異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

文字の大きさ
106 / 1,264
首都ラッタディア、変人達のから騒ぎ編

12.古代遺跡・地下水道―3日目・到達―

しおりを挟む
 
 
 ぇらい人以外、立ち入り禁止。
 そう扉には書いてあったが……実際扉の中に入ってみると、確かに一般人が立ち入るような場所ではないと言う事が俺達にもはっきり理解出来た。
 何故なら、立入禁止区域の通路は……今まで見て来た黄土色の壁とは全く違う、青灰色の鈍い光を放つ壁になっていたのだから。

「な、なんか……SFみたい……」

 もちろん、実際鉄の壁という訳ではない。青灰色の壁や通路は、全部一枚の岩のようなものを削って作られている。質感は金属では無く、しっとりとしてゴツゴツしている岩のそれだ。

 だけど、壁の内部を走る照明の光も、ここでは青く光っていてやっぱりSFちっくだ。これでスライムが出て来たら、モンスターじゃなくて宇宙生物に見えるな。
 俺はそんな風に思ってたけど、ファンタジー世界の住人であるブラック達は大層驚いたようで、しきりに周囲をきょろきょろしていた。

 ただ、マグナだけは無表情で突っ立っていたけどな。
 くそうコイツ本当いけ好かない。俺、クールイケメン嫌い。

「先生よぉ……ここ、本当に地下水道なのか?」
「そのはず……です……。しかし、こんな構造になっているとは……まるで鉄の箱の中にいるような気分ですね。水路も青く光っていて、まるで世界が違う……」

 水路は進む度に幾つかの支流に分かれていたが、どうやら俺達が辿って来た道がこの水路の本流のようで、まっすぐ進むと次第に水路の幅が広くなってきた。
 通路の広さは相変わらずなんだけど、今や水路の大きさはちょっとした川ぐらいになっている。水の音もせせらぎが強くなって、通路に幾度も反響していた。

「青い世界か……ますます時間の感覚が無くなっていくね」
「確かに……なあ、ブラックはこういう世界見た事有るか?」
「いや、知らないね。僕は『旅をした』と言っても、世界を詳しく見聞した訳じゃないから。光の屈折で青く光る洞窟なんかは知ってるけど……そのくらいかな」

 ブラックも知らないのか。
 いや、でも、そうだよな。ファンタジーのお約束なら、こんな場所に入れるのは国のお偉いさんとか神官とか、そういう人達だけだ。
 さっきの扉にも「偉い人以外入るな」って書いてあったんだし、俺の推測に間違いはないだろう。けどやっぱり……あの口調はないよなぁ……。
 古代文字の威厳ゼロだぞ、あれは。

「おっ……と……どうやら通路が終わるみたいだ!」

 コータスさんが前方で大きく声を上げる。
 確かにコータスさんの前方からは白い光が溢れだしている。地下か地上かは判断できないが、あの光の量は通路に灯るぼんやりとしたものではない。
 本当に、何かしらの場所に突き当たったらしい。

 周囲を警戒しつつ、俺達はその通路の終わりに集合した。
 そうして、前方を見て、目の当たりにしたのは――――

「うっ、わ……!!」
「すげぇ……!」

 まず、目に入ったのは、水路の上に作られた緑溢れる庭園。
 水路に区切られて別れた庭園は、それぞれに青々とした樹木が根付き、花を咲かせている。庭園には石造りのアーチや東屋あずまやが所々に設置されていて、散策できるようにと飛び石で繋がっていた。

「休憩所……?」
「いや、それより大がかりだぞ」

 陽光が差しているのかと天井を見て、俺達はまた目を剥いた。
 天井が無い。いや、恐らく、見えないほど遥か高い場所に、天井が引き上げられているんだ。その天井を支える為に井戸のように円形に上に伸びた壁には、光を反射する鏡のようなものが幾つも取り付けられていた。
 どうやらあの鏡が光を細かく拡散させて、太陽のような柔らかな光を作り出しているらしい。

「これは……凄いな……」

 誰かが呟いた声に、その場の全員が頷く。あのマグナですら、俺と同年代の男子のように素直に目を見開いて驚いていた。
 そりゃ、そうだよな。
 こんな凄い建造物、俺だって自分の世界じゃ見た事ないよ。

「と、とにかく進もう」

 ブラックの上擦った声に頷き、俺達はえっちらおっちら飛び石を渡る。
 一番大きな中央の庭園に辿り着くと、暫く緑の洪水の中を歩いた。亜熱帯の植物っぽい木や花が歩道の両端に溢れていて、透明で甘い良い匂いがする。

 幾つかの白い石造りの東屋を抜け、水の流れる音を聞きながら、久しぶりの土の感触に少し気を和らげていると――目の前のブラックが急に止まった。
 思わずぼふんと背中にぶつかってしまう。

「うわっ?! ぶ、ブラック、なんだよ!」
「ツカサ君……前、見て……」

 言われて、前方を見た。
 みんな立ち止まって何かを見上げている。
 なんだろう。また天井が高い……とか?
 ブラックの横から前に出て、俺は目の前に大きな扉が有るのに気付いた。

 青銅のような色なのに、磨かれたように綺麗な扉がそこに有る。光の当たり具合で判らないけど……もしかして翡翠色みたいな色なんだろうか。
 その扉は真正面の壁に嵌め込まれていて、かなり大きかった。

 横幅は五十メートルくらいだろうか。校庭に引いてあるトラックの長さぐらいは確かにある。その扉は上に長く伸びており、全体を見ようとしてみんな上を向いていたのかと俺は理解した。

 じゃあ、どのくらいの高さまでドアが伸びているのか。
 と、俺は扉の先を追って――――あんぐりと口を開けた。

「う、そぉ……」

 円錐形の形に伸びた扉の先。それは、人間の手では触れることが出来ないほどの遥かな高みに届いていた。
 高さは、どのくらいだろうか。恐らくビル十階以上の高さが有るかもしれない。
 横幅から考えて相当でかい扉だとは思ってたけど、これは……。

「なあ、これ……開けられるのか?」

 フェイさんの呆気にとられたかのような声に、恐らくその場の全員が「いや、無理だろ」と思っただろう。だってデカすぎるもの。
 この場所から飛び石が続いてるから、扉の前までは行けるだろうけど……でも、これもし手動で開くんだったら絶対俺達だけじゃ無理だよ。

「と、とにかく……近くまで行ってみよう」

 コータスさんの引き攣った声に同意して、俺達は扉の前まで近付いた。
 庭園の草木に遮られて見えなかったけど、扉の両側の壁から滝のように水が流れている。扉の前だけを残して、通路は壁から排除されているようだった。
 水を流す為かな。それとも、庭園からしか扉に行けないようにするためか?

 不思議に思いつつも、扉の合わせ目を見る。
 取っ手か何かが無いかとコータスさんが探してみるが、それらしいものは無いようだった。合わせ目もびくともしない。

「しかし、これだけでっかいと、模様もデコボコにしか見えねーな」
「それでもこれは大変な技術だよ。良く考えてごらん、曜術を使ったってこんなに見事に彫り込まれた扉はそうそう作れないさ。この滑らかな質感だって、古代にも確かな研磨技術があったという可能性を示している……これは、これは本当に凄い発見だ……!! ラッタディア地下水道にはまだこんなに素晴らしい遺跡があったなんて……!!」

 コータスさんが、鼻息を荒くして目を爛々と光らせている。
 ど、どうしたんすか一体。

「あー……だめだ、こうなっちまったら先生は暫く煩せぇぞ」
「手がかりも見つからないし……今日はさっきの庭園に戻ってそこで寝よう。どうやらここはモンスターもいないみたいだしね」
「そうすべそうすべ」

 そう言いながら庭園へと戻っていく傭兵三人組に、俺とブラックは慌てて付いていく。

「こっ、コータスさん放っておいていいんですか」
「腹が減ったら後からやってくるさ。それより坊主、今日のメシはなんだ?」

 コータスさん、意外と大事にされて無いな。なんか可哀想になって来た。
 戻ってこなかったら後で夕食を持って行ってあげようと思い、俺はセインさんに夕食の献立を話して聞かせた。

 今夜は、簡単だけど野菜もしっかりとれる献立だ。
 湖の馬亭で教えて貰ったオープンサンドイッチを作る。勿論フェイさんの持っているカムタートルのハムも使うし、スープも用意した。栄養のバランスも完璧だ。

 なんで野菜を沢山乗せるサンドイッチかと言うと、俺はこの三日間で、あのいけ好かないマグナの好き嫌いに気付いたからだ。

 あの野郎、食事を作っても礼の一つも言わないくせに、必ず野菜だけは全部平らげてやがった。それって多分、野菜が好きだからに違いない。
 肉も食べるけど、あの男は野菜の方が好きっていう偏食野郎なんだ。

 だから、今度こそあいつの満足するものを作って「美味かった」と言わせたいんだよな。うん、俺が勝てるのもうそこしかないもんでね。
 と言う訳で、今夜は独断と偏見でサンドイッチです。

 庭園に戻った俺達は手早くキャンプの場所を整え、事前に決めておいた役割分担を行う事にした。俺は料理、傭兵三人組は交代で見張りで、ブラックは水汲みや焚火たきびの準備。んで、ロクはスヤスヤでマグナとコータスさんは扉の前だ。

「ったくあの野郎何もしないで……俺と同じ年くらいなんだろうから、少しは準備手伝えってんだよ」

 背は高いけど、顔立ちからしてマグナは恐らく俺と同年代だ。
 なのにあんなエラそうで無口で自分勝手に動き回るって、どう考えても躾されてなさすぎだろ。せめて年上に敬語とか使えばいいのに、それもねーし。
 イケメン無罪か。イケメンだから許されるってのか。
 くそう、この世は不公平だ。

 タマグサをむせび泣いて切りつつ、持ってきた野菜と一緒にタマグサを軽く炒める。カムタートルのハムは薄く切って、柔らかい食感になるように適度に温めた。
 そして、後は綺麗な飲み水で洗った生野菜を乗せ菜っ葉で巻く。

 スープは相変わらず塩味のしょうもない菜っ葉汁だけど、ないよりましだ。
 塩分は大事だからな。でも、いつかはダシになる物を見つけたいもんだが。

「ツカサくーん、ご飯出来たかい」
「おう、丁度だ。ブラック、すまねーけどこれセインさん達に持って行ってくれ。コータスさん達の方には俺が持ってくから」

 綺麗な布で包んで、人数分をブラックに渡す。
 ブラックはそれらを難なく受け取ったが、俺を見て微妙な顔をしていた。

「な、なに?」
「ツカサ君……きみ、二つも物を持って、あの飛び石を無事に越えられるのかい? 大丈夫……? だって、ツカサ君たら運動音痴なのに……」
「ばっ……お前このっ! それくらいは俺にだってできらぁ!! お前のぶん没収すんぞコラ!!」
「あははは、ごめんごめん! 持って行きまーす」

 またからかいやがってあの駄目中年!
 何なんだ昨日から。あんな浮かれまくって……なんか良い事でもあったのか。
 どうでもいいけどうざったくて仕方ない……。くそう、地上に出たら絶対何かで仕返ししてやる。今は我慢だ我慢。飛び石から落ちないように、コータスさん達にメシを持って行こう。

 しかし万が一ロクが水路に落ちたら困るので、ロクは寝袋の上に寝かせておく。
 俺は覚束ない足取りで必死に飛び石を渡って、再び扉の前へとたどり着いた。
 とっ、途中で落ちそうになってなんかないからな。

「コータスさん、マグナ……さん、夕飯ですよ」
「えっ!? も、もうそんな時間!? ああ、すっかり調査に没頭していたよ……ありがとう、ツカサ君。ほら、マグナ君も食べなさい」

 コータスさんの声に、壁際でなにやら調べていたマグナが面倒くさそうにこちらにやってくる。おうテメェ、いい度胸だな。

「はい、夕飯」

 そう言って布で包んだサンドイッチを渡す。
 相手は布の塊に少し戸惑ったものの、布を開いてサンドイッチを見るとわずかに目を見開いた。ふふふ、予想外だったろう。二日連続で肉メインだったからな。

「これは、お前が作ったのか」
「まあな! 食って見ろよ」

 おっとうっかり敬語オフっちまったぜ。まあいいか。
 やさぐれた俺の気持ちなど知らず、マグナはオープンサンドに口を付けた。

「…………」
「あんたリモナの実好きそうだったから、輪切り入れといたけど……どう?」

 文句言われるかな。覚悟は出来てるぞ。
 神妙な顔つきで、無表情に咀嚼するマグナを見ていたが……相手は、意外な事を呟いた。

「うまい」
「えっ……」
「俺の為に野菜を増やしたのか。ツバサ」
「……ツカサだ。アンタ野菜の方が好きそうだったし……まあ、最近肉ばっかりで野菜食べてなかったからな。食事は肉も野菜も満遍まんべんなく取った方が体に良い」
「そうか。俺の為か」
「あの、そこだけ繰り返さないでくれます?」

 この人壊れかけのレディオか何かかな。
 素直に「美味い」って言ってくれたのはよっしゃと思ったけど、やっぱ駄目だ、イケメンは駄目だ。もてない俺の僻みが無意識に発動してしまう。
 ああいつもはこんなトゲトゲしい男じゃないんですよお嬢さん。今この場にお嬢さんいねーけど。

「ツラサ、これは何と言う料理だ」
だ。これはオープンサンドイッチって料理だよ。これの上にパンを乗せて具を挟んだらサンドイッチになる。娼姫とかが忙しい合間に食べてる料理だ」
「サンドイッチ……なるほど、これは仕事をしている時も食べられて効率的だな。お前は良い物を知ってるな、ツララ」
「ツ・カ・サだ! てめぇわざとやってるな? わざと間違えてるだろ?」
「こ、これ本当に美味しいなあツカサ君! いやー、オープンサンドか初めて食べたよ! これなら何時間でも調査出来そうだなあーアハハハ」

 喧嘩になりそうな所に、コータスさんの慌てた仲裁が入る。
 な、ナイスですコータスさん。このまま危うく水上デスマッチする所だったぜ。そして絶対俺が水に投げ込まれてたぜ。
 もうあれだ、マグナは無視しよう。駄目だこいつは。
 俺は極力イケメンを無視する方針を固めて、コータスさんに問いかけた。

「えーと。コータスさん、調査はどうです?」
「うーむ……そうだな……ここの扉の縁にまたナトラーナ文字が彫ってあるんだが……中々難解で読み取り辛くてね。明日には解けると思うんだが……」
「じゃあ、夜通しやるつもりなんですか」
「ああ、勿論もちろん。中枢部の謎を解く事こそが、私の悲願だからね」

 そう言いつつ、サンドイッチを頬張ってじっと文字を見つめるコータスさん。
 真剣なまなざしを見て、俺は邪魔しない方が良いと思いそっとその場を離れた。

 ……明日には、扉の向こうに行けるかもしれないのか。
 飛び石を飛び、庭園に戻った俺は再び巨大な扉を振り返った。

「…………なんか、怖いな」

 古代遺跡に存在する、オーバーテクノロジーで造られた扉。
 その扉の奥に何が存在するのかは解らないけど……何か、大変な事になるだろうことは予想出来て、俺は身震いした。
 何事もなく調査が終わればいいんだけど。











▼現在のアイテム(探索三日目終了時点)

 ○回復系
  ・自家製回復薬(中)×25個
  ・毒消し薬(中)  ×20個
  ・包帯1ロール  ×5 個
  ・気付け薬酒   ×2 瓶
  ・リモナの実(袋)×1  袋(中身は半分ほど)

 ○攻撃系
  ・狩猟用麻痺薬(中)×9 個
  ・自家製睡眠薬(中)×2 瓶
  ・雑草の種(小袋) ×1 袋
  ・シュクルの種   ×20個

 ○その他
  ・清潔な布      ×3 枚
  ・そこそこ綺麗な布  ×7 枚
  ・飲み水(中)  ×3 瓶
  ・水琅石のランプ ×1 個
  ・狩猟用ナイフ  ×1 個
  ・小さな弓    ×1 挺
  ・丈夫な弦(一巻)×2 個
  ・シュクルの実  ×15個
  ・鎧ネズミの外殻 ×35枚
  

 食料の残りは、パーティ全体で残り4/6




 
しおりを挟む
感想 1,346

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

少年探偵は恥部を徹底的に調べあげられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...