異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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曜力艦アフェランドラ、大海を統べしは神座の業編

  そう来るとは思わなかった2

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「よーしお兄さんと一緒に隠れてような!」

 ナルラトさんは俺を荷物のように抱えて、船室へと続く階段を下りようとする。
 しかしそれでは、いざという時にブラック達に加勢が出来ないじゃないか。

 俺はあわててナルラトさんの腕から飛び出した。

「ンゴッ」

 ゴチンと音がして目の前に火花が飛び散る。
 う、うおおおぉ……頭ッ、頭を階段の角んとこで打った……ッ!!

「うわぁ何やってんだお前は! 急に飛び出すからだぞ!」
「う、うぐぐ……! こっ、ここで、ここで待たせて下さぃいっ……。俺、パーティーじゃ後衛で支援してるから、いざって時にそなえたいんですうぅ……」

 額を抑えてうずくまりながら言うと、ナルラトさんは頭上でハァと溜息を吐いた。

「はー、仕方ねえなあ……。危なくなったらすぐ下に行くからな!」

 おお、なんと話が早い。俺もこうありたいものだが、今は生憎あいにくと額が痛い。
 タンコブが出来てないだろうなと前髪をくぐって痛い部分を抑えながら、俺は船室に下る階段から上半身を出して辺りを見回した。

 ドアを抑えてくれているナルラトさんの足と、いまだに攻撃をしてこないクラーケンに向けて武器を構えている兵士達が見える。
 芋虫のように壁伝いに船首の方を見やると、船首中央にはブラックとクロウ、その周囲には兵士達が散っていて、少し離れた所に上官っぽい人の後ろ姿が見えた。まだあいつらは来てないんだろうか。

 気になって、もう少し近くで見ようかと体を動かしたと、同時。
 急に兵士達が騒ぎ出して、下方へと手を向け何かを打ち出し始めた。

 うわっ、なんかスゲーどんどん音がするんだけど。みんな何撃ってんの!?
 いきなり騒がしくなったので、兵士達が何の詠唱をしたのか聞き取れないが、この慌てようはもしかして……。

「うわあぁあ!! 来たぞおお!!」

 どん、と恐らく火球を放っただろう瞬間に、兵士の一人が慌てて船の縁から離れ、甲板に転がる。しかしその兵士を追跡するように、船の下から黒い影が飛び出した。

「うわっ……!! きっ、来た……!」

 俺の声が合図になったかのように、線上にどんどん“謎の影”が飛び上がってくる。
 まさか海の上から一気に飛び上がって来たのではとゾッとしたが、しかし兵士達の動きを見ていると、どうやら船体をスライムのように登って来たらしい。

 シアンさん達が言っていた事と一緒だ。
 ってことは、これから捕食タイムが始まるんじゃ……。

「おいっ、出過ぎだツカサ!」
「ぬぐっ」

 またもや首をアームロックされて引き戻される。
 だけどブラック達がついに危険な物と接触した以上、目を離す訳には行かない。
 俺はギリギリ首だけを覗かせて、引っ張られながら必死に戦況を見やった。

「うわぁあああ!」
「このっ、こっ、こいつっ、ぐわああ!」
「……うわ……こりゃひでぇ……」

 背後でナルラトさんが呟くが、まさにその通りだった。

 次々に線上に上がって来た謎の影達は、兵士達の攻撃など物ともせず、自分の標的とした相手にジリジリと近付いていく。そうして黒い体を波のようにぶわっと大きく膨らませ……兵士を一気に呑み込んでしまった。

「――――っ!」

 その姿は、まるでクリオネかエイリアンの捕食のようで、あまりにも恐ろしい。
 思わず息を飲むが、兵士を包んだ黒い影はそのまま溶けるように消えてしまった。
 ……後には倒れている兵士がいるだけだ。他には、何も無かった。

 確かに「消える」とは聞いていたけど、あんな、それこそ本当の影みたいにふっと消えてしまうなんて。そんな事ってあるのか。アレって幽霊か何かじゃないの。
 いや、待てよ。でも走って来るまでは確かに質量があったみたいだし、そうなるとやっぱりアイツらは普通のモンスターなのか……?

 でも「魔物生成装置」がどんな仕組みなのかも分からない以上、ソレが正しいのか間違ってるのかも判断が付かない。
 今はただ、一方的な蹂躙じゅうりんにただ抵抗するしかなかった。

「クソッ……! 手の空いた物はいないか! この役立たずを片付けろ!!」

 上官が物凄い嫌な事を言う。だけどそれを聞いて、ナルラトさんは俺の首から腕を外すと「はいはい!」と言いながら船首の方へと駆けだした。
 こういう時って「衛生兵ー!」とか言う場面だと思うけど、ナルラトさんはそんな役も兼ねているんだろうか。それとも、今は人手が足りないからかな。

 しかし、すぐにああして行動できるのは、流石兵士って感じだよな……。
 雑兵とかよく言われるけど、兵士だって訓練してる強い人達なんだから、本来ならこういう有能プレイがあってしかるべきなのかも知れない。
 こういう人達って普通の小説だと本当不遇だもんな……。

「うーん、俺みたいなのに蹴散らされるのはあの人達も嫌だろうな……」

 普通に強い主人公に一掃されるのは仕方ないと思うかもだが、俺は別に強い訳でもないし兵士達と比べると貧弱なんてレベルじゃないもんなぁ。
 無双はやってみたいけど、相手が人だと色々考えちゃう。

 …………って、そんな場合じゃなかった。
 ブラックとクロウは無事なんだろうか。

 ナルラトさんが既に倒れた兵士二人を引き摺っている姿の向こう側に、ブラック達が居る。二人も影と接触したのか、必死にその魔の手を避けていた。
 だけど、剣でいでも曜術で焼こうとしても、相手は全く動じていない。

 剣は突き抜けるし炎は吸収するしで、全然ダメージを受けていないようだ。それでいて触れたらゲームオーバーなもんだから、ブラック達も手が出せないみたいで。
 特にクロウは、こんな場所じゃ土の曜術も使えないし相手には拳も打ち込めないと来て、進退きわまっているようだ。影を一匹引きつけたまま、器用に人の間を縫って影から逃れていた。なんとも見事な回避っぷりだ。

 でも、あんな感じじゃいつかは捕まって昏睡状態にさせられてしまう。
 やっぱりどうにかしないと。しかし、どうすれば良いんだろう。
 曜術を使う? でもこんなに人が入り乱れていたら変な術は使えない。
 炎は駄目だ。木も、物理だから影には効かないだろう。土の曜術も金の曜術も俺は使えないし、水の曜術は……海の上を走って来たあいつらに通じるのか?

 一応、術式機械弓アルカゲティスも装備して来たけど、こうも混戦してたら撃てない。
 ノーコンの俺が器用に人を縫って影だけに曜術の矢を命中させるなんて、不可能としか言いようが無かった。それに、俺はそもそも“矢”の威力調整も出来ない。
 暴発させて船ごとドカーン、なんて事になったら、かなりヤバイぞ。

 じゃあ、俺に出来る事は無いのか。
 いっそみんなが昏睡状態になったら回復すればいいのか?
 いや、それも駄目だ。ここには“神霊樹の実”が無い。俺の曜気が切れて気絶……なんて事になったら、手遅れで死んでしまう人もいるかもしれないじゃないか。

 そもそも、昏睡状態は今までの人達みたいに長く続く物なのか?
 体が弱っている人がそうなったとしたら、耐え切れずに死んでしまう事だってあるんじゃないのか。……だとしたら……気軽に待つだなんて、とても……。

「ああもうっ、どうすりゃいいんだよ……!!」

 有効打が見つからない。何も思いつかない。
 このままじゃブラック達も捕まって昏睡状態にされてしまう。
 早く、犠牲が増える前に早く思いつかないと……!!

「うわぁああ!!」
「こっ、攻撃緩めるな、攻撃ー!!」
「えっ!?」

 悩んでいる最中だと言うのに、背後から慌てたような悲鳴が聞こえて振り返る。
 するとそこには――何故か今、急に動き出したクラーケンが……って、オイオイ! 待ってくれよ、なんで今動くんだ!

「あっ、ああぁああ……!」

 クラーケンの一番長い一対の触手が海面から引き上げられる。
 遥か空に掲げられたその触手は、先端が平たいヘラのようになっていて、見ただけで「何か良からぬ事に使われたら」とゾッとする。それほど大きかった。

 その一対の手を威嚇するように振り上げて、クラーケンはこちらを見ているのだ。
 ヤバい。このままだと船が壊される。絶対ヤバい!
 やっぱりここで見てるだけじゃだめだ、せめてクラーケンだけでも止めないと!

「くっ、クソ……!!」

 船室から出て、先程より浮き上がって大きくなったクラーケンを見つめる。
 その巨体が光をさえぎり、船体に相手の巨影が掛かったことに緊張しながら、俺はどうすればクラーケンを倒せるかと考えて息を飲んだ、が……。

「ゴォォオオオオオ」
「――~~~ッ!?」

 まるで竜巻のような音を響かせたと思ったら、クラーケンが動き出した。
 船尾に齧りついていたのにその触手を離し、こっちの方へ……って、こいつもしや船首に向かう気じゃないだろうな!?

 慌てて術式機械弓アルカゲティスを装備して迎え撃とうとする、が。

「ゴォオオオオオオオ」
「うぅううう……!」

 音が、凄い。腹の底から体を揺さぶるよう名凄まじい轟音が、俺をすくませる。
 なんだこの音、もしかして泣き声なのか!?
 驚くが、相手は止まらない。思わず耳を抑えた俺の方へ近付いて来ると、その掲げたままの一対の触手の片方を地面……いや、海面に落とした。
 なにか来る。だけど、何をする気だ。

 とにかく止めないと……!

 だが、俺が準備するよりも早く、相手は海面から再び触手を引き抜き、そして

 海水を飛び散らせながら、船首の床めがけて触手を叩きつけた。

「――――――ッ!!」

 どぉん、という轟音が響いて、バキバキと嫌な音がする。
 木が引き裂かれた時の何とも言えない音だ。
 その音と悲鳴や怒号が混ざって、その場が一気に混乱する。

 俺は、ブラック達が無事なのかどうか気になって船首を見ようとした。
 だけど、クラーケンは容赦なく第二弾を放つ。

「うわぁあああ!!」
「ヒィイッ!」
「お、お助けええ!」

 兵士達の悲鳴がそこかしこで聞こえて、次々とこちらに逃げ出してきた。
 だけど責められようがない、だってこんなの理不尽過ぎる攻撃だもん。
 俺は邪魔にならないように壁にひっつきながら、ブラック達が無事なのかどうかを必死に確かめようとした。けれど、すっかり混乱した兵士達が逃げ惑って視界を遮るせいで、ブラックとクロウどころかナルラトさんすらも見えなくて。

 ヤバい。どうしよう。行っていいんだろうか。
 けどブラック達に「来るな」と止められている。約束をたがえる訳には行かない。
 でも心配だ。心配だよ。どうしよう、行きたい、ブラック達の無事を確かめたい!

 そう思って。
 足が動き出しそうになるのを、必死に抑えていると。

「ゴォオオオオオ」
「~~~~っ」

 すごく近くで耳を劈くような音が聞こえて、再び耳をふさぐ。
 ガラガラと音を立てたのは、再び振り上がった長い触手だ。
 また、攻撃が来る。そう思って俺は青ざめたが――――

「え…………?」

 クラーケンは、一度こちらを見るように体を動かすと、そのままゴボゴボと盛大な音を立てて……海へと潜って行ってしまった。

「…………たす、かった……?」

 興味を失くしてくれたのか?
 分からない。もう一度来るかもしれない。今度は海中から突き上げて、船を壊してしまうかも知れない。駄目だ。気を緩めたらだめだ!

 今度は胸を抑えて、腕に装着した術式機械弓アルカゲティスに爪を立てる。

 もうまごついていられない。今度は、今度こそはクラーケンを撃たないと。
 そう、思ったけど……クラーケンは二度と浮上してこなかった。

「………………」

 本当に、助かったんだろうか。
 緊張が抜けきれず立ち竦んだままでいると、また声が聞こえてきた。

「おい、平気な奴ぁいるか!! 動ける奴は負傷したバカどもを医務室に運べ!! 昏睡状態になった奴らもだ!!」
「……!」

 そう、だ。立ち止まっていられない。固まったままじゃ駄目だ。
 俺にはやる事がある。俺に出来る事は、やらなきゃいけないんだ。

「ツカサ君!」
「ツカサ、大丈夫か!」
「っ!」

 この、声……。

 ぎこちなく振り返ると、そこには怪我も無くピンピンしている二人がいて。
 俺の方に、心配そうに駆け寄って来ていて。

「…………良かった……」

 こういう時にこんなこと言っちゃいけないんだろうけど。
 でも、俺は、心からそう思って……力が抜けてしまった。














 
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