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遺跡村ティーヴァ、白鏐の賢者と炎禍の業編
16.束の間の平穏
しおりを挟むぴぽぴぽぴー。ぽぴっぴぽぴぽー。
聞くに堪えない音が、遺跡の空き部屋に響く。
俺自身「これはないな」と思うような音色だったが、デリカシーのない奴らはその事をバシバシ指摘してくる訳で、本当にもう放っておいてほしい。
だが、遺跡の空き部屋でエネさんとマンツーマンで指導を受けている俺をブラック達が放っておく訳が無く。俺はデリカシーゼロのオッサンどもに忌憚ない意見を浴びせかけられながら、今現在必死でリコーダーを練習していた。
「うーん……こりゃ想像以上に間抜けな……」
「ツカサの場合、指使いより先に拍子がおかしいのを直した方が良さそうだな」
ええいうるさい背後のおっさんども。
俺だって頑張って脳内譜面を再現しようとしてんだよ。
ギリギリと歯軋りしながら屈辱に耐えるが、エネさんはそんな俺を見放しもせず、根気よく優しく指導してくれていた。
「ツカサ様。漆黒の準飛竜の調べは、速くはありますが一定の拍子で動いています。心音を参考にして、拍子を意識して下さい」
「ふ、ふぇい……」
エネさんに手取り足取り教えて貰っているのは物凄く嬉しいんだけども、美女の良い匂いとおっぱいが物凄く気になって仕方がない。というかエネさんとちょっとでも接触すると背後のオッサン二人が殺気を放つのが忌々しい。
何故だ、何故俺の肩にエネさんの手が触れただけで殺気を放つんだ。
俺だってご褒美くらい貰いたいわい。おっぱいチャンス欲しいわい。
頑張って難しい曲を覚えようとしてるんだから、美女に触れられる事ぐらい許してくれたって良いじゃないか。泣くぞこら。
「拍子や遅れなどは有りますが、音程は間違っていません。ですが、間違えない事に注力しすぎて、拍子に合わせられていないようです。間違っても良いので、一度最後まで引いてみましょう。大丈夫、低能愚劣な人族であっても、ツカサ様ならば完璧に演奏する事が出来ますから」
「ありがとうございます……」
本当にちょいちょい人族貶しが入るなエネさん。もうクセになってんだろうか。
業とは恐ろしいものだな……と思いつつそのまま二時間ほど練習を続け、俺は一旦休憩する事にした。まあ、二時間ほど……と一文ですっ飛ばしたけれど、その時間でなんとか下手なりに最後まで吹けるようにはなったし……。
休んでも良いだろう。というか休ませてください。エネさん意外とスパルタです。
それにしても……マグナったら凄い改良してくれたよなあ。
「改良する」とは聞いていたけど、どんな風にやってくれるのか俺にはまるで考え付かなかったので、ただただ完成を待っていたんだが……まさかその「改良」が、「ガイド機能」の実装だとは思わなかったよ。
ガイド機能ってのは、もうそのままの機能だ。
簡単に言ってしまえば、脳内のみで再生されていた「こう吹け」という指示が笛に伝わって、次に指を当てるべき場所をほんのり光らせて教えてくれる機能だ。ゲームとかでもよく見かけるな。
今までは脳内の指示を確認しながら吹いていたので、覚えるのにもだいぶん時間が掛かってしまっていたが、マグナがガイド機能を付けてくれてからは演奏にのみ集中できるようになった。覚える速度も段違いだ。
だから、付け焼刃だが二時間でこれほどの成果を上げられたというわけ。
早い話が今の成果はマグナサマサマって事だな。
難点を一つ言うとすれば、ガイド機能を起動させるための機械が笛の裏に取り付けられているので、ちょっと重くなってしまった事くらいかな。
マグナは“気”をスイッチにして感覚記憶がどうのこうのって話をしてたけど、門外漢の俺にはよく解らん。とりあえずマグナは凄いという事だ。
……俺がより一層頭が悪く見えるようだが、あれだ。俺はあのー、料理で挽回する感じだから。マグナと俺は適材適所で活躍する場所が違うから! ねっ!
そんな訳なので、休憩時間は休みまもなく保存食と料理を整える事にする。
「えーっと……干して置いたアマクコはもう大丈夫だから、ドライフルーツはこっちに保存して、種は後から炒るとして……」
背後のブラック達がこちらの行動を怪しんでいない事を確認して、俺はたっぷりと干して置いたアマクコの実をすこし取り分けて、別々にリオート・リングの中に保存しておく。あくまでも、ただ小分けにしましたよっていう体で。
何故かと言うと、俺はブラック達に内緒である物を作ろうと思っているからだ。
その“あるモノ”とは……酒だ。
いや、それだけじゃないけど、とにかく俺は酒を造ろうと思っているのだ。
なんで酒かと言うと……ほら、その、あれだ。
前に俺は「二人にプレゼントがしたい」と言っていたが、そのプレゼントに手作りの酒がちょうど良いかも知れないと思ったのだ。
ブラックにはハンカチとか防具とか、考えれば色々贈り物が思いつくんだけども、クロウにはそう言う物が似合わないような気がしてたからな。
だけど酒なら、二人に同じ量を渡せば喧嘩にならないし、どっちとも酒が大好きなオッサンだから不平不満を言う事などないだろう。それに、酒であれば俺が管理して一気に飲んでしまう事も防げる。
なんたって、俺だけが大量の酒を保管して運べるんだからな!
だから、とりあえずのプレゼントはコレにしておこうかなって。
……ホントはブラックにもクロウにも、似合いのモノをプレゼントしてやりたいんだけど、靴や防具を作るにしても俺にはまだスキルも素材も足りないからなぁ。
ま、それは落ち着いてから取り掛かる事にしよう。
それと、薬草と酒ならチンキって奴も作れるからな。
母さんが「最近流行ってるから」って作ってた奴なんだけど、チンキってのは酒に生薬とかハーブを漬けて成分を抽出した液体で、なんか凄く体に良い物らしい。
母さんはハーブとかで作って、ジュースにしたり風呂に入れたり何か色々理解しがたい使い方をしていたが、まあ、なんか何にでも使えるなら果実酒のついでに作ってみようかなと思った訳だ。
効能は解らんが、アマクコの実って甘くて仄かな酸っぱさがある美味しい実だし、アルコールに漬けたらより保存も効くだろうから、ジュースとか旅先で気軽に飲めるかなと思って……。ま、まあ、ようするに俺用の液体だな。うん。
酒と砂糖は既に親父さんに話を付けて、安いブランデーと安価な砂糖を分けて貰い用意してある。無論代金は払った。折りを見て、酒に漬けて置こう。
そして、もう一つ。既に下拵えは完成しているマグナへの料理……なんだけど、今はとてもじゃないが作れそうにないな……リオート・リングのお蔭で下拵えした物は数日は持つだろうけど、こうなると悠長に料理してる場合じゃないし。
とにかく完成するまでブラック達には秘密にしておこう……と考えていると、俺の後ろで壁に凭れ掛かっていたブラックが、暇そうに間延びした声を漏らした。
「はぁ~……。にしても、一体なんだってこんな事になっちゃったのかねえ。僕達はただ、遺跡の盗く……調査をしに来ただけだってのに」
おい、今盗掘って言おうとしたか。盗掘って。
違いますから! ちゃんと取って良い奴だから!
頼むからエネさんの前で失言しないでくれよとハラハラしたが、エネさんが何かを言う前にクロウが話を継いでくれた。
「乗りかかった船……と言うよりは、プレインに入った時点でこうなる運命だったのだろう。首都に行けば強引な勧誘で拘束されて厄介な事になっただろうし、国境の砦で何も言われなければ、オレ達はこの国で起こっている事すら知らなかったはずだ。それに、デイライト氏はツカサの友人であると同時に、オレにとっても命の恩人だ。どのみち捨て置く事は出来なかった」
あ……そうか……クロウの【隷属の首輪】を外してくれたのはマグナだもんな。
思い出すとなんか凄く昔の事のような気がするなあ……。
たしかあの時、クロウはギアルギンとかいう謎の悪者に使役されて、危うく角を出した本気モードで暴走しかけてたんだっけ。
それで何だかよく解らないけど助かって、クロウの首輪を解除するためにラッタディアの地下にある裏社会、いや裏世界のジャハナムに潜入して、シムラーって言う悪い奴の違法カジノにマグナが居るのを見つけたんだ。
その後も色々有ったけど丸く収まって、プレイン共和国の秘蔵っ子であるマグナに、あんなにすんなりと首輪を外して貰えた訳だが……今考えても凄い事だ。
なにせクロウに装着されていた【隷属の首輪】ってのは、変な改造がされていて獣人族にまで反応するようになっていた異常な道具だったんだからな。
そんなモノをすんなり外して貰えたんだから、お互いにそんなに仲良くなくとも、礼節を重んじる武人なクロウは素直にマグナを「恩人」と言ってくれたのだろう。
やっぱそう言う所はブラックと大違いだよなあ……。
「ツカサ君、なんか今失礼な事考えてた?」
「ギクッ、な、なんでもないえす」
「怪しいなぁ……」
だからっ、このオッサンなんでこう聡いんだよ!
毎回毎回心を読み過ぎなんだってば何なんだよお前はもー!!
「ツカサ様、こんな下衆は放って置いて練習を再開しましょう。あとは指の間違いを直すだけですから、きっと明日中には吹けるようになりますよ」
「はっ、はいそうですよね~!!」
訝しまれている俺に、エネさんが助け船をだしてくれた。
ありがとう、ありがとうエネさん。貴方は本当に天使です神族です。
すかさずエネさんの言葉に飛びつく俺にブラックは解り易く不機嫌に顔を歪めたが、今は一刻も早くロクを召喚する曲をマスターする事が最重要項目なので、不機嫌ながらも黙って引き下がってくれた。
ほ、ほほほ、ありがたい……。
ブラックの良い所は、子供染みてるけどやっぱり大人な部分もある所だ……いや、こんな場面で認識してどうすんだって話だが。
「まったく……。大人らしくしろとシアン様に言われたばかりなのに、すぐに癇癪を起こすなんて……。下等な種族は中年期になると学習能力すら低下するのですね」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
「抑えろブラック、怒ったらまた大人げないと罵倒されるぞ」
良く知っていらっしゃるクロウさん。
それにしてもエネさんたら、本当に毒舌が留まる事を知らないなあ……。
でも……ブラックの神経を逆撫でする言葉を真正面から言えるんだから、実はエネさんもブラックの事はそれほど嫌いじゃないと思うんだけどなあ、俺は。
どう思ってるかは解らないけど、少なくとも……他のエルフの従者たちみたいに、近付きたくないとは考えてないみたいだし。
だから、お互い少し大人になってくれれば仲良く出来そうなんだけどな。
二人とも皮肉屋だし、結構ウマが合うだろうに。
「どうしました、ツカサ様」
「あっ、い、いや、なんでもないです」
慌てて笑顔で首を振ると、エネさんはいつものクールな顔で頷いた。
「そうですか。ああ、そうだ。目途が付いたら、風呂屋へ参りましょう」
「えっ」
「明日明後日以降、いつ風呂に入れるか分かりませんからね。心を休められる内に、しっかりと休んでおいた方が良い。その方が気力も回復します」
「は、はい……」
練習が終わったらお風呂。お、お風呂か……。
……はっ。
も、もも、もしかして、俺ってばエネさんと一緒にお風呂入れちゃったり……?
おおお風呂に一緒に入って布に包まれた巨乳の谷間にドギマギしたり流しっことかしたりしっとり濡れて光る金の髪を結って整えてるうなじ全開お色気エネさんの姿を見られちゃったりぃいい!?
エルフ美女の裸体っ、夢にまで見たエルフさまのおっぱっ、お、おおおお!
めどが付いたら、目途、俺が頑張ればいいんだな! 俺が完璧に練習を成功させられれば、金髪巨乳美女エネさんとの夢の混浴があるかもしれないんだな!?
「頑張ります! お、お、俺頑張りますから!!」
「は、はい……?」
大興奮しながら宣言する俺に、流石のクール美人なエネさんも少々戸惑ったみたいだったが、その顔すら俺にはご褒美だぜ。
やべえすっごいやる気出て来た。俺、今なら空も飛べそう!
よーしこの調子で絶対今日中に間違えずに吹けるようになってやるぜえええ!
「ツカサ君、また何かヨコシマな事を……」
「夢は見せておいた方が良い。気力でどうにかなることもある」
えっ、なに!?
何か言いましたかお二人さん!
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※エネさんを落とすためのフラグやお色気シーンは存在しませんご安心下さい
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