している具材ゴロゴロカレーとはまったく別ジャンルのカレーだ。
「マコト。ご先祖さまがカレーを作ったのは、日本でまだ玉ねぎのさいばいが始まっていないころかもしれないわ。となると、代用で使われたのは長ネギじゃないかしら。もしも玉ねぎがあったとしても、とおい国からかなりの日数をかけて海路で運ばれてくるから、だいぶ高価だったと思うわ」
「すごいね、母さん……」
「フッフッフー。そうでしょう、もっとほめていいのよー。これでも高校のときは学年トップだったのよ」
母さんはドラマに出てくる名たんていなんて目じゃないくらい、かれいな推理をしてみせた。
「じゃあ雪路。玉ねぎカレーと長ネギカレーの二パターン作ってみるから、どっちがより近いかたべてみてよ」
「ふむ、よかろう」
食わせてくれとたのんできた立場なのに、なんだかえらそうだった。
※生類哀れみの令
1685年に5代将軍徳川綱吉が作った法律。
カンタンに言うとペットをはじめとする生き物を殺してはいけない。虫やヘビ、トリもきずつけちゃダメ。
魚つりもダメ。
捨てられた子はまもりましょう、お年寄りにはやさしくしましょう、というマトモな項目もある。
徳川綱吉がなくなったあとはいしされました。
父さんは過去のレシピノートを引っぱり出してテーブルに広げた。
カレーの味を改良するために、材料をどう変えていったか書きためている。
「その昔、わしがはらをすかせてたおれていたところにな、草凪はめしを分けてくれたのさ。それがとてもとてもうまかった。その礼に、悪いあやかしとたたかう力をかしてやるようになったんだ。草凪はよわい若造だったからな。わしが力をかさねば、とっくの昔にあやかしのえじきになっておったところだ」
どこまで本当なのかわからないけれど、たぶんいくつかはウソだと思う。
茶わん一杯ていどの小さな話を、どんぶり山盛りくらいにはもっている。
「はいはい。雪路がすごいのと、具がゴロゴロ大きく切られていないことだけはわかったんだけど、もっとほかにない?」
「そうさな。具はほとんど入っていなかった。でもうまかった」
「わけわかんないよ! せめて、何の肉だったかわかる? カレーって使う肉によってだいぶ変わるから」
「マコト、歴史の背景をもとに推理するのよ」
母さんがどこからか、ぶあつい歴史書を引っぱり出してきた。
ふだんはかけていないのに、メガネなんてかけちゃう。
ページをめくり、人さし指でメガネのブリッジをおしあげる。
「いい、マコト。明治四年に肉食が解禁されて、日本人はこのころから肉を食べるようになったの。それまでは仏教の教えに則って、豚、牛、トリなんかの肉を食べなかったの。あとは、生類哀れみの令っていう肉や魚を食べるのを禁止する法律が江戸時代にあったせいも、少しはあるだろうけれど。現代みたいにカレールーをスーパーで買うなんてこともできないから、使ったのはカレールーじゃないのはたしかだわ」
「へぇ。ルーがないの? じゃあご先祖さまはどうやってカレーを作ったのかな」
話し合う私たちに、雪路が言う。
「ルーというのが何かは知らんが、草凪はその茶色いごはんを作るとき、黄色っぽい粉を入れておったぞ」
「粉…………カレー粉? カレー粉で作ったってこと?」
「そうだ。平たいナベに粉を入れておった」
「これはだいぶ役に立つヒントじゃないか」
父さんが料理本の中から「カレー粉から作るカレー」のレシピを見つけ出す。
「カレー粉と小麦粉、バターを炒めて作る。雪路が言うカレーに近づくかもしれん」
「なるほど。肝心の肉は……いくつかしていくしかないかな」
具材少なめのカレー粉のカレー。うちの店で出している具材ゴロゴロカレーとはまったく別ジャンルのカレーだ。
「マコト。ご先祖さまがカレーを作ったのは、日本でまだ玉ねぎのさいばいが始まっていないころかもしれないわ。となると、代用で使われたのは長ネギじゃないかしら。もしも玉ねぎがあったとしても、とおい国からかなりの日数をかけて海路で運ばれてくるから、だいぶ高価だったと思うわ」
「すごいね、母さん……」
「フッフッフー。そうでしょう、もっとほめていいのよー。これでも高校のときは学年トップだったのよ」
母さんはドラマに出てくる名たんていなんて目じゃないくらい、かれいな推理をしてみせた。
「じゃあ雪路。玉ねぎカレーと長ネギカレーの二パターン作ってみるから、どっちがより近いかたべてみてよ」
「ふむ、よかろう」
食わせてくれとたのんできた立場なのに、なんだかえらそうだった。
※生類哀れみの令
1685年に5代将軍徳川綱吉が作った法律。
カンタンに言うとペットをはじめとする生き物を殺してはいけない。虫やヘビ、トリもきずつけちゃダメ。
魚つりもダメ。
捨てられた子はまもりましょう、お年寄りにはやさしくしましょう、というマトモな項目もある。
徳川綱吉がなくなったあとはいしされました。
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