異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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首都ラッタディア、変人達のから騒ぎ編

閑話 主人公が知り得ぬ事

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 昼も夜も解らない地下水道と言えども、睡魔は容赦なくやってくる。特にツカサは慣れない場所での戦闘で疲れ切っていたようで、皆より一足先に熟睡していた。
 彼の有能な相棒である蛇も、未だにぐっすりと眠っている。

 そんな一人と一匹の様子を見ながら、大人達は焚火の前でぼそぼそと何やら話し込んでいた。

「そ、それにしても……アンタの仲間ちょっと刺激が強すぎだぜ」
「ホントだよ。女のアタシでもちょっとヤバいなあと思ったくらいだし……」

 そう言いつつ少し体を縮めて顔を赤くするセインとエリーに、ブラックは人懐っこい笑みを浮かべて頭を掻いた。

「いや……まあ、あはは……」

 照れるような誤魔化すような言葉に、大人たちは皆それぞれ居心地悪そうに目を泳がせる。だが、誰も沈黙を守ろうとはしなかった。
 セインとエリーに同意するかのように、フェイもどこか言い辛そうに呟く。

「あ、アンタ……本当に旅の仲間ってだけなのか? あの人を誘う様な声は素人じゃちょっと出せねえぞ」
「全くです、私も久しぶりに催してしまったじゃないですか」

 うんうんと頷くのはコータス博士だ。研究一筋と言った雰囲気の朴念仁ですら、ツカサのあられもない姿に煽られてしまったらしい。
 ブラックは困ったなと思いつつ、頭をくしゃくしゃに掻き回しながら肩を竦めた。

(参ったなあ……スライムのせいで、みんながツカサ君の事を気にし始めちゃったよ……。僕だけが知ってればいい声だったのに、みんなが聞いちゃうし……もう、ツカサ君の堪え性なし……)

 別にツカサが悪いのではないのだが、思わずなじりたくなる。
 ツカサ本人は全く気付いていないのだろうが、彼の乱れる姿は、誰よりもいやらしく他人の欲を誘う物だ。隠遁生活を送る前までは女に不自由しなかったブラックがそう思うくらいなのだから、並の人間ならば耐えがたいに違いない。

 そもそも、スライムに悪戯をされてあれほど恥じらい涙ぐむなんて、今日日きょうび生娘か深窓の令嬢ぐらいのものだ。一般人であれほど他人に触れられるのに耐性がない少年も珍しいだろう。

 ツカサの世界ではどうか知らないが、人に体を触られる程度はこの世界では当たり前だ。冒険者なら、まさぐる相手に無言で拳を食らわせる程に場馴れしている。つまり、他人に近寄られる事など日常茶飯事なのだ。なのにツカサの様に初々しく恥ずかしがれば、周囲が煽られるのも無理はない。
 そこに極上の娼姫でもそうは聞けない甘い喘ぎ声も加わるのだ、大抵の人間なら落ちてしまうだろう。

 現に今、マグナ以外のこの場の人間はツカサの痴態に興奮しきっている。
 女日照りであろうコータス博士は兎も角、女のエリーまでもを「襲ってみたい」と思わせるのは、中々に出来ない事だろう。まあ彼の可愛らしい容姿ならそう思うのも無理はないだろうが、このエリーと言う女はそうそう色に走るタチではない。それを考えれば、ツカサの異常性は推して図るべきと言う所か。

 ブラックがそんな事を悶々と考える間にも、大人達の会話は煮詰まっていく。

「うわ、じゃあ先生には刺激強かったっすね」
「は、はあ……参りました……私はもう何年もご無沙汰だったので……。しかし、あんな純朴そうなツカサ君の前で、そんな素振りを見せる訳にもいかないし……」
「あー、じゃあみんなが代わる代わる小便に行ったのってそういう事か……」
「エリー、おめぇはいいやな、女ってのは我慢強くできてらぁ」
「馬鹿だねアンタら。女は出てるもんが乳しかない分、気付かれにくいだけさ」

 ……この世界の女冒険者は、男より男らしい。
 ブラック的には、正直な話、萎える。
 が、まあ、エリーは色恋に酔うタイプではないようなので良しとする。問題は今も興奮冷めやらぬ男共である。

(ツカサ君に惚れて貰っちゃ困るんだけどね。まあ、こんな場所じゃ性欲の刷毛口になりそうなのはツカサ君だけだし……解らないでもないけどさ。……でも、結託されて輪姦でも提案されたら困るよ。僕だってまだそんな事言える所までセックスしてないのに)

 ここで一つ、脅しでもかけておいた方が良いだろうか。
 他人にあれこれ自分の力を示すのは、本当はやりたくない。少しの油断が秘密の暴露に繋がる。例え最小限の力であっても、他人においそれと見せてはならない。特に、世界協定と繋がっているコータス博士の前では、出来るだけ自分の力は見せたくは無かった。
 だから、出来るだけ穏便に済ませておきたいのだが。

(でも、後々面倒事になるなら、いっそツカサ君が寝ている間に……)

「ブラックさん、あんた……ツカサ君とはどうなんだい」
「え?」
「聞いてなかったんですか。いや、ブラックさんはツカサ君の恋人だろうし、こんな色っぽい恋人を持って大変だなって話してたんですよ」

 いつそんな話になったのだろうか。
 目を丸くするブラックに、たき火を囲んだセイン達は苦笑を漏らす。

「あんな可愛くて良い子が恋人だなんて……他の男からちょっかい掛けられて大変だろうなあ」
「アタシは無理だね、今みたいな事にでもなったら、周りの奴らぶっとばしちまうもん。何度もこんな事有ったら疲れ果てちまうよ」
「俺も流石に連れ回す甲斐性はねぇなあ。それに、こんな話してたら俺だって殴り飛ばしちまうかもしれねえ。ブラックさん、あんた本当心の広い男だな」

 何だか話が円満な方向に進んでいるらしい。
 この分なら輪姦強姦などという不届きな考えは出まいと思い、ブラックはまた人懐こい笑みを浮かべ、あははと笑って話を流した。

 勿論、ブラックはただ黙っていた訳ではない。ぶっとばす以上の陰惨な「脅し」を全員に掛けようか迷っていたのだが……沈黙を好意的にとってくれた周囲によって、その考えは辛うじて阻止されたのだ。
 命拾いをした、とまでは言わないが、善良な心根で難を逃れたとは言えるだろうか。

(まあ、どうでもいいか。ツカサ君にちょっかいを出さなければいい。ここで騒ぎを起こしても面倒なことになるだけだしな。万が一、何かをしようとするなら……その時はその時だ)

 ブラックは内心にやりと笑い、それを悟らせぬように表面は朗らかに微笑んだ。
 その人懐こい笑みの真意に気付く者は、誰もいなかった。










 
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