異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編

4.楽しい仲間が(戦場で)ぽぽぽぽーん

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 しかしさ、ドラマとかでよくある「オラァ、表出ろやァ!」を俺が体験するとは思わなかったよね本当。相手はチンピラじゃないし、ここもファンタジー世界だから、思っていたのとは違うけども。

 つーか相手がチャラ男でよかったかも。
 俺、リーゼントでアロハシャツのチンピラが、中二病な呪文を唱えて魔法を使うのなんて見たくな……いや、正直ちょっと見たいな……。
 そう思うとチャラ男で残念だったが、そんな事言ってる場合じゃないか。
 相手が術師なのかどうかも解んないんだし、油断はしない方が良い。

 通りは既に人もまばらになり、街灯の明かりとほんの少し舞い上がる大地の気が照らすばかりだ。
 その中心に立ち、トルベールはズボンに手を突っ込み余裕笑みを浮かべている。まるで、警戒を崩さない俺達を見て嘲笑あざわらっているかのようだ。完全にこっちを甘く見てやがる。

「そちらさん方は……出で立ちからして術師かな。防具をまるで装備してないなんて、えらくお強いんでしょうねえ」
「さてね。そっちも余程自信が有るようだけど、そんなに油断してて良いのかい」
「そうっすねえ。こっちは一人、そっちは二人だ。不利ですねえ」

 チャラ男独特の口調でのらりくらりと言葉を流すトルベール。話を引き延ばしているようにも見えるし、言いたくない事だからとぼけているようにも見える。
 どっちにしろ、欲しい情報は聞きだせそうにない。
 ならば、やるべきことは一つだ。

 俺とブラックは互いを見て頷き、俺はブラックの背後へ回った。
 横に居て弱い俺から狙い撃ちにされたら、色々困るからな。

 相手も俺達が戦闘態勢に入ったのを見て、ようやく片手をポケットから引き出した。

「んじゃまあ、こっちも事を荒立てる気はないんで、俺かあんたがた……どっちかが倒れたら終いってことで」
「おや、あくどい事をしてるわりには随分ずいぶん優しいね」
「このご時世、ハデにやらかしてちゃぁ渡世もままなりませんからねぇ」

 そう言いながら、相手は片手を天に掲げる。
 自信満々に俺達を見やるトルベールを見て、俺は嫌な予感を感じていた。
 うーむ、こういう余裕綽々の敵って、絶対隠し玉を持ってるんだよな。そして、それは初見では見破る事が出来ない。だから相手はすごーく調子に乗ってるのだ。
 だとしたら、迂闊うかつに仕掛けるのはヤバいかも。

 にわかに警戒する俺だったが、しかし幸い相手には気付かれていない。

 トルベールはにやにやと笑いながら、その体に気を纏い始めた。
 気……と言う事は、あいつも冒険者が出来る程度には気の付加術を使えるのか。

「花を惑わす夜蝶の香りよ、今ここに全ての物への手向けとして、華やかな安らぎを与えたまえ……【ブリーズ・フラガンシア】……――」

 安っぽい詩のような呪文を呟きながら、トルベールはその手をこちらへ向ける。
 何が来るのかと思ったが、いきなり顔を覆う様な物凄い香水の匂いに面食らい、俺は顔を腕でかばった。良い匂いの香水でも、ここまで強烈だと鼻が曲がる。

「ぐっ、き、貴様なにを……!!」
「この一帯は実に獣臭いものでねぇ。私には耐えられないもんでつい!」

 笑いながら言うトルベール。完全にこっちをバカにしている。
 ブラックもそうは思っているようだったが、相手のペースに乗ってはいけないと思ったのか、冷静に相手を睨み付けていた。

「ブラック」
「どうやら毒ではないようだけど……こういう敵は厄介だね」

 こちらにどういう働きかけをしてくるのか解らない。理由はあるはずだが、それが何に繋がるかこちらには把握できない。それが、俺達の余裕を削り取る。
 相手の作戦だとは解っていてもどう対処すれば良いのか解らない。
 香水があると危ない気がする。どうしよう、風が使えれば……。

 そうだ、俺にはこの前覚えた木の曜術師式目潰し術の【アーシェル・ガスト】があるじゃないか! 香水が危なそうなら、吹き飛ばしてしまえばいいんだ!

 俺は気分が悪くなるような香水の匂いの中で、バッグの中に忍ばせておいた雑草の袋に手をやった。ふふふ、俺も冒険者だ、抜かりはないぜ。
 ついでにトルベールを拘束して倒してしまおう。
 そう思い、一気に力を籠めて呪文を呟こうとする。だがしかし、場馴れしているトルベールの方が術を発動するのが早かった。

「おっと、抵抗はやめて頂きましょうかねぇ! この荒れ果てし土地に神の豊潤たる恵みを与えよ……降り注げ、アクアレクス・カレント!」
「えっ……!?」
「させるかっ! 我が力に従う邪悪の火炎よ、我に仇なす彼の者を焼き尽くせ――【ディノ・フレイム】!!」

 トルベールの言葉に驚いた俺を余所に、ブラックはトルベールを指さしてその先から高出力の炎を出現させる。だが、その炎はすんでの所で相手の作りだした水に遮られてしまった。
 炎によって煙を上げる水の盾に、ブラックは忌々しげに舌打ちをする。

「チッ……水の曜術師か、分が悪い……」
「まったく、炎の曜術師ってぇのは直情型でホントヤだねえ。ちったあこの水の様に、流麗にいかないもんかね……こういう風にさあ!」

 トルベールが、ポケットに入れていたもう片方の手をこちらへと向ける。
 やべえ、何か仕掛けてくる。
 くそっまだグロウもちゃんと掛かってないってのに……しょうがない!

「この場の不浄な空気を消し去れ、【アーシェル・ガスト】……っ!」

 両手を突き出し、グロウで成長させた草をフロウで巻き上げる。
 自分を中心にして、草を操る事で風を巻き起こす。暴風、とまでは行かないけど、この場の香水のにおいを散らすくらいの威力ではあるはずだ。
 しかし、俺の頑張りを余所に自体は悪化していて。

「なんだと……っ!?」
「炎は水に勝てない……生半可なもんじゃ特にな!」

 トルベールの水の盾が、炎を急激に吸い上げて行く。その様はまるでブラックの力を取り込んでいるようで、ブラックもこれには驚き、術を中断させた。
 しかし水の盾に含まれた炎は消えず、それどころか威力を増して。

「なっ、なんで!? 水が炎を纏うなんて……!」

 どういう事だと目を見開く俺の前で、トルベールがニヤリと笑う。

「鉄仮面君、いい術もってるねぇ……でも、もう遅い」

 香水の強い香りが消えても、鼻の中にこびりついたようにその甘ったるい匂いが俺達を苛む。気分が悪くなりそうだ。
 思わずふらつく俺の目の前で、トルベールは水の盾を支えていた方の手を握り、ぴっと人差し指を突き出した。

「お前の炎、返すぜ!!」

 刹那、水の盾が変形し、一直線にブラックに向かって行った。

「ブラック!!」
「ちぃッ!」

 自分の術を返されたが、ブラックは冷静に剣を引き抜く。
 そうして、向かってきた炎を剣で切り捨てた。

「――――ッ!!」

 俺の目の前で、両断された炎が突きぬけて行く。
 その炎が、俺の術の風に乗ったのか、俺達を通り過ぎてさらに向こうへ走ろうとした。
 やっ、やべえ、このままじゃ周囲に火が……!

「おっとぉ! やっべえやっべえ!!」

 軽くそう言いながら、トルベールはすぐに天に掲げていた手を降ろす。
 それと同時、鉄仮面の外からポツンと言う奇妙な音が聞こえて、俺は思わず上を見た。雲もない空から、細かい何かが降り注いでいる。
 仮面の隙間から入り込んだ冷たいそれが頬を伝うのを感じて、俺は瞠目した。
 これって……雨……!?

「いやあ、危なかった」

 雨が降った瞬間、炎が萎びたように地面に落ちて消える。
 トルベールが作った術だからなのか、それとも炎が雨に弱いのか。信じられない光景に戸惑っていると、ブラックが唐突に膝を突いた。
 え、え!? なんで膝付いてんのオッサン!

「ぶ、ブラック! 怪我したのか!?」

 慌てて駆け寄るが、ブラックは自分でも訳が分からないと言うように、忙しなく視線を彷徨さまよわせている。気が付けば顔が真っ赤になっていて、雨に当たれば当たるほどブラックは力が抜けて行くようだった。

 なんだ、なんだよこれ……もしかして、毒の雨……!?
 でも何故だ、アイツには雨に何かを含ませる暇なんてなかったはず。
 もしかしてさっきの変な術が関係してるのか。でもだったら香水はどうして。

 香水は撒き散らして匂いを消したはず。
 なのに、なんでブラックはふらついてるんだ!?

「ブラック、ブラック!」
「くっ……な、なんだ……これ……力が抜けて……」
「あはは、初めてでしょー、こういうの! 冒険者ってのはカンタンちゃんが多いから、本当助かるぜ。高価な雨だ、感謝しろよぉ?」

 雨に打たれながらケタケタと笑うトルベール。
 早くこれを止めさせて、ブラックを医者に連れて行かなくては。
 そう思い、俺はトルベールを睨み付けた。

 こうなったら、俺がやるしかない。
 俺はブラックをかばうように前に立つと、トルベールを仮面の中から睨み付けた。

「おっと……そうだった、鉄仮面君を忘れてたね。君には別の方法を使わなきゃ」
「何をがたがた言ってやがる……今度はこっちから行くぞ!」

 もう手加減なんてしてられない。
 人間に怪我をさせるために術を使うなんて嫌だけど、これは決闘なんだ。相手も解っててやってる。だから、遠慮する事は無い。
 俺は新しい種を握り締め、出来るだけ広範囲にばら撒いた。

「刃よ、彼の者の心を挫かんと巻き上がれ……【メッサー・ブラット】!!」

 今度の術は、完全に相手を傷つけるための技。
 トルベールもそれに気付いたのか、それとも俺の周囲に出現した無数の草の刃に驚いたのか、どこか感心したかのように口をすぼめていた。

「なんと……鉄仮面君は木の曜術師だったのか……! しかし、これはすげえ」
「ぺちゃくちゃ喋ってんなよ!!」

 行け、とばかりに勢いよく振り下ろした手を合図として、鋭い刃がトルベールへと向かう。相手は微動だにしなかったが、しかし。

「えっ……」

 消えた。
 俺の技が決まる前に、トルベールはその場から消えたのだ。

「はーい、こっちですよぉっと」
「!?」

 唐突に視界が開ける。鉄臭い臭いがなくなって、俺は周囲を漂っていた別の臭いに目を見開いた。そうか、これは……。
 ブラックが戦闘不能に陥った本当の理由に気付いたが、もう遅い。

 俺の体は無理矢理反転させられて、背後のトルベールに囚われてしまった。

「……お? 強いだけじゃなくて、随分と可愛い子じゃない」

 伸ばした茶髪を整えた、浅黒い肌の優男。
 だが、相手の実力は本物だ。

 思わず息を呑んだ俺に、トルベールは――――

「アンタら、いいねえ……。凄くいいよ」

 そう言って、笑いながら俺の体を投げ飛ばした。
 俺の体が宙を舞って、地面に落ちる。それは、俺達が負けた事を意味していた。














 
※勝負には負けたが○○には勝つ(^ν^)
 
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