佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴

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こぎつね望む露の花 (この章だけ喫茶要素少なめです)

16.たぬきのすごいおんがえし

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 二日後、相変わらず客の来ないジャズ喫茶グレイブスに、二組の親子とその眷属が大挙して押し寄せた。

 それは言わずもがな、お銀の一族とおよねの一族である。
 
 唐突な訪問に驚いた和祁かずき達だったが、二人は「今日は客として来たのではない」と言ったので、注文は聞かずそのまま話をする事になった。

「あの……粗茶ですがもし良かったら……」

 この数日でだんだんと接客にも慣れ始めた和祁は、彼女達には緑茶が良かろうとお茶を淹れて差し出す。
 眷属らしい着物や服を着込んだ狐や狸にもお茶を勧めるが、彼等は「いえ、自分達は今任務中ですので。お気持ちだけ」と断わってしまった。どこの世界でも付き添いの部下はそういう態度を取らざるを得ないらしい。

 難儀な事だなとおぼんを持ったままカウンターの傍に立っていると、丈牙じょうががこちらへ来いというので、和祁は猫かごの中に入っていた速来はやきを抱き上げて親子二組が座っている場所に近付いた。

「それで……露の花はとどこおりなく?」

 過程を省いたかのような丈牙の言葉に、切れ長のいつも笑みを湛えている目をしたお米狐が小さく頷いた。

 銀平と同じような温かな色味の耳と尻尾に、銀に輝く髪色。浅黄色の美しい着物でめかし込んだ姿は、確かに「元々は祀られていた」と言われても納得の出来るはかなげな美女だ。しかし、目の前に神がいるというのは、なんだか和祁には信じられないような光景だった。

 一番の驚きは、お米やお銀の素性を知っていても一ミリも驚かない丈牙の何だかよく解らない落ち着き方だが。

(ほんとこのオッサン何者なんだろ……)

 カウンターの中の丈牙と二組の親子を見比べていると、さきほどの丈牙の質問にお米が透き通るような美しい声で答えた。

「お銀達のおかげで、こうして歩けるまでに回復出来ました……。まだ人型になる程度の化け術しか使えませんが、この【異界】に居れば多少回復できるでしょう。それまで、イナマキ様のお店で御厄介になることになりました」
「ぎんぺもいっしょれす!」

 嬉しそうに言う銀平に、その場の全員の頬が緩む。

「そう。じゃあ一件落着ってことだね」

 ガラスのコップを拭きながらわずかに笑う丈牙に、お銀も頷いた。

「ええ。……私達が“人の認識”を得られず、人の傍にある野山に住めなくなったのは悲しい事ですが……それでも、ここにいれば……いつかは、和祁さんのように私達を自然に受け入れてくれる人の溢れる時代が、再び来るでしょう。生きてさえいれば、妖怪は死なないし時間も関係ない。だから、今後は私達波佐見狸の一族が、波佐見狐の一族をサポートしながら、ここで新たな山野を作って行きます」
「好きにやればいいさ。この商店街の主は、何も拒まないからな」

 人が妖怪が居る事を「ありえない」と絶対的に否定したり、その存在そのものを忘れる事で、妖怪達は居場所を失くして行った。
 だから、弱った彼らはこのような不思議な世界に逃げ込むしかなかったのだ。
 どんな妖怪であっても、認識されなければいないのと同じなのだから。

 その事を考えると、和祁は何だかとても寂しい気持ちになった。

(なんだか、教室での俺みたいだな。確かにそこに居るのに、誰からも認識されてないから、いないのと変わらない……みたいな。……虐められるのよりは随分マシだけど、それが気楽かって言うと……そうでもないもんな……)

 昔からずっと人間と交流してきたお米やお銀といった妖怪なら、なおさら寂しいと思っているだろう。和祁も何とかしてやりたいという気持ちが有ったが、しかし人間の世界では孤独で非力な自分が出来る事など何もない。
 人間の世界に帰れば、最早彼らの存在など自分一人の夢物語になるだろう。
 その事が、和祁には何故だかとても悔しかった。

(俺にも何か、出来る事が有れば良いんだけど)

 とは言え、友達もおらず家にも帰れない和祁には、何もしようがないのだが。

「ところでタヌキ、この前何かくれると言っていたが?」
「は、速来、お前な……」

 せっかくの良い雰囲気をぶち壊すのはいかがなものか。
 そうは思ったが確かにお銀の“お詫びのもの”とは何なのか気になる。

 窘めながらもついお銀を窺ってしまうと、彼女は着物の袖で口を隠して苦笑した。

「ふふ、もちろん持って来ております。まずは、速来さん。聞いたところによりますと、貴方様は【宝蓮灯ほうれんとう】という神器を探していらっしゃるようですわね」
「ウム、俺、神通力強くしたい」
「ですが生憎と私達にはその【宝蓮灯】の行方が分かりませんでしたので、捜索のお手伝いをに頼みました。何か情報が有れば、直接ここに持って来るよう言いつけてありますので、お待ちください」

 品ではないが、確かにそれは今の速来にはとても助かる。
 これはさぞかし速来も喜んでいるだろうと和祁は思ったが、しかし意外な事に、速来はむしろ不機嫌そうに目を細めてしまっていた。

「俺ひとりでも探せる」

 自分の力を侮られたと思ったのか、不機嫌を大いに表して眉間に皺を寄せる。
 しかし、お銀は気にする事無く微笑んだままで言葉を返した。

「ええ、存じております。しかし、捜索とは手間のかかるもの。強者がそんなことに労力を裂くのは折角の力が勿体ないことです。……ですので、捜索はどうかその者にお任せください。強者はただ安閑あんかんと待つ。それもまた一つの在り方ですわ」
「ム……そう言う事ならいい」

 強者と言われたのがまんざらでもなかったのか、速来は満足そうに鼻を鳴らすと、それ以上怒る事は無かった。

(お銀さん、速来の扱い方うまいなあ……)

 強くなってチュジンという種族を世に知らしめたいという速来の願いを、どこからか聞いていたのだろう。どこかという所までは敢えて考えまいが、口八丁手八丁で丸め込んでしまうとは、さすがは商売人だ。

 感心している和祁に、今度は蔵子が喋りかけて来た。

「和祁お兄様にも、ちゃんと素晴らしいお詫びの品がありましてよ!」
「お、おにいさま? 蔵子ちゃ……蔵子様、いつからそんな呼び方を……」

 そう言うと、蔵子は照れたように自分の頬に手を添えながら、カウンターの椅子を左右に小刻みに動かして照れて見せる。
 毛先が縦巻きにカールしたツインテールや小さい狸の耳が嬉しそうに動いているが、初対面の時とはずいぶん違う態度で、和祁は思わず面食らってしまった。

「あらいやですわ、サマなんて……! どうか、蔵子と呼んで下さいまし。蔵子は、お兄様に呼び捨てにされてもよろしくてよっ」
「う、うん……? あ、ありがとう蔵子ちゃん……」
「まあっ、ちゃん付けなんて、紳士的なお方……!」

 何が紳士的なのかよく解らないが、とにかく蔵子は明るくなったようだ。
 女子の心の機微などまだ理解出来ない和祁には、どうして蔵子がこれほど自分に生暖かい態度を取るのか解らなかったが、とにかく懐いてくれたのは嬉しい事だと思って深く考えない事にした。

「それで……何をプレゼントしてくれるのかな」

 そう訊くと、今度は銀平が自分を主張するようにぴょんと椅子から降りて、和祁に抱かれようとよじのぼってきた。

「ぎんぺが、おはあし、がんばいあした!」
「おー、銀平も頑張ってくれたのか。えらいぞー! ……でも、何を……?」

 肝心な事が全くわからないなと褒めた後で気付いたが、銀平には説明が難しいらしく、困ったような顔で首を傾げてしまう。
 そんな銀平に助け船を出すように、蔵子が言葉を続けた。

「ふふん、これを見て下さいまし!」

 そう言いながら、蔵子はある大きな紙をばっと広げて和祁に見せる。
 どうやら妖怪達が読んでいる新聞らしいが……その一面には、とんでもない事が書かれていた。

 ――迷い人の人間、妖怪の心をかいし見事不仲の母子を救う!

「…………これ、って……」
「うふふ、人間は商売繁盛がお好きでしょう? だから、私達の人情話をタネにして、お兄様を讃える記事を作らせたのですわ! 妖怪を信じてくれる人間が、妖怪を救った……なんて、今時の妖怪には驚きの話ですもの! これで、お兄様に良い感情を抱いてくれる妖怪がより増えたでしょうし、この場末の喫茶店にもきっと客が大挙して押し寄せますわ~! オーッホッホッホ!」

 蔵子の言葉に、その場にいた狐と狸の眷属が一斉に拍手する。
 お銀とお米も嬉しそうにニコニコと笑い、今からこの喫茶店が客であふれる事を楽しみにしているようだった。

 しかし、和祁と丈牙は、目を丸くしてぽかんと口を開けている事しか出来なくて。

 何と言ったらいいのか解らずに黙り込んでいると、お銀さんがおっとりとした顔をやる気に満ちたように明るくして、和祁に拳をぐっと握ってみせた。

「時限門の作業員達も、この話を見ていっそうやる気になったと思いますわ。……あら、もう効果が出てきたみたいですわね」
「え?」

 お銀の見ている方向へと目をやる。
 そちらには、道に面したガラス窓とドアが有り、いつもならば行き交う人々だけが映し出されているのだが――――

 今は、向こう側が見えない程の大量の妖怪に張り付かれていて、何も見えなかった。

「ちょっ、お、おい!」

 丈牙が慌てるが、それよりも先に和祁の顔が引きつる。

「ひ、ひぃい……!!」

 無数の目のような何かに凝視されて、恐怖で意識が遠のく。

「あっ! お、お兄様!」
「きゃー! かじゅきにーちゃー!!」

 目の前が真っ暗になって、体が背後に傾いでいく。
 だが、それすらもう感じる事も出来ず、和祁は生まれて初めて初めて気絶というものを体験したのだった。











 
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