異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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王都シミラル、貴族の陰謀と旅立ち編

4.幸運と不幸は紙一重

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「さあツカサさん、葡萄酒をどうぞ。ゴルゴーニュ産ですので、きっとお口に合うと思うのですが……サルマ、注いであげて」

 俺が持っているゴツい脚付きカップ(ゴブレットと言うらしい)に、惜しげもなくワインレッドの液体が満たされていく。
 サルマさんが惜しげもなくたぷたぷに注いでくれたそれは、俺が普段飲んでいる葡萄酒とはまるで違ういい香りがした。これが貴族が飲んでる葡萄酒か……マジで酒だったらちょっと困るけど、ええいままよ。

「い、いただきま……うわうまっ。甘ッ! こ、これがゴリゴリ産なんですね……ちゃんと酒っぽい感じもある……」

 酸っぱさがきつくないし何よりゲロ甘じゃない!
 甘いは甘いけど、普通のぶどうジュースより甘いってくらいでくどくない。そこに僅かにアルコールが入ってる感じかな。これなら飲める。

「こ、このゴリゴリ産の葡萄酒うまいです、リタリア様」
「ゴルゴーニュでございます、ツカサ様」

 ごめんなさいサルマさん。ゴルゴーニュってなんか言いにくくて……。

「喜んで頂けて良かったわ……ああ、私の事はリタリアとお呼び下さい。私の方こそお世話になっているのに、なんだか烏滸おこがましいですわ」
「いやいやそんな……あはは……じゃあ、リタリアさんで……」

 さて、俺はどうしてまたリタリアさんのお部屋にいるのか。
 答えは簡単。
 客用の部屋に戻ろうとしていたら、サルマさんに呼び止められたからだ。
 何やら用事があるとの事で通された時には、ラーミンはもういなかった。俺だけでいいのかしらと思ったけど、リタリアさんは俺にだけ何か伝えたい事が有ったらしい。なんだろう。薬の事かな。

「ツカサさん、それで……お話なのですけど」
「ああはい、俺になにか……?」

 葡萄酒を置いてカーテン越しのリタリアさんに顔を向ける。
 相手は少し戸惑ったように首を動かしていたが、やがて決心したようにこちらに顔を向けた。

「あの……一般人と貴族の婚姻は、世間的にどう見られるのでしょうか」
「ラーミンさんとですか」
「は、はい……」

 照れたような声に、俺も思わずニヤッとしてしまう。
 愛し合う二人が結婚するのは、そりゃめでたい事だ。
 でもこの世界だったらどうなんだろうな。ラスターみたいなクソ貴族がいるんだから、一般人と結婚ってなったら貴族側が暴れそうだ。それに、色々と根回しをしなきゃ祝福して貰えないよな。もしリタリアさんとラーミンの幸せを真剣に考えるなら、かなりの時間が必要だ。

「長い時間をかければ、周囲は納得してくれると思います。ラーミンさんは良い人ですし、二人が相思相愛なのは見てて分かりますから。まあ、駆け落ちって手もありますけど、周囲の人が悲しむから……それはちょっとね」
「そう……ですよね……」

 俺の言葉に、リタリアさんは落ち込んでしまう。

「どうかしたんですか?」
「実は私……一年後に王都へ輿入こしいれする事が決まっていますの」
「こ、腰挿れ……?」
「王都の貴族様の側室のことです」

 こしいれ。輿入れってあれか、狐の嫁入り的な大行進。
 いやでも、それって結婚って事だよね。
 側室って愛人みたいなもんだし、どういうことだ?

「輿入れって結婚って事じゃないんですか?」
「あら……お国柄の言葉なのかしら。ライクネスでは、側室は貢物のように豪華な箱のような乗り物……輿っていうのだけど、それに乗って側室入りするの。だから、ライクネスでは側室に入る事を輿入れって言うのよ」

 お国柄の言葉っていうか、俺の世界とはまるで違うって感じですリタリアさん。
 いやまあ、輿入れとは名ばかりでハーレム入りって人もいただろうけど、そこまではっきりハーレム要員決定的な言葉になると流石にひくなあ……。
 って、一年後リタリアさんは別の人と結婚しちゃうの!?

「えっ、じゃあ、ラーミンさんとはどうするんです!?」
「諦めるしか……ありません」
「そんな……」

 まるで昔の金持ちの家みたいじゃないか。いや、この世界はそういう事もあり得る世界なんだっけ。貴族なんてのがまだ存在するんだもんな。
 でも、あまりにも理不尽だ。折角好きな人が出来たのに、好きでもない人の所に嫁がなきゃならないなんて。

「この輿入れは国王様のお取り計らいで決まりましたの……そう、十年ほど前に。相手のお父様が私の事を気に入って下さったとの事で……。だから、今までそのつもりで生きてきましたが……ラーミンと出会って、私は…………貴族の娘としては、失格です」
「そんなことありませんよ! 好きな人が出来ちゃうのってしょうがないし、大体その約束ってリタリアさんの意思なんて関係ない約束じゃないっすか!」
「ですが、最早相手方の貴族様もそのつもりでいらっしゃるし……私、どうしたらいいのかと……こんなこと、ツカサさんにしか話せなくて」
「えっ、俺にしか?」

 どういう意味だろう。
 頼もしく見えたから? へへっ、照れるな。

「貴方があの……ブラックさんという方と、とても親しげに見えたから……」
「えっ」
「私の所には、愛し合う二人と言うと父と母しかおりませんでしたので……だから、ツカサさんになら私の悩みを聞いていただけるのではと」
「ちょちょちょちょっりっ、リタリアさん違いますっ、違いますから! 俺とブラックは別に愛し合ってるとかじゃないですから!!」
「あら、そうでしたの?」
「そ、う、で、す!!」

 寧ろ迷惑してるんです、アイツのせいでもうなんか色々大変なんです!
 慌てて否定するけど、カーテン越しの彼女は首をかしげたままだ。

「ねえサルマ、ツカサさんとブラックさんは好き合っているのではないのだそうよ。私、また間違えてしまったかしら……」
「いいえお嬢様。あれはいわゆる『嫌よ嫌よも好きの内』というものでございます。庶民の一部は自分の気持ちをすぐに知られるのを恥といたしますので、こうして表面上嫌がっているのでございます」
「違いますぅうううううう」

 なんで! サルマさん! そんな言葉知ってるの!
 本当そういうのやめて、俺がアイツの事好きだって間違われちゃうでしょ!
 外堀から固めて俺の事完全に包囲するの止めてマジで!

「うふふ、ツカサさんたら可愛らしい人なのですね」
「左様にございますね、お嬢様」

 ふええやんごとなき人達って、優しくても相手の話聞かない人多いですううう。
 相手が相手だけにツッコミを入れられずに一人悶えていると、コンコンと小さくノックの音がした。どうやら二度目の薬の時間だったようで、さっき話をしたミリーさんが回復薬を持って入ってくる。

「お嬢様、お薬の時間です」
「あら、ミリーありがとう。今日はツカサさんがいらっしゃるから、そのまま下がっていいわ」
「あらあら! ではツカサさんお願いしますね、失礼いたします」

 お願い。何をすればいいのかと思っていると、薬を受け取ったサルマさんが手招きした。どうやらカーテンの中に入ってこいと言っているらしい。
 えっ、俺が入ってもいいんですか!
 いそいそと近付いて、カーテンを潜る。
 そこには、金の装飾をされた猫足のキングベッドがあり、シーツも真っ白に輝いていた。

「さ、お嬢様に飲んでいただく前に、確認をお願いします」

 サルマさんに瓶を手渡されて、お嬢様の方を向く。
 そこには、表現しがたい程の超絶美少女が座っていた……。
 輝く橙色を含んだ金の髪、鮮やかな色をした緑青色の瞳。鼻筋は通っているのに目以外のパーツは大人しめで、病床だと言うのにきちんと髪飾りをして綺麗な寝巻を着ている。その居住まいはまるでフランス人形のようだった。
 わあ……生きてるお人形さんレベルの美少女とか……俺の悪友が喜びそう……。

「ツカサさん、やっぱり可愛らしい方でしたわ」
「はっ、えっ?」

 ニコニコと微笑む愛らしい美少女は、俺の顔を見て嬉しそうに口元を緩める。

「ブラックさんが貴方の手を取ったのも分かる気がします。だって、なんだか子猫のようで頬を擽ってあげたくなる雰囲気だもの」
「ね、ねこっすか。いや~……」
「ツカサ様、ご確認お願いします」
「あっ、はい」

 なんか封殺された気がしないでもないけど、しゃあねえ。
 俺はじっと小瓶の中の回復薬を確かめる。変な感じはしない。小皿を貰ってほんの少しだけ取り、味を確かめると、体が僅かな時間暖かくなった。どうやらこれは俺の薬で間違いないらしい。
 安心してリタリアさんに渡すと、相手も微笑んで小瓶に口を付けてくれた。
 飲み方も両手を小瓶に添えて……なんて、やっぱりお嬢様だ。

 彼女が薬を飲み干すと、体が淡い光に包まれ始めた。

「よかった……」
「とても温かいです。ツカサさんのお薬は本当に体が軽くなりますわ。ほら、こんなに光に祝福されて……」

 物は言いようだな。そうか、祝福の光だと思ったらいいのか。俺ってば発光人間とかすぐ夢のない事思っちゃうからダメなんだなあ。
 反省しつつ、光に包まれるリタリアさんを見ていたが……さっきの気になる所を見つけてしまって、俺は眉根を顰めた。
 
 カーテン越しにも解ったけど、やっぱり変だ。リタリアさんの胸の部分だけが光ってない。ぽっかり穴が開いたように彼女の胸の部分だけ光が避けてる。
 彼女を驚かせないように懐に隠していたロクをちらっと見ると、ロクもやっぱり気付いているようで、服の中で俺にコクコクと頷いていた。

「あの、ツカサ様どうかなさいましたか」
「あ……いえ……」

 俺とロクにしか見えない物を説明してもどうしようもないよな……。
 考えていると、リタリアさんが手を差し出してきた。

「ねえツカサさん、握手して下さらない?」
「えっ、握手?」
「一般街の方は、握手をしてお友達になるって聞いた事が有るんです。だから、もし良かったら……」

 そう言って少し頬を染めるリタリアさん。
 可愛すぎるだろ普通に考えて。
 こんな美少女とお友達になりたくない奴がいるってんなら、マジでお目にかかりたい。しかも握手だぞ握手。どう考えても役得過ぎる。
 勿論俺はデレデレした顔ですぐに手を握ってしまった。
 あああものすっごい柔らかい! 気持ちいい! めっちゃ良い匂いする!!

「うふふ、これでもう私達お友達ですね」

 そう言って笑うリタリアさんは、花のようだ。
 でもやっぱりその姿は弱々しくて、いつか消えてしまいそうなほどに儚い。
 ……こんなに優しい人が、どうしてこんなに苦しまなきゃいけないんだろう。

 ラーミンと駆け落ちできるくらい彼女が元気になれば、違う可能性だって見えるはずなのに。どうして神様ってのはこう不公平なんだろうな。
 幸せになりたいと言う願いは、叶えられるとは限らない。
 リタリアさんはラーミンと結婚したくても出来ない、体だって辛いままなんだ。
 彼女は一生懸命に「元気になりたい」と願っているのに、頑張っているのに。
 
 助けたいけど、俺にはこれ以上どうしようもない。
 変な能力を持ってたって、俺はリタリアさんを救う事なんてできないんだ。

「ツカサさんの手って、とても優しいのね」

 せめて、俺の力が彼女を助けられればいいのに。

 ――――そう、俺が強く思った、刹那。

「…………え……?」

 リタリアさんの声がして、俺は顔を上げる。
 同時に、何が起こっているのか解らなくて、思わず固まってしまった。

 ……俺の目の前で、リタリアさんの手が、光っている。

 いや、そうじゃない。俺が握った手から緑色の光が流れてるんだ。
 慌てて離れようと思ったのに、何故か手を離す事が出来ない。俺の焦りをものともせずに、緑色の光はまたたくまに手から全身に伝わってしまった。
 え、え、これなに、リタリアさんに俺なんかしちまったのか!?

「これは……」
「あああごめんなさいぃいい」

 どうしても手が離れない、離れないんですううう!!

「つ、ツカサさん……私なんだか……」
「え……」

 心なしか、リタリアさんの声が先程よりはっきりしている。握った手も、いつの間にか俺の手をぐっと握り返していた。リタリアさんの顔色も、もう儚げではない。生き生きとしていて、瞳は輝いていた。

 これは、一体……。
 ふと胸元を見て、俺は目を丸くした。
 俺が不思議に思っていた胸の穴が、緑の光に押し負けるように小さくなっていく。そして、光が包み込むと、パキっと音がしてそれきり消えてしまった。
 音が合図のように、光が一瞬で消える。後にはもう何も残っていなかった。

「あ、あのリタリアさん……」
「ツカサさん、どうしましょう」

 えっえっ、まって。何かやっぱまずかったですか。
 青ざめる俺に、リタリアさんは驚いたような顔をしていたが……すぐに笑った。

「私、今とても走り回りたい気分なんです……!」
「…………え?」

 言うなり、リタリアさんはベッドをずりずりと動き始める。
 慌ててサルマさんが止めようとしたが、彼女は制止を振り切って軽々とベッドから立ち上がってしまった。
 って、待って。軽々とベッドから!?
 あんなに儚げだったのに!?

「私……どうしたのかしら。今までのだるさが嘘みたいで……!」
「おっ、お嬢様、お待ちくださいぃい!」
「本当に不思議だわ……元気が溢れて来るみたいなの……! 今すぐ駆け出したいくらいよ。ああ……そうね、私、こうして歩いていたのよね」

 言いながら、リタリアさんはカーテンの向こう側へと抜け出した。
 小さな足はしっかりと床を踏み、彼女はふらつきもしないで優雅に歩く。
 カーテン越しに見るリタリアさんは、まるでステップでも踏むように軽やかに舞っていて、今までの儚い姿とはまるで違う。
 そんな彼女の影を目で追いながら、俺はやっと正気に戻った。
 いやいやいや病み上がりでしょ! 危ないってば!

「リタリアさん待って、まだ動いちゃだめですって! しかもさっきなんかパキって変な音したでしょ!!」
「パキ? ……ああ、これのことかしら」

 カーテンを越えてリタリアさんに近付く俺に、彼女は胸からペンダントのようなものを取り出す。
 渡してくれたそれは、少し大きめの水晶をはめ込んだ高価そうな一品だ。だが、水晶には大きなヒビが入っていて、何かが漏れ出しているようだった。
 よく目を凝らすと、なにかどす黒い煙が漏れているのがわかる。

 これ……どう考えても呪いのペンダントって感じだよな……。
 もしかして……このペンダントのせいで、リタリアさんは今まで全快しきれなかったとか……。

「あの……このペンダント……誰から貰ったんですか?」
「これ? これはお誕生日にメイド一同からって……お守りっていうから、私ずっと胸にかけていたの。ツカサさんが私の体を治して下さったから、役目を終えたのね。後でちゃんと教会に持って行って感謝しなきゃ」

 メイド一同って。それって……。
 いや、待て。その前に俺のお蔭ってなに?

「り、リタリアさん、今のは別に俺のおかげじゃ」
「あら、謙遜はいけませんわ。私はちゃんと感じましたもの。ツカサさんが握って下さった手から、温かくて強い力が流れて来るのを……。そしたら、体が光に包まれて、私とても元気になったんです。ツカサさんは木の曜術師だから、私にその力を分けて下さったのね。ありがとうございます」

 いや、俺自覚ないんですけど!
 っていうか何が起こったのかまだ分からないんだから、お願いだからそんなに元気よく動かないでリタリアさん! 倒れたらどうすんですかあああ。

「と、とにかく急に動いちゃだめですって! 元気になったと思ってもぶり返すかもしれないんだから、回復薬を飲んで数日は安静に……!」

 と、言っていると、扉の方からガタンと音がした。

「…………?」

 ブラックかラーミンが帰って来たんだろうか。
 そう思って振り向いた俺は、予想外の人間を見て……固まった。

「まさか……こんな奇跡を起こせるとは……」

 凛々しい声が、部屋に響き渡る。

「あ、貴方様は……」

 思わず強張るリタリアさんの声に、俺は息を呑む事しか出来ない。
 いつから。いつから見てたんだろう、この男。

「ツカサ……会いたかったぞ!」

 この面倒くさいことこの上ない、ラスター・オレオールという男は。











 
長くなってしまった…すみません… 
 
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