異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
1,173 / 1,264
廃荘ティブル、幸福と地獄の境界線編

25.例えそれが貴方を苦しめるとしても

しおりを挟む
 
 
 ――――モンスターを作り出す機械と、黒籠石こくろうせき

 エネさんから聞いたたった二つの言葉は、それだけで今聞いた話の点と点を繋ぐ。
 それほどの凄まじい意味とちからを持っていた。

「そう、だ……もし、黒籠石を元にモンスターを作り出せたとしたら……」

 口からこぼすようにかすれれた声を発した俺に、その場の全員の視線が突き刺さる。
 特に、両側からは息を飲む音がはっきりと聞こえてきた。

「だとしたら……犯人はアイツ以外に考えられようも無い……」
「バカな……本当にモンスターを人の手で作り上げただと……?」

 さもありなん。この世界の基準に合わせれば驚くべき事だしな。
 ブラックもクロウも『モンスターを造る機械』の事は理解していても、それを使用しモンスターを生み出していたのは、途方とほうもない昔……古代とも言えるかもしれない時代の頂上的な存在だと思っていたんだ。
 だから、今そんな事が出来るはずがないと無意識に思っていたんだろう。

 超古代の遺物は、時々「今の自分達には出来まい」という思いを抱かせる。
 特に、原理も何もわからない恐ろしい技術なら、そう思って触れようとは思わないだろう。下手に動かせば危険かも知れないからな。

 普通はそう思うからこそ、驚くのだ。出来ないはずの事を実現させられて。

 ……でも、俺も正直、こうなるなんて思っていなかった。
 数々の点が繋がれて線となった今では「アレはそう言うことだったのか」と思えるけど、その時点ではこうなる事なんて予測できないんだ。
 そもそも、俺達はその機械が存在する事を知っていても動かす事など出来ないし、中身がどうなっているかを理解する事も恐らく難しかっただろう。

 アレは、超古代の遺物……恐らくは、俺と同じ世界から来ただろう【黒曜の使者】が作ったデタラメな機構になっている機械のはずだ。
 人の想像した物を精確に辿たどるのは、最も難しい。
 だからこそ、それを読み解ける者が存在するなんて思わず、無意識に「あの機械が取られてしまったのか」と他人事のように思ってしまっていたんだ。

 こんな事なら、もっと気を配るべきだった。思い出すべきだったんだ。
 そうして早くクロッコの潜伏先を見つけていれば……被害が出ずに済んだのに。

「……ツカサ君、過ぎた事をくやしがっても仕方ないよ」

 不意にそう言われて振り向くと、ブラックが俺を見つめていた。

「ブラック……」
「ツカサ君の事だから、どーせ『もっと早く俺達が気付いていれば……』なーんて思ってるんだろうけど……大体、僕らにそんなヒマあったと思う? イスタ火山からずっと神族の浮島に監禁されっぱなしで、その後は落ちて記憶喪失だったんだよ? 絶対そんなヒマ無かったって。ここでの事だって、無駄な事じゃないさ。おかげで僕は腕も完全に直ったし」

 ね、と言いながら、ブラックはいまの皮膚のような白さを残す左腕を俺に見せる。ひじを曲げて見せつける腕は、確かにしっかりとブラックの腕として機能しているようだった。

「ツカサさん、確かにこの塵芥ちりあくたの言う通りです。しかし……ここに隠れていた事は、必ずしも良かったとは言えないと思いますが」

 相変わらずブラックと喋る時だけ言葉が刺々とげとげしくなるエネさんだけど、ブラックはと言うと、目を細めて勝気な顔をしながら「やれやれ」と言わんばかりに盛大に息を噴き出した。

「は? お前らと一緒に居たらツカサ君に集中して気を貰えないだろうが。今だって熊公が来てツカサ君の愛情が分散してるってのに、その状態じゃ絶対に今よりも治りが遅かったに決まってる。お前らはそうして時間を潰してもいいってのか?」
「ぐ……」

 珍しくエネさんが口籠くちごもる。
 ということは、彼女もそう思ってるって事なんだろうか。
 ……確かに二人きりじゃなかったら、俺もブラックの為にアレコレしようって思う事も無かったかも。だ、だって、早く治すための方法が、その……やらしかったし。

 そうなると、やっぱりブラックを治すのには時間が掛かったよな……。

「ほーら言えないじゃないか! ツカサ君が集中して僕に気を送ってくれないと僕は治らなかったんだから、これは正当なる休暇だっ、治療休みだ!」
「クッ……ツカサさんがこんなクズ外道の婚約者でなければ……」

 エネさん何か違う所で悔しがってませんか。
 それ確実に「正当な理由じゃ無きゃボコボコにしてるのに」って意味ですよね。

「フハハハ! ……ってな訳だから、ツカサ君は気にしなくて良いんだよ~。責任が有るとしたら、報告してたのに探しきれなかったコイツらが悪いんだから」

 おい、語尾にハートマークつけたような声音をだすな。
 ああでも、ちょっとホッとしちゃう自分がイヤだ。そりゃ、自分のせいじゃないよって言われたら心が軽くなるんだけど……でも、今までシアンさんは色々な情報を秘密裏に獲得してきたわけだし、それを考えると誰のせいでもないような。
 まあ、俺が悪いと言われたらもうハイって言うしかないんだけど……。

「……とにかく、今までの情報から推察すると……今回の事はクロッコの仕業としか考えられないんです」
「魔族に照会はとったのか?」

 クロウの問いかけに、エネさんは頷く。

「はい。人族がまだ知らない魔族かと思い連絡を取りましたが、あちらでも確認していない謎の種族と言うことでした。この件に関しては、既に適任者をベランデルンに派遣し調査して貰っています。間もなく詳細が解るかと」
「詳細が解ったら、どうするんですか?」

 もしそれで魔族だと判明したら、どうなるんだろう。何か同盟とかがあって無暗に殺したりは出来ないって感じになるのかな。でも、相手はモンスターだし、魔族にとってモンスターってのはどうなるんだろう……?

 獣人からすると遠い親戚でも殺すことに抵抗は無いみたいだが、魔族だとまた違う感情があるんじゃないだろうか。その事で「待った」をかけられたら、それはそれでヤバいよな……もう何人も昏睡状態におちいってるんだし……。

 心配になって俺が問いかけると、エネさんは一拍置いて答えた。

「結論がどうであれたおす事になります。魔族・神族・獣人族を含む全ての人族には、世界協定が取りまとめた不可侵条約が存在し、各種族の政治・宗教・領地などを不当な理由で侵す事は禁止されているのです。ですから、今回の理由なき侵攻が仮に魔族の物であったとしても、こちらが遠慮することは有りません」
「なるほど……。じゃあ、後は敵の情報がハッキリして、どう動くかなんですね」
「はい。そこで是非とも、ツカサさんとクロウクルワッハ様、そしてそこの塵芥ちりあくたにも前線へと出陣して頂きたいのです。……なにより、これがクロッコのやった事であれば、貴方がたにとっても……そうすべき事ではないかと」
「……それは、シアンの言葉か?」

 ブラックの少しイラついたような言葉に、エネさんも少し眉根を寄せたが頷いた。
 今はもう、争っている暇など無いのだとでも言うように。

「そうでなくとも……最前線の名を聞けば、ツカサさんは居ても立っても居られないと思います」
「え……」

 どういう事だ、と目を見張った俺に、エネさんは間髪入れずに続けた。

「謎の群体が目指しているのは、ベランデルン公国最東端の港町――――

 貴方達が滞在した港町である【ランティナ】なのですから」

 ランティナ。
 ランティナって、あの……俺が心の中で師匠と呼んでいる、マンガで良く見かけるような中国人っぽい感じのギルドマスター・ファランさんがいる、あの港町?
 海賊ギルドがあって、お祭りでにぎわうクジラ島という小さな島が有って、クロウと再会した……あの、気の良い港町が……襲われてる……!?

「そっ、そんな!! なんでそこに!?」

 思わず、席を立ってしまっていた。
 ガタンと大きな音を立てて椅子が倒れるが、気にして居られない。
 異様に興奮して息を荒げる俺に、エネさんは少し苦しげに顔を歪めて目を伏せた。

「それもまだ……分かりません。解らない事だらけなのです。ですが、我々にも一つだけ、確信できる事が有ります」

 それは、何なんですか。
 口に出す事も出来ずに表情だけでエネさんを見る俺に、相手は答えた。

 とても真剣で、迷いなど一つも無い顔で。

「謎の存在に倒され昏睡状態に陥った人々を助けられるのは、貴方だけだと」













 
しおりを挟む
感想 1,346

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...