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ベランデルン公国、意想外者の不倶戴天編
6.紅葉って言葉はややこしい
しおりを挟むもしかして俺は、とんでもない深みに嵌って行っているのではないだろうか。
金色の畑の間を延びる畦道をてこてこ歩きながら、俺は今更なことに思い至って薄らと青ざめる。なにがとんでもないかって、そりゃまあ、決まってるわけで。
「ツカサくーん、畑のおばあさんが言うには、森はこの道をまっすぐ行った左手の方にあるんだってよー」
遠くの方から叫びながら駆け寄ってくる、あの男。
そう。あの男だ。無精髭でだらしなくて変態気味のオッサン。
もとい、恋人兼仲間であるブラックである。
「………………」
昨晩肌を合わせて……っつかえっちして、朝起きて思ったんだけど……。
俺、もしかして……アイツの事そこそこ好きなのか……な……。
いや、好きって「ライク」じゃなくて「ラブ」の方。
ちゃんと相手に性欲を抱く方の好き。
俺自身もびっくりしてるんだけど、今更ながらに、というかやっと、その可能性があるのではと思い始めたのだ。
「今までよく解らなかったから保留してたけど……どうなんだろう……」
昨日の行為中に考えていた事を思い返すと、俺はブラックに悪感情は抱いてなかった気がする。というか、その……なんか俺ってば、相手の仕草にキュンキュンしちゃってたような……。
いや、でもそれは、ブラックがあまりに情けない顔したり、寂しげな感じをチラ見せして来たからだし。その上「頑張って勉強したよ」ってアピールして来たり、臆面もなく好きだ好きだって言うからで。
だから俺も、なんでだかブラックに対して甘やかしたい気分になって、頭なんか撫でちゃったりして。極めつけは自分からぎゅっですよ。ギュ。
「……もしかして……アレが、愛しいってことなのか…………?」
まさか自分がこんな“愛を知らない孤高キャラ”的な台詞を吐くと思わなかった。
誰かに聞いてみたいけど、でもこんなこと恥ずかしくて言える訳がない。
女の子なら微笑ましいが、俺は男だ。しかも童貞非処女だ。
恋も愛も知らない恋愛童貞が「ねぇねぇ、愛ってなぁにー」とか気持ち悪くてしょうがない。大体十七歳って普通なら恋人いるよな。俺のダチは全員が童貞彼女なしだったけど、普通は恋愛なんて当たり前なんだよな?
みんなが解ってる事なのに、俺一人だけ解らないって物凄い恥ずかしいんだが。
やだよーこれ以上恥を暴露したくないよーやだよーうえーん。
大体さ、この世界じゃ十七歳ってそこそこ成人レベルなんだろ。余計に変な目で見られるじゃん。そんなの恥ずかしすぎて憤死するっつの。
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うけど、質問によっては聞けないって事もある。それに「自分の感情が判らないってアホ?」とか言われそうぅうう。
「あぁああ……こんな時に婆ちゃんがいてくれたらなぁ……」
マントをバサバサしながら駆け寄ってくる長身のオッサンを見ながら、俺は泣きそうなほどの情けない声で呟く。
こんな時、婆ちゃんが居てくれたら相談できたのに。
婆ちゃんは、俺に色んな事を教えてくれた。昔の人の話や、俺が覚えてるおやつとかの作り方。それに、自然の事や楽しい話を。
変な事を聞いたって、婆ちゃんはモノ知らずな俺を嘲笑する事も無く、ちゃんと理解出来るように教えてくれたんだ。
だから俺は婆ちゃんが大好きだった。
何でも知ってて、俺に優しくしてくれて、俺より小さいのに何でも一人でこなしてる。そんな格好いい婆ちゃんが、俺にとっては一番の理解者だったんだ。
だけど、この世界ではそんな事を想えるような肉親はいない。
俺の面倒くさい性格を理解して、ウジウジ悩む性格もちゃんと解って、それでも優しくしてくれる菩薩みたいな相談相手なんて、探せそうになかった。
元の世界に帰れたら……きっと、探さなくても話し相手が見つかるのに。
「…………」
ああ。
俺、この世界で一番近いものって、ロクショウとブラックしかいないのか。
変な悩みの対象と、守り守られの相棒。
悩みを共有するための存在じゃない、心配を掛けたくない二人しか。
だからこんなに一人でウジウジ悩んで、空まわってるのかな。
「ツカサ君、行こ…………どうしたの? なんか悲しい事でもあった?」
「あ、いや、なんでもない。左だっけ、森」
「うん、行こうか」
手を繋いで来ようとする相手の手を軽く叩いて落としながら、考える。
……俺、このまま本当にブラックを好きになってしまったら、どうしよう。
元の世界には帰りたい。だってあそこには、友達も家族もいる。俺の好きな物が溢れてる。どんなにクソッタレな現実が待っていたとしても、その大事なもの達を捨てる気にはなれなかった。
だけど、このままブラックを本当に好きになって、どんどんこの世界での大事な繋がりが増えて行って、そんな状態の時に元の世界に帰れる事になったら……。
俺は――――どうすれば、いいんだろう。
「ツカサ君……ホントに大丈夫?」
「……うん。少し眠いだけだから心配すんな」
「そっか、じゃあ歩いて目を覚まさなきゃね」
今考えたって、答えは出ない。
そんなことは解ってるけど、急に湧き出た不安は簡単には消えてはくれない。
何でこんな事急に考え始めたんだろう、俺……。
帰れる保証なんてまるでないし、今までそんな兆候なんてゼロだったのに。
「…………飛躍しすぎかも」
「え? なに、秘薬?」
「ハ!? ち、ちがうし、独り言! ほら行くぞ!」
考えてたって仕方ない。
とにかく、今日は念願の薬草探しなんだ。気分を切り替えて行こうじゃないか。
大きく深呼吸をして肺の中の空気を入れ替えると、俺はブラックと一緒に遠くの方に見える森へと歩き出したのだった。
ベランデルン公国の森は、他の国の森とはかなり様相が違っていた。
何が違うって、まず森の色だ。
他の国の森は常緑樹なのかなんなのか、とにかく葉っぱが緑色で新緑の季節って感じだったんだけど、この国の森はそうではない。
一言で言えば、秋の森だ。
森の木々は赤や黄色の葉を茂らせ、一面に目にも綾な光景が広がっている。
空も地面も暖色で埋め尽くされた森は、思わず感嘆するほど綺麗だった。
「はぁー……紅葉がすっげぇ…………」
「紅葉? あはは、やだなーツカサ君。常秋の国なんだから、コレが普通だよ~。木が紅葉するのはヒノワとシンホワ、それにプレインくらいで、他の国は葉っぱの色が変わったりはしないんだ」
「え……そうなんだ?」
「そうさ。だから、この三国以外は紅葉っていう単語すらあんまり認知されてないんだよ。木の色がずっと同じ色なら、そんな言葉使わなくていいからね」
「なるほどなぁ……あ、でも、そんなら四季とかの単語はどうなってんの?」
常秋の国ってんだから、四季という概念はあるんだろうけど。
森の入り口まで溢れ出ている落ち葉を踏みながら聞くと、ブラックは小難しげな顔をして首を傾げた。
「うーん……有るにはあるけど……多分【常秋】とかの単語を使うのは、学のある奴くらいじゃないかなぁ……。完全な四季がある国はヒノワくらいだし、実際の所普通の人は四季なんて単語すら知らないからね。まあ、学校に通ってるなら世界史で習うだろうし、存在だけは知ってるって感じかな。だから常秋とか常春とかっていう単語を理解出来るんだよ」
「お前も学校とか行って覚えたのか」
「いや、僕は独学」
「そっか……逆に凄いな、お前」
学校にも行かずにその知識量とは恐れ入る。
概念だけ知っててあんまり話されない単語であるなら、忘れちゃう人も居るんじゃないだろうか。俺だって大人になったら絶対平方根とか忘れてるだろうし。
むしろ現在進行形で学校で勉強した事ほとんど忘れてるけど。やべえ。
まあとにかく、だから普通にブラックは凄いと思うわ。
素直にブラックの頭の良さを褒めると、相手は分かりやすーく頬を赤らめて嬉しそうな顔をする。昨日の今日だからか、目の前のオッサンに犬耳と尻尾が生えてるように見えてきたよ。まあクロウという熊耳中年の前例があるから、もうなんとも思わないが。
……と言うかですね、俺としましては、オッサンに獣耳より女の子に獣耳の方が良いんですがねぇ……。
「で、ツカサ君は薬草探しに来たんだよね?」
「そのつもり……なんだけど……落ち葉でよくわからんなこれ」
「この感じだと草なんて生えてないかも……」
あー……ありえる。
良く考えたらこの国って土地のほとんどが畑だし、その畑の畦道は畑が荒れないように綺麗に除草されていて、草と言えば乾いた根くらいしか残っていなかった。
そんな穀倉地帯の、落ち葉が絨毯のように積もった森。
どう考えても……俺が望んでる草ってのは見つけにくいですよねぇ……。
「当てが外れたかぁ……」
落ち葉はかなり積もってるみたいだし、木の根すら見えない。
掘り起こしてその先に草が有ったとしても、小さくて摘めないだろう。
くそー、回復薬はまあモギとロエルだけだし、それらは砂漠や荒野みたいな場所以外なら平然と生えてるから、街の周辺とかで簡単に採取できるけど……その他の新しい植物を見つけられないのはなんだか悔しいぞ。
折角の休息なんだから新しい薬に挑戦しようと思ってたのに。
調べなかった俺が悪いんだが、当初の予定が総崩れしてしまった事にはガッカリせざるを得ない。明るい色の森は綺麗だけど、綺麗だけじゃダメなんだよう……。
肩を落として木に寄りかかる俺に、ブラックは特に困った様子もなく、のほほんと提案してきた。
「そんなに落ち込む事ないじゃないか。ほら、とっても綺麗だし」
「うぅー……そりゃ綺麗だけどさあ、俺が欲しいのは素材や材料なんだよ」
「材料? 薬草じゃないけど、材料なら沢山あるじゃない」
「え? ど、どこに」
聞き捨てならんぞと顔を上げると、ブラックは眉を上げて左右に首を動かした。
「この辺りの木って、僕の記憶が確かなら立派な木材になるし……あと、美味しい蜜が採取できる木があったはずだよ」
木材はともかく、木の蜜。この紅葉の森で木の蜜か!
蜜なら甘いだろうし、もう残り少なくなってきた蜂蜜の代わりになるかも。っていうか、この紅葉の森で木の蜜って、もしかしてメープルシロップ!?
「おっ、おい、木の蜜ってもしかしてメープルシロップか!?」
「めーぽんしろっぷ? いや、そう言う名前じゃないけど……えーっと、確か……【クレハ蜜】っていったかな? ツカサ君の世界では名前が違うんだね」
「どうだろ、多分似たようなモンだと思うんだけど……そのクレハ蜜はどの木から採れるんだ?」
クレハって、もしかしなくても紅葉って事だよな?
だったらカエデとかなり似てるのかもしれない。カエデイズメープル。メープルイズ最高の木の蜜だ。どう考えても採取しない手はないだろう。
その木を教えて貰おうとブラックに詰め寄ると、相手はたじたじになりながらも周囲を見回した。そして、目当ての物を見つけたのか、ぴっと指し示す。
「あれだよアレ。ほら、真っ赤な葉っぱで幹が茶色の木が有るだろう?」
「あっ、確かに……あれがクレハなのか!」
茶色の幹と言われて指の先を確認したところで、俺は初めて森の木の幹にも色のバリエーションが有る事に気付いた。炭のように黒い幹や、シラカバのような白い色の幹、薄黄色の不思議な色をした幹まである。
葉っぱに気を取られてたけど、本当この国の森ってカラフルだなぁ……。
目を瞬かせて観察しつつも、俺はブラックと一緒にクレハの木へと近付いた。
クレハの木は、茶色のぶっとい幹に真っ赤な葉を茂らせている。その葉はカエデと言うよりも、日本でよく見かける小さな葉っぱのモミジに近かった。
モミジとカエデって実は同じ種類らしいんだけど……イメージ的には、でっかい葉っぱがカエデで、ちっちゃいのがモミジって感じがしちゃうんだよなあ。
まあなんにしろ、これでメープルシロップって確信が出て来た訳だ!
でもまずは生態の調査だな。ちゃんと採取方法とかも調べよう。
「なあブラック、クレハって正式名称なのか?」
「いや、えーっと……クレハドライトって名前だったかな。縮めてクレハ」
ほうほう、早速携帯百科事典で調べてみよう。
【クレハドライト】
通称「クレハ」。俗称「水筒の木」。限定的な地域では名称が違う広葉樹。
大陸では西方地域のベランデルン、またオーデル北部に見られる樹木であり
島国でもその存在が確認されている。
掌の形に似た小さな赤い葉を茂らせるが、種類によっては黄色の葉にもなる。
表面の皮は頑丈であるが、中はほとんど空洞で筒のようになっているため、
その枝は軽く体重を掛けるだけで容易く折れてしまうほど脆い。
他の木のように登ろうとして死ぬものは年に数人は出ると言う。
空洞になっている理由は地上の水分をより多く蓄えるためであり、枝を折ると
水が流れ出て来る事から、旅人にはありがたがられる事が多い。
この空洞を満たす水は上に行くほど木の養分と混ざり合い、濃密で甘露な
樹液となり頂上付近に貯蔵される。
その密度の度合いは頂上付近の幹の色で分かり、宝石のような琥珀色に
輝けば輝く程、純度が高く甘い蜜が大量に溜まっているとされる。
この樹液は【クレハ蜜】と呼ばれ万病を癒す樹液とされているのだが
前述した脆い性質であることから、採取できる技術者は数少なく
そのため貴重で高価と言われている。
…………ん?
“幹の頂上付近”でないと、美味しい蜜は採取できない……ですと?
「ブラック……クレハ蜜、てっぺん付近じゃないと採取出来ないって……」
「そうなの? ……そうか、だからあんまり見かけた事がなかったんだなぁ……。いや、クレハの木って西方だとそう珍しい物じゃないんだけど、何故か蜜はあまり見かけなくってさ。いつもどうしてだろうなと思ってたんだけど……採取が難しいからだったんだね。クレハの木って折れやすいし……」
そうだね、図鑑にも人死にが後を絶たないってかいてありますもんね……。
枝も幹も中は空洞になっていて、そこを液体が通っているってことは、その蜜が膨大であればあるほど木の内部は竹みたいな状態になってるって事で。
その上、登れば登る程枝の中の管は広く大きくなるって事は、どう考えても木の皮のすぐ下まで身が削られて、蜜が通る道が広がってるって事ですよね。
中身スッカスカって事ですよね。しかも竹じゃないから柔軟性ないし。
そんなもんに足をかけりゃ、そらポキッと行きますわな……。
蜜は欲しいけど、上の方まで登るすべがない。
くそー、どうすりゃいいんだよこれ……。
→
※一旦切りまする。次回は採取&料理
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