異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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アタラクシア遺跡、妄執の牢獄編

  第五層の動揺2

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 橙色だいだいいろを含んだ赤髪。いかにも主人公っぽい髪型。
 そんな奴、俺は一人しか知らない。

 間違いない、あいつはレドだ。
 そしてようやく俺はレドの身分をはっきりと理解し、戦慄せんりつした。

 レドはブラックと同じ“導きの鍵の一族”であり、その上第一座位であるヴォールの名を持つ超級のエリートだったのだ。
 一族の頂点に立つヴォールだからこそ、各地に部下を置いて「遺跡を」管理していた。だったらブラックがこの国に来ていると言う情報を得るのも簡単だ。なんせレドは、嘆願を出した一族の長なんだからな。バレない方がおかしかったんだ。

 ブラックと同じ一族なら「本を読むのが使命」というのも頷けるし……所々が、ブラックに似ていたのも納得だった。

 そうか、ブラックは一番偉い人間から恨まれてたのか。
 だから今まで他の奴らにさげすまれてきたのか?
 いや、でも、レドが生まれる前からブラックは監禁されてたんだし、やっぱ一族全体が元々ブラックを排斥はいせきするって方向にあったから、何かの事件が有って悪魔と言われてる訳じゃないんだよな。

 でもその警戒の中で、レドの母親が発狂して死ぬような事をブラックが出来るんだろうか……あいつの年齢をはっきり知らないから解らないけど、少なくとも十八歳以降に何かあったのか? ああもう、何か手がかりが有ればなあ……。

 ぐじぐじと考えながら、徐々に離れて行く二人の男の背中を見ていると、彼らの会話がかすかに耳に入って来た。

「それにしても……本当にここにあの悪魔が来たのでしょうか……」

 この声は、従者をしていたベルナーの声だ。
 耳をそばだてる俺の前で、レドが冷たい声で答えた。

「間違いない。ルアンたちは保身の為に隠しているが、あの男の侵入を許してしまった事は確かだろう。その証拠にミスリル・スフィンクスの問題内容が変化していた。……アレは所詮しょせんまがい物の偶像だ。六つの答えを順番に繰り返すだけの擬似精霊が、唐突に自我を持って問題を自ら改変したなんてことは有り得ん」

 擬似精霊……じゃあ、あのスフィンクスも地下遺跡のゴーレムみたいに、誰かに「守護者」としてそこに設置された存在なのか。なら、スライムも? 
 スライムは他の遺跡でも見た事が有ったから、スフィンクスもてっきりああいうモンスターが野良でいるものだと思ってたのに。

 っていうか、ルアン達が……俺達の事を知らせなかったって?

 もしかしてルアンとティールは、俺とブラックをかばってくれたんだろうか。
 そうだったら嬉しいけど、でも、嘘を吐いた罰とかで酷い事をされてないかな。無事ならいいんだが……。

「あの悪魔がここに来る理由など一つしかない。死んだ仲間の“グリモア”を奪いに来たのだろう。存在が確認されていて、手を出しやすい所と言えば……このアタラクシアしかないからな。…………まったく、呆れ果てた下衆だ。悪魔の力に禁断の書を加えておいて、更に上を欲しがるのだから始末におえん」

 勝手な事言いやがって。
 グリモア? 禁断の書? 意味が解らんが、ブラックはそんな物目当てでこんな胸糞悪い場所になんか来てないぞ。俺の為に、我慢してここに来たんだ。
 こっちの事情も知らないくせに好き勝手言ってんじゃねえ。

 これだからイケメンは困る、と俺は俺で独善的な事を思っていたが、そんな思いを知らずに、ベルナーが恐怖を隠しもせずに震え声でレドに問いかけた。

「あの男が【紅炎こうえんの書】と適合してしまったら……どうしましょう……」
「そんな事はさせん。……俺が、絶対に……」

 レドの声が、またあの冷たく凍るような低い声になる。
 その音を残して奥にある階段の方へと去って行ってしまった二人に、俺は一気に力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 ……な、何はともあれ、気付かれなくて良かった……。

「何だかよく解らんが……ブラックの居場所は知られずに済んだみたいだな。でもどうしよう……俺達が読みたい本も第六層にあるのに、レド達に先に行かれたらどうしようもないんだけど……」

 いや、待てよ。
 あの二人はブラックがすぐに第六層に向かったと思って登って行った。って事は、俺達が隠し部屋を全て把握している事を知らないんだよな。
 じゃあ彼らをやり過ごすために隠し部屋で待機するのもアリだし、なんなら俺達は今レドの背後を取れてるんだから、彼らの目を盗んでなんとかミッションをやり遂げる事も可能ではないか?

 今の状況は、俺達にがある。
 レド達が隠し部屋を探しに来ない事前提ではあるが、彼らが第六層に誰も居ない事を知るまでにはまだ時間がかかるだろう。
 上の階だったらロクやブラックの索敵もなんとか通じるかもしれない。

 レドが来ない事を願ってたけど、こうなりゃ腹をくくるしかないか……。

「……あ。でも、ブラックには何て言おう……」

 そうだ、ブラックにはレドの事を何も話していないんだ。ヤバイ。今俺が説明したら「なんで教えてくれなかったの」なんて言われてブチギレられるかもしれないし、部屋を飛び出してしまうかもしれない。

「…………ブラックには教えない方がいいのかな……」

 ブラックがレドの母親を殺した、だなんて思ってないけど……ブラックがそれを俺に知られたくないと思っていたら、俺から話しちゃ駄目だよな。
 いやでも俺もう知っちゃったし、言わないってのも逆にブラックを傷つけるんじゃ……。

「ああぁああ一体どうすりゃいいんだよこれぇええ!!」

 休憩室がいつまでも安全であるとは限らないぞ。それにブラックは第六層に行く気マンマンなんだ、ここで俺が拒否したってどうしようもない。

 それに、今日はもう休む事にしているが、その間にレドが戻ってきたら危ない。第一層の事を考えると、レド達だって隠し扉の事は知っているはずだ。なら、ここを見つけてしまう可能性もある。

 ロクだっていつまでも起きている訳じゃないし、相手を感知し続けるのにも限界がある。レドの事を教えてしまうか、それとも隠したままでやり過ごすのか……。

 あああああもうどう解決したらいいのか解らないぃいいい!

「う、うう……ま、待て待て。こういう時こそ落ち着こう。俺が混乱したって状況が悪化するだけだ。こ、こういう時は、こういう時は…………」

 まず、心が落ち着く事をやろう。
 ……うん、そうだな。とりあえずズボンの補修をするか!

 俺はそそくさと休憩室に戻ると今まで考えていた事を一旦抑えて、ズボンの裾を補修するのを最優先にすることにした。
 あの、あれだ。ズボンは大事だから。この格好じゃ色々とダメだから、ね!

 幸いブラックはまだシャワー室にいたようで、外でのことには気付いていない。
 俺はちょっとホッとして、先程持って来た本を開いた。

「えーと……糸かもしくは補修の方法……」

 ペラペラとページめくっていくと、それらしきものが見つかった。

「なになに? 植物を糸にするには、まず繊維を取り出して糸を……って製造工程がかなり難しすぎる……ここでやれるこっちゃねぇ……」

 その頁には糸を生成する方法が二つほど書かれていたが、一つ目の方法はグロウで成長させた植物を人の手で加工するという方法だったので、俺には難しくて出来そうになかった。となると二つ目の方法だが……。

「……ゴッサムを爆発させて綿毛を取り、よりよりと紡ぎ合わせ……って……これモンスターから素材取る方法じゃん! 全然家庭的じゃないじゃん!!」

 この著者の想像する家庭ってなに、モンスター狩猟できるたくましい家庭って何!
 俺そんな激しい家庭俺知らないよ!

「う、うぐぐ……仕方ない、こうなったら……」

 最終手段だとは思ってたけど……ダメージ裾でいるよりもこっちのがマシだ。
 俺はズボンを脱いで、ボロボロになった部分をナイフで切り取った。
 そうしてグロウで作った針に、裾の布を解して出来た間に合わせの糸をつけて、ちまちまと布の裏から縫っていく。学校で裁縫の授業を受けといて本当に良かったなあと思いながら、俺は不格好ながらもズボンのリメイクを終えた。

「あれ、ツカサ君ズボン脱いでどうしたの。お誘い?」

 ちょうどシャワー室から出てきたブラックが、リボンを解いた髪をごしごしと布で拭きながら近付いて来る。

「バカ! ちげーよ、裾がボロボロだったから、新しいの買うまでコレで行く事にしただけだ。……すっごく不本意だけど」

 そう言いつつ、俺はズボンを穿く。
 膝から下の空気に触れている感はどうしようもないが、裾をどっかで引っ掛ける心配はなくなったから良しとしよう。しかし、ブラックは俺のリメイクしたズボンが気になるらしく、興味深げにしげしげと眺めていた。

「ツカサ君……それ……半ズボンだよね……」
「……言うな」

 ああそうだ。そうだよ。俺のリメイクしたズボンは、裾を大胆に切ったせいで半ズボンになってるよ。膝小僧丸見えの、昭和少年スタイルだよ。
 だが、それでもダメージズボンよりマシだ。半ズボンコーデとかあるし。
 第一サファリルックとか普通にオッサンでも半ズボンになるし!
 大人の半ズボンは悪い物じゃない、と必死に自分を鼓舞している俺に、ブラックはまあそれはそれは嬉しそうに顔を歪ませた。

「可愛いよ~! ツカサ君もうむしろそっちの方が良いんじゃないかな!? ああ、白くて細い足がたまらないよっ、ねえ、ちょっとその足僕に触らせ」
「だーっ!! お前本当いい加減にしろよ!?」

 俺の足のどこをどう見たらそんなに興奮出来るんだ。
 つーかちゃんと髪の毛も拭いてないのに近付くな!

 触るなとばかりにブラックの頭を剥がそうと両手で押さえるが、しかし相手の力は強くて俺なんて敵いっこない。
 まんまと俺の目の前にひざまずいたブラックは、興奮した顔で俺のなまっちろい足を手で撫で上げる。いつもは少しざらついている指の感触が、濡れたことでなんだか肌に張り付くようで、俺はぞわぞわと肌を粟立ててしまった。

「はぁあ……いいなあ……あ、でも…………いつもツカサ君が半ズボンを穿くって事になると、ちょっと困っちゃうな……」
「え? 何でだよ」
「だって、僕以外の奴がツカサ君の足を見れちゃうじゃないか。……ツカサ君の事を一番知ってて、独り占めして良いのは僕だけなのに」
「…………」

 子供っぽい独占欲。
 俺だってそんなストレートなワガママなんて言いやしない。
 でも。

「……俺は半ズボンなんて趣味じゃねーから、街に戻ったら新品を買うよ」
「ホント?」
「アンタの為じゃねーぞ。足がスースーすんのが嫌なだけだ」
「うん!」

 あーあーもう、お前の為じゃないって言ってるのに嬉しそうな顔して。
 なんでそんなに喜べるんだろう。俺の事、なんでそんなに好きなんだろう。
 俺はまだブラックの事をちゃんと知らないし……今だって、どうするのがお前にとって一番良いのかが解らず、色んな事を黙ってるのに。

「ね、ツカサ君。ちゃんと髪も洗ったから、また拭いてくれる? あと、起きた時に髪を結んでくれたら嬉しいんだけど……」
「ハイハイ。分かったから今日は添い寝するだけにしてくれよ」
「えへへ、勿論だよ」

 にっこりと笑って、俺の頬にキスをしてくる。
 偽りなんて欠片も無いその笑顔が何故だか苦しくて、俺は顔の表情を必死で抑えながら口を引き締めた。

「キュー?」
「ああ、ロクショウ君も一緒に寝ようね」
「キュー!」

 上機嫌ならこんな事も言うんだな。
 ロクと一緒に寝るって言うなんて、これが初めてかも。
 でも……レドの事を伝えたら、その上機嫌はどうなってしまうんだろう。
 それを考えるとますますレドの事が言いだせなくなってしまって、俺はブラック達に聞こえないように溜息を吐く事しか出来なかった。

 ブラックには、悲しい思いをしてほしくない。我を失ってほしくない。
 もう、暴走して人を傷つけてしまうブラックを見るのは沢山だ。後で悔やむのはブラックなのに、あんな事もうしてほしくない。

 でも、どうしたらブラックを傷つけずに済むんだろう。
 どうしたら一番いいんだろう。
 解らない。

 その事が、何故だか無性に悔しかった。








 
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