異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
526 / 1,264
湖畔村トランクル、湖の村で小休憩編

10.家にこもるには買い溜めが必要

しおりを挟む
 
 
 翌日、まだ日が昇らない仄明ほのあかるい時間に起きた俺達は、ちょっと用事を済ませてから、野盗を引渡し依頼を達成すべく村人達と一緒にセイフトへと向かった。

 流石に街に行く時は熊の姿では困るので、クロウにはまた人の姿を取って貰っている。ぽんぽん姿を変えさせて申し訳ないが、これが終わったら存分に好みの姿でいて貰おうと思っているので許してほしい。

 あと、道中で野盗達がわざと騒いで隙を突こうとしたり、俺に対して下卑げびた言葉を放って来たりしたが、俺は気にせずに大人な対応を貫いた。……ブラックは一々反応して、剣を抜こうとしまくってたが、それはともかく。

 門番の警備兵に野盗の処分(というかお沙汰ね。怖い意味じゃないぞ)を頼み街に入ると、俺達は昨晩約束した通りアニタおばあちゃんに預かって貰っている荷物を村人達に頼んで、冒険者ギルドへと向かった。

 この世界でも、依頼を達成したらギルドに報告しないといけないらしい。
 依頼者も報告書を出したりするらしいんだけど、それだと事実改竄の恐れもあるので、【達成証】という「依頼が完遂された時に、冒険者に必ず渡すこと」というただし書きのある証を発行し、冒険者からも話を聞くようになってるんだって。

 ブラックの話では、数年前までは依頼者が嘘をついて報酬をちょろまかす事件が頻繁ひんぱんに起きていたらしい。しかも、その被害者のほとんどが、まだ世間の厳しさを知らない駆けだし冒険者達だったっていうんだから世知辛い。

 俺もバイトしてた時に先輩からちょろっと「別のバイトで残業代ナシにされた」とか言う話を聞いて、こえーよ働く気なくなるよって思った事があったんだけど、まさかこのファンタジー世界でもそんな話を聞くなんて思わなかった。
 ああやだやだ、俺はそう言う生々しい話は聞きたくないぞ。

 まあ、今はギルドが目を光らせているから、滅多に起きなくなったらしいが……当然だけど、組織である以上はちゃんと仕事してんだなあ、ギルドって。

 そうじゃなきゃ、世界中に拠点を置くなんて無理か……なんて思いながら、冒険者ギルドに入るなり純朴そうなぽっちゃり系の受付お姉さんに【達成証】を見せると、彼女はあらあらと目を瞬かせながら俺達と【達成証】を交互に見やった。

「あら……貴方達が、あの野盗を……!?」

 どこか尊敬したような目を俺達に向けてくる、ぽっちゃりお姉さん。おっと、素敵な笑顔ですね? マシュマロボディに抱き締められると天国に行けるという話をお聞きしておりますので、もし良かったら俺とフリーハグを……。

「ツカサ君……」
「何も思ってません何も思ってません!!」

 だからその胡乱うろんな目を至近距離で向けて来るな!

「あの野盗の首領は冒険者崩れかも知れないという情報が有りまして……それで、ギルドとしてもそれ相応の技能がなければ対処できないと困っていたのですが……そんな相手を一日で倒してしまわれるなんて、凄いです……! この事はきちんとギルド長にもご報告しておきますね!」

 達成証をお預かりします、とぽっちゃりお姉さんは深々と礼をした後、ぽよぽよとスタッフオンリーのバックヤードへ引っ込んでしまった。
 漫画みたいな洋ナシ体型のぽっちゃりさんて歩き方すげー可愛いな。俺の学校目立つくらいの体重の女子っていなかったから、なんか新鮮だわ。笑顔が素敵な人はぽっちゃりでも可愛いんだなあ……。

 ……って、そんな事を言っている場合ではなく。
 ギルド長に報告か……嫌な予感がするけど、いや、まあ、大丈夫だろう。
 ブラック達の態度からすれば野盗退治なんて普通の事っぽいし!

 さあ、きりきりと次に行こう。
 昨日は依頼を受けて荷物を預かって貰ってから、急いでトランクルに戻ってきこりのマイルズさんに一日伸びると言いに行ったり、取って返してすぐにベルカ村に行ったから、まだ食料や薬の材料を買えてないんだよな。

 今回、依頼を受けたおかげで良いモノを貰ったので、俺には作りたいモノものが出来て俄然がぜんやる気になっている。
 だから、トランクルに帰るまでにおもっきり買い物をしなければ!
 ……と言う訳で、俺はうんざりするブラックとクロウを引き連れて、食料品店や卸商の所へと寄り、必要な分の食材を買い揃えた。

 パンに酒、小麦粉砂糖卵はもちろんだが、ベーキングパウダーの代わりになっている【パフの花】を粉にした“パフ粉”も購入した。肉や野菜も買おうとしたのだが、クロウが「肉ならオレが狩って来る」と言ったので今後に期待したい。野菜はトランクルでも買えるので、今日の所は保留だ。

 あとは、俺の世界にもあったリンゴ(俺の世界の物より甘くなくて微妙だ)や、真四角の変な果実など、色々な果物を興味本位で購入した。
 そう言えば果物についてはあまり知識が無かったからな。店の人に聞いた名前をメモしているので、貸家に帰ったら携帯百科辞典で調べよう。

 それと……出来ればハチミツが欲しかったのだが、残念ながら街では取り扱っていないという事だった。ペコリアやロクが喜ぶお菓子を作ってやりたかったんだけど、仕方ないから他の物で頑張ってみるか。

 あとは……。

「ねー……ツカサ君まだ買うのぉお……」

 背後でブラックがうんざりしたような声を出すが、荷物は藍鉄が背負ってくれているので疲れる事も無いだろう。多分もう飽きたからこんな事を言ってるんだ。

 まったく、この程度で音を上げるなんて軟弱な奴だな。俺が母さんと買い物に行った時なんて、スーパーをハシゴさせられて荷物まで持たされるんだぞ。この程度で音を上げるなんていつもの体力はどうした。
 こう言う時だけオッサンぶって疲れるのはやめてほしいよほんと。

「疲れてるなら先に帰っても良いぞ」
「そうだな。オレがツカサをしっかり守ってやる。あとはまかせろ」
「おいコラ駄熊、どさくさに紛れてツカサ君の肩を抱くな! あーあーもう解ったよお……。だけどさあ、早い所帰った方がいいんじゃないかい? きこりだって、もうベッドの枠を作り終えたかもしれないし……」
「まあ待て、あと一軒寄る所があるんだからさ」

 そこに行けば帰るよと言うと、ブラックは急に元気になったのか、すっくと背筋を伸ばして俺の顔をうかがってくる。

「あと一軒ってほんと? どこだい?」
「薬屋だよ。どうせ滞在するんなら調合の腕も上げときたいしな」

 とは言っても、前にも言ったけどこの世界には熟練度などの数値を正確に出すゲーム的な要素がないので、レベルアップしたかどうかは自覚以外に方法が無いんだが……まあ、現実と一緒なら頑張って練習すれば上達するだろう。

 向学心あふれる俺の言葉に、ブラックは何故か情けなく顔を歪めたが、すぐに明るい表情を取り戻して俺の背中を押してきた。
 な、何だ何だ。今の顔なんだったんだよ。

「そっか、じゃあ早く行こう! 早く買って帰ろう!」

 急に元気になったのが怪しいが、まあいいか。
 ブラックもクロウも藍鉄も戦いの後で疲れてるんだし、早く貸家に帰ったほうがいいよな。考えてみれば、ろくに朝食も食べてないんだし。
 ……帰ったらうまい飯でも作ってやるか。うむ。

 俺は徹夜とおとりぐらいしか出来なかったし、労ってやるのも悪くないかも。
 ……そうだ、栄養剤とか作れないかな?
 妖精に貰った本にそう言う物が書いてあったような気がする。○ンケルとかモンスターエ○ジーとか、この世界にもあったら結構有用だよな。
 徹夜する事も多いんだし、携帯食すら食べられない時に飲むのもいいかも。

 よし、まずは俺が今作れる薬を調合してを徐々に取り戻すか!

 とりあえずの目標も決まったので、意気揚々と薬屋に入り必要な物を購入する事にする。とはいえ、俺はまだ薬師としてはひよっこなので、大した物は作れない。
 以前作った事のある眠り薬や、リモナの実(レモンっぽい気付け薬になる果実)から抽出して作る中級レベルの薬を作るための材料を購入した。

 俺の携帯調合器具セットでは出来る事も限られているが、今は節約しておきたいからな……。成功すれば薬屋に売るけど、失敗したらわりと大きな損失だし、今は無茶して高い器具なんて購入できん。

 というわけで、俺は沢山の材料を持ってお勘定をお願いしようとカウンターの方を振り向いたのだが。

「ん……? お前ら、なに買ったんだ?」

 丁度ブラックとクロウが何かを購入したのが見えて、首を傾げながら近付く。
 しかし二人は妙な笑顔を浮かべると、焦ったようにそのを隠した。

「い、いや、なんでもないよ!」
「少し欲しいものが有ったから、オレ達も薬を買った」
「うん? そうなの? ……珍しいな、あんたらが薬買うなんて」

 焦って隠すって事は、湿布薬とかなにかかな?
 もしかして腰痛?
 さすがにオッサンとして急に動いた反動で腰痛になったの?

 だとしたら気持ちはちょっと解る。なんか格好いい理由とか「凄く重い物を持ち上げて格好良く○○したぜ!」なんて武勇伝でもない限り、湿布薬を貼って痛がってる所なんて見られたくないもんなあ。

 俺だって嫌なんだから、オッサンになって腰痛が日常的になったこいつらだって、情けなくて知られたくないに違いない。中年に腰痛はつきものだもん。
 体力お化けでも、さすがに寄る年波には勝てないのか……。
 うむ、だったら仕方ないな。

「つ、ツカサ君? 何か今物凄く失礼な勘違いしてない?」
「は? 湿布薬とかじゃないの?」
「いや……えー……と……まあ、そんなとこ」

 なんじゃい煮え切らんなあ。
 まあでも、隠したい事は誰にでもあるから仕方ないか。
 腰大事にしろよ、あんたら若くないんだから。

「ツカサ、もう用事は済んだか?」
「うん。昼飯時になるまえに早く帰ろうか」
「えっ、ツカサ君お昼作ってくれるの!?」

 立ち直り早いなあ……とは思ったが、そこまで期待してくれるなら作り手としては嬉しかったりはする。
 ……まあ、昨日から二人とも頑張ってくれてるしな。
 藍鉄にもお礼がしたいから、早く帰ってちゃんとしたメシ作ってやるか。










※次はのんびりしたりセクハラされたり前哨戦
 
しおりを挟む
感想 1,346

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...