異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編

29.どうか、そのつぐないを

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 レッドが完全に俺を支配できるようになったって、なんだ。
 心を壊すって……まさか……。

 すぐに何をされるか察して青ざめた俺を見て、ギアルギンは笑う。
 こうなったら、何とかして逃げなければ。
 そう思って、俺は思わず相手の手を掴んで抵抗しようとした、が。

「だから、最初に言いましたよね?」

 ギアルギンがそう言って、唐突に俺の首輪から手を放す。放り出されたような形になって、俺が思わず顔を上げたと同時。
 うなじに、ざくりと何かが刺されたような感覚がした。

「――――ッ!?」

 い、たい。
 痛い、なんだこれ、痛い、痛い痛い痛い痛い!!

「あ゛ッが……! あ゛ぁあ゛ッああぁああ゛ああ!! があぁあ゛あ゛あ゛!!」

 喉が引き絞られる。うなじからじわりと全体の神経を握り潰すような強烈な痛みが襲ってきて、体が痙攣けいれんを起こす、痛い、それだけしか考えられなくて、足がり手が空中を掻きむしって救いを探すが、痛みは止む事が無い。

 唾液だえきがとめどなく溢れて喉でがらがらと嫌な音を立てる。
 悲鳴を上げているはずなのに耳はどくどくと血が流れる音で何も聞こえなくて、俺はのた打ち回る事も出来ずにただ口を開け続けた。

 涙で歪む視界の端で、ギアルギンがこれ以上ないくらいに笑っている。
 俺の姿を見て、額に手を当て空を仰ぐように大きく体を曲げて笑っていた。

 何か言ってる、わからない。痛くて、喉が詰まって、声が、出ない。

「ひっぐ……ぃ゛、ぎっ……」

 痛くて、体が痺れて来て、息が出来なくなってくる。
 意識が飛ぶ寸前の痛みがずっと体の中で続いていて、失神したいのに出来なくて、体がガクガクと震える。そんな俺に、ギアルギンが何か、言って……――

 唐突に、がくんと俺の体が弛緩した。
 ……いや……痛みが、なくなったのか。

「はははは! 良いですよ、虫けらみたいで! 無様ですね、神を屠る存在が、私の枷に蹂躙されて悶えるなんて……クッ、ククク……ッ! ハハハハハ!!」
「っ……ぐ……」

 体が、うごかない。
 心臓がドクドク言ってて、目も動かせないくらいに体が疲れてる。
 立ち上がろうとしても指一本も動かせなかった。

「ああ、言い忘れていましたがね、枷は主人の命令があれば約束を破らなくても発動出来るんですよ。人族というものは、例え所有物がお利口にしていても、自分の物と思えば壊してみたくなるものなんですねえ」

 なに、言ってるんだ。
 わかん、ない。壊して、って……。

「フフッ。おい、お前らもういいぞ。連れて行け」
「はっ。……しかし、本当によろしいんですか? 彼はレッド様の花嫁では」
「構わん、餌にしただけだからな。それに使い捨てのガキだ。お前らで良いように使って、今までの憂さを晴らすがいい。早くしろ」
「ははっ、ありがたく賜ります」

 誰が喋ってるのか、解らない。
 体が浮いて、頭がガクンと仰け反った。

「ゲホッ、ガっ、ぐ、ぁ゛」

 飲み下しきれなかった鼻水か唾液か解らない何かが喉を伝って、咳き込む。
 だけど霞んだ視界と感覚が鈍くなった体では「運ばれている」としか判らなくて、俺はどこかに連れ込まれて、床に寝かせられた。

「う゛……ぅ……」

 明るい部屋なのに、すぐ暗くなった。
 どうしてそうなるのか解らず、視線だけでもと必死に動かして上を、見ると――
 そこには、俺を取り囲んでいる同じ服装の男達が居た。

「ツカサちゃん、だっけ?」
「そうそう、ツカサちゃん。可愛いよなぁ、ホントに十七かよ」
「十二歳でも通じるんじゃね? 少年趣味の奴にはたまんねぇよなあ」
「ハァ、ハァ……た、たまんないなぁあ……ぶかぶかの服着て、もう犯された後みてえにボロボロじゃんか」

 聞こえる声だけでも、気持ち悪い。
 だけどその声以上の目が自分を見ているのを微かに感じ取れて、俺はこのままではヤバいと必死に逃げようとした。でも、体が、動かなくて。

「首輪のせいで体がまだビクビクしてるわ」
「はーいツカサくん、脱ぎ脱ぎしようねぇ~」

 体を仰向けにされて、両手を無理矢理バンザイの形に上げられる。
 何個も顔らしき輪郭が見えるのに、ぼやけてて、解らなくて。怖がったり怒ったり抵抗しなくちゃいけないのに、痛みで意識が朦朧もうろうとしてて、されている事は解るのに、俺は成すがままにされる事しか出来なかった。

「こんな可愛い子捕まえて材料だなんて、伯爵さまも勿体ねぇよなぁ」

 上半身が空気に曝されて寒くなる。
 思わず眉を顰めた俺に、周囲が笑い声を漏らした。

「なんだこりゃマジでガキの体じゃん、しかもすっげー柔らかそう……」
「ああ~ホント伯爵様には感謝だわ……! 俺さあ、この時期のオトコノコ、抱いて見たかったんだよなぁ~。娼館でもぜんっぜん入って来ねえし、この感じの」
「ガキだと法律に触れっからな。でもこいつ十七だって言うし、合法じゃね?」
「ははは、げぇねえ」

 嫌だ、体に、なんか触って来る。
 なんだこれ、気持ち悪い。沢山あって、胸も、腹も、脇も、触られてる。
 湿ってて、こんな、こんなの…………これ……人の……手……?

「っ……! ぃ、あ……!」

 やだ。嫌だ。触るな。気持ち悪い、触るな……!!

 抵抗しようとするのに、体がまだ上手く動かない。そんな俺を見て兵士達は笑い、今度は下半身にも手を伸ばしてきた。
 ふくらはぎ、太腿、内股を触って、それぞれに揉んでくる。
 誰がどこを揉んでいるのかすら判別は付かないのに、だけど、他人に触られている事だけは解って、それが嫌で仕方なくて。

 逃げたいのに、手も足も固定されてて動かない。
 沢山の手に触られて、揉まれて、怖くてしょうがない。
 段々と感覚が戻って来るのすら拷問に思える程で。

「い、やだ……っ。やだ……やめ、ろ……っ!」
「おっ感覚戻ってきた? そうでなくっちゃな」
「じゃあここも感じるかなぁ?」

 立ち上がってすらいない乳首と股間を、揉まれる。
 急所を握られて思わず体が跳ねたけど、そんなの気持ちよく無くて、ただ怖くて。

「や、だ……やだっ、やだぁあ……!」
「ハハハ、もう泣いてるわ。可愛いーなぁ、ツカサちゃんは~」
「ほら、泣かないで。たくさん気持ちよくしてあげるからさあ」

 ズボンに、手が掛かる。
 やめろと言う間もなくそのまま思いきり引きずりおろされて、俺は思わず「ヒッ」と声を漏らしてしまう。それが兵士達には面白かったようで、はだけたシャツ一枚になった俺を見つめながら、それぞれに笑っていた。

「なに、ツカサちゃんてそんな男知らないの?」
「俺達が教えてやっから、ほら、可愛いチンチン見せてみな」
「そうそう、泣いて善がるくらい躾けてやるからよ」

 複数の手が、閉じた俺の足に群がる。
 開きたくないと思って力を入れたのに、大人数に捕えられたら、俺の力なんて無いも同じで。必死に抵抗しようとしたのに……その場の全員に見せつけられるように、大きく開かれてしまった。

「――~~~……ッ!!」

 大きく開かれ過ぎて、足が痛い。
 閉じたくてもどうにも出来ず、周囲の視線が俺の股間に集まるのが居た堪れなくて、俺は身をよじった。でも、無駄で。

「うわー、本当に子供チンコじゃん。十七歳とか嘘でしょ?」
「どこもかしこも薄紅色って感じだな、ホントに処女なんじゃねえのコイツ」
「はぁあ……興奮してきた……っ」

 四方八方から下卑た声が降ってくる。
 聞きたくないのに、耳を塞げない。でも目を瞑ったら余計に酷い事をされそうで、ただ震えて拒否をする事しか出来なかった。

「や、だ……やだ……! 見るなぁ……!!」
「可愛い声だねえツカサちゃん」
「ちょっ、俺に味見させて」
「バカ言うなよ俺がやるって」
「じゃあ俺はケツを仕込んでやるよ」

 無数の手が、伸びて来る。
 一番触れられたくない場所にまで手が伸びるのが恐ろしくて、そこまで蹂躙されてしまったら、もうブラックとクロウの顔をまともに見られない気がして。
 それが、一番嫌で。

「ぃ、いやだっ……お、おねが……触らな、で……っ!」

 また涙で霞んできた目で、必死で訴える。
 だけど、兵士達は笑うだけで、それどころか俺の情けない懇願で更に目に嫌な光を灯して触れようとして来て。

「や、だ……ぃ、やだぁ……!!」

 必死に逃げようと体を動かすけど、手が伸びて来るのを止められない。
 兵士達の手が、大きく開かれたそこに、いやだ。そこだけは。それだけは、やだ。触らないで、いやだ、触るな、やだ、やだ……!

「い、やだ……助けて……!」

 もう情けなくても良い。犯されない為なら、なんでもする。だから。
 そう思って、今出せる精一杯の声で、叫んだ。と――――

「お前ら何をしてる!!」

 声が、聞こえて、左足がいきなり自由になった。

「え……?」

 驚いて、目の前を見る。すると、そこには……黒いローブをなびかせて兵士達を蹴り倒した……ラトテップさんが、いて。

「らと、てっぷさ……」
「ツカサさん、大丈夫ですか!?」
「おい何だお前!!」
「斥候部隊か!? 何しにきやがった!」
「うるさい!! お前らなんて事を……!!」

 ラトテップさんの今までに聞いた事も無いような怒鳴り声に、俺を戒めていた兵士達がすぐに手を放してラトテップさんへと向かっていく。
 俺はまだ痺れた体を必死に起こしながら、ラトテップさんを見た。

 斥候だと言っていたラトテップさんは、兵士達を相手に体術で戦っていた。だが、やはり多勢に無勢なのか、ラトテップさんは徐々に押されていって。
 俺を、助けてくれたのに、俺はどうすることも出来なくて。

 た……助けなきゃ。このままじゃ、不利過ぎる。
 そう思って、手を伸ばそうとした、所に。

「お前ら何をしている! ツカサはどこだ!!」

 兵士達の群れで隠れている真正面から、レッドの声が聞こえた。

 ……え……レッド……?
 あ……やば、い……これじゃ……

「ツカサ……お前……なんて、格好を…………」

 レッドが、俺を見る。見てしまった。
 思わず硬直した俺に、レッドは目を見開くと――――

「貴様ら…………殺してやる……ッ!!」

 止める間もなく、その体から一気に炎を放出した。

「――――!!」

 目の前で、レッドの体が一気に赤い炎に包まれる。その炎は火山のように火の粉を撒き散らしながら立ち昇り、一気に部屋の中に広がった。

「ああ゛あ゛ぁあ゛あああ゛!!」
「クソッ、てめえええ!!」

 兵士達が叫んでいる。さっきまで俺を囲んでニヤついてたのに、今は動けない俺の目の前で炎に囲まれて、叫びながら誰かと戦っている。
 レッドは剣を抜き、ラトテップさんは……そうだ、ラトテップさんは!?

 さっき兵士達に囲まれてたけど、もしかして怪我して動けないんじゃ……いきなり炎に巻かれて逃げられて無かったらどうしよう。
 助けなきゃ、ラトテップさんを助けなきゃ……!

「っ、く……っ」

 幸い、炎は何故か俺だけは避けている。
 部屋中に巻き上がったと言っても、レッドの炎はいくつもの円柱のように湧き上がっていて、むらが有るから避けられないほどじゃない。
 熱と火の粉で兵士達は混乱してるけど、冷静に見れば逃げられなくはないんだ。

 体は、動けるようになってきた。どうにか立てそうだ。
 だから早くラトテップさんを探さないと……。
 そう思って、震える足で立ち上がろうとすると、炎の向こう側から誰かが俺の方へと走って来るのが見えた。

「ツカサさん!」
「あっ、ラトテップさん!? 良かった、無事で……!」

 俺に駆け寄ってきたラトテップさんは、どうやら怪我などはしていないようだ。
 思わずホッとすると、相手は照れくさそうにゆるく笑った。

「私を心配するなんて、本当にツカサさんは優しいですね……。さ、レッド様が兵士を翻弄している内に逃げましょう。こうなったらもう逃げるしかありません」

 そう言いながら、ラトテップさんは俺が着ていたシャツを前でまとめると、俺を立たせようと手を伸ばしてきた。
 俺もそれに応じ、近付こうとして相手を見上げると――背後から、炎を突っ切って人が飛び出してくるのが見えた。そいつは、目を見開き怒りの形相に顔を歪めて腕を振り上げて来て。
 青い瞳を、爛々と光らせていた。

「――ッ!! れっ……!」

 レッド、と、言う前に、相手の拳がラトテップさんの背中をえぐった。

「ッあ゛ぐっ……!!」
「ラトテップさん!」

 思わず叫ぶが、怒りに支配されたレッドには俺の声が聞こえなかったらしく、横に吹き飛んだラトテップさんに剣を引き抜きながら近付く。

「ツカサによくも……こんな不埒ふらちな真似を……!!」

 炎の明かりで光る剣の切っ先が、うずくまるラトテップさんを映す。
 このままじゃ、ラトテップさんが殺される……!!

「レッド、違う、ラトテップさんは俺を助けてくれたんだ!! やめて!!」

 火の粉も気にせずに、俺は必死に立ち上がってレッドの足にしがみ付く。
 情けなく倒れ込んでしまったが、だけど、それでやっと相手は正気を取り戻したのか、俺に気付いてぎこちなく問い返してきた。

「た、助けた……!?」

 よかった、まだ理性は残ってたんだな……。
 ホッとして、俺は何度も頷いてレッドに伝える。

「そう、助けたんだ! ラトテップさんは何もしてない! だから、ダメ……っ」

 息苦しくて、思わず手が離れる。
 レッドは倒れそうな俺に思わず手を伸ばし、体勢を崩した。その、刹那。

「このクソ餓鬼ぁあああああ!!」

 炎の中から、火だるまになった兵士がレッドに切りかかる。

「――――!!」

 気付くが、間に合わない。俺に気を取られたレッドには体勢を立て直す暇がない、俺も、兵士を退けるだけの力が残って無くて。
 目の前に居るのに、兵士の炎をまとった剣がレッドに振り下ろされるのを見ているしかない。助けようとして手を伸ばすが、もう間に合わなかった。

 剣が、レッドに達する。そう思って目を見張った――――瞬間。

 レッドと兵士の前に、黒い影が走って
 炎の色とは違う赤色を撒き散らしながら…………崩れた。

「…………え……?」

 火だるまになった兵士が、炎に耐え切れずに倒れる。
 レッドも俺も何が起こったか判らなくて、ゆっくりと崩れ落ちたモノを見た。
 俺達の目の前に横たわり、赤い、鉄臭い液体を流している、そのなにか。
 なにか、は。

「ら、と……てっぷ、さ……」

 なん、で。
 なんで、何でラトテップさんが!

「ラトテップさん!!」

 レッドから離れて、ラトテップさんを抱き起す。
 思わず自分の腰の辺りを探ったけど、今の俺には何もない。ボロボロのシャツを纏っているだけで、バッグも、回復薬もなにも持っていなかった。
 だけど、ラトテップさんはそんな俺を責める事も無く、ただ、俺を見て微笑んで。

「ああ……よか、た……おふたり、を……守れましたね……」
「ラトテップさ……」
「な、何故……ッ! 何故俺を助けた!」

 声にならない俺の横で、レッドが焦ったようにラトテップさんに叫ぶ。
 俺の膝の上のラトテップさんは、血の気の薄い顔で微笑んだ。

「……わた、しは…………あなた、に……殺されても……ゲホッ……仕方、ない、事を……しました……」
「え……」
「償う、ために……ツカサ、さんを……助け……レッド、さまを…………正しい、道に……もどす…………ゲホッ……ぐ、ぅ……!」

 ラトテップさんが血の塊を吐き出す。
 その度にどんどん抱いている体が冷たくなって行って。

「だめ、もう喋っちゃだめだラトテップさん!!」

 必死に口を閉じさせようとするけど、でも、相手は首を振って、体を抱き締める俺の手をゆるく握って来た。

「もう、長く……ありません……。それ、より……伝える事……」
「な、なんだ、何を伝えるんだ!」

 レッドがラトテップさんに詰め寄る。
 そんな相手に、ラトテップさんは笑って――――告げた。

「あ、なたの……おとう、さま……殺した……のは、私、です……。だか、ら……私、は……あな、た……たち……守り、たかった…………」
「え…………」

 レッドの父親を……殺した……?

「どう、か……私、が、死んで……気に病まない、で……これは……償、い……」

 そう、言って。
 そう言って、ラトテップさんの、目が、閉じて。
 俺の手を優しく握ってくれていた、手が…………落ちた。

「あ……あ、ぁ…………」

 嘘。嘘だよね?
 ラトテップさん、起きてよ。なんで、ねえ、何で起きないの。
 なんで冷たいの。この部屋、炎でこんなに熱いんだよ、ねえ、起きてよ。
 ラトテップさん、ラトテップさん……!!

「あぁあ、ああぁあああ……!!」

 俺が、俺が何も出来なかったから。
 回復薬も持ってない、術も使えない、何もできない、何も出来なくて、犯されそうになってたから、助けを求めたから、レッドを怒らせたから全部、全部全部全部全部全部全部俺の、俺が、俺が、俺がラトテップさんを、助けてくれた、ラトテップさんを……――!!

「ああ゛ああああ゛あ゛ああああああああああああ゛あ゛……――――!!」

 何かが、弾ける。

 だけどもう、何も判らない。
 俺は体を支配する衝動に飲まれて、もう何も判らなかった。

 緑色の光が体から溢れて、止められなくて、何もかもを覆い尽くす。
 それ以上はもう、わからず。

 ただ、目の前が暗くなった。















 ――世界協定・調査員の手記。



 その晩、一夜にして国の半数の兵士が狂い、大規模な地震が起こった。

 震源地である荒野のある場所には、大規模な地盤沈下と奇妙な植物に覆われた施設のような建物が有り、その施設の中に常駐していた兵士達はみな正気を失くし「地獄が見える」と呟いて怯え、心を病んでいたという。

 正気で生き残った片手で足りるほどの兵士達は、視界にいきなり植物が現れ、その後に地獄の釜が開いたかのような光景が広がった……と話していたが、それらしい現象が起こったのは一室だけにとどまり、彼らは皆なにかの植物による幻覚作用によって狂ったのではないかと言う結論が下された。

 ただ、奇妙なのは、何故この荒野に突然植物が大繁殖したのかと言う事と……
 誰が、何の目的でその施設を造ったのかと言う事だった。

 内部には何らかの部品を蓄えた部屋があり、黄金の色をした謎の液体が満たされたガラスの大きな瓶のような物が有ったが、それ以外は目ぼしいものはなく、研究施設のようにも思えるが、あまりにも中身が無さすぎた。

 しかし、倉庫には「外部の協力者からの報告」の通りに、リュビー財団から流れたのであろう数多くの鉱石や武器などが見つかり、その証拠も多く残されていた。

 これで、誰が何の目的でこの施設を造ったのかさえ解れば――。
 調査に訪れた者達はみなそう思ったが、しかしそれは無理と言う物だった。

 辛うじて正気を保てた兵士達は、末端の者で事情を何も知らない。
 その他の兵士達は心を病んでいて、すぐに話を聞ける状態ではなかった。

 末端の兵士達の話では、この【工場】とやらを動かす【黒鋼の伯爵】という存在と何か大事な客がいたらしいのだが……残念だが、そんなような身形の相手は見つからなかった。

 何か事情を知っていそうな人間達は、最早存在しない。

 一夜にして、このプレイン共和国は崩壊してしまった。

 何が起こったのかも分からず、何が【十二議会】の過半数の人間の命を奪ったのかも判らぬまま。

 だが、調査に同行して頂いていた麗しき水麗候すいれいこうは、この惨状を見て何かに気付いておられたのか、ただ一言だけ、沈痛な面持ちで呟かれた。

「国を滅ぼしたのは……どちらかしらね……」

 ……そのお言葉の意味は、誰にも解らない。
 だが、そのような事は我々には関係のない事なのだ。

 人族の多くは、大陸のことを知らない。我々のような位の者は、国の高位の方々のお考えを知る事すらも叶わない。
 それが普通であり、そうでなければならない。

 知ってはならぬ事は、知らぬ方が良いのだ。


 そう、例え水麗候が憂えた顔をなさっていたとしても、口を出してはならない。
 何故ならそれはきっと――――


 只人が知れば、その内身を焼き焦がすであろう……毒に違いないのだから。















※ここで言うのもなんなのですが、近況ボードを動かすとアレなのでここで…
 遅くなりましたが、BL大賞投票&応援ありがとうございました!(*´ω`*)
 今年も応援&読んで頂けて、本当に嬉しかったです…!
 読んで下さってる方々には今年も大変お世話になりました!
 更新が遅れたりしても読んで下さるのが本当に嬉しくて、今年はとても
 励みになりました(´;ω;`)

 異世界日帰り漫遊記はとりあえず新年度までには第一部完と言う事で
 一区切りつけようと思っておりますので、よろしくおねがいします!
 来年も変態クズモブおじさん(イケオジ風味)なブラックと、少年漫画の
 キャラみたいなエロ猿で乙女回路持ちの意地っ張り少年ツカサを
 バリバリ書いて行きますので、来年もよろしくして下さると
 とても嬉しいです…!
 読者さんもよいお年をお過ごしください(*´ω`*)
 あと次から新しい章です!
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