初田ハートクリニックの法度

ちはやれいめい

文字の大きさ
70 / 75
後日談

閑話6 手を取り合って彩られる世界

しおりを挟む
 待ちに待ったお茶会当日。
 気持ちのいい秋晴れで、川沿いに植えられた木々が見事に紅く色づいていた。

 歩がキャンプ用折り畳みテーブルを持ってきてくれた。それを四つくっつけて、大きなテーブルをつくる。
 そこに所狭しとお茶やおにぎり、それぞれが持ち寄った茶菓子が並ぶ。

「これは秋?」
「そうね。これは秋よ、コウキ」

 コウキが降り注ぐ木の葉を掴まえようと、走り出す。
 礼美ははしゃぐ息子を見て嬉しそうだ。

「もっと紅茶をどうぞ」
「いただくわ」

 初田に紅茶を勧められて口をつける。仕事は順調なようで、診察の時よく話してくれる。

「コウキくんは志望校が決まったんですよね。どうです、家での様子は」
「あら、お茶会なのに診察みたいですね」
「これは失礼。職業病です」

 礼美に言われて初田は口にチャックをする。
 九年も精神科医をやっていると、どうしても健康状態を質問してしまう。

 それを見ていて、肩をふるわせたのは白兎だ。もう酔っ払っているのか、片手にはブランデーの空き瓶を握っていた。

「初田君こそ、調子はどうだい。数日前の診察で、ネルさんにナルコレプシーでも妊娠出産は可能ですか、なんて聞かれたんだが。もう籍は入れたんだろう。いいじゃないか新婚さん。ワタシが言ったとおりになったじゃないか」

「くそめんどうくさいですよ先輩」

「何を言うか。ワタシを呼んだのは君たちじゃないか。不思議の国のお茶会なら、シロウサギは不可欠だろう。プロポーズの言葉はなんだったのかな。一生結婚できない気がすると言っていた君が結婚するなんて総合病院のみんなに話したら酒が進みそうだ」

「そういう俗な話は嫌いです」

 逃げようとする初田を、歩が羽交い締めにした。

「酒のさかなにされるのはしゃくでしょうけど、アタシは聞く権利あるわよね。証人欄にサインしたのはアタシよ」
「その論でいくなら、あたしも聞いていいってことかな」

 アリスがひょっこり顔を出す。
 ふたりが言うように、婚姻届の証人サインをしてくれたのは歩とアリスだ。

 証人をお願いしに行ったとき驚かれはしたものの、祝福してくれた。
 ネルの誕生日に提出して、今日のお茶会をむかえた。
 平也のこともあったから、披露宴や結婚式といったものはしていない。

「初斗ったら親の私にも教えてくれないのよ。まったくもう」
「ネルも秘密って言って教えてくれないし」

 初音と友子も、内緒にされてブーブー言う。我が子の恋愛事情が気になって仕方ないらしいが、初田としては聞かれたくない。

 ネルに押し切られるような形で気持ちを自覚させられた、なんて恥ずかしくて言えなかった。
 とうのネルも「秘密ー」と言いながら初田の隣でアールグレイを飲む。
 
「あたし恋人なんてできたためしないけどさ、ネルを見ていたら支え合える人がいるのってなんかいいなって思うんだよね」

 アリスにつつかれて、ネルは照れ笑いする。
 首からさげた時計の鍵を両手で大切そうに包んで、初田の肩によりかかる。初田もさりげなくネルによりかかる。くっついたところがあたたかくて、くすぐったいような気持ちになる。
 とくに求婚の言葉なんてなくても、自然とそばにいることを選んだのだろうとみんなそれで察した。


「アリスさん。恋人が欲しいなら、うちの兄貴なんてどう? 就職決まったばかりだから収入面はまだ不安定だけど、人となりは保証するよ」

 ナナが端っこでお茶を飲んでいた虎門を引っ張ってくる。いきなり話をふられた虎門は困り果てている。

「え、いや……おれにはもったいない話だと思うんで、あはは……」
「もー! 兄貴ってばノリ悪ーい!」

 たぶん初田と同じく、俗な話をふられるのが苦手なタイプだ。引きつり笑いで逃げようとする虎門に、仲間意識を覚える初田だった。

 ナナは初めて会ったとき「レンさんに憧れていた」と言っていたが、平也の隠していたことを知ってからは考えを変えたようだ。
「平也さんが命を奪うなんていう悪いことをしていたなら、かばえないよ。きちんと償ってくれるといいね」と遠くを見て寂しそうに笑う。


「先生先生、これ見て。俺が作ったんだ。食べてみてよ」

 コウキがお茶菓子の並ぶテーブルに置いてあったうちのひとつ、お団子を持ってきた。お弁当用のピックに刺してある。期待でわくわくしているその顔は、ネルが料理を覚えたての頃していた表情に通じるものがある。 一つもらって、紅茶を飲みつつ舌鼓を打つ。

「おいしいですね」
「よかった」

 初田の感想を聞いて満足そうだ。自分でもお団子を食べながら、コウキは上機嫌に語る。

「俺ね、調理師資格が取れる高校を受けるんだ。母さんに料理を教わっていろいろつくるの、すごく楽しくて。卒業したら料理を仕事にしたい」
「それはすごい。コウキくんのフルコースお茶会を楽しめる日が来るかもしれませんね」

 コウキはもともと学力が飛び抜けて高かった。受験は難なく合格できると予測がつく。

「うん、任せて。レストランで働けるようになったら先生を招待するから」
「楽しみです」

 次の二月に受験をするとしたら、さらに三年後。ただの口約束ではなく、コウキならきっと宣言通りシェフになって初田をレストランに招待する。
 その頃自分はどうしているんだろうと、初田はふと考える。


 お茶会が終わってから、初田はふとんに入る前に、ネルに聞いてみた。

「ネルさんは、子どもが欲しいですか」
「うん。いたら楽しいだろうなあ。にいさんの子ならいたずらっ子になって、すっごく手がかかりそうだけど」

 ナルコレプシーの薬の中には、胎児に影響を及ぼすものもある。妊娠中に服用し続けると奇形児が生まれる可能性があるという。可能性であって、絶対ではない。
 そこは薬の種類や量を調節することでなんとかなる。
 結論を言えば、母胎がナルコレプシーでも妊娠出産は可能。

 ネルが望むのなら、その未来を選んでみようと初田は思った。
 無味乾燥なクリニックがネルによって彩られているように、ふたりの未来もまた、子どもが生まれたら新しい色で彩られる。

 いつかの未来を想像して、初田はネルを腕の中におさめる。ネルも初田の背に手を伸ばす。

「そうですね。三人家族になるのも、とっても楽しそうです」



 初田さんちのお茶会は定期開催のイベントとなり、メンバーは年々増えた。

 コウキが高校を卒業し、約束を果たす日。
 初田とネルの真ん中を小さな女の子が歩く。
 ネルに似た愛嬌のある顔立ちに人なつっこい性格、初田に似たくせっ毛。
 両親に手を引かれて、スキップしている。
 舌っ足らずな口調で、コウキに挨拶する。

「コウキおにーちゃん! ミツキ、きたよ」
「いらっしゃい。先生、ネルさん、ミツキちゃん」 

 
 閑話6 手を取り合って彩られる未来 終

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...