異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

27.天国のような村の地獄

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「ちょっとぉおおお人が次から次に湧いて来るんですけどぉおお!!」
「くっそ、こいつら本当になりふり構わないな!!」

 叫ぶ俺の後ろで忌々しげにオッサンが言葉を付け足す。
 本当ですねと言いたい所だが、残念ながらそんな余裕は俺達にはない。
 早足で駆ける藍鉄が曲がり角に差し掛かろうとした瞬間、横から花瓶らしき物が飛んできて俺達の頬のすぐ横をかすって地面に落ちる。

 そのニアミスに悲鳴を上げる暇もなく、俺達は遠心力に大きく体を傾いだ。
 急カーブを土をえぐりつつ曲がる藍鉄の体は、人二人分(+キノコとヘビ)の重さなど感じさせずに難なく体勢を戻し、速度を落とさず館から離れようと駆ける。
 村長の館の周辺に煉瓦の壁なんてものが無くて良かった、と思っていたが、障害がないと言う事は、その分敵に見つかりやすく攻撃も受けやすい訳で。

「待てぇえええ!!」
「おいコラ、戻ってこい!!」

 罵倒のような声の群れが、後ろから追ってくる。
 それだけなら良かったんだが、あいつらは俺達を何とか足止めしようとあらゆる物を投げつけて来た。すぐ横を木のくいが飛んで来た時には肝が冷えたが、しかし、藍鉄は後ろの光景も見えているのか、俺達が指示せずとも華麗に避けてくれる。
 さすがは馬、全方向視界は伊達じゃない!

 しかし、さすがにそれも人が多くなるとそうも言っていられない。
 村長の館を抜け、道の先に村の住民達の家々が現れたのをみて、俺は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

 だって、村の家の明かり全部ついてんだもん。
 なんか人が出て来てる気配するんだもん!!

「おぉおおいブラック本当に村を突っ切るのか!?」
「仕方ないよ! アイテツ君は体が大きいから、森に入ると身動きが取れなくなる可能性がある。それに、僕達はここらへんの地理に詳しくないだろう!」

 そりゃそうですけどもさ!
 だからって自ら危険地帯に入るとか自殺行為過ぎませんか!!

 青ざめる俺に構わず、ブラックは民家に挟まれた道に藍鉄を向かわせる。
 家屋の明かりが道を照らしているお蔭で周囲を確認し易くは有ったが、それだけの感想で終わるなら苦労なんかしない訳で。

「くそっ、やっぱりおいでなすった!」

 ブラックのヤケ気味な声に前方を見やる。
 そこには、家から路地から人影がぞろぞろと溢れ出て来る光景が有った。
 皆一様に目が据わっていて手には凶器を持っている。生きた人間だと言われようが、その異様な光景はゾンビのようで、俺は思わず青ざめて顔を引き攣らせた。

「逃げるなぁあああ!!」
「待てぇええ!!」

 怒号のような叫び声が背後からも前からも聞こえる。
 まさに前門の虎後門の狼状態で、俺達はなす術もなく村人達の待つ民家の群れへと一気に突入した。

「おい馬は傷つけるな!! 売れなくなるだろ!!」
「テメェら降りろ!!」
「アンタ達逃げたらどうなるか解ってるでしょうね!」

 笑顔で俺達を歓迎してくれた人々の顔は、今や鬼そのものだ。
 男も女も、老人も若者も関係なく、みんなが俺達を睨み付けている。
 口を開けば罵倒や金勘定による注意を言うだけで、俺達を心配するものなど一人もいない。馬上から見るその姿は地獄の亡者にも見える程恐ろしかった。

「ツカサ君しっかり捕まってて!」
「うぉおお!?」

 そんな村人達を見て、ブラックが大きく手綱を操る。
 藍鉄はいななき村人達の間を器用にすり抜け、思いきり跳躍した。

「わぁああああ!」
「あの馬跳んだぞ!!」
「くそがっ、モンスターはこれだから!!」

 村人達の壁を飛び越え、藍鉄は難なく地面へ着地する。
 一気に村人達と距離が開いたが、それを見越したかのように次々に前方に新しい奴らが壁を作っていく。村の入口まではそう距離はないはずなのに、障害物があると言うだけでかなりの距離に感じてしまい、俺は焦って背後のブラックに叫ぶ。

「ブラックどうすんだよっ、これじゃキリがねーぞ!!」
「くそっ、いくらディオメデでも、そう何度も高く跳躍は出来ないし……!!」

 流石にブラックも焦って来たのか、手綱の指示が狂いだす。
 相当ヤバい状態であることを明確に知らされたようで、俺はどうすればいいのかと必死で頭を働かせた。やはりここは黒曜の使者の力を使うべきだろうか。

 だがどれを使う? どう発動させる? 相手を殺さないように制御する方法は?
 唯一安定している木の曜術は、植物の生える場所を指定する必要がある。空中に生やすなんて事は流石に出来っこない。それに、集中力を使うんだ、今の状態ではどうしようもない。ブラックは藍鉄を走らせるので忙しいし、どうすれば。

「くっそ……万事休すか……!!」

 このままでは逃げられない。
 そう思った、刹那。

「ム――――っ!」

 今まで俺の腕の中で大人しくしていたピクシーマシルムが、急に藍鉄の頭の上へと飛びだした。驚いて手を伸ばすが、しかし、小さな体は俺の手をすり抜ける。

「おっ、おい!!」
「ムムムムムー!」

 怒ったような声を出して突然現れたピクシーマシルムに、村人達が一瞬怯んだ。
 その瞬間、ピクシーマシルムは思い切りカサを大きく膨らまして、周囲に金色の粉のようなものを猛烈な風と共に爆散させた。

「――――ッ!?」
「ツカサ君、アイテツ君息を止めて!!」

 ブラックのとっさの判断に合わせて俺と藍鉄は同時に息を止める。
 家屋の明かりに煌めく金の粒は、煙幕のように前方に広がっていた。まるで俺達を光で隠しているかのように視界を覆っている。まさか、煙幕なのか。
 しかし、その粉の効果はそれだけでは無かったようで。

「……!!」

 前方に居た村人達の姿が見えない。
 どういう事だと眉根を寄せた俺の視界の下に、うずくまっている人影が見えた。
 これ……村人達?!
 どういう事だ、みんな倒れてるぞ!?

 困惑する俺を余所に一気に金の煙幕を抜けると、ブラックが思いっきり息を吸い込みながら説明しだした。

「ゴホッ、どうやら、このピクシーマシルム……眠り粉が使えたみたいだね」
「眠り粉!?」
「ムムー!」

 な、なんにせよ助かった。
 助けるつもりが助けられてしまったなんてごめん、ありがとうぅうう!

「キノコ君、その調子で敵が群がってきたら煙幕を!」
「ムー!」

 藍鉄の頭の上で勇ましい声を出しながら、ピクシーマシルムは再び群がってくる村人達に姿勢を低くする。ブラックが藍鉄に指示を与えて村人を避け、逃げる事が不能になったらピクシーマシルムが煙幕と睡眠の効果のある粉を撒き散らす。
 亡者のような呻きを上げながら後方から追いすがってくる村人達も、金色の煙幕の効果に恐れをなしたのか、武器を投げつけて来るだけで距離を縮めようとはしない。

「お前らァアアア!!」
「待ちやがれ、逃げると殺すぞ!!」
「呪ってやる……呪ってやる戻ってこいエサ共ぉおおお!!」

 声だけが妙にはっきりと追いかけてくる。その声を聞きたくなくて俺は耳を塞ぎたくなったが、そんな場合ではないと首を振った。
 まだ、逃げきれていない。ブラック達が頑張っている。
 俺だけが、何もできてない。
 出来る事が有るはずだ。いや、やらなきゃいけない時が来る。
 だって、あいつらにはまだ。

「エサ共待てやぁあああ!!」

 背後から複数のひづめの音が聞こえる。
 それらは村人達の罵声を軽く追い越して、俺達に迫って来ようとしていた。

「やっぱり来た……!!」

 あいつらには、まだ奥の手が有る。
 藍鉄に追いつく術が有ったんだ。

「そうか……あいつらにもディオメデが居たんだったね……」

 眠り粉の煙幕を巧みに避けながら向かってくる二頭の黒い馬の上には、鬼のような形相に歪んだ村長と、若い男がまたがっている。
 剣を持ち、俺達を殺そうと思っているのを隠しもしない姿で。
 その姿は最早、人間であるとは言い難いものだった。












※す、すみません時間が無くてここまでです:(;゙゚'ω゚'):
 
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