異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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神域島ピルグリム、最後に望む願いごと編

6.そういう違いは判りたくないんだが

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 モノづくりと言うのは、まず情報が必要になる。

 材料を集めるその前から、何が必要で何をするかを確かめねばならないのだ。

 ――例えば、理想の陶器を作るとなると、最適な「良い土」を吟味してそれが存在する場所を把握しなければならないし、焼く温度や釉薬の調整も大事になってくる。要するに、作るにしてもある程度のレシピが必要ってコトなのだ。

 まあ、そういう例は陶器だけじゃないよな。
 薬だってそうだし、料理だってそうだ。全ての物はトライアンドエラーの末の産物で、最初からパパッと考えてササッと作れる物なんてどこにもなかった。

 だから、マグナが「手伝ってくれ」と言うのも解るし、急ぐ調査ではあるけど二日間の砦での足止めもちっとも不満じゃ無かったんだけど……。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛殺す殺す殺すあのクソガキ絶対に殺すうううう!!」
「マズそうだから骨まで燃やして良いぞブラック」
「早く走ってお願いいいいいいい」

 とんでもない暴言を吐き出しながら必死で走るブラックと、無表情でシュタシュタと手足を動かすクロウ。そして、ブラックに片腕で脇に抱えられている俺。
 傍目から見たら笑える光景だろうが、残念ながら俺達は笑えない。

「一周し終わったら入って来てくれー!」
「てめぇええええ絶対後でタコ殴りにしてやるううううう!!」

 遠く……いや、少し上の方からマグナの声が聞こえる。しかしその声の方向を見る余裕など今の俺達には無く、ただただ「右に砦柵、左に堀」という狭いコースをドタドタを走る事しか出来なかった。

 さもありなん。
 何故なら俺達は……今、異形達に追いかけられている真っ最中なのだから!

「っうぇ!? ブラック横っ、横から飛んでくる!!」

 堀を乗り越えようと、カエルのような足を持った異形が俺達の前方に飛んで来ようとする。しかしブラックはそれを素早く宝剣・ヴリトラで切り捨て、何事も無かったかのようにドタドタと走っていた。う、うう、腐っても伝説級の冒険者……。

 しかし俺達の後ろから執拗に追ってくる異形達は減る様子が無い。それどころか、走れば走るほど森から湧いて出て来て「獲物じゃあ!」とでも言わんばかりに色んな汁を垂れ流しながら追ってくるのだ。
 こうなるともう逃げるしかなかった。

 ……いや、最初から逃げるつもりだったけど、ブラックとクロウなら本当はこんな奴らけちょんけちょんに退治できるってのは知ってるけど、それをやるとマグナが困るから出来ないんだよね!
 だから俺達は馬の前に吊るされたニンジンのように、異形にわざと背中を見せつつ攻撃を避けながら逃げる事しか出来ないんだが……。

「ああクソもうすぐ一周だ、いいよなもう良いよな!? 上がるぞクソが!!」
「毎度のことながら面倒だな」

 ドドドドドと物凄い音を立てながら一塊になって追ってくる異形達を余所に、ブラックは軽く速度を上げて【ラピッド】と小さく口にする。
 瞬間、一蹴りしただけで体が軽く浮き、俺は思わずブラックにしがみ付いた。

「ふ、ふああ」
「ううんツカサ君可愛い! 後でたっぷり僕のこと労わってね」
「オレもだぞツカサ」

 砦柵の丸太を踏んで、いとも簡単に二度目のジャンプを行いながら俺にふざけた事を言うオッサン二人。こっちは急な浮遊感でそれどころじゃないってのに、本当にもう何でこいつらは当たり前のように超人なんだよ。もうちょっとこう、異形にドキドキしたとか有っても良いんじゃないのか。

 これじゃ浮遊感に胃がびっくりしてる俺が小物みたいじゃないか。腹を固定されて脇に挟まれてたら、絶対誰だってなるっての。違うからな、断じて俺がひ弱だからじゃないからな!!

「は~……しかしこれで何回目かね……」

 そう言いながら、ブラックは器用に【ウィンド】を軽く何度か掛け重力を相殺しながら負担ゼロで地面に着地する。クロウはと言うと、土の曜術である【トーラス】をちょっとだけ出して、うまく衝撃を殺していた。

 ……そう言えば二人とも曜術使えるし、ブラックは月の曜術師の限定解除級だから当然気の付加術もある程度使えるんだっけ……。
 そもそも剣術単体だけでも達人級だから、気の付加術はサポート程度にしか使わないみたいだけど、こういう応用力見ると差が如実に出て切ないなあ……。

 まあ、曜術って動揺とか興奮で心が乱れたら使えないし、集中しないと発動すらも出来ないワケだから、普段使わないのは納得だけども……はぁ、こういうのって本来なら後衛である俺の役目のような気がするのに、役立ててないのが悲しい。
 いや、そう思うなら前の段階で使えって話なんですけどね。

「なあ熊公、あのクソガキに駆り出されたのこれで何回目だっけ」

 俺を脇に抱えたままでブラックが言うのに、クロウが顎を擦りながら答える。

「そうだな……大体七回くらいだろうか」

 クロウも少し鬱陶しくなっているのか、曖昧な回数を答える。
 ……そう、もうお解りだろうとは思うが、俺達はあと少しで二ケタに届きそうなくらい朝からこんな事を繰り返しているのである。

 何故かって言うと、これがマグナの言う「手伝ってくれ」だからだ。

 ――マグナ曰く、調査隊全員が異形をノーダメで避けるのは不可能に近く、連戦を続けていると体力も消耗して良い事が無いので、それならば異形達を退けるための対策を考えなければならないのだそうな。

 それについては全員が納得したし、マグナがそれに対するヒントを持っているらしいので、最初はブラックですら期待していたようなのだが……それで俺達に頼んできたことと言うのが、この「砦の外に出て異形達に襲われてこい」と言う物で……。

 …………うん、いや、マグナはドSではない。俺達を殺したいわけでも無いのだ。
 それに、俺達もこの繰り返しが何を意味するのかくらいちゃんと理解している。

 一回目は俺達のニオイがついた物品を柵の外に吊るすだけだったし、回数を増す度にマグナから色々注文が付いて来たので、これには意味が有るのだ。
 しかし。しかし、こうも異形と戯れて疲弊する仕事をやらされると、申し訳ないが俺もマグナのことをどつき回したくなってくる。お前は俺達の負担がどんだけか解っとるんかと。お前の血は何色だと。

 しかし、それでも、冒頭思ったようにこの行動には意味が有り、情報と言うのは何かを作り出すために絶対に必要なものなワケで……。

「ツカサ、大丈夫か」

 先程まで物見櫓から俺達の事を見下ろしていたマグナが駆け寄ってくる。
 てめこの一人だけ高みの見物しやがってと思わないでも無かったが、これも曜具を作るための情報収集だから怒るワケにも行かない。

 人を殺しそうな目をするブラックを窘めて降ろして貰うと、俺はマグナに近付いた。

「俺はまあ、あの通り……そんで、情報は集まった?」
「ああ、お前達が頑張ってくれたおかげで異形の特徴が理解出来たぞ」
「……それ本当か」

 やはり攻略情報と言う物には全男子が興奮してしまうもののようで、これにはさっきまで怒っていたブラックも食いついて来た。クロウも何だか興味津々だ。
 そんな二人にマグナは頷くと、メモを記した紙を読み始めた。

「お前達には今までの実験で異形の五感についての確認をして貰ったわけだが……上から見ていると、あいつらはどうやら視覚や嗅覚で相手を察知している訳ではないようだ。試しに嗅覚を刺激しても、音を消して歩いても追って来ただろう」
「まあ確かに……だけど、じゃあ何を標的にして追って来てるっていうんだ?」
「ハナや耳で捉える以外にどう追えと言うんだ」

 クロウも少し疑問だったようで、首を傾げている。ちょっと可愛い。
 しかしマグナはそんな様子など気にせず、少し興奮した様子で拳を握った。

「それが驚いた事に“気”だ。あいつらは人族の体内を巡る“大地の気”の塊を知覚し俺達を的確に見つけ追って来ていたんだ!! おっと索敵と同じだって?」
「何も言ってないんだけど」
「それが違うんだな! いいか、索敵は周囲に己が支配した大地の気を散開させてぶつける事で対象を認識する術であるのに対し、こいつらは生命感知とでも言うべき未知の機能によって遠くからでも俺達を察知し無条件で襲ってくる。それが何を意味するか分かるか、ああそうだあの影もだ! 考えてもみろあの核も無い出来そこないのスライムみたいな物が無思考で動き無数に使役できたのもこの生命感知の特性が有ってこその事でこれによって一定の範囲に人族が現れると自動的に向かって来る誘導弾的な扱い方が可能となりああこの特性が有れば簡単にモンスターを追尾し殲滅できる超兵器が開発できる素晴」
「でえいストップストップ!!」

 ちょっとマグナ興奮しすぎ、やめろ、そのオタク特有の早口やめろ!
 俺はよく分かるけど流石にブラックとクロウはドンビキしてるんだってば!

 慌ててマグナの肩を揺すり正気に戻すと、相手は今更ながらにハッと気付いたような顔をして、恥ずかしそうに赤面した顔で俯いた。
 ああ、そうだろうよ。分かるぞその気持ち。

「す……すまん……つい……」
「いや、気にすんな。誰にだってあるさ」
「あるかなあ……」
「ブラックおだまりっ!! とにかく、あいつらは【生命感知】って能力を使って俺達を見つけてたって事だな」

 話を戻すと、マグナもすぐにいつものクールイケメン顔に戻って頷いた。

「そうだ。あいつらがこの砦の中に入って来なかったのも、五感が存在しないか極端に弱いせいで、木の曜気で囲まれている砦の中を知覚出来ないからだろう。こちらを感知できると言っても、精度は高くないようだしな」
「ふーむ……まあ言われてみれば確かに、知恵を付けて襲ってくる気配紋なかったしなぁ……。姿は違えどあの影と一緒だと考えると納得が行くかも」
「黒い影には意志らしきものがまるでなかったからな」

 ブラックとクロウは直に戦ったから余計に解る物が有るのだろう。
 ってことは、ほぼほぼマグナの予測を認めてくれてるって事だよな。もう怒ってないみたいだし、こう言う所は物分かりのいい大人で助かるぜ!

 しかし、相手がこっちの体内の大地の気を感知して来るって事は……生半可な術じゃあ無傷で突破も帰宅も出来ないって事だよな。

「マグナ、なにか解決策は有るのか?」

 そう問いかけると、相手は再び俯いて今度はフッフッフと笑った。
 あっ、これダメなパターンのやつ……。

「よくぞ聞いてくれたツカサ、こんな事も有ろうかと持って来て良かった!」

 そう言いながら、どこから出したのかと言わんばかりに目の前に突き出してきた物は……何か、オルゴールのような小さな箱で。
 これは、なんだろ?

「えーっと、これは……」
「ツカサ、ランティナで俺が白い靄の事について考えていた事は言ったな」
「う、うん」
「これは、それと同じ現象を作り出せる曜具だ。……とは言え、試作品だがな。だが、コレに今から改良を加えてあの異形共の近くを鈍らせる事が出来れば、誰も異形に襲われる事無く【神域】に辿り着く事が出来るぞ!」

 画期的な発明だろう、と目を輝かせるマグナ。
 俺は思わず「凄いな!」と言ってしまったが……本当は、背筋をざわつかせる悪寒が止まらずはしゃいでいないとどうにも出来なかった。

 だって、それって。その機能って……――
 クロッコが既に持っている【白煙壁】という何かと、一緒じゃないのか?

「敵の尻尾を利用するなんて、思ってもみなかったなあ」
「……ムゥ」

 マグナには恐らく、ただの独り言にしか思えなかっただろう。
 だけど、俺達は少なくともブラックの言葉の意味を理解している。
 その事がどうにも後ろめたくて、俺は何も言えなかった。












※連日かなり遅れて申し訳ないです…_| ̄|○

 
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