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波乱の大祭、千差万別の恋模様編
6.緊迫に惑う心
しおりを挟む言うが早いか、俺達は迅速に行動した。
というか、色々と急ぐ事態だったので余計なことはしなかっただけだけどな!
まあそれは兎も角、俺達はたっぷりと魚を釣り、予備として島に用意されていた小麦粉などを使って、全員分のフィッシュアンドチップスを作って見せた。
最初は魚を警戒して食べない人達もいたが、俺の料理を見ていた奴らは我先にと料理を口に入れて美味しさを見せつけてくれて、次第にみんなが食べるようになっていった。そうなると、もう不安などない。
全員が軽い食事をとって満足し、そのおかげかこれと言った暴動が起きることも無く、周囲は次第に薄暗くなっていった。
しかし、依然として海が霧に覆われクラーケンが徘徊している事は変わりない。
それどころか、調査に行っていたリリーネさん達からは絶望的な調査結果を知らされる事となった。
「クラーケンが……二体だと……!?」
声を上げたのは、俺達と一緒に調査報告に参加している海賊ギルドの職員だ。
今俺達は砂浜近くの森の中で、ひそひそと会議を行っている。
会議のメンバーは、俺達と冒険者・海賊両ギルドの職員、そして潮風競争で上位三組に名を連ねていた方々だ。
ギルドの職員は当然だし、上位三組のパーティーのリーダーもそれぞれがかなり腕の立つ人間だ。ギルド長からの信頼も厚く、ランティナでの人気も高い。
そして俺達は異邦人だが、ファラン師匠の「この子達は凄腕アル」という一言で会議に参加させて貰っている。斬月刀を失うと気弱になってしまうギルド長だが、しかしかなり信頼されているらしく、その言葉に異を唱える物は誰も居なかった。
うーん、そういう所を見てたらリリーネさんも惚れそうなんだけどなあ。
それはそれって奴なんだろうか。……まあ、それは今はどうでもいいか。
とにかく、俺達はそんなメンバーで静かに現状報告を行っていた。
だけどもリリーネさんが報告してきた事は、動揺せずにはいられない。
ファスタイン海賊団のリーダー……爽やかな好青年のファスタイン船長も、信じられないと言ったような表情で言葉を継いだ。
「待って下さいギルド長、クラーケンは北方・オーデル皇国の領海に潜む化け物のはずです。それがどうして、この温暖な海に二体も……?!」
ファスタインの言葉に、白髭を蓄え鎧を着こんだ厳つい老人…【海底の長老】の二つ名を持つベリファント船長は髭を扱きながら頷く。
「普通では考えられぬ事態じゃな……。しかし、いつ紛れ込んだのかのう……つい昨日ワシはクジラ島近海で潜っておったが、巨大なものに怯える魚も、そのような海流の乱れも感じなかったぞ」
「それはベリ爺がクラーケンの気配を知らなくて、察知し忘れたからって事もあるんじゃないの? アタシもさ、クラーケン退治の時は加勢してたけど……別に海流が乱れる兆候なんてなかったよ? 今回みたいに霧も出なかったし」
ベリファント船長に突っ込みを入れたのは、オレンジ色のショートヘアで浅黒く日焼けした、少々扇情的な格好をしたお姉さん……【東風馴らしの騎士】の代表である、双剣士のイメルダさんだ。
上半身は内側を明るい色の布で巻いて寄せて上げたビキニアーマーで、下は布を巻いたようなスカート……パレオってんだっけ? そんな服装だ。
パッと見は元気な南国の踊り子ちゃんって感じだけど、腰に差してる二刀流の剣は絶対に只者ではないと思うほどに鞘が使い込まれて古びている。
ううう……び、美人可愛い元気っ子オレンジショートヘア褐色娘とか、またそうやって簡単に俺のツボを突いてくる……。
いやツボ多すぎな俺も悪いんですけど、なんかもう本当、この世界ってどうしてこんなに魅力的な属性の女の子がいるんでしょうね!!
女の子の描写だけ詳しいのは俺がスケベだからです許して!
誰に言ってんだか解んないけど本当許して! もうこれは俺のサガなの!
非常事態でも緊迫してても止められない止まらない、っていうか寧ろこんな気が滅入りそうな時だからこそ、素晴らしい物に惹かれるっていうか!
「ツカサ君また僕以外の奴の事を見てるんだね……」
「ばっ、ばかちん。そういうんじゃないんだってば」
なんでコイツマジで俺の考えてる事微妙に解ってんの怖い。
気にするなと言うように、みんなに見えないようブラックの背中をポンポンと叩く。こうしておかないと、ずっと機嫌が悪いからなこいつ……。
「そう、霧が出る事がまずおかしいアル。クラーケンが二体出現した事もそうだけど、そもそもこの時期に発生しないはずの霧が出て来ること自体が変アルヨ。あの霧のせいで、クラーケンへの攻撃もままならないネ」
「調べようにも、相手は二体でその上ランク7……近付く事もままなりませんわ。こうなると、どう手を出したらいいか……実に悩ましい問題ですわ」
「せめて霧を晴らせたら、クラーケン達を倒す策も出そうなんですけどね……」
そう言って考え込むリリーネさん達に、何だか悪いような気がして俺はブラックを見る。すると、ブラックも同じような顔をしていた。
そうだよなあ。俺達は霧を晴らせる能力を持ってるけど、それを大勢の前でやるのはどう考えても悪手だし、どこかから情報が漏れないとも限らないから使いたくても使えないんだよなあ……。
仮にうまく術を使えて霧を晴らせたとしても、霧を晴らした事で事態が悪化する可能性も有るし……何にせよ、海にクラーケンが居る以上迂闊な事は出来ない。
軽々しく自分達の能力を明かす訳には行かないんだ。
でも、霧を晴らせる事を隠してみんなを悩ませてるって言うのは……なんか、凄く申し訳ないんだよなあ……。
せめて代替案か何かを思いつければいいんだけど……。
「うーむ……一体ならこの島に居る参加者全員でどうにかできると思ったが、二体となると戦力が分散して困った事になるのう……」
「それにクラーケンってちっとやそっとじゃ倒れないんでしょ? ギルド長」
今のイメルダさんの呼びかけは、師匠へだな。
二人もギルド長がいるとややこしいなこれ。
「前にも言ったけど、私が戦った時のクラーケンは長い追跡で少々弱っていたし、今クジラ島の周囲に居るクラーケンより小さかったアルヨ。だから、私が斬月刀で頭を斬るだけで済んだアル。……でも、今回は恐らくそう簡単にはいかないネ……。リリーネちゃん、クラーケンの情報はないアルか」
「そうですわね……私が聞いた情報が確かなら……触手は十本かそれ以下、目から下は海上へ出さず、危なくなると海中へ潜ると言われていますわ。しかも、その時には大きな津波を引き起こして敵を押し流すとか……」
海上での津波の攻撃は、陸地に居る時の地震攻撃や足場崩しの技に近い。
というか、完全に海の方がダメージがでかい。
陸地じゃ地下からの攻撃なんてまず考えなくていいけど、海上じゃそうはいかないし、そもそも相手は半身が海の中だ。どんな攻撃をされるか判らない。
「……とりあえず、今日はゆっくり寝て体力を回復させましょう。朝になれば霧の中も少しは見通せるようになる。朝に改めて調査して、対策を考えた方が良い」
ファスタイン船長が、沈痛な面持ちで呟く。
尤もだが結論を先延ばししたその言葉に、みんな頷かざるを得なかった。
「……眠れない……」
参加者達が安心して寝られるようにと綺麗に整地された、森の中の広場。
その広場のすみっこで、俺はブラックやクロウと固まって、他の奴らとだいぶん離れた所で寝転がっていたのだが……やっぱり眠れなくて、ずっと暗闇で目を開けていた。
それは他の参加者達も同じようで、ごそごそと動いたり、立ち上がってはすぐに戻って来たりしていた。まあどっか行く人は多分八割方トイレだろうけど。
でもなあ、やっぱ不安だから眠れずに動いちゃうんだろうなあ。
その気持ちは俺にも解るから、黙ってそんな人達を見ていたんだが……解るだけに俺も気になって眠れなくて、さっきからゴロゴロしている。
クロウはさすがは獣の成分が含まれているだけあって、寝るときは寝るとばかりにスヤスヤしている。近い場所に居るから暗闇でも見えるんだが、時々耳が小さくピコピコ動いてて可愛い。いや、それはどうでもいい。
とにかく、その胆力たるや羨ましいの一言だった。
「ツカサ君、寝てなかったの」
クロウを見ながらぼけっとしてる俺の呟きにいま気付いたのか、ブラックが少し体を起こした。ブラックも戦闘経験豊富で旅慣れしてる中年だから、三人で寝場所を決めるとすぐに目を閉じてしまったのだ。
だから寝てるとばかり思ってたけど……そういやコイツ、野宿ではどんだけ寝てても何か気配があるとすぐに起きてたっけ……。
今更ながらにちゃんと寝てるのか心配になりつつも、俺は小声で答えた。
「寝てないっていうか……寝れないんだよ」
「まあ、そうだよね……近くにあんなモンスターがいるのに、しっかり寝ろって方が無理な話だ。……ちょっと散歩にでも行く? 歩いたら少し疲れて眠れるかも」
「……そうだな。じゃあ、付いて来てくれ」
このまま寝不足になったら明日に響くし、俺にはみんなの朝食を用意する役目がある。ポカをやらかさない為にも、寝るためにはなんでもしよう。
俺は音を立てずにその場から立ち上がると、ブラックに足元を確かめて貰いつつ二人で休憩所を抜け出した。
「……すごく静かだな」
俺の手を引いて歩くブラックの足音と、擦れ合う草の音しか聞こえない。森の中程に寝床を作ったせいか波音も聞こえず、人の居る所から遠く離れたら、俺達が動く音以外はほぼ無音の世界になっていた。
暗闇とは言っても、うっすら周囲の輪郭は見えるが……だけど、夜目が効かない俺にはどこをどう進んでいるのか解らない。
少し不安になって来て、俺はブラックの手を少し強く握った。
「ブラック、なんかどこ散歩してんだか良く解らないんだけど……」
「あー、そっか。ゴメン……じゃあ川原に行ってみる? あそこなら開けてるし、星や月のお蔭で少しは明るいよ」
「ん……じゃあ、そこ行こう」
ブラックの指が、俺の指の間に滑り込んでくる。
手放すまいとでもいうように絡んできた大きな手に、何だか変に顔が熱くなってしまい、俺は口の中を噛んで耐えた。
て、手ぇ繋ぐくらいで俺の方が赤くなるとか何か悔しい。
何でだろうかと考えて、俺はふと頭に浮かんだ単語に更に頭を抱えたくなった。
「う……」
「どうしたの、ツカサ君」
「い、いや……なんでもない……」
そうか。俺……これが、なんかデートとかに思えてるんだ……。
い、いや、だって、真夜中に二人で抜け出して星の見える場所にって、エロゲでも良くあるこっそりデートとかじゃん。完全にイベントじゃん。
だからその、思わずそんな事考えちゃったっていうか、無意識に俺のエロゲ脳が働いてしまっていたっていうか……いやそもそも中年と手ぇ繋いでるってのにそう言う事に考えが行きつくって、俺ってば頭おかしくなってるんでは……。
いくら恋人だからって、好きだからって、こういう時にキュンてするもんなの?
相手が女の子じゃないしオッサンだしでマジで解らん。
「ツカサ君、ほら川についたよ」
「えっ、あっ、は、はい」
川ね、川についたのね。
よしもう手を離していいな。変なこと考えちゃうし、もう手を繋ぐのやめよう。
ここで少し歩いて会話でもしてりゃ、疲れて眠くなるだろう。
そう思って手の力を緩めようとして、反対にブラックに強く掴まれた。
「うわっ、ツカサ君駄目だ。人が居るよ」
「え? なに?」
「……用を足してるね。近寄りたくないから上流に行こうか」
「お前なあ、男なら別にしょんべんくらい……」
「二人っきりになれないし汚いから嫌なの! さ、あっち行こう」
俺に反論の隙も与えず、ブラックはそのまま上流の方へと歩き出す。
相手にしっかりと手を捕えられていては離れる事も出来ず、俺はブラックに引き摺られるままに歩くしかなかった。
まったく、無精髭生やしてだらしなさげにしてるクセによく言うよ。
どうせ「水が汚いのが嫌」なんじゃなくて、「二人っきりになれないのが嫌」ってのが一番の理由なんだろうし。
――そこまで考えて、俺は何だか変な気分になった。
いや、これはさすがに自惚れすぎ……だよな?
そりゃさ、俺とブラックは恋人だけど、本当に他人が用を足してるのが嫌だったから逃げたのかも知れないじゃん。なのに、なんで俺ってばいつの間にかそんな風に考えるようになっちゃってんだろう。
ブラックが俺を好きなのは解ってる。でも、だからってそれが当然な訳じゃないし、何ヶ月も一緒に居るけど、俺達はまだ相手を完全に理解した訳じゃないんだ。
なのに、俺は「自分と二人っきりになりたいから」とか思い込んで呆れて……。
……やだ。なんか、自分が恥ずかしい。
俺、いつの間にそんな勘違い野郎になってたんだろう?
相手を好きだって自覚したら、相手が自分を好きで当然だって考えるようになってしまったのかな。それとも、ブラックの態度を見て慢心したんだろうか。
コイツは、どんな俺でもどんな時でもずっと好きでいてくれるって。
そんなの、ただの思い込みなのに。
未来永劫ずっと好きでいてくれる保証なんて、どこにも無いのに。
ああ、何かもう、自分の考え方が嫌だ。
非常事態なのに、ブラックは気を使ってくれてるのに、どうしたんだろう。
俺、疲れてるのかな。
自惚れた自分なんて、嫌だよ。そんなのブラックに知られたら、一瞬で冷められたりするかも知れないじゃん。
人の心なんて、自分の思い通りにはいかないんだ。
ブラックからしてみれば、厚意で俺を散歩に連れ出してくれただけかも知れないのに……勝手にデートだと思って、勝手に相手の感情を決めつけて呆れるだなんて、どうかしてる。きっと恋人でも、こんなの相手には不快に思われるよな。
……一体俺、どうしちまったんだろう。
「ツカサ君、もうどうせならずっと奥に行こう。寝場所から離れれば、二人っきりでゆっくり出来ると思うからさ」
「う、うん……」
俺の手を離さない、暖かくて大きい武骨な手。
それはとても安心できる物のはずなのに……今の嫌な俺が握って良い物には思えなくて、俺は手を握り返す事も出来ず、ただ相手に付いて行くしかなかった。
→
※緊張状態で頼れる人と一緒に居ると、安心しようとして感情が
変な方向に振り切れたりする時もありますよね(´・ω・`)
まあ次回はそんなツカサの気持ちなど掻き消えますが(主にブラックのせいで)
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