異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編

42.箍が外れる音がする

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 我慢しない、って……じゃあ、まさかクロウ、マジで俺と……するつもりなの?

 いやいやいや待て、それは流石に冗談だろ。
 ブラックに散々釘を刺されてるんだし、俺だって「ブラックが嫌がるようなことは出来ないけど」って前に言ったじゃん。

 それなのになんで。
 クロウは今までずっとそれで良いって納得してくれていたじゃないか。

 ……そう考えて、俺は「もう我慢しない」の意味をやっと呑み込んだ。

 ああ、そうか。そうだよな。今までずっとクロウは「我慢」してたんだ。
 だから、散々約束を破ったことで堪忍袋の緒が切れて、俺のことを完全に見限ってしまったんだ。そんな奴との約束を守る義理は無いって。

 じゃあ、やっぱりクロウは俺の事を許してくれてなかったんじゃないか。
 それなのに俺は自分勝手に「許してくれた」なんて考えて、いつもの調子で色々と話しかけて、我慢していたクロウに遠慮なく頼って……。

「そんなに意外か。オレが約束を破るのが。だが、お前も散々オレとの約束を破って来ただろう。自分だけが好き勝手して良いなんて思っていたとでも?」
「そ……それは……そうじゃない、けど……」

 でも、俺が「クロウは約束を破らない真面目な奴だ」と思っていたのは事実だし、俺がクロウとの約束を破った事が有るのは確かだ。

 俺が約束を破ったのは確かに悪いことだし、怒られたって俺には何かを言う権利は無いけど、でもクロウの事を真面目だって信頼してた俺の気持ちまで否定されるのは嫌だよ。俺はそんな悪意を持ってクロウを見てたんじゃない。

 どうして受け取り方一つ間違えただけでこんな事になるんだろう。
 俺が悪い事ばっかりしてたから?
 だから俺の本当の思いも、クロウに伝わらなくなってしまったんだろうか。俺が、俺のせいで……。

「そうじゃないなら、オレがお前を犯してもなんの不思議もないだろう。オレはお前をはらませたいとずっと思っていた。オレのにすると何度も言っただろう。……なのに、お前はそれも忘れたのか」

 覚えてるよ。覚えてるけど、でも、クロウは待つって……。
 ブラックが許してくれるまで何年でも待つって、言ってたじゃないか。それなのに、ブラックがするなって言った事をやったら、クロウが酷い目に遭う。

 そ、そうだ。クロウは怒ってて、とんでもない事をしようとしてる。何もかも投げやりになっているんだ。俺がクロウの事を何とも思ってないと思い込んでるから……だから、俺に酷い事をしようとしてるんだ。
 ……いや、酷い事じゃ、ないけど……。

「でっ、でも……こ、こんなことしたら、クロウがブラックに」
「殺される、か? 弱く見積もってくれるなんてありがたい、涙が出るな。オレは、お前にとってはブラックに敵わない脆弱な家畜か。なるほど、よくわかった」
「ちが……」

 聞いてくれない。どうしよう。
 どうしてこんな風になっちゃうんだ。言葉が足りないのか?
 だけど、何を言っても、もうクロウには届かない。

「クロウ……!」
「お前はオレが触れたら感じてしまうと言った。それが本当なら、オレがツカサの体に触れ続ければ、犯して欲しくなるという事だな?」
「クロ……っ」
「オレがお前にとって“どうでもいい男”でないのなら、拒めない。そうだろう」

 それは、そうだけど。
 でもこんなの嫌だ。いつものクロウじゃない。こんなの、いつもの……

「…………」

 そう思って、俺は胸が痛くなった。
 ……いつものクロウだなんて、それこそ俺の思い込みだったんじゃないのか?

 クロウは、ずっと我慢して自分を抑え込んできた。今の乱暴な言葉だって、クロウの本心からの言葉なら……俺が否定する事は、クロウをまた傷つける事になるんじゃないのか。だけど、でも。

「どうして、こんな……っ」

 頭の中で、自分が今まで見て来たクロウと、今俺を組み敷いて冷たい顔をしているクロウが二つ同時に浮かんできて、うまくかみ合わない。
 その事に頭が混乱しているせいでどうすることも出来なくて、そんなんじゃダメだって解ってるのに、クロウを見上げる事しか出来なくて。気付けば、声は泣きそうな情けない声になってしまっていた。
 けれど、そんな声でクロウが許してくれるはずも無い。

 同情を買うような顔をすれば怒らせると解っているのに、バカな俺は馬鹿正直に顔を歪めてクロウを見つめるしかなかった。
 俺を組み敷いて、表情の見えない橙色だいだいいろの瞳で俺をじいっと見つめる相手を。

「拒めばいい。自分に正直になって良いんだぞ? オレのことなど、触れたくもないほどに遠い存在だと……!」

 硬直する俺に、クロウはそう吐き捨てる。
 どう返したらいいのか解らず瞠目した俺に、クロウは手を伸ばしてあごを掴む。
 そうして、顔を近付けて……――――

「ん――……ッ!?」

 目の前がクロウの肌の色でいっぱいになる。
 だけどその前にほおがくすぐったい。何かに口が塞がれて、なにか、ぬめる感触がくちびるに伝わってきた。この感覚、知ってるけど、知らない感じがする。
 そこまで考えて、俺はやっと自分が何をされているのかを理解した。

 キスされてる。お、俺、クロウにキス……っ。

「んんん!? んっ、ぅっ、んん……!」

 変だ、いつもとちがう。
 反射的にそう思った俺を抑えて、クロウは角度を変えて俺の口をもう一度食む。
 びくりと体を震わせて反応すると、顎を掴んでいる指に力が入って、無理矢理に口を開かされた。だけど、抵抗も出来ない。

 抵抗しちゃいけないのは解ってるけど、でも、まさかキスをするなんて。だって、キスはブラックだけがする事で、俺だってブラックとしかしちゃいけないって思ってたのに、それなのにどうしてこんな。嫌だ、やだよ、クロウやめて。

 「してはいけない」という強い拒否感が沸き起こって来て、クロウを押し戻そうとするが、筋肉の付いた大きな体はびくともしない。
 それどころか、抵抗できない俺の口の中に舌を、入れて来て……。

「んぅうっ、! んっ、んぐふっ、ん゛っ、んぅ、っん゛んん……!!」

 体が跳ねて、冷たい床から浮く。だけど簡単に押し戻されて、俺の大きな舌が探るようにぞろりと伸びて来た。
 歯をなぞって、俺の縮こまった舌を探って、巻き付いて来る。思っても見ない行動に体を波打たせてくぐもった声を漏らすと、クロウは奥歯の方へと舌を伸ばした。

「ん゛ん゛っ!? ん゛っぐっ、ぅう゛……!!」

 なにこれ、口の奥の自分でも触れないとこを、クロウの舌が撫でて来る。
 ブラックでもそんなとこ触れないのに、なんで。口の中がクロウの舌でいっぱいで、苦しい。ぞくぞくする。自分では触れられない上顎の奥の方を舌でつぅっとなぞられると、尿意にも似た感じてはいけない感覚が腰から下を強烈に襲った。

「~~~~~ッ!!」

 こんなの知らない。嫌だ、駄目なのに、ブラック以外とこんなことしたら、こんな風に、おかしなことになったら……っ。

 そう思って、ぎゅっと目を閉じた俺の耳に、遠くから音が近付いてきた。

「クゥウウウ~~~!!」

 なんの音だ。そう思ったと同時。

「ングッ」

 口の中から強引に長い舌が引き抜かれて、視界から影が消える。
 何が起こったのかすぐには判らなくて目を白黒させていると、裸の胸になにか柔らかい物が乗って来て、俺をいたわるように小さな手がぺちぺちと触れて来た。

 小さな手、って……。

「ぺ……ぺこりあ……っ?」
「クゥゥ~」

 ああ、そうか、俺がクロウに変な事をされてると思って助けてくれたのか。
 そう言えば時計を持って来てくれるって言ってたもんな、そりゃ戻って来るよな……だけど、タイミングが悪かったと言うか不運なめぐりあわせと言うか……。
 守ってくれたのはとても嬉しいんだが、これ……下手するとクロウが……。

「……ハハ……そうか、そこまでして逃げたいか」

 ああああやっぱりネガティブな方向に考えたあぁああ!
 違うってば、クロウが嫌だったんじゃなくて、これは事故で……ああもう思ってるだけじゃなくて言わないと分かんないんだっけ!?

「ち、ちがうっ、これは事故で……っ」
「事故? そいつはお前の獣だ、命令してオレを引き剥がそうとしたんだろう」
「そうじゃない、違うって……!」

 どうして伝わらないんだ。
 俺、嘘なんて言ってないよ。本当に、ペコリアが帰って来たなんて知らなかったんだ。なのにどうして信じてくれないんだよ。クロウにとって、俺はもう嘘つきでしかないのかよ、俺はもう信頼するに値しない存在なのか?

「泣けば何でも許されると思ってるようだな」
「っ、そんなこと、思ってない……っ。俺、本当に……っ」
「はは……いいさ、逃げるだけ逃げればいい!! だがな、ツカサ……オレは絶対にお前を逃がさんぞ……。もう遠慮はしない……どうせ、後が無いんだからな……!」
「……!」

 クロウの目が爛々と光っている。
 いつものクロウじゃない、まるで獲物を本気で狩る時のような、見た事も無い表情で笑っている。俺が見た事も無い、凄惨な笑みを浮かべて……。

 …………クロウなのに……クロウに、思えない。
 そう思ってしまった途端に、全身に鳥肌が立つくらい俺は寒気を感じた。
 まるで相手を拒絶してしまったかのように。

「クゥウッ! クゥー!」

 クロウの剣幕に、ペコリアが綿毛のような体毛を一気に膨張させて威嚇する。
 その声を聴いてか、他の場所にいたペコリア達が一斉に集まって来た。
 だが、クロウに立ち向かえるほどペコリアは強くない。戦ったら怪我をしてしまうだろう。そんなの嫌だ。

 咄嗟にバッグを取ってペコリア達を帰そうとするが、そうする前に俺はペコリア達にかつぎ上げられてしまった。

「ペコリア!?」
「くきゃー!! きゃふっ、きゃー!!」

 聞いた事も無いような声でクロウを一斉に威嚇しながら、ペコリア達は俺の服から何から全部を持って俺を外へ連れて行こうとする。
 もふもふした彼らの体毛の上に軽々と乗せられてしまった俺だったが、下りる事も考えられない。ただクロウを見ているしか無くて、そんな俺にクロウは悪い事を企むように顔を歪めた。

「逃げるなら、もう……どうでもいい……」

 目が、光っている。
 クロウの体から曜気が漏れて、炎のように揺らめいていた。
 この光景は、前に見たことが有る。これは、クロウが本気になって、いつもは隠している角を生やした時の……。

「クゥウー!」
「っあ……!」

 ペコリア達も危険を察知したのか、俺を抱えたまま台所を出た。
 そして、そのまま走り出す。クロウが居る台所は、曲がり角でもう見えなくなってしまった。その途端、急に体が震えだしてきて。

 …………うそだろ、俺、本当に怖がってるのか……?
 やめてくれよ、こんなこと思いたくない。
 クロウを怖い存在だなんて思いたくないんだ。
 だけど、体が震えてしまう。抑えようとしても、ガタガタと体が動いてしまった。

 何でこんな事になってしまったんだろう。
 俺はクロウと仲直りしたかっただけなのに、謝りたかっただけなのに、何故こんな事になってしまったんだろう。バカだ俺、これじゃ悪化させるだけなのに。
 ブラックに「したいようにすればいい」って言われて信用して貰ったのに、なんでこう上手く出来ないんだろう。こんな時どうすればいいんだ。

 どうしよう、ブラック、どうすればいい?
 俺はどうしたら良い、どうしたらクロウに許して貰える、どうつぐなったら、また元に戻って貰えるんだ。

 もうクロウには許して貰えないのか? 信じて貰えないのか?
 そんなの嫌だよ。だけど、もう何も思い浮かばない。どうしようもない。

 本当の事を言っても嘘つきと言われて、信じて貰えなくなって……こんな事になるなら、約束をした時にもっとよく考えておくんだった。
 クロウの事をもっと考えてあげるべきだったんだ。

 なのに、俺は、俺は…………っ。

「ブラック……っ、ぅ……どうしよう、ブラック……っ」

 涙が止まらない。ペコリア達に服を渡されたけど、視界が歪んでしまってすぐには着られなくて、俺は涙を拭いながら体を縮こませた。

 周囲の景色が変わって、遠くの方から何か音が聞こえた事すらも気にしないで。



   ◆



「本当に同行なさるんですか」

 うんざりした口調を隠しもせずにブラックが言うが、背後にいる相手は気にもせず「ええ」と頷いて意志の固さを見せつける。
 その様子にまた溜息を吐きたくなったが、飲みこんで息を吐くだけにとどめた。

(はぁ……困ったなあ……まさか女領主が付いて来るとは思わなかった……)

 真の制御室を発見してから数分、何事も無く休憩室に戻って報告を行ったブラックだったが、まさか探索に一番厄介な相手が同行を願い出て来るとは思わなかった。
 
 ツカサと駄熊を探しに行くと言ったのが悪かったのだろうか。
 この女領主はどうやら責任感が強いらしく、安全地帯で待って居れば良いものを、何を考えたのか「私の責任でもあるから私も一緒に探します」と言い出したのだ。
 全くもって迷惑な申し出だったのだが、一応彼女は依頼人でもあるし、領主と言う存在に目を付けられたら何かと厄介だ。

 そんな訳で、連れて行かざるを得なかった。
 結局、全員参加で探索する事になってしまったが、ツカサと駄熊のアレコレを考えたら断っている時間が勿体ない。
 むしろ探すには人手が有る方がありがたいから、これで良いのだ。そうとでも思わないと、やってられなかった。

(しかし、どうしたもんかなあ……。これから行く場所がここと全く違う様相だったら、流石に言い訳に困っちゃうんだけど)

 あの秘密の部屋で見聞きしたことを全て伝える……のは少し危険な気がしたので、とりあえず「新しい区域の手がかりを見つけた」とだけ情報を流し、探索がてらツカサを探しに行ってくると報告したのだが、どうもこの女領主はそれを納得していない節がある。カンが強いのかそれとも彼女だけが知る情報が有るのか、ブラックの事も、全面的に信用している訳ではないようだ。

 それはお互い様だから構わないのだが、何故そのように疑うのかだけが解せなかった。相手が愚者とは言わないが、女にしては頭が良過ぎる。
 学が有る、というだけではない、何か言い知れないものが彼女には感じられた。

(そんな奴がいるのに黒曜の使者絡みの制御室を見せるだなんて、とてもじゃないが素直にハイどうぞとは言えないよなあ。せっかく素性は隠して源泉を修復しようって考えてた所だったのに、バレたら何を要求されるか分かったもんじゃない)

 ツカサはただでさえ狙われやすいのに、そのうえ相手に黒曜の使者の能力を知られたら、良いように利用されてしまうかもしれない。ツカサは女に弱いし、何よりこの女領主は口が回る。簡単に転がされて飼い殺しにでもされたら面倒極まりない。

(はぁ……。ツカサ君と離れ離れになっただけでもキツいってのに、あの駄熊の事やこの女領主の事まで考えなきゃ行けないなんて……本当に面倒臭い……)

 こんな事になるなら眠らせて置いて来れば良かった。
 そんな外道な事を考えていると……背後からまた女領主が問いかけて来た。

「所で、ブラック様。一つ質問してもよろしいでしょうか」
「……なんでしょうか」
「壊したいものを直接壊せない時に、もし間接的にヒビだけでも入れられるが見つかったら……貴方はその代替品を壊そうと思いますか?」
「…………?」

 何の質問だろう。
 振り返ると、女領主が真剣な表情でこちらを見つめているのが見えた。

(……なんだコイツ)

 意味が解らない。何故そんな下らない質問を急に問うてきたのだろう。
 興味のない相手に興味のない質問をされても何ら嬉しくないのだが、相手の機嫌を損ねるわけにも行くまい。仕方なく、ブラックは答えた。

「私には、何故そのような回りくどい方法を取るのかが解りません」

 相手の望む応え方をしてやる義理は無い。
 自分の答えたいように答えたブラックに、相手は暫く黙っていたが……フッと息を吐いて、悲しそうに目を伏せた。

「そう、ですね。貴方様のように全てを穿うがてる力が有ったのであれば……私のように、回りくどい事をしなくても良かったのでしょうね……」

 それがどんな意味なのかは、分からない。
 例え意味が解ろうとも、ブラックには“どうでもいいこと”でしかなかった。











 
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