異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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港町ランティナ、恋も料理も命がけ編

6.イベントとは、楽しいだけではないもので

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 明けて翌日、俺とブラックは起きて早々大あくびをするハメになった。

 ……いや別に「昨日はお盛んでしたね!」みたいな理由じゃないぞ。語るのも面倒くさいが、昨日服を乾かして宿に帰った後、俺とブラックは今日あった出来事を二人でなるべく冷静に話し合っていたのだ。だから、寝不足なのである。

 まあ、ブラックはクロウの話を聞いたせいか嫉妬フルパワーで俺を犯そうとして来たが、そこは俺がガチの説教をしてやめさせた。

 だって、クロウが俺の事を嫁に欲しいと思っていたんだ。まさかの展開だぞ。
 ブラックには「ようやく気付いたの!?」って言われて呆れられたけど、それは置いといて。とにかく、緊急事態なのだ。
 ブラックが暴走しない為にも、ここは二人で方針を決める必要が在った。

 だから血気盛んに俺にのしかかって来ようとするブラックを制して、長々と話し合ったんだ。で、一晩議論した結果……俺達は「現状維持」で結論付けたが。
 ……何も変わってないやんけーって思うかもしれないけど、俺がクロウに惚れる展開が今の所見つからない以上、そうするしかないのだ。

 ブラックに「諦めない」と宣言したからにはクロウも本気で俺を落としにかかるだろうし、ブラックもそれを阻止するだろう。
 でも、その戦いで俺がクロウに惚れていなければ、この戦いはクロウの勝利になる事は無いのだ。結局の所、この件は俺がクロウの妻になるのを許容するか否かにかかっているのだから。

 だったらもう、考えるだけムダだよな。
 俺はクロウと仲良くしたいだけで、恋愛感情は無い。それを相手も解っていて、かたくなに俺にプロポーズしてくると言うんだから、防ぎようがないだろう。
 なるようになれって感じにしかならない。
 クロウが諦めるまでブラックは延々胃が痛い……っていうのはちょっと可哀想だと思ったけど、同行するのは数日だけだと言う事でブラックは納得してくれた。

 もっともブラックはクロウを海に沈めて逃亡したがっていたが、クロウがシアンさんに連絡を取る以上そう言う事は出来ないしね! 良かった!

 ああ、もちろん、この事は朝食を食べながらクロウにも話したぞ。
 俺はクロウに恋愛感情がないって事や、仲間として一緒に居たいという事も。
 だけど、それで納得するならクロウも面倒なオッサンじゃないわけで。
 相手はやっぱり「それでもオレは、お前を嫁にしたい」と言い、改めてブラックに宣戦布告をしたのだから本当に獣人族は強い。俺なら心が折れる。

 まあとにかく、これで俺は「クロウもブラックと同じく俺に性欲を抱いている」と肝に銘じる事が出来、昨日までの無防備なスキンシップはしないようにしようと思う危機感が持てたので良しとしよう。
 ……今回の話し合いの収穫、それだけしかないような気がするけど……まあいいだろう。一晩で鈍感な俺も理解したって事だよ。それでいいんだ。うん。

 クロウは紳士だから、ブラックみたいにガツガツ迫って来たりセクハラ的な事はしないだろう。たぶん。きっと。

 そんな訳で朝から一つ面倒な問題を放り投げた俺達は、クロウの為にシアンさんとの連絡を付けるため、冒険者ギルドへと向かっていた。

 もう悩むのはナシだ。今からは遊びの時間、ホモは忘れよう。今日はギルドに寄ったら磯釣りをする予定なのだ。ロクはまだ夢の中だけど、ずっと寝てる訳じゃないんだから気長に待てばいい。釣りをしてる間に起きるかもしれないしな。

 俺は今日も遊ぶ。遊ぶったら遊ぶのだ。
 そう決心して、危ない(色んな意味で)オッサン二人を引き連れ冒険者ギルドに向かうために街を歩いていたのだが……。

「……ん?」

 広い往来の真正面から、通りを歩く人達に何かを渡しながら踊っている妙な人がこちらに向かって来ていた。あれって……婆ちゃんが話してた「ちんどん屋」って奴かな?

 ちんどん屋ってのは、楽器を鳴らしたり踊ったりしながら店や施設なんかの宣伝をする人。日本では江戸時代の町人みたいな仮装をした人が多いらしいけど、この世界では欧米っぽい道化師の格好をしている。

 道化師かー。もしかしてサーカスもあったりして。いや、あるか。
 俺達はジャハナムでそんな感じの団体ですって嘘ついて潜入してたしな。

 嫌な事を思い出したとゲンナリしていると、道化師っぽいおじさんが踊りながら俺達にも近付いてきた。

「そこの道行く可愛い子ちゃんとお兄さん、このチラシを貰っておくんなよ」

 そう言いながらおじさんが渡してきたのは、太字が舞い、セリフを強調するウニみたいなフキダシが乱れ飛んだ、元気なチラシだった。
 スーパーの激安セールのチラシ並だなと思いつつ、三人でチラシを囲んで内容を確認してみると、そこには意外な事が書いてあった。


『海賊ギルド主催!
 第百八十回 “ランティナの海賊王は俺だ 祭!!”

 我こそはと思う港の勇敢な者達よ、海賊よ、冒険者よ
 今年もその力をいかんなく発揮する祭りがやって来た!

 船に乗り宝を探し、人を癒す料理を極め、その力で敵を打ちのめしてみせよ!
 心・技・体の優れたる者には、海賊ギルドの長より素晴らしい商品が贈られ
 その栄誉は永遠にこの地に刻まれるであろう……

 祭りを騒がせる荒くれ者よ、真の海の王者よ、麗しの女海賊リリーネ様を
 うならせるほどの力を持つ者よ、君の参加を待っている!

 優勝賞金:五万ケルブ
 副  賞:探検用中型帆船・一隻いっせき


         主催 海賊ギルド長 リリーネ・アンティット・エルローザ』


 チラシに書いてある名前には、見覚えがある。確か、ファランさんがボソボソと呟いていた名前だ。海賊ギルドのギルド長だったのか。しかも女性。
 ……ははーん、さてはラブだな?
 ファランさんはこのリリーネさんって女海賊にホの字な訳ですね。

「へー。たかが一つの街の祭りにしては凄い賞品だね」
「船一隻……」
「こういう賞品ってあんまり見かけないのか?」

 訊くと、ブラックは難しげな顔をして空を見上げた。

「うーん、大都市ではありえるかもだけど……こういうひなびた街じゃ珍しいかもね。それにしても中型帆船とは大きな副賞だね。海賊ギルドってそんなに羽振りがいいのかな……」
「案外海の方が財宝がざっくざく出てきたりする、とか? なんかロマンだなー」

 確かに海にはでっかい宝物が在るって気がするよな。
 俺が海賊漫画とかアニメとか映画とかを知ってるからかもしれないが、信じられないような財宝が隠してあるのは遠方の小島って決まってるもんな。
 陸の古代遺跡も捨てがたいけど、大海賊のお宝ってのもそそられる。
 うーん、海だったら更に人に会う事も少ないし、海の旅ってのもいいかもなー。

「船で旅出来たら、結構楽しいだろうなー」

 のほほんとそう言いつつ歩き出す。
 ……なんか後ろの二人が一瞬妙な動きを見せたが、まあ、気のせいだろう。
 それよりも磯釣りだ。早くギルドで用事を済ませないとな。

 俺は後ろの二人に発破をかけると、冒険者ギルドに足を運んだ。
 今日もギルドは陸の荒くれ者こと冒険者達が酒場で飲み明かしていたが、俺達を見ると何かぎょっとしたように驚き、昨日とは違って目を逸らしだした。

 やっぱ昨日のは俺一人だったから珍しがられてたんだな。
 今日はデカい中年を二人連れて来たから、絡まれたら面倒だと思って目を逸らしたか。うーん、気持ちは分かるが暗に俺が貧弱だと言われているようでムカツク。
 ちくしょう、何ヶ月も異世界に居ても筋肉がつかないこの体が悪いんだい。

「ここがか」
「昔に作られて改装してないのかな? ちょっと内装が古いね」
「え、そう言うモン? ……そういやなんか他のギルドとはちょっと違うかも」

 俺にとってはどっちにしろ異世界なので、気にしていなかったけど……言われてみれば、ランティナのギルドは受付は仕切りのない木のカウンターだけだし、酒場のスペースもカウンター席がない。この世界での「微妙な古さ」ってのが俺にはよく分からないけど、やっぱちゃんと違いがあるもんなんだな。

 それに気付くブラックも、それ相応に大人だったんだなあやっぱり。

 少し感心しつつブラックを見上げていると、受付カウンターの方から声がした。

「あら、昨日のボーヤじゃない! 早速来てくれたのね、ギルド長に連絡するわ」
「そんな貴方は昨日のお姉さん! あ、いや今日はそうじゃなくて……コイツが、世界協定に連絡を取りたいって言ってまして、どうにかならないかと……」
「連絡? このクマさん連絡取りたいアルか?」

 そう言いながらカウンターの奥にある扉から出て来たのは、ファランさんだ。
 今回は背中に斬月刀を背負っているので、おたおたしていない。
 ……ってちょっと待って。今、クマさんって言った?

「あ、あの、どうしてクロウが獣人だと……」
「簡単アル。大陸に来る獣人はみんな面倒を避けるために、頭を隠して上着は裾が長いのを選ぶネ。それに獣人は、気を許してる人と話す時には耳が動くアル。でも心配いらないヨ、ランティナは交易の街だから、みんな昔から獣人族とは交流あるアル。少なくとも、ベランデルンとプレインは獣人に優しい国アルヨ」
「そうなんですか……じゃあ、もう耳隠さなくていいな、クロウ」
「うん。耳が痒かったから助かった」

 ここでは獣人だと示していいと聞いた途端、クロウはバンダナをむしり取ってぴょこんと熊耳を立たせた。
 くぅっ……や、やっぱり可愛い……獣耳ずるい……!

「きゃーっ、可愛い~!」

 受付のお姉さん達やウェイトレスの御嬢さんも、やっぱり俺と同じ反応で熊耳の生えたオッサンに可愛いと黄色い声を上げた。
 そうだよね、やっぱ獣の耳が生えてたら老若男女関係なく可愛いよね……。
 でも悔しい! 男として悔しいんですけど!!

 俺にも女子にモテモテの獣耳が生えてたらいいのにっ!!

「お兄さん申し訳ないアル。人族の女子は獣耳スキネ。熊族というコトは、武術の達人……誇りを穢してる訳じゃナイから、許してほしいアル」
「気にしてない。ツカサ以外の反応はどうでもいいからな」

 熊族って武術の達人の一族だったんだ……今知った……。
 そりゃあんだけ拳闘士として戦えるはずだよな。熊の獣人って、そう言えば小説とかでもかなり強力な力を持つ種族として描かれる事が多いし。

 ……それにしても……クロウって隙あらばさらっと凄い事いうな本当。
 口説かれ慣れてない俺的には、心臓に悪いのでやめて欲しいんだけども。

「そう言って貰えるとありがたいアル。……所で、ツカサ……君? 今日はお茶を飲みに来てくれたアルか?」
「あ、いえ……あの、クロウの事でちょっと……」
「そのお兄さん達、世界協定の裁定員様に連絡を取りたいみたいなのよ。だから、ギルド長お願いできるかしら?」

 今日も華やかな化粧なお姉さんが説明してくれると、ファランさんは少し驚きながらも手続きをしてくれた。

 話を聞くと、裁定員の名前を指定して連絡を取りたいと言う人は滅多におらず、とても珍しいのだと言う。そもそも、ギルド職員である冒険者はまだしも、普通の冒険者が世界協定とのツテを持っていると言うのがまずありえないらしい。
 そんな冒険者は、王室御用達の依頼を受けるレベルの人間なんだとか。

 ……重要そうな存在だとは思ってたけど、王室と同じレベルの存在だと思われている世界協定の地位って一体。
 貴族のラスターが関わってたりするらしいし、組織の最上位の存在であるシアンさんが侯爵って所からして、まあ凄い機関だとは思ってたけど……。

 と、とりあえず置いておこう。
 ファランさんが言う事には、ギルド長は世界協定に連絡を取る事が許されているらしい。普通、世界協定に連絡を取るには支部などに行くしかないそうなのだが、ギルドは世界協定に緊急の依頼をされる事も有るので、専用の連絡手段を持っているんだとか。まあ、俺達にしてみればありがたい。

 ファランさんの厚意に俺達は遠慮なく甘える事にして、シアンさんへの連絡を取って貰った。ただ、相手に連絡がつくには二三日かかるらしいので、それまでは俺達もここで待つ必要があるとのこと。

 じゃあ、その間はのんびり釣りをして食べ歩きでもするかーなんて呑気に考えていたのだが……。

「あのー……所で、御三方……見た所、貴方達はとても強そうアルネ?」
「俺はともかく、この二人は凶暴すぎるくらいには強いっすけど」

 そう言うと、俺の横に左右で分かれたオッサン達は誇るように胸を張る。
 若干引いたが、まあ事実だしな……。腕力のクロウに曜術のブラックだ。
 これで少女漫画なら「やだ……素敵な二人に迫られてる!」なんてキャピキャピする展開なんだろうが、誠に遺憾ながら俺は男で相手はオッサン二人だ。

 むさ苦しいし悲しい。これがせめて女性ならまだハーレムだと喜べたのに。
 好みの人なら熟女も行けますよ俺は。

「因みに、お二人ともご職業は何アルか?」
「僕は月の曜術師……限定解除級だ」

 ファランに質問されたのに、ブラックはクロウにちらりと目線を寄越してから、ドヤ顔で言い切る。それにイラッとしたのか、クロウも負けじと応戦した。

「オレは拳闘士だ。国境の山のモンスター程度なら楽に倒せる」
「それくらい何だ。僕だって本気を出せばランク7のモンスターくらい」
「己の拳で結果を出せない男に、功績を誇る資格は無い」
「人と能力を否定する奴が誇り高い男だなんて、随分と笑わせるね」
「なにをこの縮れ赤毛」
「なんだってぇ? この駄毛熊」
「だーっもーっ! 俺を挟んで喧嘩すんなよこのおたんこなすども!!」

 俺にとっては限定解除級も素手で魔物を殴り殺せる拳闘士も凄いから!
 謝れ! 後方支援型の俺に謝れ!
 つーかブラックお前限定解除級だったのかよ、俺それ聞いたっけ?!
 忘れてたかもしれないけど、今更聞いてびっくりしたんですけどもう!

 もしかしてライクネスの図書館にさらっと入れたのって、限定解除級のランクが刻まれたメダルだったから? 今更だけどスゲーなオイ。

「あ、あの……ツカサ君大変アルネ」
「分かって頂けて嬉しいです……でも、なんで今そんな話を?」
「いや、その……実は……折り入って君達に頼みたいことがあるアルヨ」
「アルアルヨってまさか……依頼……」
「あっ、いやっ、そ、そうじゃないネ! その……実はこれ……この祭りに、一緒に出場して欲しいんだヨ!」

 そう言って俺達に勢いよく突き付けて来たのは、あのチラシ。
 俺達がちんどん屋のおじさんに貰った奴だ。

「あの……出場って…………」
「話せば、ながーい話になるんだケド……」
「………………」

 ほらー、やっぱりこうなるじゃーん。
 解っちゃいたけど、ギルドに来たらどうしたって変な依頼を受けるハメになるんだな、俺達は……。これも俺の特殊スキルだったら恨むよ神様。








 
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