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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
神の啓示を受けし者2
しおりを挟む「……信じます。だから、話して下さい。どうして俺がここに連れて来られたのか」
ギアルギンは絶対に目的をバラす事はしないだろう。レッドも、あの男との約束に縛られて何も教えてくれないに違いない。
ラトテップさんが教えてくれるというのなら、俺に拒否する理由は無かった。
彼の話はあまりにも精確で、そして、俺が知りたかった事を言い当てていたから。
だから、素直にラトテップさんに「信じる」と伝えたのだが……相手は何故か凄く驚いたような顔をして、それから急に泣きそうな顔で俺を見て来た。
ど、どうしたんだ。俺なんか変な事言った!?
「あ、あのラトテップさん、大丈夫ですか!?」
慌てて様子を窺うと、相手は首を振って大丈夫だと掌を見せて来た。
「す、すみませんね……。そんなにすんなり信じて貰えるなんて、思っていなかったので……。ありがとうございます……」
「あ、い、いえ……まあ、その……俺も、色々聞きたいんで……」
気にしないで下さいと気遣うと、ラトテップさんはやっと笑ってくれた。
マントの頭の方が何やらモゴモゴ動いているが、もしかしてネズ耳が動いているのだろうか。獣人のネズ耳は未だに見た事が無いので、ちょっと気になってしまう。
漫画みたいな丸耳なんだろうか。それとも、野生のネズミのような、慎ましやかでチャームポイントと言って差し支えない耳なのだろうか。
……いや、そんな場合じゃねえ。
でも、こんなこと考えられるくらいには、俺も少しは落ち着けたのかな……。
「…………やはり、優しいですね、あなたは」
全然そんな事は無いんですが……と、言おうとしたが、ラトテップさんは俺に反論の余地を与えずに、何かを振り切るように再び話しだした。
「……私達、今を生きるプレインの民には、その禁忌の書に記された以上の事はもう分かりません。どれほど遺跡を発掘してもそこは既に破壊されていて、新たに遺跡を見つけても、神が恩恵をすべて引き揚げたかのように、遺跡には私達の進化と平和を成し遂げる術は何一つなかったのですから」
それってもしかして、勇者の仕業なんだろうか。
以前の“黒曜の使者”が徹底的に滅亡させたという可能性も有るけど、あの日本語を操る勇者のメモ付き地図の事を考えたら、使者だけのせいじゃないよな。
勇者は、この国の人達が遺跡の真価に気付く前に念入りに破壊したらしいけど……あれは、その“黒曜の使者”との戦いに何か関係が有ったのかな。
地図を確認し、エンテレケイアに行けば何か分かったのかも知れないが、今それを言っても仕方がない。本当に、ここで捕まってしまったのが悔やまれる。
「……だから、私達は……もう、過去の面影を追いかける必要は無く、新たな平和を探すべきだと……そう考え始めていました。……ですが、そんな時に……あの男が、この国にふらりと現れたのです」
――あの男。
それが、誰を指すかはラトテップさんの辛そうな顔で分かった。
「ギアルギン……ですね……?」
俺の小さな声に、相手はゆっくりと頷いた。
「彼は、不思議なことに我々の特殊な生活形態や宗教の真髄、そして【十二議会】の野心家達が何を求めているかを、恐ろしいほどよく理解していました。その手腕でいとも簡単に議会への謁見を許された彼は……とんでもない事を言い出したのです。『この国が大陸を統一し、真の平和を齎す。それこそが、文明神アスカーの望む事。自分は、その為の方法を知っている』……と……」
「……まさか、その方法って……」
先程の話を覚えていた俺は、嫌な予感に顔を歪める。
――――かつての、神と“黒曜の使者”の争い。その時に出て来た兵器。
そして……ギアルギンが今この施設で稼働させている……この、機械。
……俺は、絵本の内容を知っている。
そして、この機械と似たモノが、ある国のエネルギーを担い、俺を閉じ込める事が出来る物だと知っているんだ。……ずっと、この世界を旅して来たから。
俺の確信を持った言葉に、ラトテップさんは真剣な表情で頷いた。
「あの男は古い巻物を一つ取り出して、議会の面々に見せました。それは……ある、巨大な【機械】……この世界から失われたはずの、神の齎した恩恵でした」
「…………っ」
「議会は沸き、連日議論が続きましたが……結局は、反対派の筆頭だったプラクシディケ様とその派閥が負け、我々【大いなる業】はその【機械】を完成させるため、この地下工場で数十年研究を続けて来たのです。それが、平和を齎す……強力な破壊力を持つ兵器だと知っていて……」
「数十年も……」
数十年も、何も疑問を持たずに作り続けて来たのか。
そう言おうとした俺の言葉を先に呼んだのか、ラトテップさんは首を振った。
「ギアルギンは、不思議な男でした。どこからともなく入手不可能な鉱石や材料を手に入れて来て、我々に心地良い環境を作ってくれた。……私は獣人で、斥候の役目があったのでそういう事には疎かったのですが、この国の中枢を占める【金の曜術師】達は、曜具を作り始めればすぐにその事だけに熱中してしまう気質です。だから、彼の手際を称賛こそすれ、誰も疑いはしなかった」
確かに、ブラックもマグナも、一つの事には驚くほどに集中する性格だ。
前にブラックが「曜術師は属性ごとに気性が異なっていて、別の属性の曜術師達と仲良くなる事はまず有り得ない」と教えてくれたが、これは異常だ。
技術至上主義の弊害、とでもいうのだろうか。
俺の世界ならそれも罷り通った事なのかも知れないが、性格が苛烈な曜術師達では、行き過ぎた行動で組織が崩壊してしまう事も有るのだ。
それは、今まで出会って来た曜術師たちを見れば明らかだった。
だとしたら、この国はまんまとギアルギンの思い通りに動かされてきたって事か。
曜具を作る事を喜びとする人達の性質を逆手に取って、あいつは……。
でも、それならそれで不可解な事が有る。
「あの、ラトテップさん……。どうしてギアルギンはその【機械】の設計図を持ってたんですか。それに、あいつの目的は……?」
問うと、ラトテップさんも困惑していると言った様子で眉間に皺を作った。
「それは私達にも解りません。ギアルギンは何も語りませんし、プレインの民として成す事を成せとだけ言うので……。思惑が有るのは間違いないのですが、私には探っても探れる物ではありませんでした。レッド様を連れ帰って来られた時も、私達斥候部隊はただ驚くばかりで……」
協力しているプレインの人達にすら、目的を話していないのか。
ただのお節介……な訳がないしなあ……。
「ただ、一つだけ解るのは……ツカサさん……いえ、“黒曜の使者”を、どうしても【機械】に組み込みたいという……妙な情熱……いや、執着……? でしょうか」
「…………」
ラトテップさんの理解出来ないと言ったような声に、俺は背筋が寒くなった。
目的を話さない慎重な相手が、他人に感付かれるぐらいの執着を俺に対して抱いている。しかもそれは……何かの特別な感情から来る執着では無く、俺を“材料として、扱いたい”という大よそ人間が抱くようなものではない執着だ。
どんな考えに至れば、そう思うのか。
絶句した俺だったが、ラトテップさんはそんな俺を心配そうに見やりながらも話を続けた。
「私は、あなた達を捕える計画を教えられた際に、機械の重要な部品としてツカサさんの話を聞かされました。あなたが“黒曜の使者”であり、この世界に害を齎す災厄であるので、駆逐せねばなるまいと。しかし、彼が言うあなたの本性は……異常で……そのため、あなたがその災厄だと最初は気付きませんでした」
「なるほど……だから、フォキス村では何も言わなかったんですね」
「ええ、ヒノワの人族の名前は特殊で覚えにくい上に、響きが短い名が多くて耳慣れないので……。しかし、今思えばあの時に私も警告すべきでした……」
すみません、と頭を下げる相手に、とんでもないと首を振る。
ラトテップさんは命じられていただけだし、そういう事情ならレッド達に手を貸すのは仕方のない事じゃないか。それに、今は俺を助けようとしてくれている。
だったら、怒りを向けるべきは彼じゃ無く、ギアルギンだ。
気にしないで……とは言っても気にすると思うので、俺は話を進める事にした。
「ラトテップさんが俺を知ってる理由も、俺が必要な理由も何となく解りました。俺が禁忌の書にも出てくる【機械】の重要な部品だから、ここに連れて来たんですね。そして、その【機械】は、黒曜の使者を無力化して……多分、燃料に出来るもので、だから、ギアルギンは俺に連日変な事をさせていると」
「大体そんな感じです」
「でも、ギアルギンがどうして“黒曜の使者”は俺だって知ってるのかも謎だし、そもそも、古い書物にだけ記述されてる存在の黒曜の使者を、どこで知ったのか……。俺、アイツが悪い事をしてるのを一度止めた事があるけど、それだけじゃ俺が何者かなんて判らないでしょうし……」
ラトテップさんも、そこが解らないとばかりに頷く。
「ええ、そうなんです。私も【十二議会】の方々とギアルギンに聞かされて、初めて禁忌の書の内容を知りましたし、神と争う存在が居た事も知りませんでした。部外者が知っているはずがない情報だったんです。だけど、あの男は“古代の知恵”と古代の誓いを携えて現れた……。それが、文明神アスカーの登場を想起させて、議会の強硬派を魅了したのかも知れません。今となっては、愚かしいと思うばかりですが……」
「…………」
プレイン共和国は、技術者至上主義だ。
曜術師を最も尊い存在として上位に据え、その下に厳しい階層を作り上げている。それは国教であるアスカー教というものの経典が、基になっていたのかも知れない。
だから、議会の人々は“進化”の誘惑に抗えず、いとも簡単にギアルギンの口車に乗ってしまったのだろうか。
マグナに恐ろしい【機械】を作る手助けをさせて、俺を【機械】に組み込んで完全にモノにしようと、簡単に考えてしまうくらいに……。
でも、そんな事を良しとするなんて、普通の思考ではない。
ラトテップさんもそう思っていたのか、顔を歪めたまま俯いた。
「私も、最初は進化と平和に魅了され、ただ従うだけの兵士でした。ですが……罪を犯して、目覚めたのです。この国は、異常だと。……だからこそ、あなたを救い、レッド様をギアルギンから引き離さなければならないと思った。……あなたが、この作りかけの“アニマパイプ”に組み込まれ、人でなくなる前に」
「――――……!」
やっぱりこれは、同じ物なんだ。
オーデル皇国に有った物と、同じ物なんだ……!!
思わず大声を出しそうになって口を押えたが、ラトテップさんは続けた。
「ツカサさん。今から私が、あなたの恋人達の捕らわれている場所へお連れします。今はまだ逃す事は出来ませんが、もし私が居なくなっても、あなたが彼等の所へ辿り着き、いつでも逃げ出せるように……その手助けを、しておきたい」
その言葉に、俺は今度こそ耐え切れずにラトテップさんに詰め寄ってしまった。
「ほ、ほんとですか!?」
ブラックに、クロウに会える。
二人が無事かどうか確かめる事が出来るんだ……!!
目を見開いて相手のマントを強く握ってしまう俺に、ラトテップさんは眩しそうな顔をしてこちらを見つめ返すと……ゆるく、微笑んだ。
「今はまだ、引き合わせる事しか出来ません。ですが……きっと、あなた達をこの場所から、逃がしてみせます」
彼の罪がどんなものなのか、俺には解らない。
罪という度に苦しげな顔をするラトテップさんを見ると、聞く事が出来なかった。
だけど、もう、それよりも俺は……情けない事に……今の言葉で、感情を我慢出来ないくらいに舞い上がってしまっていて。
ブラックとクロウに、やっと再会できると思ったら、もう……それ以外のことは、頭からすっぽぬけてしまっていた。
→
※次やっと会えます…(;ω;)
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