異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ラッタディア、変人達のから騒ぎ編

6.本題前の閑話休題

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 そして翌日。
 ブラックが帰る前に何とか宿に滑り込んだ俺は、疲れ果てて昼まで泥のように眠っていた。やっぱり俺には夜の世界はまだ早かったようだ。
 あくびを漏らし寝惚け眼を擦った俺は、風呂に入ってさっぱりすると、ようやく遅い朝食……いや、昼食を取った。

 明らかに「昨日何かをした」と示す疲れ具合の俺に、ブラックは物凄く判り易い疑いの目を向けていたが、風呂上りで全裸の俺を覗きに来て納得したのか今は俺と一緒に気分よく昼食を食べている。

 おいコラ、俺のケツ見て何が判ったんだお前は。
 いや、言わなくていい。聞きたくない。発情してないならそれでいい。

 今日は獣人娘ちゃん達と考えた集客大作戦を試すんだ、今から盛られてベッドに縫い付けられたんじゃ困る。今日は珍しく朝から上機嫌なんだし、触らぬ神に祟りなしだ。……しかしコイツ、昨日怒り心頭で出て行ったにしては、やけに爽やかで気持ち悪いな。

 シアンさんと何かあったのかな。
 夜通し積もる話をしててスッキリしたとか?
 まさかお婆ちゃん相手にまでハッスルする……とは思いたくないが。まあ、俺の知らない過去で盛り上がっていたんだろう。古い知り合いって言ってたしな。
 別に俺は気にしてないし。大人なら、知り合いなんて沢山いるしな。
 大人の付き合いって奴だよな。うんうん、当然当然。

「ツカサ君、どうしたの?」
「なんでもない」
「キュー?」
「何でもない!」

 ロクまで「どしたの?」って目で見ないで。本当なんでもないんだってば。
 でも、こういう風に言い返せば言い返すほど裏目なんだよなあ。
 ちょっと語気強めに言っちゃってごめんよロク。お前は悪くないんだよ。
 スクランブルエッグ(らしきもの)を啄みつつ、俺はロクの頭を撫でた。

「で、ツカサ君昨日は何してたの? 飲み屋街にでも行った?」
「ブハッ!! ゲホッゴホ、おっ、おま、なんで解っ」
「そりゃ判るよ、ツカサ君には酒と香水の匂いが染み付いてたし。でもまあ、誰かに犯されて帰って来たみたいな歩き方はしてなかったから、安心してたけどね!」
「そう言う浮気チェックの仕方やめてくれます!?」

 ていうかオノレは俺が女の子と浮気するのはいいんかい。
 いや、待てよ。もしかしてこのオッサン、俺は女子にすらケツを掘られる甲斐性ナシだとでも思ってるのかも知れない。
 なんなの超ムカツク。今すぐ尻にごぼうぶっ刺して外に放り投げてやりたい。
 唸る俺に構わず、ブラックはニコニコしながらグラスを傾ける。

「でもその割には凄く疲れてたから、大方おおかたまた背負わなくてもいい苦労を背負って来たんだろうなあと思ってたんだよ。昨日、何かあったの?」
「うーん……」

 話していい物かと思ったが、結局俺は昨日の出来事を全て話すことにした。
 どうせ今日もあの店に行くし、そうなったら結果的にブラックにはバレるんだ。ならば面倒な事になる前に穏便に済ませるに限る。

 と言う事で、俺は昨晩獣人娘の店に行った時の事を話して聞かせた。
 話し始めは「浮気か……」と暗黒オーラを漂わせ聞いていたブラックだったが、そこはやはりいい年をした大人。獣人達の現状を聞くうちに難しい顔になって、俺のキャバクラ遊びをすっかり忘れたかのように真面目モードになってくれていた。やったぜ。中途半端に真面目な奴はこれだから助かる。

「なるほどねぇ……ベーマス王国には行った事が有ったけど……国王が行方不明になって内乱が起きてるなんて知らなかったよ」
「トーリスさんが言うには、内乱が起きたのは三年前だって」
「ああ、完全に引き籠ってたな。その時期は」
「お前俗世から離れすぎだろ。……ともかく、そのせいで色々大変だったらしくてさ、悩みとか色々聞いてる内に協力するハメになっちまったんだ」

 流石にちょっとは小言いわれちゃうかな。
 そう覚悟していたのだが、帰って来たのは朗らかな笑い声だった。

「ははは、ツカサ君らしいね」
「……怒らないんだ?」
「うん。だって、ツカサ君がお人好しなのはもう分かってる事だし」
「そ……そう……」

 やけにアッサリしてるって言うか……物分りが良いって言うか……。
 マジで昨日何があったんだろう。ブラック、変な薬飲まされたりしてないよね? 自白剤とか、眠らなくても疲れない薬とか。

「じゃあ今からその店に行くのかい」
「う、うん。練習とか見るために……」
「僕も行くよ。これでも女を見る目はそこそこあるつもりだからね」

 そうだったな。こいつ若い頃は女をとっかえひっかえしてたんだったな。
 羨ましいやら悔しいやらだけど、確かにブラックのような皮肉屋が一人いれば、俺達が気付かないアラや失敗にも気付くかもしれない。
 別段後ろめたい事じゃないし、まあいっか。
 遺跡にはもう明後日出発だもんな。出来ることは早めにやっとかないと。
 俺はブラックの同行を快く了承して、早速店に向かう事にした。





 猫耳ピンク看板の店は、お昼と言う事も有って更にひっそりしている。
 飲み屋街は夕方から開店する店が多いし、通り自体人が少ないからしょうがないけどな。今までの街とは違う雰囲気の周囲をキョロキョロと見回すロクを愛でつつ、俺はリアルドリームクラ……いや、獣人娘の店へと顔を出した。

「やっほー」
「あっ、ツカサさんおはようございます!」

 トーリスさんが笑顔でこちらに近寄ってくる。
 ブラックが俺の背後でムッとか言ってたけど、無視。

「どうです? みんな上手い事行ってますか」
「はい! 人と話すのが上手な子はフロアに、それが苦手なイオナさん達はショーに配置して練習してます。中々にみんな上達してますよ……と、所で……そ、その後ろのお方は……?」

 また牛耳がぺたっと垂れるトーリスさん。そうだよね、後ろの中年の顔怖いよねごめんね。勘繰るなとブラックを引っ叩きつつ紹介すると、トーリスさんが敵では無いとやっと判ったのか、ブラックはホッと溜息を漏らして穏やかに笑った。

「は、そ、そうですか。僕はてっきりツカサ君にコナ掛けて来た駄牛かと……いやこれは申し訳ない。僕はツカサ君と旅をしてるブラックと言います。よろしく」

 本当ブラックの警戒心の強さには参るよなあ。
 トーリスさんはロクにも丁寧に挨拶してくれる、本当に良い人なんだぞ。

「そうですか……ツカサさんの恋人の……」

 前言撤回、良い人だけど抜けてる。

「違います!!」
「あ、やっぱりそう見えます? いやぁ、はっはっは、聡い方ですね。貴方とは、とっても仲良くなれそうだ」
「さ、聡いだなんてそんなぁ~」

 おいお前ら、互いに照れ照れしながら勝手に話を完結させないで下さい。
 誤解を解こうとして思わず口を開いたが、それと同時に丁度イオナさん達がやって来て、声がかき消されてしまった。

「おっ、ツカサ君来たんだな……って……な、なにこの格好いい人……!」
「ツカサちゃんのおとーさんー? ねーねーお客さんなる? なるー?」
「あ、あの、貴方は……?」

 え……なんだなんだ。
 全員が思いっきり顔赤くしてるけど、どういう事?
 もしかしてみんな……ブラックにキュンと来てるってこと?
 え? こんな無精髭のだらしないオッサンに?

「僕はブラックと言います。ツカサ君と一緒に旅をしてて……」
「そうなんですか!? じゃ、じゃあその、彼女とかは……」
「おとーさんじゃないのかー。ねーねー、ラーラだっこしてブラックさんー!」
「ぶ、ブラックさん……なんだか大人っぽい名前ですね……」

 ……なんだこれ。
 え、もしかして、獣人の女の子ってこういうタイプに弱いの?
 こんなスケベで性格最悪な中年なのに?

 い、いや。そうだな。まあ、ブラックも若い頃はモテてたんだもんな。今だって普通に女の子にモテたって変じゃないよな。
 獣人ちゃん達はストライクゾーン広いらしいし、だったらこいつが人気になってもおかしくない。ライクネスでは貴族の奥さまにだってモテてたんだし。

 一応ダンディと言えばそう見えなくもない。黙っていればまあ、野性味あふれる苦み走ったイイ男……と言えるかも。だらしない無精髭だって、男らしくて素敵って褒める人いるもんな。だから、仕方ない。
 ない……んだけど。そうなんだけど!

「あの、ツカサさん。なんで怖い顔してるんです?」
「なんでもないです!!」
「ヒィッ! すっ、すみませんんん!」

 くそう、なんかイライラするぞ。
 良く解んないけどもうブラックは放っておこう。

 とにかく昨日みんなで決めた事の確認だ。
 俺とトーリスさんは店員を皆集めると、再度役割を確認した。

 ステージに出る子の仕上がりや、接客専門の子の心構え、給仕役への実技指導。ついでに一番人間に近くて見目麗しい猿の獣人である女の子への面白い宣伝文句の指導もつける。いやー飲食店のバイトやってて良かったね俺。

「なるほど、適材適所で女達を配置したのか」

 感心したように頷くブラックに、俺は得意満面で親指を立てた。

 そうです、その通りなんです。
 店がうまく回るにはまず的確な役割分担が必要だ。そして懇切丁寧な実技指導で店員のスキルを上げる事も重要。どんな店だって基本そこを徹底させている。
 客を呼びたいのなら、まずは店のレベルをあげるべき。
 ってな訳で、俺は獣人ちゃん達の悩みから割り出した「適する仕事」を元に人員を配置し、それぞれが一番輝ける役割を与えて丁寧に指導した。

 接客が苦手だけど身体能力が高いイオナさんとラーラちゃん達は、ステージでの曲芸やコンビネーションダンス。ミミネルさんのような特殊な容姿の人達は、まずその穏やかさと魅力を知って貰う為にステージで歌唱などを披露して貰い、徐々に接客に回す事にした。

 逆に、接客に向いてるけど知識のないティルタさん達には俺の世界でのホステス話術を学んで貰い、それらが出来なかったりステージも苦手な人達は、ウェイトレスかもしくは……接客担当の獣人の代わりに相手をボコるガードさんとして動いて貰う事にした。
 そんな彼女達を、トーリスさんと男の獣人さん達に管理して貰う。
 これでやっとキャバクラっぽい体制が整うってわけだ。

 ついでに、宣伝隊長である猿の獣人のベルカさんには、婆ちゃんに教えて貰ったバナナの叩き売り的な文句を教えておいた。
 ベルカさんは若干関西弁っぽい喋り方なので、馴染んでくれるだろう。

 そんな俺の指導に途中でブラックも加わって、色々なアドバイスで更に腕に磨きをかけた獣人キャバクラは、ついに勝負の時を迎えた。
 夕方開店、いざ出陣である。
 これで、俺がやるべきことは終わった。

「さ、ブラック帰ろう」

 店が明かりを灯し、ベルカさんの元気な声が人を惹きつけ始めたのを見取って、俺はトーリスさんに挨拶をして店を出た。
 そんな俺に驚いたのか、ブラックが首を傾げながら慌てて付いて来る。

「帰るって……ちゃんと見て行かないのかい?」
「みんな俺より大人なんだぜ? 俺がいなくたってちゃんとやれるよ。俺は異世界から持ってきたノウハウを伝授しただけだし、現場監督ならトーリスさん達の方がよっぽど適任だもん。それに、もう当分ああいう店はカンベンだわ。酒とかの匂いに気持ち悪くなっちまったしな」

 昨日死ぬほど愉しんだし、ブラックの前ではハッスル出来そうにない。
 それになにより、俺の夢の城にエネミーたるブラックがいて貰っては困る。
 アレ以上獣人ちゃん達にモテたらすげー不愉快だし。

 改革の結果は遺跡から帰ったら俺一人で見に行こう。絶対そうしよう。
 不愉快満面で悶々とそんな事を考えていたら、ブラックが俺の顔を覗いてきた。

「……ツカサ君、もしかしてヤキモチ焼いてた?」
「は?」

 ニヤニヤしてるアホが目の前にいるけど、何言ってるのかな。
 さ、帰ろ帰ろ。夕方になっちまったし明後日は遺跡調査なんだ。今日は早く寝て明日は準備の為に色々買いだしに行かないと。

「ねえねえ、僕が予想以上に人気でヤキモチ焼いた?」

 地下水道って匂いヤバいかな。じゃあ清潔な布買って置かないとなあ。
 あー、この世界にも生活魔法とかあればいいのに。そしたら清潔クリーンだの消臭だのって存分に使えるんだけど……この世界曜術だけだもんなあ。
 食事とかどうすんだ。やっぱ保存食の干し肉とかだけ?
 やだなあ……なんか日持ちのする食料をダメモトで持って行ってみようかな。

「ヤキモチ焼いてたでしょ、ね、ほらその顔」

 日持ちのする物……ひもち……モチ……。
 うん、そうだな。餅ならちゃんと密閉すれば日持ちもするし臭いもつかない。
 ヤキモチはきなこを付け……って、この世界に餅なんてねーよ!
 あーもー横のおっさんが煩い!!

「ははは、顔真っ赤だね。やっぱりヤキモチ焼いてたんだ」
「だーもー違うっつーの!! 俺は明日用意するもの考えてんだよ邪魔すんな!」
「ツカサ君」
「なに!!」
「君の隣に居る事が出来て良かった」
「はっ……はい?」

 な、なに急にこの人。
 思わず呆気にとられてブラックを見上げたが、相手は嬉しそうに笑んだままだ。変な事を言われて固まったままの俺の頬に、ブラックはそっと手を添える。
 何をされるか解らない。頭の中ではそう思ったけど、体が動いてくれなかった。

「これからも、ずっと僕と一緒に居てね」

 そう、優しい声で言って――――
 ブラックは、俺の唇にキスを落とした。

「…………」
「ツカサ君?」
「ぅ……うう……ば、ばっきゃろー! いけロクーッ!!」
「シャーッ!」
「ええええなんで!?」

 公衆の面前でっ、天下の往来でっ、き、キスする奴があるかあああ!
 バカバカバカアホまぬけ人が見てたんだぞ周囲で「おおっ」て声上がったんだぞ人に見られたじゃねーかもう飲み屋街素顔で来れねー!!

 叫びたいけど、そんな事したら余計に周囲の目を集めるから叫べない。

「も、もう俺先に帰る!!」

 何言ってんだか解らないし、シアンさんの所から帰って来たらずっと機嫌よくてムカツクし、女にモテてんのを俺に見せびらかして殺意湧くし……ああもう今日のブラック全部ムカツク。理不尽とか知るか、ムカツクんだ。顔が赤いのは怒ってて血が上ってるだけだっつーんだよ。
 なのにこのお気楽勘違い中年は、人の気も知らないで急に、あ、あんな、口説き文句みたいなことを……!
 もう最悪、知らん、ブラックの事なんか知らん!

「つ、ツカサ君何怒ってるのー」
「グゥウウ」
「あいたたたっ、ちょ、ちょっと待ってよー!」

 待ってられるか。今振り返ったら、またアンタにニヤニヤされる。
 この何だか判らない顔の熱取るまで、絶対に振り返ってなんかやんない。










 
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