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裏世界ジャハナム、狂騒乱舞編
12.迂闊な行動をすると、後で困る事になる
しおりを挟む……困った事になった。
俺は頭を抱えながら、サロンの中で動けないでいた。
「……鉄仮面君、どうする?」
「どうするも何も……なんでこんな事になるんですかね?」
俺の目の前にある机には、見た事も無いような数の紙束が散らばっている。
その紙束に書かれている文字は、どれも端的で似たような文面だ。
だけど俺はそれを読む気にはなれず、剥き出しの膝の上に頭を付けた。
そう、これは招待状。それに好意からの手紙だ。
ファンレターなんて自惚れるつもりはないし、そんな事など思いたくもない。
でも、これらの文面は微妙に文章は違えど言っている事は同じだった。
この手紙たちが言いたい事は、つまり……「ぜひ自分に踊り子を紹介してくれ」……という事で。
「ははは……釣られ過ぎやしませんか……」
「ツカサ凄いなこれだけの手紙なんて、オレは父上の部屋でしか見た事ないぞ」
「クロウもかなりの手紙貰ってたじゃん…………」
「でもツカサよりも少ない」
手紙の多さなんて関係ないんだよクロウ。お誘いって言うのはね、要するに「私にちょっとやらしい接待して下さいな」って言っているようなもんでね。
普通の社会でなら良い交流の機会だけど、裏社会で雇われの踊り子を呼びたいだなんてどう考えても悪い予感しかしない。
というか、クロウの方の手紙は女性からの方が多いし、男の方も九割用心棒として雇用したいって奴だったじゃんか。俺の「お茶のみたい」とか「踊りの礼として食事に誘いたい」とか言う浮ついた奴じゃないじゃんんん。
「いいなあ、クロウ……真面目に評価して貰えて……っていうか俺も女の人からの手紙が欲しかったなあ……」
「鉄仮面君の手紙の内訳、九割男だもんねえ」
「ああもう本当覚悟はしてたけどこの手紙すぐ燃やしたい」
最後の恐ろしい発言はもちろんブラックだ。
でも今は俺も同意したくて仕方ない。演者にこういう手紙が届くのはそう珍しい事じゃなさそうだし、俺もまあ最初は二三通届けばいいかなと思ってたんだが。
なのに、どうしてこんな極端な事になるんだろう。
「とにかく……この中から目星をつけといた奴を探してー……おっ、有った有った。ホント鉄仮面君は誘蛾灯みてーだなー。怪しい奴ばっかりドンピシャで釣れてるわ」
「それ、褒めてる? 褒めてるの……?」
俺の懇願にも似た弱々しい声を無視しながら、トルベールは紙束の中から数枚の紙切れを取り出す。その数枚の手紙の主が、ブラック達が怪しいと思った奴らなんだろうか。っていうか誘蛾灯って。俺誘蛾灯って。
せめてもうちょっと誇れるような物に例えて欲しかった……。
「えーと……五人だな。旦那、とりあえずお礼の手紙出しときますか」
「そうだね」
そう言いつつ、ブラックは険しい顔をしてペンを取り出す。
何をするかと思ったら、テーブルの上の手紙を全て片づけて、新しい便箋にさらさらと文字を書き始めた。どうやら、手紙に対してのお礼らしい。
何をしているのかとトルベールに聞くと、相手はニヤっと笑いながら「次回に可能性が持てそうな、お断りの手紙」だと説明してくれた。どうやら、これが「おいそれと会えない踊り子」というイメージ確立への第一歩らしい。
手紙には、誘いをくれた事への丁寧な感謝の言葉と、甘い果物を添えておく。すると相手は次回は誘えるのではないかと希望を持ってくれる……と言うのだが。
「なんで果物?」
「ツカサ君、いつも甘い果物をあまり食べた事がないって言ってたでしょ? それってどこの国でも一緒でね。だからパシビーやシュクルの実なんかは、凄く高値で取引されているんだ。そんな物を添えて来るってなったら、好意を持たれてると思ってもおかしくないだろう?」
「あー、そっか……」
なるほど、だからこの施設に来る前に、俺にシュクルの種を成長させて実を収穫してって言ってたのね。おやつ代わりかと思って忘れてたが、やっと理由がわかったよ。
そりゃあ、丁寧なお礼が有れば相手も悪い気はしないだろうな。
感心する俺の横で、シュクルの実を飾り紙で包みながらトルベールが肩を揺らす。
「まあでも、それも鉄仮面君や熊の兄さんの魅力が有っての事だし、ブラックの旦那の美形貴族な感じがあってこそだけどな。俺がこんな事しても、裏が有ると思われるし……おっと。ワタシだった」
うーん、確かにそう言われれば。
トルベールは意外と礼儀には煩そうだけど、でも興行団の俺達に変わってってのはどこか不自然だし、オファーを受けたのは俺達だ。なら、ブラックが断るのが筋だろう。お断りしますってのは角が立つ場合もあるけど、無精髭も剃って服装も格好いい“完璧悪役紳士”って感じの今のブラックなら、誰もが納得するだろう。
はあ、羨ましい……。せめて俺もさあ、もう少しこう、顎がガッシリしてたり背が高かったりしたら女にモテ放題なんだろうけどなあ。男にモテてもなあ。
しかし、自分の今の格好を顧みると溜息も出ない。
えっちでアラビアンな踊り子の服に、長い髪の鬘。
はいはい、もうマジの女装ですね。
間違えてはいけないのが、女装と男の娘は違うと言う事だ。
俺は男だ。女に寄せた格好をしたとて、男が好きでも女性服が好きな訳でもない。つまりこの意識が男の娘と全く違うわけだな。うん。
だから俺は男に興味はない。友情でなら喜んでスクラムでも寝技でもやってやるが、踊り子として茶に付き合うと言うのは、どう考えても男の範疇ではなかろう。
つーか手紙くれた奴ら全員に問いたい。
これでもし俺がソーラン節踊ったとしても、こんなオファーしたんかい。
完全にえっちな衣装と振付に惑わされてるだけじゃないのか。
ステージ降りてスッピン見たら「やべえよ……ファンやめるわ……」なんてのも多い世の中、どう考えてもあの雰囲気で俺の事を誤解しているとしか思えない。
いやでも、それはそれで、中身はショボいとか思われたら悲しいんだけどさ。
「ぐぅうう……踊り頑張ったし、褒められたいけど褒められたくないぃい……」
こんなに悩む評価は、中学生の通信簿に「絶妙に友達付き合いが出来てますが、女子の事が」とか書かれた時以来だ。なんだよ絶妙って。
悩む俺だが、誰も慰めてはくれない。
そうだよね、トルベールとブラックは作戦の為に頑張って作業中だもの。
クロウはお菓子をムシャムシャしてるけど、俺の俗な苦悩なんて知ったこっちゃないから、平然としてて当然だもんな……フフ……俺って汚れてる……。
「ツカサ、サロンのお菓子たべよう。甘いだけだが腹の足しになる」
「お前も本当に遠慮がないな」
「ツカサが作るものの方が全部うまい。料理も、木の実も。あの白い甘い木の実は前に食べた事が有ったが、それ以上にうまかったぞ」
「そ、そう?」
無表情でもこくこくと頷くクロウに、俺はちょっとキュンとする。
人の話は聞かないし物凄くマイペースだけど、クロウは嘘は言わない。それに頷くたびに頭の上で耳がひこひこ動くし、なんかもう本当辛い。
オッサンじゃなかったら耳触ってるのに。
「どうした」
「あのー……いや、耳が物凄く動くなあって」
そう言うと、クロウは不思議そうに頭の上を見て自分の耳を掴んだ。
「耳……? ああ、何故だかツカサと一緒に居るとよく動くんだ」
「へー……」
「触りたいのか」
「えっ!? あ、い、いや~……まあ……それは……。でも、嫌だろ?」
獣人の耳や尻尾を触るのは、ネット小説漬けだった俺的にはある種の夢だ。でも、獣人って気を許した人以外に尻尾や耳を触られるのは嫌いだって言うし、今まで極力触らないようにと我慢してきたんだが……。
おずおずと聞いてみると、クロウはまた眠そうな目をしぱしぱとさせながら、不思議そうに首を傾げた。
「触って良いぞ」
「えっ、いいの?!」
「ツカサなら許す。でも、強く引っ張ると痛いから、それはやめてくれ」
「分かった! ありがとうクロウ!」
うはー! 念願の獣耳だー!
駆け寄って、ソファに座っているクロウの後ろから耳をそっと掴んでみる。すると、生暖かくて意外としっかりとした耳は、俺の手の感触に少し動いた。
猫の耳よりもかなり分厚くて少し触っただけではへこまない。だけど、柔軟性は凄く高そうだった。本物の熊の耳とはちがうのかな。良く解らないけど、小まめに頭を洗えと言っているおかげかクロウの熊耳は獣臭くはない。
うーん、触り心地が良すぎるぅ。
もにもにと触っていると、こちらに背中を向けているクロウがぼそりと呟いた。
「ツカサ、お前は意外と大胆なんだな」
「え?」
「こんな所で耳を触られるとは思わなかった」
なんだか意味が解らないけど……クロウって意味不明な事ばっかり言うし、嫌がってないならまあいいか。
それにしても気持ちがいい。こんな風におっきい獣耳を触って暇つぶしできるなんて、本当俺って幸せものだなあ~。
どうせ明日からどんどん忙しくなるんだろうから、今は耳を堪能しておこう。
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