異世界日帰り漫遊記

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北アルテス街道、怪奇色欲大混乱編

番外 とある宝飾技師の追想

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 二つのアルテス街道を繋ぐ交通の要所、マイラ。
 その街を中心として、今現在アコール卿国では不思議な噂が流行していた。

『化け物の村を一掃し、街道に平和をもたらしたパーティーがいる』
『そのパーティーは親子だそうな』
『いやオッサンと愛玩用奴隷』
『可愛い貴族と従者とかって聞いたけど』
『とにかく、その少数精鋭の彼らが、六つの村を壊滅させた化け物の村を殲滅して国主卿にたいそう感謝されたらしい。けれど、彼らはその栄誉をひけらかす事も無く、どこかへ去って行ってしまったそうだ。近年まれにみる不思議な話だなあ』

 それは当然だろう。
 自分の記憶が確かならば、あのブラックと言う男は心底お相手の少年に惚れていて、彼をおおやけの場に連れ出す事を限りなく拒んでいたのだから。

(…………あの若造は、ちゃんとやれてるのかね)

 人々の笑顔を見たいが為に、四十年以上も宝飾技師という職業を続けてきた老年の男――――ゲイル・ガルダンバンドは、窓の外の夕焼け空を見上げた。

 この噂話の半分が真実であることを、このゲイルという老人は知っている。
 何故なら、彼はその「稀有な事態」を起こした張本人と、この工房で色々と語り合ったからだ。特に、父親だの従者だのと散々な勘違いをされている男の方と。

 ――初めての出会いは、彼らが自分の仕事を邪魔した事から。

 初対面の時、ゲイルは二人の事を「なんと礼儀知らずな若造どもだ」と思っていたが、礼儀知らずの中年の方……ブラックという奇妙な名前の男が見事な技を見せて来た事で、ゲイルは彼らに興味を持った。というか、珍妙だったので気になったと言った方が正しいか。
 何故なら、彼ら二人はどう見ても普通の旅人では無かったからだ。

 服装もそれなりの冒険者だし、二人ともそこそこ修羅場を潜り抜けているような落ち着きはあったが、しかしブラックと言う男に付き添う少年……まだ年若く幼い顔の可愛らしい少年は、とてもじゃないが旅に出るような人間には見えなかった。

 自分の孫よりも幼そうに見える少年が、モンスターとまともに渡り合えるわけがない。だのに、この腕の立ちそうな男は平然と彼を連れ回している。少年も野生のモンスターを連れて来たりして、まるで危機感と言う物が無い。
 恥ずかしながら、最初はゲイルも「この少年はこの男の愛玩奴隷ではないか」と勘繰かんぐったものだったが、実際はそうではなかった。
 いや、もっと酷かったと言うべきか。

「十も年下の女の嫁さん貰うってんならまだしも、二回りも年が離れた子供を恋人だってんだから、本当世も末だ」

 その事を考え始めると調金が上手くいかなくなるので、ゲイルは一休みする事にして、調理場で大して美味くもない汲み置きの水を飲んだ。

「……ツカサとか言ったか、あの坊主のスープは美味かったな」

 可愛い少年は「お詫びと、ブラックをお守してくれたお礼です」と“れしぴ”とか言うメモを置いて行ってくれたが、金の曜術以外のことはてんでダメなゲイルには作れる気がしない。なので、食べたい時は近所にある馴染なじみの酒場に調理を頼んでいるのだが、何故かツカサの料理にあと一歩足りなかった。
 美味いのだが、何かが違う。

 ツカサの作る料理は、普通の料理人の料理より妙に美味かった。
 器量も良いし、気風も良い。なにより、どんなものにも優しくて好ましい。
 連れ添う相手の手綱をしっかり握っているのも、男としては頼もしい限りだ。
 もしゲイルが若者であれば、間違いなく彼に惚れていただろう。
 そう思って、苦笑した。

「まあでも、その程度の事を見て好きだと思える性格なら……あの若造も苦労してねぇんだろうなァ」

 そう。ブラックと言う男のツカサへの情念は、ゲイルの軽い感情よりもはるかに深く重く面倒そうなシロモノだった。
 その情念が物を言い、あの少年を射止めたのだろうが、それにしてもブラックの恋愛観……というか、他人との触れ合いに関しての考え方は、近年まれにみるほどの酷い有様で。このままではツカサに愛想を尽かされそうだった。
 だからこそ、ゲイルは彼を哀れに思って色々と教えてやったのだが。

「…………あの若造、ちゃんと調金してやがんだろうな?」

 その事を考えると最初の懸念けねんに戻ってしまい、ゲイルは溜息を吐いた。

 ブラックと言う男は、あの年齢でありながら、まるで「恋人同士」と言う物を解っていなかった。いや、考えた事も無い大馬鹿野郎だったとでも言った方が良いだろうか。

 宝飾品を見てアホな事を言いだした時からもしやと思っていたが、ツカサが去って、ブラックに改めて宝飾品の何たるかを教えている時にそれは発覚した。

 ブラックは、一度も恋をした事がない。
 それどころか慕う相手と言うものすらも作った事がない、ダメ男という事が。

 ゲイルは、そんな物がこの世に存在している事に深い衝撃を覚えた。と言うか、そんな思考を持ったまま、三十年以上も生き続けた男がこの世にいるなんて思いもせず、神になげかずにはいられなかった。

 普通、真っ当な人であれば一度くらいは恋をするだろう。
 相手を手に入れる方法を模索し、一度は宝飾品を買う事も考えたりするだろう。
 そして恋に破れて、一つ大人への階段を登って行く。それが当然だとゲイルは思っていた。だからこそ、宝飾品の事など誰もが知っている物と思っていたのに、まさかこんな超絶朴念仁がいるなんて。
 そりゃあ神にも嘆きたくなる。嘆かない人間は宝飾技師として失格だ。

 ゲイルの宝飾技師魂は、ブラックのその衝撃の事実を無意識に嗅ぎ取ったから、彼に宝飾のなんたるかを教えようとした……のだろうが、実際説明させれると強烈な絶望感に襲われた。宝飾を軽んじられたからではない。この三十路の男の人生が、あまりにも哀れに思えたからだ。
 この年まで恋を知らなかったなんて、頭のねじが抜けているとしか思えない。

 価値観など人それぞれだと解っていようが、仲間であろう年下の少年にまで「えっ」とか言う顔をされるなんて、年上としては結構傷付くではないか。自尊心ズタボロになるではないか。それなのに平然としてるなんて、どうかしている。
 そう思ったが、しかし……彼の独白が意外な方向へ振り切れたことで、ゲイルは考えを改めることになった。

『でも、僕はやっと好きな人を……ツカサ君という恋人を、手に入れたんです』

 はにかむような、心底幸せそうな、だらしのない笑顔。
 まるで初恋の幸せにまどろむ少女のようなその表情に、ゲイルは全てを悟った。

 ああ。これが、彼にとっての初めての恋なのだ。
 だから彼は今まで、何も知らなかった。知ろうともしなかった。
 そして、これ以上の恋は、彼にはもう――――訪れないのだろうと。

(……だから、協力しちまったんだよなぁ…………)

 一人椅子に座り、ゲイルはぼんやりとブラックの台詞を反芻はんすうする。


『幸せです。ツカサ君になら、殺されてもいい。ツカサ君が僕の事を思ってくれるなら、死んでも良いんです。……まあ、本当は死にませんけど。だって、僕が死んだらツカサ君が泣いてしまうから。それはそれでまあ、嬉しいんですけど』

『恋人なんです。初めてだけど、最高の恋人です。ツカサ君、可愛いでしょう? だから僕、心配で……恋人になれたら永遠にずっと一緒に居られるんですよね? だから、恋人になりたかったんですよ』

『でも二人とも、恋人が何をするのか解らなくて。だから今勉強してるんです。……僕は、彼と約束したんです。恋人らしいことをする、勉強するって』


 ……とても、中年の男が幸せそうに呟いたとは思えない台詞ばかりだ。
 けれど、今まで幾人いくにんもの恋人達を工房で迎えて来たゲイルには、彼の切実な思いとその執着が嫌と言うほど解ってしまっていた。
 ブラックと言う男が、どんなにツカサと言う少年を大事に思っているのかも。

 だから、ゲイルは彼に協力する事にしたのだ。

『お前よぉ、だったら、宝飾品のなんたるかを覚えとけ。それを知らずにあの坊主を繋ぎ止めるだの守るだのって言うのは、ちょっと無謀だぜ』
『えっ、そうなんですか?』
『いいか若造。首飾りや指輪ってのはな、相手を華やかにしたり、喜ばせたりするだけのモンじゃねぇんだ。相手を守ったり……自分の恋人だっていう証を身に着けさせるって意味合いもあるんだぜ』

 そう教えてやった時、あの男は目からうろこが落ちたような顔をしていた。
 自分よりも技術が上な男が、ゲイルの当たり前の恋人論に感嘆している。それが妙に面白くて、ゲイルはそれからブラックに「恋人とは」という事をじっくり講義してやった。

 まず、恋人同士ならば、相手が辛そうな時は手を差し伸べたり抱き締めるという事や、相手を先導したいのなら、紳士淑女として振る舞うという基礎知識。
 その次は、相手が「何を望むのか」を考えから行動するという思いやりについての講義や、一般的な“お付き合い”の事も教えてやった。
 そして……体を合わせる以外の、自分の愛の決意を伝える方法も。

(テメェが出来ねぇ事を先人ぶって教えるたぁ、俺も偉くなったもんだ)

 自分で講義しておいてなんだが、こんな甘い行動は女房にしてやった事もない。
 だが、気恥ずかしくて出来ないだけだ。
 愛される者がこんな扱いを望んでいる事くらいは解っている。

 だから、あの幼げな少年を喜ばせるのなら、そういう初々しい事をしてやるのが良いだろうと思ったのだ。恋人と言う存在を定義するのなら、それくらい甘い方が良い。そう考えて説明していて……ゲイルはその途中でふとある事を思いついた。

 彼は、宝飾品の素晴らしさをまだ完全には理解していない。
 ならば、商売っ気を出してもっと先の事も教えていいのではないかと。
 だからゲイルは気楽に「アレ」を教えてしまったのだが……。

「早まっちまったかな……」

 すっかり白髪が増えてしまった頭をぼりぼりと掻き回し、肩をすくめる。
 ひとえに心配なのは、彼の恋人だとされるあのツカサ少年だ。

 よくよく考えたら、若い身空であんな執着心の塊のような中年と結ばれてしまって良いものだろうか。いくら壮年の貴族が若人嗜好だからといっても、まだ十四かそこらに見える少年とだなんて前代未聞だ。
 そんな少年を、外道じみた大人のモノにするための片棒をかついだ……だなんて、夢見が悪い。自分の道は曲げないゲイルも、流石に申し訳ない気になってくる。

 しかし、あの哀れで薄汚れた純粋な若造の気持ちを思うと、彼と仲睦まじかったツカサから引き剥がすのも、可哀想に思えてくるのだ。ゲイルが見た限り、ツカサ自身がブラックの全てを受け入れているように思えたからこそ、なおさら。

「……恋ってのは、人の生き方と同じくらいに違いが有るって言うが……まあ、俺を恨まないでくれよ坊ちゃん。俺は情けねぇ奴の味方なんだ」

 なにせ、宝飾品と言うのは古来よりえない奴の切り札だ。
 冴えない奴でも、努力と見栄と愛の強ささえあれば、思い人を振り向かせる為の美しい贈り物を手に入れる事が出来る。

 思い人はその情熱と金額に魅了され、冴えなくとも真摯しんしに「誠意」を差し出してくれた相手にほだされるのだ。どんな人物でも、高価で美しい贈り物をされたら悪い気はしないだろう。そう、宝飾品は、いわば求愛者の武器なのだ。

 それに、宝飾品は相手を飾り喜ばせる為だけに在る物ではない。

 冒険者達が、水晶に曜気を込めていざという時の武器にするように、宝飾品にもそうした効果を持たせてお守りにする事も出来る。
 宝石に曜術を込めるもよし、貞操帯という物で貞操を守るも良し、守護獣の像を作って曜具として力を込めれば、緊急時には主人の命令で動く人形にもなる。

 それに、ある場所につければ「虫除け」にも使えるのだ。
 宝飾品は、決して飾る為だけの物ではない。守るための物でもあるのだ。
 その事を教えるのは、決して悪い事ではないはずである。

 だからこそ、贈る事で守ってやる事も出来るぞと若造に教えてやった。
 ……そうしたらあの若造は、にわかに瞳を輝かせて宝飾品を誉めそやし、すぐに「虫除け」の事を根掘り葉掘り聞いて来て、知るたびに感嘆していたのだが。

「まさか、本当にソレを作ろうとし始めちまうとはなぁ……」

 あの男は、この街にいる間中工房にやって来てはゲイルに教えをうていた。
 術を込めるにはどうするかとか、好ましい形状はどうだとか、どういう物が一番ツカサに似合うかとかもう本当に色々と、煩くなるほど聞いてきたのだ。
 それでいて修行には熱心で、子供のように熱中して。

 押しかけ弟子のようになっていた相手だとは言え、その姿を見るとつい協力してしまい、結局ゲイルはブラックに技法を教え、自分がいない時にもちゃんと調金が出来るようにしてやってしまった。

 あの男は、王室御用達の腕のゲイルですら舌を巻く天才的な曜術師だ。
 たった数日の間の修行でも、あの腕なら、思い通りの「贈り物」を作れるようになるだろう。
 おそらく、彼がツカサに送る「アレ」は、どんな貴族の令嬢の装飾品よりも尊く素晴らしい物になるに違いない。しかし……。

を飛び越えてってのは……どうなのかね……」

 年齢差を考えたら悠長に段階を踏んでいられないのか、好き過ぎて今すぐに結婚して自分から離れられないようにしたい、という気持ちが有るからなのか。
 どちらにせよ、焦った感情には違いない。
 ゲイルの顧客にもそう言う男はいた。彼らは皆、相手を心底好きになると成人前の少女のように憂鬱になり、相手を逃したくないと思い悩むのだ。
 そして、いつだって相手の気持ちを考えずに突飛な行動に出る。

 確かに、若い恋人と言う物は、常に移り気で危ういものが多い。
 自分が相手より老いていれば、尚更不安になる物だ。
 それはあの伊達男とて同じだろう。

 ゲイルの見立てでは、ブラックも内心自分自身の評価を低く見積もっているように見えた。だから、そういう不安に駆られてあの可愛らしい少年を必死に繋ぎ止めようとしているのは、痛いほどよく理解出来たのだが……。
 しかし、だからと言って直球で結婚指輪を作るだなんて。

「…………飾り気のねぇ恋人に送るにしては、性急過ぎる気もするがな」

 普通、自分好みの服や装飾を贈って自分色に染めてから、指輪を贈る物だろう。
 いや、あの男は普通ではないのだから仕方ないのか。
 そこまで考えて、ゲイルはいやいやと首を振った。

「そのままの姿が好きだからこそ、か」

 恐らくあの男は、自分好みに変える必要が全くないと思うほど、今の彼が好きなのだろう。だから、好みに染め変えるよりも相手を拘束する方を選んだのだ。
 恋人らしい事を学ぶのも、結婚指輪を作るのも、全ては彼のため。
 今のままの彼に、今の自分を好いてほしいからなのだ。

 そう思うと幾分か可愛らしく思えて、ゲイルは苦笑した。

「英雄様も、一皮むけばまだ子供か。……ったくあの野郎、この俺が教えたんだ、完璧に作れてねぇと承知しねえぞ」

 彼らは、自分達がアコール卿国で噂の英雄にされてるだなんて知らないだろう。
 今頃はもうベランデルンとの国境に着いているはずだ。
 指輪が完成したら手紙でもいいから報告を送れと言ったが、どうなる事やら。

「今度この街に来た時に結婚してやがったら驚きだが、どうだろうかね」

 もしあの男が失恋していたら、盛大に慰めてやるか。
 死にそうな顔をしてやってくる若造の顔を想像したが、しかし何故かあのツカサという少年が裏切るなんて事はこれっぽっちも考えつかない。
 むしろあの男を引っ張って挨拶に来るのではないかと思えて来て、ゲイルは今度こそ自分のしょうもない妄想に大きく笑った。



 その望み通り、ゲイルは後に二人と再会する事になるのだが――
 ゲイルの望み通りに工房を訪ねて来てくれるようになるのは、それより先の話になると言う事など……彼は予想もしていなかった。













※ベランデルン公国編から厄介な新キャラ登場(中年じゃないよ!青年だよ!)で
 ブラックの過去の事もようやくはっきりと出てきます。
 挿入する事はないですがクロウにツカサがやむを得ぬ事情で*したり
 クロウとブラックとツカサで※あーあーな事になったり
 するシーンとかあるのでご注意ください(´・ω・`)<ガンガン話進むべや
 
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