異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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最果村ベルカシェット、永遠の絆を紡ぐ物編

43.嘘の純度

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 まず先に、私は謝らねばならない。

 レッド、こんな部屋を見せる事になってしまってすまない。
 お前を傷付けることが解っていたのに、この部屋を壊すことすら出来なかった力の弱い私を、お前の心が望む限りののしってくれ。

 それでお前の気持ちが晴れる訳ではない事も、傷ついた心が元に戻る事も無いのも解っている。だが、私にだけは容赦などしなくて良い。お前の心にこれ以上のくもりを残さない為にも……どうか、私を恨んでほしい。
 私は、お前に憎まれても仕方のない罪を犯してしまったのだから。

 いや、その罪を語れば、憎まない訳には行かなくなるだろう。
 お前の優しい心に憎しみの芽を植え付けてしまったのは、この私なのだから。

 ……前置きが長くなった。お前に伝えたかったことをしるそう。

 お前がこの部屋に来たと言う事は、きっとお前の母親……我が妻であるマルーンの死に疑問を抱き、自らの意志で探し始めたと言う事なのだろう。
 マルーンの死がお前にどう伝わっているのか私にはわからない。

 だから、もしお前が真相を知らなかった場合の事を考えて、この手紙を残した。

 今回の事は、私が臆病で弱かったがゆえに起きた事だ。
 そして、私が“統主とうしゅ”に成れなかった事が、全ての原因なのだ。

 私がマルーンを止められなかったから、全てが狂ってしまった。

 ――――事の起こりは、お前が五歳になったばかりの頃だ。
 それまでは私達は仲睦なかむつまじい夫婦であり、私も“統主”として立派な働きをすべく、第一座位・ヴォールをになう者として己の力をふるっていた。
 いま思えば自惚うぬぼれにもほどがあったが、その頃の私は、確かにマルーンとお前を守ってやれていると信じていたのだ。

 だから、私はお前達を残して長期的な遺跡の調査に出かける事も出来た。
 ……今思えば、本当に愚かしい。
 私は己のあやまちに気付くまで、その頃に起こった事すらも知らなかったのだから。

 そう。私が長い調査に出ていた頃。
 ちょうどその時に行われていた“華燭の儀”で、マルーンは今まで交流した事すらも無かった“ある一派”に声を掛けられたという。その時の事は私には知るよりも無かったが、者はどこにでもいて、その時の事を事細かく教えて貰った。

 その頃、次期当主の妻として一人で重圧に耐えていたマルーンは、やけに親しげに近付いてきた彼らにすぐに心を許してしまった。
 統主の娘として生まれながらも統主を継ぐ器ではなく、幼い頃から早く子を産めと急かされて生きて来たマルーンは、ずっと理不尽な現実に耐えていたに違いない。
 だから、優しく同情されてすんなり“彼女達”に心酔してしまったのだろう。

 マルーンには相談する縁者など一人もいなかった。本来ならば私が夫として彼女を支え、守ってやらなければならなかったのに、私は彼女の気位の高さに押されて、夫として彼女を受け入れるほど豪胆になれなかったのだ。
 それを思えば、幼いお前をたった一人で守らねばならなかった彼女が、今の自分を肯定してくれる者達に傾倒したのは仕方が無かったと私は思っている。

 だが、彼女達は残念ながら善なる者ではなかった。
 彼女達はおぞましい趣味を持っており、そして同時に享楽主義者でもあった。
 マルーンを引き入れたのは、彼女達の策略だったのだ。

 ……当然、私は気付かなかった。
 遺跡の調査にのめり込んだ私を余所よそに、マルーンはその一派と急速に親交を深めて行き、そうして……ある時彼女は……出会ってはいけない者と出会ってしまった。
 その“もの”と出会った事によって、マルーンは……変わってしまったのだ。

 私が帰って来た時には、もうマルーンはその“もの”のとりこになっていた。
 それでも、私と言う存在とお前がいたからこそ、お前の母親は私達をより一層大事に思ってくれた。それどころか、今まで以上に慈しんでくれるようにすらなった。
 罪悪感も有ったのだろう。だが、その優しさは嘘では無かったはずだ。

 だからこそ……その後“ある者”に会えなくなっても、しばらくは私達と今まで以上に穏やかで幸せな関係を築けていたのだと思う。
 ……しかし、その幸せは長くは続かなかった。

 お前が十四歳の頃、母親が物患ものわずらいのやまいを起こしたのを覚えているか。
 あれから、私達は三人ともが疎遠になって行ったような気がする。
 思えば、お前が十二の頃から、もうこの別荘に来る事は無くなっていたな。お前は気付かずに居てくれたと信じているが、実を言うと、あの頃からマルーンの物患いは発病していたんだ。それが酷くなって、とうとう十四の頃に耐え切れなくなった。
 恐らく、お前が学術院に通う時間が長くなった事も、マルーンの物患いが酷くなった原因の一つだったのだろうと思う。

 ずっと共に暮らしてきた息子すら離れるようになって、再びマルーンの心には穴が開いてしまったに違いない。それが、いけなかった。
 だが、本当の事を言うとあれは物患いなどではない。
 統主と示し合わせてそう言う事にしておいたが、実際は……物患いというよりも、色狂い……人に対して異常な程の執着を見せるようになっていたのだ。

 彼女は、かつて関係を持っていた“ある者”への情動が抑えられなくなり、その身を焦がすような苦しさから逃れる為に次々に人を誘い関係を持ち始めた。
 ……その過去を示すのが、この部屋なのだ。

 マルーンは、熱を求めるように人とかかわりを持った。
 その激しさは時に気に入った物をこの部屋に閉じ込めるほどで、伝統ある貴族としては、おおよそ認められる物ではない。それゆえに、統主はマルーンの色狂いを隠す事に必死になった。そのために、お前と母を引き剥がしたんだ。

 お前は理不尽な事だと思っただろう。
 止められなかった私を憎むのも仕方がない。だが、こうするしかなかった。
 マルーンの精神状態はとてもじゃないが、私を受け付けてくれなかったんだ。夫である私は、彼女と話す事すらも出来ないほど……こばまれていた。

 そうして始まった数年間は、お前にはより辛い物だっただろう。
 統主としての教育に、さらに貴族としての仕事が加わったのだ。空白の国の遺跡を調査するばかりで何一つ教えてやれなかった私は、それを見ているしかなかった。
 お前が立派になるのであれば、それでいいと言う思いも有ったのかも知れない。

 だが、事はそう簡単に運ばなかった。
 マルーンはとうとう衝動を抑えきれなくなり、かつて愛したある者を求めて、酷く発狂するようになった。そして、ある時ついに……耐え切れなくなったんだ。

 マルーンを救うすべは、何も無い。
 その時私は初めて自らの意志で決断した。いや、せざるを得なかった。
 精神の地獄で苦しむマルーンを救うには、これしかないのだと。

 そう、思って、私は
 マルーンを、手に掛けてしまったんだ。


 ……だから、私は逃げた。逃げて、どうしようもなくなった。
 今だって、今更いまさらこの地下室を消す事が出来ないかと思いやってきて、何も出来ずにまた逃げようとしている。私は結局逃げる事しか出来なかった。

 お前は私を憎むだろう。
 何も出来ないばかりか、お前の母親を殺した大罪人だ。
 憎んでも仕方がない。私はお前が悲しむ事をしてしまったのだから。

 だが、お前の母親に罪は無い。すべては私が引き起こしたことだ。
 私が彼女を止める事も出来なかったから、こうなってしまった。

 お前の母親は、最後まで間違いなくお前を愛していた。
 例え精神を病んでしまっても、お前の事だけは愛し続けていたんだ。
 私は、そんな彼女を殺した。病んでいく彼女を見たくなくて殺したのだ。

 …………もしお前が、私が消えた後もかたきを探し続けているのだとしたら、どうか、私を恨んでほしい。お前が望むのなら、私は喜んで討たれよう。
 その覚悟が出来たなら……一緒に箱に入れて置いた鍵を使ってくれ。

 その鍵は本来なら統主のみが使える“叡智えいちの扉”を開くものだ。
 私の居場所もきっと知る事が出来るだろう。

 信じられないかも知れないが……私は、今でもお前を愛している。
 お前はそれをうとましく思うかも知れないが、それだけは、信じて欲しい。
 いつもお前の幸せを願っている。

 願わくばお前が、最も幸せになれる道を選んでくれる事を祈る。







「…………」

 手紙を呼んだあと、レッドはただただ呆然ぼうぜんとして、立ちすくんでいた。
 まるで、今聞いた事が信じられないとでも言うように。

 ……俺は、そんなレッドに声をかけてやる事すら出来なかった。
 だって、どう慰めたらいいんだよ。逃げたと思っていた父親が母親を殺した真犯人で、しかもレッドが大好きだった母親には、別の顔が有ったんだぞ。
 一つだけでも大問題なのに、更にもう一つ信じたくない事実を重ねられたら、動けなくなるのも無理はない。手紙の内容は、そうなるほどのものだったのだ。

 そんな酷い話を、レッドは今、聞いた。

 母親は手も付けられないほどに我を忘れ発狂して、父親はそんな母親の暴走を止めようと罪を背負った。今すぐ動けなんてことも出来なくても当然だ。
 けれどブラックは何故か冷めた顔で壁にもたれ掛かっていて、どこか投げやりな感じを覚えた。何故そう感じたのかは分からないけど…でも、驚いているレッドを見て、何かを思った事は確かなようだった。

「結局なにもかも自分のせいだ、ってか。平和でいいねえ」

 どこか怒っているような声音。
 なぜそんな事を言うのかと問いかけるより先に、レッドがブラックを信じられない者でも見るような目で見やった。

「お前……ッ、なんて事を……」
「なんてこと? ハッ……それはこっちの台詞だっての。散々良いように人をもてあそんでおいて『アイツはいい奴だった』とか、本当笑えてくるんだけど。身内に甘すぎて涙すら出て来るね」
「な……お前に……お前になにが解る……!」

 レッドが必死に吐き出した言葉も、ブラックには響かない。
 ただ相手を冷たい視線で睨み、目を細めるだけだった。

「ああ分からないね。解りたくもない。僕はお前の母親の酷さを知ってるからな」
「……!?」

 何を言っている、とでも言わんばかりに顔を歪めたレッドに、ブラックはこれみよがしに肩を軽く動かしながら、深く溜息を吐いた。

「知りたい? 本当の姿」

 挑戦的な言葉。
 いつものレッドなら、ブラックの言葉を嘘だと断じて叩き落とすだろう。
 だけど、今は…………。

「…………俺の母親の……何を知っていると言うんだ……」

 あまりにも彼の思考を揺さぶる事が多過ぎて、レッドは我を見失っていた。















 
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